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TPP、発効不透明のまま6千億円の対策費=税金投入 安倍政権の「自由貿易」の正体
http://biz-journal.jp/2017/07/post_19957.html
2017.07.28 文=筈井利人/経済ジャーナリスト Business Journal
環太平洋経済連携協定(TPP)や経済連携協定(EPA)は自由貿易だと政府やマスコミは宣伝し、国民の多くもそうだと信じている。しかしそれは嘘であり、誤りである。
自由貿易とは、国語辞典「大辞林」(三省堂)によれば、「国家が商品の輸出入についてなんらの制限や保護を加えない貿易。輸入税・輸入制限・為替管理・国内生産者への補助金・ダンピング関税などのない状態」をいう。日本と欧州連合(EU)がこのほど大枠合意したEPAは、どう見てもこの定義には当てはまらない。
報道によれば、交渉が難航していたチーズは、日本側が一定枠を設け15年かけて関税を無税にするという。EU産チーズはおもに29.8〜40%の関税がかかっているが、大枠合意では低関税輸入枠をつくる。税率を段階的に引き下げて16年目にゼロにし、枠の数量は2万トンから16年目に3万1000トンまで引き上げる。対象はモッツァレラなどソフト系チーズだ。
しかし、消費者への恩恵は限られそうである。枠を超えた分は今の高関税が残るうえ、そもそも3万1000トンという輸入枠自体、チーズ全体の消費量の7%(想定ベース)にすぎないからだ。消費者は安くふんだんに手に入ると思っていた欧州産チーズがどこに行っても見当たらず、困惑することだろう。
報道によれば、日欧EPAの大枠合意は、チェダーなどハード系チーズの関税撤廃に応じる代わりに、ソフト系の関税を一定程度残したTPPとの「バランス」も考慮されたらしい。本当の自由貿易なら、消費者はそのような政治判断に基づいてチーズを選んだりしない。そもそも16年も先に日本がどんな政権になっているかさえ定かでなく、政治環境の変化でEPAそのものが反故になる可能性だってある。
日欧EPAではこのほか、マカロニ、スパゲッティ、ビスケット、トマトソースなども関税撤廃の対象になっているが、目玉とされるチーズですら上記のような実情だから、ほかは推して知るべしだろう。
■国民の享受するメリットはわずか
一方で、政府・与党は農業団体などの反発を和らげるため、今秋をめどに支援策をまとめ、12月の補正予算案編成をめざす。農家に対する現行の交付金にさらに支援額を上乗せする案などが浮上しているという。その原資はもちろん国民の税金だ。
15年間もかける関税撤廃に対し、あきれるくらい素早い対応である。しかも、もし関税がゼロにならなくても、支援策に使われた税金は返ってこない。
貿易のメリットとは、安くて品質の良い商品を買う選択肢が広がり、国民の暮らしが豊かになることだ。EU産チーズには上記のように輸入枠が設定され、そもそもわずかな輸入量しか見込めないが、国民が享受するそのわずかなメリットさえ、対策費のために税金を取られれば吹き飛んでしまいかねない。
ちなみに、日欧EPAより先にまとまったTPPは、具体的な発効時期が見えていないにもかかわらず、6575億円の対策費が執行段階に入ったという。手回しのよさに驚く。
■「輸入を許したら負け」の間違い
過去にはもっととんでもないのがある。政府は1993年に合意したウルグアイラウンドによるコメの部分開放などを受け、総事業費6兆100億円もの対策をまとめたが、これは全国49カ所の温泉施設の整備費なども紛れ込むという税金の無駄遣いだった。対策費を名目とする税金のばらまきが「自由貿易」の代償だといわれたのでは、本物の自由貿易はいい迷惑である。
安倍晋三首相は7月上旬、日欧EPA交渉が大枠合意した際、記者会見で「保護主義の動きがあるなか、自由貿易の旗を掲げる意志を示せた」と強調した。しかし国内生産者に対する補助金とワンセットの貿易政策は、自由貿易とは呼べない。自由貿易の仮面をかぶった保護主義である。日本に米トランプ政権の保護主義を批判する資格はない。
本質が保護主義だから、政府の主張に自由貿易と無縁な間違った考えが紛れ込むのも不思議でない。それは「輸入を許したら負け」という考えだ。
EPA交渉で、EU側がチーズに対する関税の早期削減・撤廃を要求したのに対し、日本政府は「TPP以上の譲歩はできない」と反論したという。「譲歩」という表現が示すのは、「輸入を増やしたら負け」という考えだ。
しかし、もちろんこの考えは正しくない。消費者の立場からみれば、購入できるチーズの選択肢が広がるのは、良いことだ。悪いことでも負けでもない。国産チーズの生産・販売にかかわる農家や企業からみれば、チーズの輸入拡大は「悪い」ことだろう。しかし、だからといって政治の力に頼って輸入を妨げ、消費者の選択肢を奪う権利はない。日本が市場経済の国なら、輸入を認め、市場競争で勝負するのが筋である。
しかし現実にはたいてい政治的妥協により、輸入品の関税上の区分けを細かくし、国産と競合しにくい品目だけ関税を撤廃するなどの方式に落ち着く。さまざまな品目についてこうした細かい無数のルールを盛り込むから、貿易交渉は長い時間がかかり、協定の文書はとても読み通せない膨大なものになる。
TPPやEPAが推し進めるのは自由貿易とは似ても似つかぬ、政治の中央集権化である。何を輸入するかという権限を少数の政治家・官僚が握り、一般消費者を蚊帳の外に置く。
本物の自由貿易とは、貿易の権利を個人レベルにまで完全に分権化することである。国民が海外から欲しい物を自由に買うためには、TPPもEPAもいらない。政府が邪魔さえしなければよい。
(文=筈井利人/経済ジャーナリスト)
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