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死にかけの東芝でこれから起きること 知られざる「1兆円規模」のリスクが…
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52226
2017.07.12 週刊現代 :現代ビジネス
「決まる」「大丈夫」。東芝の経営陣が自信を持ってそう語った数日後には、裏切られる――。もはや大企業の体を成していないこの巨象の内実を、東芝取材を続けるジャーナリストが語り尽くす。
■ブロードコムが逃げた理由
大西 東芝は半導体子会社の売却について、産業革新機構、日本政策投資銀行、米ベインキャピタル、韓SKハイニックスの「日米韓連合」に優先交渉権を与えることを決めましたが、直前までは別のシナリオが走っていたんです。
磯山 というと。
大西 当初は米ブロードコムで行くことになっていて、産業革新機構も、その背後にいる経済産業省も了承して、話が進んでいた。
誤算だったのが、東芝と半導体工場を共同運営している米ウエスタンデジタル(WD)の動き。売却の差し止めを求めて米上級裁判所に提訴するなど、想定以上に強硬に出てきた。
ブロードコムは、WDのことは同じ米企業同士として手の内をよくわかっている。それで勝てないと踏んだのか、「降りた」と。
磯山 経産省は焦ったでしょうね。私が聞いた話では、今春に経団連の大物が官邸に赴いて、「半導体の技術流出を防がなければ」と直談判した。それで官邸から経産省にちゃんとやれ、と指令が降りていたようですから。
大西 土壇場で降りられたのだから、もうパニックですよ。それでカネを出してくれるならどこでもいいという風になり、日米韓連合に決めざるを得なくなったわけです。
そもそも、政府が東芝という民間企業の案件にカネを出すのは、技術流出を防ぐという名目があったから。それなのに、技術流出の観点から「絶対にダメ」と言っていた韓国企業の入った連合に決めざるを得なかったのだから、いかに慌てた決断だったか。
磯山 確かに、技術流出を阻止したいのであればこの選択肢ではなかった。しかも、雇用が守られる保証もないのに、国民の税金がぶちこまれようとしているわけで、こんなにバカげた話もない。
大西 東芝の綱川智社長は、SKハイニックスは出資ではなくて融資でおカネを出すので、技術流出する心配はないなどと言っていますが、それはあり得ないでしょう。
では、ハイニックスの経営陣は何千億円というおカネを出す根拠を自分たちの株主にどう説明するのか。「かわいそうな東芝を助けるためで、我々は技術をもらいません」などと言えば、株主から「バカかお前らは」と経営陣は即クビにされますよね。おカネだけ、というわけがない。
磯山 東芝の経営陣からすれば、早く売却先を決めないと来年3月末の債務超過を回避できないから、もはやスケジュールありきで事を進めるしかなかった、とも言える。
一方で、WDの提訴の動きもあり、このままスムーズに事が進んでいく保証はない。東芝もWDを「虚偽の情報を流している」と訴えるなど、ドロ沼の対決になってきました。
■資金がショートする
大西 ポイントはWDが提訴した米裁判所が結果を出す7月14日。ここで売却自体が差し止めになる可能性は十分にあります。
そうなれば、得られるはずだった2兆円が入って来なくなるので、銀行は東芝を破綻懸念先にするでしょう。借り換えにも応じられず、新しいカネも入れられなくなる。
磯山 すると、貸しているおカネの期限が来る度に、そこで資金がショートしてしまう。
大西 東芝の経営は、一気に緊迫しますよ。それはもう、東芝は今月の給料をどうしようというレベルになるでしょう。
なんといっても5兆円企業で約19万人の社員がいるわけで、そうした人たちの人件費から、日々の様々な固定費、資材調達など会社を回すための日銭がショートする可能性が出てくる。極端に言えば、いつ潰れてもおかしくない状態になる。
磯山 昨年に東芝がメディカル子会社を売却した時も、相当危なかったと言われています。当時は買収する側のキヤノンから、公正取引委員会への計画届け出前にカネを支払ってもらうなど、通常では考えられないことをして資金繰りをつけた。
大西 そうして東芝が売却先を決められないうちに、半導体子会社の価値が失われていくリスクも出てきます。専門家に言わせれば、東芝の半導体技術はすでに韓サムスンの周回遅れで、ここから1兆円規模の投資をしないとキャッチアップできない。
売却交渉に手間取って投資が疎かになっている間に、すでに「2兆円」の価値を失っている可能性もあるわけです。
磯山 シャープが台湾の鴻海精密工業に買収された時も、その過程で偶発債務が見つかったとして、当初言っていた買収額より1000億円も安く買い叩かれましたね。
大西 メディアはいつも「これで決定」という風に書きますが、まだなにも決まっていないということです。
磯山 半導体問題と並行して、ここからは上場廃止問題も待ったなしになってきています。監査法人から決算に承認が得られず、6月28日には決算報告なしで株主総会を開く異例の事態となったばかり。
株総では取締役の選任をやりましたが、これをやらないと取締役が「ゼロ」になるので、暫定的にでもやらざるを得なかった。東芝クラスの巨大企業でこんな株総は見たことがありません。
監査法人は昨年末に突然、米原発子会社ウェスチングハウス(WH)の巨額損失が出てきたことへの不信感が強い。自分たちはその直前の四半期の決算書を承認していたので、コケにされたようなもの。だから、もう簡単にハンコは押せない。
大西 東芝は有価証券報告書の提出を延期したので、次の期限が8月10日になります。これまでに監査法人からハンコを取れるとは思えない。
磯山 だから、監査法人のハンコがない有報を出したとき、金融庁が受け取るかどうかという議論がすでに出てきています。とはいえ、そんなことを認めたら会計監査制度が根本からひっくり返るので、認められないでしょう。
そもそも有報の提出延長にしても、東日本大震災時にできたルールで、物理的に出せない状況を想定して作られたもの。東芝は企業の自己都合で延期にしているわけで、すでにあり得ない状況になっている。
■銀行に本気で救う気はない
大西 ここまで粉飾してきた会社を上場維持させていること自体、どうなのかという話もありますよね。それでハンコもない有報まで認めたら、超法規的措置になる。
磯山 はい。だから、これから可能性が高いのは、監査法人が「意見不表明」という意見を付けた有報を提出するというシナリオです。すでに東芝は第3四半期決算時にこれをやっています。
そうなった場合、「判断」を迫られるのは東京証券取引所ですが、東証の本音はトリガーを引きたくない。
2期連続の債務超過か有報を提出できないというシナリオになれば強制的に上場廃止になるが、形式的とはいえ意見不表明付きの有報提出となれば、東証がどうするかを「判断」しなければいけない。
大西 東芝の綱川社長も会見で、上場廃止について聞かれると、それは東証が決めることだと発言している。上場廃止の責任の押し付け合いが始まるとも言えますね。
磯山 ちなみに、銀行は東芝が上場廃止になってもいいという考えに傾いてきています。当初は上場廃止になると損失計上しなければいけないので嫌がっていたが、もう引当金を積んだため、むしろ上場廃止にしたほうがディスクロージャー(情報開示)をいちいちしなくていい、と。そのほうが、銀行は好き勝手に裏でいろいろ動ける。
大西 今回、銀行に関しておかしいと思うのが、すでに東芝は銀行管理下にもかかわらず、銀行から役員が派遣されてこない。これほどの緊急事態であれば、普通は役員を投入しますよね。
磯山 それは、銀行が東芝を本気で救済する気がないからでしょう。資金を回収することが一義的で、東芝にコミットして立て直そうと思っていない。
工場の不動産や設備にも次々に担保設定しているのが実情で、債権回収のためにできることは何でもやっています。
大西 それが東芝の社員にとって最大の不幸ですよね。メディカル部門を売って、半導体部門を売って、という流れからもわかるように、それを売ってしまった後、東芝の経営をどうするのかを考えていない。とにかく債権を回収するために、売りやすいものから売られている。
磯山 可能性のある事業を切り出してしまったらカスしか残らない。本来であればカスを先に切って、いいものだけを残すのが経営再建の常套手段ですが、いまやっているのはその逆。
綱川社長は、残ったエレベーターなどの産業機器やインフラ事業で食っていけると言っていますが、そんな簡単にもいかないでしょう。
というのも、東芝はまだ多くの巨額損失リスクを抱えています。
大西 そうなんです。たとえば北米で手掛けているLNG(液化天然ガス)事業やウラン関連事業などが、近い将来に巨額の損失に化ける可能性は高い。特にLNG案件は最大1兆円規模の損失リスクがあり、WH級になりかねない。
また、これからややこしくなりそうなのが、WHが手掛けていた原発の発注主である米電力会社との交渉です。東芝側は「和解した」と言っているが、電力会社側は「原発を完成させることが大前提」「それができないならトランプ政権に訴える」と牽制している。
■一度潰れたほうがいい
磯山 東芝はWHにチャプター11(米連邦破産法11条)を申請して連結から外したから、「もう縁は切れた」「リスクは遮断した」と言っていますが、そんな虫のいい話はない。
原発1基を作るのに3兆円もかかると言われていますが、これからその請求書が東芝に回ってくる可能性があるわけです。払わないと突っぱねれば、それこそ訴訟ラッシュになるでしょう。
大西 彼らは逃がさないですよ。それにタイミングが悪いことに、来年は日米原子力協定が改定される年です。これを人質にとって、払わないならば協定を更新しないぞとやってこられたら、日本としてはカネで解決するしかなくなるでしょう。
磯山 もはや、本当にリスクを遮断するには、東芝は一度破綻したほうがいいのでしょう。ズルズルと問題を引きのばすうちに、原発部門などからは優秀な中堅、若手社員も続々と辞めている。
このままでは、日本が今後100年以上も原発の廃炉作業に向き合わなければいけない中、現場を支える技術者すらいなくなってしまう。原発部門を切り離したうえで、東芝本体は破綻処理すべきだと思います。
大西 破綻を前提に考えるならば、半導体事業は売る必要がなかったということにもなります。
磯山さんがおっしゃったように、本来は悪い事業を清算したうえ、半導体などの優良事業に残った人材や資本を投下するのが再生の王道ですから。しかし、もう半導体事業を売る流れは止まらない。
磯山 本当はメディカルも残しておけばよかったんです。東芝の経営陣が早く決断していれば、東芝はいまごろピカピカの会社に再生していたかもしれない。
大西 破綻は暗い面ばかりではなく、目線を変えれば、それによって優秀な人材が新しい産業に移っていき、日本に新しいベンチャーなどが生まれるきっかけにもなり得る。シャープなどを辞めた人は、新天地でヒット商品を生んでいます。
磯山 大企業は人材を抱え込み、終身雇用の名の下に飼い殺してきました。その人たちが解き放たれることで初めて、日本経済も新しい時代を迎えられるのかもしれませんね。
磯山友幸(いそやま・ともゆき)
62年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社入社後、フランクフルト支局長などを経て、'11年に独立。近著に『「理」と「情」の狭間 大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP社)など
大西康之(おおにし・やすゆき)
65年生まれ。早稲田大学法学部卒。日本経済新聞社入社後、欧州総局、編集委員などを経て、'16年に独立。近著に『東芝解体 電機メーカーが消える日』(講談社現代新書)、『東芝 原子力敗戦』(文藝春秋)など
「週刊現代」2017年7月15日号より
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