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人間の労働を代替するAI・ロボットに課税すべきか
http://diamond.jp/articles/-/123669
2017.4.5 山崎 元:経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員 ダイヤモンド・オンライン
プロ棋士・佐藤天彦名人が
コンピュータに敗戦という衝撃
4月1日、将棋のプロ棋士とコンピュータープログラムの頂上同士が戦う電王戦の第一局で、佐藤天彦名人がponanzaというプログラムに敗れた。勝負はもう一局残っているのだが、この敗戦は、筆者にとって、現役プロ棋士のタイトルホルダーがはじめて公式対局でコンピュータープログラムに敗れたという以上に衝撃的だった。
筆者は、「弱いアマチュア4段」というくらいの棋力なので、プロに近いレベルで将棋を理解できるわけではないのだが、将棋の内容があまりに大差だった。先手を持ったponanzaは、初手に3八金という、直ちにとがめるのは難しいとしても、得になりそうにない手を指した。そして、その後も、一歩損しながら悠然と駒組みを進めて、佐藤名人に先攻を許した。しかし、71手の短手数で名人を投了に追い込んだ。消費時間も大差だったし、投了図は無残だった。
局後の佐藤名人の率直な言葉によると、貸し出されたプログラムとの練習将棋でもponanzaにはほとんど勝てなかったらしい。こと将棋というゲームに関しては、コンピュータープログラムが人間に勝るようになったと理解していいだろう。
だが、プロ将棋の場合はまだいい。日本将棋連盟がマーケティングを間違えなければ、「人間対人間の頭脳の格闘技」としてのプロ将棋は商品としての価値を今後も保つことができるだろう。
しかし、製品を作ったり、サービスを提供したりすればいい経済の世界では、AIとロボットによる人間の労働の置き換えは大いに進むにちがいない。
人的資本がAI・ロボットに
置き換えられる
AIやロボットによる自動化は、働く個人に何をもたらすのだろうか。
もともと、労働者が得る報酬に大きな個人差があるのは、一人ひとりの労働者が、単純な労働を提供する「単純労働者」であると同時に、労働の能率や質を上げ他の人や道具に置き換えることが難しい「資本」を保有する小さな「資本家」の側面も持つからであって、この資本の利得に差があるのだと考えられる。
例えば、貿易に携わる古典的な商社マンは、単に指示された事務を右から左にこなすような労働者であるだけではなく、外国語を使い、担当商品と業界の知識を持ち、取引先とのコネクションを持っていることによって、単純なホワイトカラー事務員以上の利益を稼ぎ報酬を得ているのだと考えてよかろう。
しかし、外国語・製品と業界の知識・コネクションといった、かつてなら獲得に時間を要した知識やスキルが、データベースとプログラムによって置き換え可能になると、彼には「単純労働者」としての価値しか残らなくなる。
こうした現象が、医者や弁護士のようなこれまで知的とされていた職業でも起こるかもしれないし、修練によって技能を身に着けるしかなかった職人の世界でも起こる可能性が大きい。
個人にとって、自らを再教育して、「資本としての自分」の陳腐化を阻止することは重要だが、新しく価値のあるスキルを身につけることは容易ではない場合があるのは、想像に難くない。
あえて図にすれば、以下のようなイメージだ。AI・ロボットなどの高度化は、個々の労働者が学校教育で身に着けた知識・スキル、仕事の中で得た知識・スキル・ネットワークなどを、置き換えるのと共に、それらの資本的価値を無効化する効果を持つと考えられる。
これまでなら、そこそこの価値を持ったはずの知的労働者や熟練労働者の報酬が、「知識・スキルの資本的価値」を失って、単純労働者の報酬に収斂していくことをイメージされたい。
◆人材価値のAI・自動化等による置き換えの概念図
これまでは、実質的に何十%かは「資本家」であった中産階級が、マルクス経済学で想定されていたような「労働者」になっていくのだ。
「勝者総取り」による
富の集中への対策
付け加えるなら、AIとロボット化は、労働者の労働を置き換えるだけでなく、資本家同士の優勝劣敗を極端にする効果を持つ。
例えば、自動車の「自動運転」は、優秀なシステム提供者が1社あれば十分なので、システム提供者は1社に収斂する傾向を持つだろう。そして、自動運転が普及しても、自動車会社も、タクシー会社も、相互に競争する環境下にあるので、儲かりにくい。自動運転の利益の大きな部分を、自動運転システムで勝った者が「勝者の総取り」的に享受する可能性が大きい。二番手以下は、トップに吸収されていく公算が大きい。
さて、AIやロボットによる労働者の置き換えがもたらす社会への影響に対する危機感は、AI先進国である米国でも強いようだ。例えば、マイクロソフトの創業者で現在も世界有数の富豪であるビル・ゲイツ氏は、ロボットに対しても、人間と同様な課税を行うことで、ロボット化のスピードを遅らせた方がいいのではないか、といった提言を行っている。
また、近年、諸外国も含めて、意外なくらいベーシックインカムに対する関心が高まっているように感じるが(注:筆者はベーシックインカム推進論者だが、実現可能性に関しては割合悲観的だった)、この関心の裏側にも、技術進歩が富の集中をもたらすのではないかとの危機感があるように思われる。
当ダイヤモンド・オンラインでも、森信茂樹・中央大学法科大学院教授がAIに対する課税の可能性を提言されている(「人工知能への課税で第4次産業革命を加速せよ!」2016.10.21付)。
タイトルから想像されるようなAIやロボットに直接課税するような強引な仕組みを主張するのではなく、技術の事業化の際の利益に、政府が参加できるような仕組みを考えるべきではないかという大変興味深い提言だった。
素朴な直感は「課税反対!」だが
適正な再分配の仕組みがあれば…
AIやロボットに対する課税という発想に対して、素朴な経済的直感は、「技術の進歩にブレーキを掛けるのは非合理的だ。AIもロボットも、大いに開発させて、生産効率を最大化させた上で、利益の再配分を適切に考えたらいいではないか」という意見だろう。
筆者も大筋ではそう思う。技術の進歩を阻害せずに最大化し、社会的に望ましい再配分ができることが好ましい。AIやロボット化で稼いだ経済価値であっても、最終的にこれを受け取り使用するのは個人なので、稼いだ個人に適切に課税して、その後に再配分を考えたらいいと思う。
こうした考え方自体が間違っているとは思わないのだが、森信氏が書かれた記事を読んで、現実には、もう一つ別の問題があることに気づいた。それは、「稼いだ個人(や会社)に適切に課税する」という前提がどの程度満たされるかだ。
例えば、日本国内のビジネスにあってAIで毎年何兆円もの利益を上げる会社とそのオーナーである個人が生まれたとして、彼(彼女)は、どのような税金対策を講じるだろうか。おそらく、会社も個人も、税制上最も有利な場所に国籍を移すことも含めて、最大限の節税に励むだろうし、それは合法かつ経済合理的なので責められない。
また、AIとロボットに対する日本での課税が外国よりも明らかに重い場合、日本におけるこれらの技術進歩と技術への投資が外国に対して劣後することになり、国全体が経済的に不利な側に回ってしまう心配がある。
まずは、マイナンバーを活用する金融取引把握を早期に徹底して、個人・法人の所得と資産をデータとして把握し、その上で、課税技術を開発すべきだろう。特に、キャピタルゲインと相続税への課税強化が必要ではなかろうか。もちろん、課税に関する国際的な連携も必要だ。
加えて、スタートアップ企業や研究開発に対する国の支援を株式等に換算して、ビジネスとしての収益が生まれた場合に、国にもキャピタルゲインが入るように工夫してはどうかという、森信氏の提言の方向性は、大いに掘り下げる価値があるように思われる。
なお、富の再分配に関しては、ベーシックインカムないし、ベーシックインカムと経済的効果が似ている給付付き税額控除(いわゆる「負の所得税」)を中心に、社会保障制度全体のリフォームと、再分配を拡大することが必要であるように思う。
森信氏は、勤労意欲の低下と財源の問題を心配されているようだが、前者はベーシックインカムを大きくし過ぎなければ心配ないし、後者に関しては、既存の制度の置き換えを行えばいいことと、そもそも一方でベーシックインカムによる収入増加が全国民にある訳なのだから、案外心配はないのではないかと申し上げてみたい。
アベノミクスによって、経済がいくぶん正常化するのとともに、日本経済の「人手不足問題」が顕在化してきたが、AIとロボットによる人手の代替に対するニーズは、日本において特に大きいと言える。また、急激な人口減少は総合的には歓迎すべき事態ではないが、日本経済がAI・ロボット化に対して親和的な面もある、ということだ。
AI・ロボット化への投資が進むことと、適切な再分配の仕組みが構築されることとを大いに期待したい。
(経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員 山崎 元)
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