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日経ビジネスオンライン
「経常収支が赤字だと景気がいい?」
「日経ビジネスベーシック」から
今回のキーワード:貿易収支・経常収支
2017年3月31日(金)
飯田 泰之
体系的に理解しよう! とすると、なかなか手強いのが経済学(エコノミクス)。とりあえず、耳にしたことがある経済学用語の定義だけでも、「なるほど」と腑に落ちる形で学んでみませんか。テレビでもお馴染みの、明治大学政治経済学部准教授の飯田泰之さんが、ちょっと他所では読めない角度から、経済学のキーワードを読み解きます。
飯田泰之(いいだ・やすゆき)
明治大学政治経済学部准教授
1975年東京生まれ。マクロ経済学を専門とするエコノミスト。シノドスマネージング・ディレクター、規制改革推進会議委員、財務省財務総合政策研究所上席客員研究員。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。著書は『経済は損得で理解しろ!』(エンターブレイン)、『ゼミナール 経済政策入門』(共著、日本経済新聞社)、『歴史が教えるマネーの理論』(ダイヤモンド社)、『ダメな議論』(ちくま新書)、『ゼロから学ぶ経済政策』(角川Oneテーマ21)、『脱貧困の経済学』(共著、ちくま文庫)など多数。
ちょっと唐突にはじめます。
今日の意味での経済学は「重商主義批判」から生まれました。
ここで少々注意を。「重商主義」というと、商業を重視した、または経済を重視した政策運営全般を指すものと考えてしまうかもしれませんが、それは大きな間違いです。
本来の意味での重商主義(mercantilism)とは、税や補助金を用いて輸出を奨励し、関税や貿易制限によって輸入を抑えることで国を豊かにすることが出来るという政策思想のことです。簡単に言うと、「貿易黒字・経常黒字は善!そして赤字は悪!」という考え方、と言ってもよいかもしれません。これに対して、「対外赤字・黒字を気にすることなく自由な貿易を行うことこそが国を豊かにするのだ」というのが、黎明期以来の経済学の基本的主張です。
ここまで聞くと、「そりゃ黒字は良いことだし、赤字は悪いことなのだから、重商主義は正しいのではないか」と思われるかもしれません。
経常収支が赤字のときのほうが景気がいい?
しかし、これは全くの誤解です。
ここ数十年の日本ではむしろ経常収支が赤字の時期に景気は良く、黒字のときに景気が悪い傾向が普通になっています。
なぜこのような現象が生じるのか……ここでは経済統計のルールに立ち戻って説明していくことにしましょう。
その前に、「貿易収支」と「経常収支」の違いをご存知でしょうか。
自動車や小麦など、形ある財を記録したものが貿易収支ですが、現代の経済で取引されるのはこのような形あるものばかりではありません。運輸や金融といったサービス、投資の配当や賃金支払いも国境を越えて行われるようになっています。
そのため、以下では財・サービス・所得の出入りを総合した「経常収支」について説明していきます。ちなみに2015年度の貿易黒字は6000億円ですが、サービス収支は1.2兆円の赤字、所得収支は18兆円の黒字。これらを合わせた経常収支は約17兆円の黒字です。
ここでもっとも単純なケースとして、世界には日米の2カ国しかなく、両国の間での今年の取引は「100万円の日本車1台が米国に輸出された」という1件だけだったとしましょう。この時、日本の経常収支は100万円の黒字(仮に1ドル=100円とすると米国は1万ドルの赤字)ということになります。
しかし、よく考えてみて下さい。この自動車の代金を米国(の企業か個人)はどのようにして支払ったのでしょう。
仮に、米国で自動車を販売して得た1万ドルを日本企業が米国内の銀行に預金すると、日本は自動車を輸出した裏側で「預金という資産」をアメリカから購入したということになるでしょう。銀行に預金するのではなく、米国内で株や債権などを購入した場合も話は同じです。
そう、財の輸出の裏側には資産の輸入があるのです。このような資産の購入・出入りをまとめたものを資本収支と呼びます。経常収支がプラスになる取引の裏では、必ず資本収支が赤字(いわば「資産の輸入」の方が多い状態)になる取引が行われています。
じゃあ、自動車を販売した企業がすぐに為替市場でドルを円に交換した場合には?
それでもこの関係は維持されています。為替市場で日本企業の持ち込んだドルを円に交換した人がいるからです。
この人は、自動車会社のドルを円に交換するために、その前に自分の日本国内の預金から円を引き出しています。ドルに交換した後は、結局、そのドルを米国内で運用することになるわけです。途中の段階が増えるだけで、「自動車という財の米国への輸出(貿易収支の黒字)」と、「ドル資産の輸入(資本収支の赤字)」という全体像は変わりません。
唯一の例外は「ドルを買ったのが日本銀行の場合」です。日本銀行が保有するドルは外貨準備と呼ばれ資本収支から外れます。
以上から、国際収支の間には、
貿易収支+サービス収支+所得収支≡経常収支
経常収支+資本収支+外貨準備高増減≡0
経常収支の黒字は何を意味するか
外貨準備高にそれほどの変化がないならば、経常収支の黒字≒資本収支の赤字ということになります。これはどのような状態でしょう。
経常収支が黒字ということは、1)多くの財・サービスを販売している一方で、あまり財・サービスを買っていない、2)利子・配当・賃金を受け取っているがそれを使っていない、ということです。海外の財・サービス「のみ」を買わなくなるという状況は、現在の経済では考えづらいですから。ということは、これは何を意味するのか?
(ちょっと考えてからスクロールしてみてください)
答えは「国内で消費・投資の意欲が停滞している」ことの証左になり得る、です。
さらに、経常収支が黒字=資本収支が赤字、というのは、資産をたくさん「輸入」していることです。ということは、国内の企業・個人が、資産を、国内ではなく海外で保有しようとしているということです。資産運用を海外で行おうとするということは、国内経済への自信のなさの表れ、と解釈できるでしょう。
一国経済の黒字・赤字を企業のそれと同一視してはいけません。
経常収支の黒字は、国内の需要不振や自国経済の先行きに対する自信喪失の裏返しである場合も少なくないのです。
貿易収支や経常収支は、どこかの大統領のように「黒字を目指す、赤字を避ける」という、目標として使うのではなく、「いまの自分の国の経済の状況を知る指標」として考えるのが、正しい使い方なのです。たとえば「国内の景気対策がうまく効いたから、経常収支が赤字になった」というふうに。
[3分で読める]ビジネスキーワード&重要ニュース50
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このコラムについて
「日経ビジネスベーシック」から
このコラムでは、「日経ビジネスBasic」に掲載した記事の一部をご紹介します。日経ビジネスBasicは、経済ニュースを十分に読み解くための用語解説や、背景やいきさつの説明、関連する話題、若手ビジネスパーソンの仕事や生活に役立つ情報などを掲載しています。すべての記事は、日経ビジネスの電子版である「日経ビジネスDigital」を定期購読すれば無料でお読みいただけます。詳しくはこちらをごらんください。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/041300033/033000021/
いよいよ地価上昇、「資産デフレ」から脱却へ
磯山友幸の「政策ウラ読み」
豊かさ追求へ「ノンリコース・ローン」導入の好機
2017年3月31日(金)
磯山 友幸
東京都では、商業地(都全体)で4.7%上昇。銀座のある中央区が9.8%上昇。(写真:Motoo Naka/アフロ)
ついに地価の下落が止まった。国土交通省がこのほど発表した2017年1月1日時点の公示地価で、「全国の住宅地」が9年ぶりに上昇に転じた。上昇率は前年比0.022%とわずかだったが、それでも上昇に転じた意味は大きい。「全国平均の全用途」では0.4%プラスと2年連続での上昇となっており、「資産デフレ」からの脱却が鮮明になってきた。
2012年末に安倍晋三内閣が発足して以降、株価は底入れしていたが、全国平均の地価はジリジリと下落していた。大都市圏の商業地は早期に底入れしたが、地方都市の地価は下落が続いていた。
今回の公示地価では、「全国の商業地」は1.4%上昇した。上昇率は前年の0.9%から拡大しており、商業地の地価上昇が鮮明になった。札幌、仙台、広島、福岡の地方中核4市の上昇率が6.9%と、三大都市圏の3.3%を大きく上回ったのが目を引いた。観光などに訪れる訪日外国人の大幅な増加が、地方中核都市にも広がり、不足が目立つホテル建設などが相次いでいることが商業地上昇の背景にある。一方で、地方でも都市部以外の地価は下落が続いており、二極化が進んでいる。
新規の住宅着工戸数が増加へ
そんな中でも住宅地が全国平均で上昇に転じた意味は大きい。住宅価格が上昇に転じてきたことで、買い替えが容易になり、新規の住宅建設に結びつく。すでに大都市圏では中古マンションの価格上昇などをきっかけに、新築マンションの建設ブームが続いている。地価の下落が止まることで、戸建て住宅でも新規建設の増加が鮮明になりそうだ。
実際、新たに建設する住宅の着工戸数は増加に転じている。国土交通省が毎月発表している新設住宅着工戸数は、2016年7月以降、7カ月連続で前年同月比で増加。1月は7万6491戸と、前年同月比12.8%の大幅増だった。
新設住宅は、消費税増税前の2013年に駆け込み需要で大幅に増えた。2016年は春から、駆け込み需要に迫る建設ラッシュが続いていた。秋以降も腰折れしていないことから、住宅建設ブームが定着しつつあるとみてよさそうだ。
背景にあるのは「マイナス金利」
地価上昇の背景にあるのは「マイナス金利」。2016年2月に日本銀行が導入したが、その後、住宅ローン金利が歴史的な低水準になるなど、その効果がじわじわと広がっている。
金融界にはマイナス金利政策を批判する声が根強いものの、着実にその効果が表れていると言ってよさそうだ。新設住宅着工でも「貸家」の伸びが大きくなっており、低金利と地価の上昇を背景に、空き地に賃貸マンションを新築したり、老朽化したアパートを建て替える例が増えている。不動産投資が活発化しているのだ。
日本銀行は昨年11月の政策委員会・金融政策決定会合で、マイナス金利政策を継続したうえで、長期金利をゼロ程度に誘導する方針を示した。さらにJ−REIT(不動産投資信託)の買い入れも引き続き行う方針を決めた。こうした政策によって不動産投資が後押しされることになりそうだ。
全国の商業地の平均地価は、リーマンショック前の8割
もっとも、日本銀行はマイナス金利政策について本腰を入れているわけではない。市中銀行が日本銀行に持ち込んだ当座預金二百十兆円には今でも年利0.1%という、普通預金金利からみたらかなり高利の金利が付いている。この全部もしくは一部をゼロ金利にするだけでも、資金の追い出し効果はあるはずだが日銀は慎重だ。「マイナス金利政策を拡大すればバブルが起きる」(日銀幹部)というのである。
もっとも、今回公表された公示地価でも、全国の商業地の平均地価は、リーマンショック前の2008年の8割の水準にとどまっている。まだまだ「不動産バブル」というほどの水準には達していない。
保有資産の価格上昇で、消費者の財布が緩む
地価、とくに住宅地が上昇に転じてきたことは、デフレに苦しんできた日本経済にとって画期的なことといえる。住宅ローンを抱えている一方で、住んでいる家の地価下落が続いていれば、ローン返済ができなくなった時にローンだけが残るリスクが生じる。将来への不安から消費にもブレーキがかかる。
逆に保有する住宅の価格が上昇すれば、家計が「含み益」を抱えることになり、前述のように転売が容易になるばかりでなく、いわゆる「資産効果」による消費増につながる期待も生じる。保有資産の価格が上昇することで、将来不安が薄れ、消費者の財布が緩むわけだ。
資産効果だけではない。地価の上昇によって買い替えが進み、新設住宅着工が増えることで、消費の「実需」も大きく増える可能性がある。
消費の底入れを期待
住宅を建設した場合、それに付随して生まれる消費は大きい。住宅を建てれば、家具やインテリア用品、家電製品、食器などの家庭用品など、様々なモノの買い替えにつながる可能性が出てくる。家の新築に合わせて自動車の買い替えなどを行う例も増えるとされる。つまり、住宅建設が、低迷を続けている日本の消費を底入れさせる期待が出てくるのだ。新設住宅着工が目に見えて好転し始めてそろそろ1年。続々と住宅が完成するタイミングに来ている。そろそろ消費の低迷に底入れ感が出てくる可能性がありそうだ。
地価の上昇は「担保価値」を増すことにもつながる。地価下落が続く中では、金融機関も不動産向け融資には慎重にならざるを得なかった。担保にとった土地の価格が下落した場合、担保不足になるリスクがあったからだ。マイナス金利によって金融機関が資金を当座預金などとして抱え込むメリットが薄れたこともあり、不動産投資などへの融資がさらに広がってくることになるだろう。
先行投資を促進、事業に必要な土地取得に動く
地価の上昇は不動産会社などの先行投資を促す役割も果たす。少しでも地価が上昇する前に土地を確保しようという動きが加速するためだ。マイナス金利によって、現預金などで不動産会社が資金を抱え続けるよりも、将来の事業に必要な土地の取得に動くことになるわけだ。
とはいっても、個人の住宅需要はなかなか大きくならない。人口減少が鮮明になっているからだ。そもそも住宅を新規に必要とする人の数が減っているのである。
そんな中で、需要を増やすにはどうするか。
担保を超える返済は求めない「ノンリコース・ローン」
より広い、大きな家への住み替えを促進することがひとつのカギだろう。政府の戦後の政策は不足する住宅を補い、持ち家比率を上げるために、買いやすい小規模な住宅の取得を優遇することだった。日本人の家が「うさぎ小屋」と海外から揶揄されて久しい。より広い住宅への住み替えを後押しするような政策が必要だろう。
そのひとつの具体策が、ノンリコース・ローンと呼ばれるものだ。土地を担保に住宅ローンを借りた場合、仮に地価が下落した時に、担保の土地を手放せば住宅ローンが免除されるローンの仕組みだ。欧米では当たり前の制度として定着している。日本の場合、地価が下がると、返済ができなくなった場合、不動産を売却してもローンだけが残ることになる。ローンの仕組みがノンリコースに変われば、将来の不動産価格の下落リスクを消費者が負わないで済むようになり、より気軽に住宅取得ができるようになる。
不動産投資を拡大させる政策を本格化させよ
実は、ノンリコース・ローンの導入は民主党政権下などで検討されたことがある。だが当時は地価の下落が続いており、金融機関側が導入に難色を示した。当然である。地価下落のリスクを金融機関が負うことになるからだ。
逆に言えば、地価が上昇に転じたことで、ノンリコース・ローンを導入する好機が到来したともいえる。アベノミクスの効果がなかなか出ないと言われる中で、不動産投資を拡大させる政策を本格化すべきだろう。より大きな住宅を多くの国民が手に入れることは、日本人の生活をより豊かにするだけでなく、日本の文化を磨くことにもつながるはずだ。
このコラムについて
磯山友幸の「政策ウラ読み」
重要な政策を担う政治家や政策人に登場いただき、政策の焦点やポイントに切り込みます。政局にばかり目が行きがちな政治ニュース、日々の動きに振り回されがちな経済ニュースの真ん中で抜け落ちている「政治経済」の本質に迫ります。(隔週掲載)
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/033000045/
老後が不安なら“老後”を無くせばいい
「定年男子 定年女子」の心得
いかに自分の未来に正対し、対策を取るか
2017年3月31日(金)
大江 英樹
大江英樹(おおえ・ひでき)氏
経済コラムニスト。1952年、大阪府生まれ。大手証券会社で個人資産運用業務、企業年金制度のコンサルティングなどに従事。定年後の2012年にオフィス・リベルタス設立。写真:洞澤 佐智子
老後は誰にとっても不安です。健康、お金、孤独などなど、不安の要素はたくさんあります。なぜ老後が不安なのかという最大の理由、それは誰もが老後を経験したことがないからです。「私はかつて75歳だったことがある」などという人はひとりもいません。「自分の老後」は全ての人にとって、これから訪れる未知のことなのです。経験したことがなければ何が起こるかわかりません。せいぜい自分の親や先輩の姿を見て推測するしかないわけです。
実際、齢をとると、次々と嫌なことが襲ってきます。
健康面で考えると、私は50歳になった時に明らかに体力の衰えを感じました。40代までは多少衰えたとは言え、徹夜も平気でしたし、睡眠時間3時間ぐらいの日が続いても土日に寝だめすれば回復していました。20代、30代の頃と比べてさほど違いはなかったのです。
ところが50歳になったとたんに、急激な体力の衰えを感じました。更に60歳になると具体的に体の悪い箇所が出てきたのです。健康状態は人それぞれですから誰もが同じではないですが、加齢による身体能力の低下は避けようがないと言ってもいいでしょう。
お金についても多くの人は将来のお金の「入」と「出」、すなわちキャッシュフローをあまり理解していません。面白いことに「老後は不安」であるにも関わらず、「関心がない」のです。おそらくは心のどこかに「何とかなる」という気持ちを持っているのかもしれません。確かに何とかならないわけではありません。
一番大きいのは、公的年金の存在です。リタイアしてから死ぬまでずっと支給される公的年金は、たとえるなら国から支給されるお弁当のようなものです。但し、一日一食しか支給されません。サラリーマンや公務員と違って基礎年金のみの自営業・フリーの場合は、おかずなし・白飯のみの一日一食といっていいかもしれません。
したがって公的年金だけでは、飢え死にすることはないものの十分満足のいく生活をおくるのは難しいのです。そのうえ、その公的年金の額すら自分で把握していない人も多いのですから、これは不安になるのは当然だと思います。
イラスト/フクチマミ
では、老後不安を解消するにはどうすればいいのか?勉強して知識を得る、現役時代からお金を一生懸命貯める、コツコツと投資を続けて資産形成を図る、日々食事に気を付けて運動を欠かさないようにするなど、老後対策と言われているものを数え上げるとキリがありません。しかしながらどれよりももっと簡単に老後不安を無くす方法があります。
それは“老後をなくすこと”です。
働くことを止めた時から“老後”が始まる
唐突にそんなことを言われてもきっと戸惑うことでしょう。「老後をなくす」って一体どういう意味なんだ、と思われる方も多いと思います。私が自分なりに定義している「老後」は単純な年齢ではありません。働くことを止めた時から老後が始まると考えているのです。つまり「老後をなくす」というのはできる限り働き続けるということです。
実際、働き続けることで俗に言う「老後の三大不安」はかなりの部分で解消されます。まずお金ですが、働き続ければいくばくかのお金は入ってきます。年金だけで生活するよりは豊かな暮らしができるでしょう。健康面を考えても何もせずにじっと家に閉じこもっているよりは、外に出て活動しているほうがはるかに健康にも良いし、体調管理もしやすくなります。孤独ということを考えると、働くことによって程度の差こそあれ人と接する機会は多くなりますし、社会と関わり続けるわけですから、そうそう孤独に陥ることもありません。このように、働くことで老後の問題の多くが解決されるのです。
ところが“働き続ける”とか“生涯現役で頑張る”というと、「何で60歳を過ぎてまで働かなきゃいけないんだ。いい加減早く引退したいよ」と言う人は多いでしょう。なかには頑張って働いて投資で資産を作り、アーリーリタイアメントを目指しているという人もいます。人それぞれですからどういうやり方が一番良いということは言えませんが、「齢をとって働くのはまっぴらごめん」という方は、どうもサラリーマンの時の働き方をイメージされているのではないかと思うのです。私も定年までずっとサラリーマンをやってきましたから、あんな仕事をこれからもずっとやらなきゃいけないかと思うとうんざりします。
サラリーマンというのは自分がやりたいことが自由にできるわけではありません。時に自分の意にそぐわないこともやらざるを得ません。でもそれは当たり前の話です。組織に所属して働くわけですから、組織の意思が優先されるのは当然で、各自が自分のやりたいことをバラバラにやっていたのでは組織は機能しません。自分の意思を殺して組織の方針通りに動かなければならないというのは時に大きなストレスを感じるものです。結果として働くこと=苦役と感じるのはごく普通のことです。
会社を定年で辞めた後は、そういう働き方を見直し、自分の好きなことを仕事にすれば良いのです。若い頃と違い、いくばくかの蓄えもあるでしょうし、公的年金も65歳からは出ます。おまけに退職金もあるとすれば、たちまち生活できなくなるということはありません。
前のコラムにも書きましたが月に3万円とか5万円程度のお小遣い稼ぎという程度の収入でも十分なのです。サラリーマン時代のようなストレスにまみれた仕事とは離れ、自分がやりたいこと、やりたかったことを妥協せずにやれば良いと思います。私も60歳で会社を辞めた後、自分のやりたい仕事にこだわったので最初の1年ぐらいは何も仕事がありませんでしたが、それほど深刻には考えませんでした。今は有償無償を問わず、様々な仕事やイベントがあるため、全く仕事をしない休みの日は年間3〜4日ぐらいしかありませんが、サラリーマン時代とは違って全く苦になりません。
だからと言って全く無理はしていません。睡眠時間だって一日8時間はたっぷりとっています。何よりもサラリーマン時代との最大の違いは全ての仕事の時間を自分のために使えるということです。会議もなければ上司への説明も不要、部下の指導や評価といった“ねばならない”仕事がない、これが会社を辞めた後、マイペースで働くということの大きなメリットだろうと思います。
波平さんは藤井フミヤと同い年
漫画「サザエさん」に出てくるサザエさんのお父さんである磯野波平さんは一体何歳かご存知ですか?実は54歳なのです。「サザエさん」が全国紙で連載が始まった昭和26年当時、定年は55歳でした。さらにその頃の男子の平均寿命は約60歳です。つまりあの波平さんは定年1年前のサラリーマンであり、そして定年を迎えてから5年で平均寿命に到達するというシチュエーションにいる人なわけです。
ただし、その頃はまだ戦後間もない頃なので、平均寿命には戦争で若くして亡くなった人の影響もあったでしょう。実際には恐らく55歳時点での平均余命は、10年ぐらいはあったと思います。それでも65歳です。つまり仕事をやめてから10年ぐらいしか余生がなかったということになります。別な言い方をすれば「波平さんの老後」は10年間だったわけです。
イラスト/フクチマミ
ところが現在、男子の平均寿命は80.8歳です。(厚生労働省:平成27年簡易生命表より)60歳でリタイアすると老後の期間は約20年、実際には60歳時点での平均余命は23.55年ありますから83〜84歳ぐらいで生きるとして老後期間は24年近くになるのです。これでは老後が長すぎて不安になるのは当たり前と言えるでしょう。
波平さんの時代の働き方を現代に置き換えて考えてみましょう。働くのをやめてから亡くなるまでの人生を10年程度とすると、80〜84歳まで生きる現代人は70〜74歳まで働いても別に不思議ではありません。
ちなみに波平さんの年齢と同い年の54歳と言えば、歌手の藤井フミヤさんや俳優の風間トオルさんになります。どう見ても彼らには“波平感”はありません。要するに現代の54歳とはかくも若々しい存在なのです。では70歳の人たちは? 俳優の岸部一徳さんや高田純次さん、井上順さん等はみんな70歳です。彼らをお年寄りとか高齢者と言うのは違和感があります。彼らには老後はないのです。
誰にでもわかりやすくイメージするためにたまたま、芸能人の名前を出しましたが、私の知人で70代でも現役で働いている人や経営をしている人たちはいずれも一様にとても若々しく見えます。彼らは元気だから働いているのではなく、働いているから元気なのです。要は、いつまでも働き続けることで「老後」は短くなるということです。そのために、楽しく働けるようにするための準備を50代から始めることがとても大切と言えるのではないでしょうか。
本内容をもっと詳しく知りたければ…
『定年男子 定年女子 45歳から始める「金持ち老後」入門!』
「定年後は悠々自適神話」は崩壊。65歳まで働くことを覚悟している現役世代がほとんど。
しかし勤務先で再雇用されても仕事のやりがい、給与ともに大幅ダウンし、職場の居心地はひどく悪いのが現実だ。
さらに65歳で会社を「卒業」し、年金収入だけになったら、本当に暮らしていけるのか…。 親や自分の介護にかかるお金は? 60代からの就活ってどうやればいい?
人生100年時代に、経済的にも精神的にも豊かな定年後を送るために現役時代から準備すべきことを、お金のプロであり、リアル定年男子&定年女子のふたりが自らの経験と知識を総動員してガイドする。
定年男子 定年女子、トークイベントを開催!
『3月31日(金)、紀伊國屋書店大手町ビル店 紀伊茶屋にて!』
このコラムについて
「定年男子 定年女子」の心得
STOP! 老後破産。定年男子こと、元金融マンで経済コラムニストの大江英樹氏が本音で語る「金持ち老後」入門コラムです。「不安な未来」に向けて、何をどう備えるべきか。定年退職時に預金150万円しかなかったという自らの体験を基に、優しく解説します。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/030600122/032900006/
40を過ぎ、自分にがっかりする春がまた訪れる
ここでひと息 ミドル世代の「キャリアのY字路」
2017年3月31日(金)
山本 直人
春という季節は、気持ちをタイムスリップさせるようなところがある。3月の卒業シーズンでは学生時代を思い起こし、4月に配属された新入社員を見れば自分の駆け出しの頃の記憶が蘇る。
それを、ただ懐かしむのか、それとも気持ちを新たにするのか。社会に出て時間が経てば、入社した時の初志はついつい忘れがちになる。しかし、どんな人も自分なりの未来像を持って、あの春を迎えたはずだ。
だが、現実のキャリアは、思うようには描けない。入社後に希望した通りの仕事につき、成果も出し、その後も自分のデザイン通りに順調にステップアップいく人もいないわけではない。ただ、紆余曲折を含め、最終的に初志貫徹に近い道程を歩んだ人を含めたとしても、そうした恵まれた人は全体から見ればごく少数だろう。
大半の人は、自分の希望通りの職種・職場に配属されなかったり、されたとしても自分の予想とは違って苦戦を強いられたり、順調な歩みの途中で思いがけない出来事に足元をすくわれたり、思い切った決断ができないまま昨日の延長線上で今日を過ごしていたり…。
「初志」との間で上手に、もしくは致し方なく折り合いをつけながら、人生を歩んでいるのではないだろうか。
だが、そうした「ごく普通」の人であっても、新人を迎える春は、やはり“むずむず”する季節だ。それは、40代・50代のミドルであっても例外ではない。
「本当にやりたかったこと」への思いを心のどこかに秘めつつも、今の仕事に取り組んでいるからだろう。啓蟄(けいちつ)ではないが、心の中に置きっぱなしにしていた忘れ物が、春という「変化の季節」に誘われて這い出てくるのだ。
やっぱり「自分で会社を興したい」
Pさんは、40歳を過ぎてから、「初志貫徹」で起業した。
インターネットの黎明期に社会に出たPさんは、いち早く新しい技術の可能性に着目していた。就職した先は、今では誰もが知るIT系の企業だったが、当時はまだ無名だった。
その企業で実績を上げて、さらに2つの会社で働いた。傍から見れば、時代の流れに乗った羨望の対象ともいえるキャリアだが、必ずしも満足していたわけではなかった。
Pさんは、大学時代の研究室の教授が薦めてくれたにもかかわらず博士課程への進学は選ばず、修士課程を修了した後に就職した。当時、研究していたテーマは性に合っていたが、それを振り切るようにして社会に出たのは、「自分の会社を興したい」という気持ちが強かったからだ。
それは、Pさんの生まれ育ちと関係があるかもしれない。Pさんの父は、祖父の興した会社を継いでいた。「サラリーマンよりも自分で仕事を」という家風だったが、その会社はPさんの兄が継ぐことになっていた。起業家の多いインターネットの世界に飛び込んだのは、そうした環境で育った影響も大きかったようだ。
最初に入った会社で数年修業を積めば、起業のチャンスは自然と来ると思っていた。ところが、いい意味で想定外だった。仕事が面白いうえに、より条件の良い他社からの誘いがあったりしたことで、勤め先は変わりつつも、会社勤めのまま時間が経っていった。
そうした「悪くない時代」に区切りをつけるきっかけになったのが、新入社員の存在だった。時代の流れにうまく乗り、それなりの実績を上げてきたPさんは、この世界では知る人も多い。新社会人は、そんなPさんを前に、目を輝かしていろいろと夢を語る。そして、Pさんのこれまでのキャリアや、さらには学生時代の夢の話まで聞きたがる。
彼らの目が、彼らの表情が、Pさんの「むずむず」を刺激した。
いまの仕事も十分に楽しいが、「最初の気持ち」は捨て難かった。また、年齢的にも「最後のチャンス」を迎えつつあるという思いもあった。さらに、兄が正式に父の会社を継いだこともPさんの背中を押した。結局、50歳を前に、独立を決心した。
「これで一人前になった気がする」
Pさんはそう言った。
忘れていた、金融機関への志望動機
Qさんは大手の金融機関に勤めている。入社したのは、90年代の半ばだった。バブル経済は崩壊し、その一方で金融機関をめぐるスキャンダルや経営不安も目立ち始めた時代である。
つつがなく仕事をこなしてきたQさんだったが、40歳を過ぎてから、気持ちに変化が生じた。きっかけは、2011年の東日本大震災である。
Qさんは北関東出身だが、親族が阪神・淡路大震災を経験したこともあり、その頃、卒業間際のQさんはボランティアにも行った。そのQさんにとって、東日本大震災のインパクトは大きかった。
Qさんの会社ではボランティアのための休暇制度もあり、自分の有休も利用して被災地に何度か通った。東北地方には地縁のなかったQさんだが、自分が想像した以上にボランティアにのめり込んだ。
ことに阪神・淡路の経験を生かしたうえでのアドバイスは、地元の人にも喜ばれ、またボランティア仲間からも一目置かれた。また、その際の経験は、Qさんにとって、自分自身を見直す機会にもなった。
そして、Qさんも「最初の気持ち」を思い起こすことになった。
なぜ、金融機関を選んだのか。当時は、「世の中のため」という気持ちが、Qさんには強かった。
就職活動の頃、金融不安も強く、就職先として金融機関の人気はあまり高くなかった。しかし、金融機関はそもそも、社会性の高い業務を担う。おカネを通じて、事業の成長や個人の生活、社会の整備に貢献する大切な仕事のはずだ。Qさんはそこに魅かれた。
そんなことを面接で熱っぽく語り、複数の内定を得た。
しかし、つつがなくキャリアを重ねていく中で、いつしか就職当時の気持ちも薄れていった。どの仕事ももちろん、「世の中のため」ではあるけれど、その一方で、目標である収益を達成することがアタマの大半を占めていく。
震災後のボランティアは、もう一度当時の気持ちを蘇らせた。一方で、現在の自分の仕事に対しての疑問も高まる。そうした葛藤の中で、人事異動に関する自己申告の機会が来た。
昇進しても、どこか晴れない気持ち
Qさんは、会社が運営するある財団への出向を希望した。その財団は主に、若い人への教育を援助したり、研究を応援したりするものだ。
会社は困惑した。人事からは「何かあったのか?」と心配され、また上司からは、「期待してるんだから、変な気を起こさないでくれよな」と強く言われた。
Qさんは、その後の異動でさらに昇進した。同期の中でも早い方で、周囲からは「おめでとう」と言われるが、まだ心のどこかに引っかかりがある。
どこかの地方の企業で、自分の力を生かして「世の中のため」に何かできないのか。休みの日などは、そんな求人情報や、自分がイメージするような転職に関するいろんな記事を読んでみるが、まだ踏ん切りはつなかい。
そんなことより、いまの仕事に全力を挙げることが「世の中のため」になるのかもしれない。夢を語りながら入社してくる新人を迎える春になると、Qさんの悩みはより深くなる。
そう簡単には答えは出ないかもしれない。だが、30代後半から40代くらいにかけては、自分の足元を見直すべき時だと言える。
この頃になれば「仕事の大きさ」も相応になり、会社におけるポジションも固まってくる。管理職としての責任が増し、新たなことに挑戦する心理的・時間的余裕を持ちにくい。また、この年代は、自分のキャリアの終着点が、おぼろげながら見えてくる時期でもある。自分と向き合う機会を意識して作らないと、漫然と月日だけが流れてしまい、新たなスタートを切ろうにも時期を逸してしまいかねない。
そして、「足元を見直す」という作業を行う上で、大切なことの一つが、社会に出た時の初志、いわゆる「最初の気持ち」を思い起こすことだ。
もちろん、「初志」は「貫徹」すべきなどと、偉そうなことを言うつもりはない。ただ、社会人としての自分のキャリア、個人としての生き方を見直すには何らかの「視点」が必要となる。そうした判断基準がなければ、結局、漫然と後ろ向きの「折り合い」をつけながら、日々を過ごすことになりかねない。
最終的には、あきらめてもいいだろう。人生は、初志を貫くか否かといった単純な選択肢の上にあるわけではない。ただ、初志との間で、自分なりのケリはつけておいた方がいい。前向きな「折り合い」を付けるための、大切な通過儀礼となるはずだからだ。
ときに痛みを伴う、“むずむず”する春が今年もやってくる。
■今回の棚卸し
「これが天職だ!」と満足して日々を過ごしているような人は別として、多くの人は、「自分だって本当は……」という気持ちにふたをしながら、目前の仕事に精力を傾けて過ごしているのではないだろうか。
これは、どの年代にとっても日々の現実だろう。ただ、ミドルともなれば、ときに封印した「初志」と向きあい、自問する作業も大切だ。残された時間は、それほど多くない。今の自分を見直すことで、新たな道に進むきっかけになるかもしれないし、現在の仕事をより充実させる結果にもなり得る。
春は変化の季節。新年度の始まりに、初志を思い出してみてはどうだろうか。
■ちょっとしたお薦め
観阿弥の言葉を世阿弥が編した『花伝書』は、能楽のための芸術論であるが、「人の生き方」についても多くの示唆を与えてくれる。たとえば、「年来稽古条々」という章では、若い頃から老年に至るまでの歳に応じた心得が書かれている。
いわば、「年代に応じた行動と勉強」を説いたものであるが、その内容は、現代の私たちが読んでも新しい発見がある。注釈や現代語訳がついている版もある。一読してみてはいかがだろうか。
このコラムについて
ここでひと息 ミドル世代の「キャリアのY字路」
50歳前後は「人生のY字路」である。このくらいの歳になれば、会社における自分の将来については、大方見当がついてくる。場合によっては、どこかで自分のキャリアに見切りをつけなければならない。でも、自分なりのプライドはそれなりにあったりする。ややこしい…。Y字路を迎えたミドルのキャリアとの付き合い方に、正解はない。読者の皆さんと、あれやこれやと考えたい。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/032500025/032800026/
日本の電力市場、生かすも殺すもJERA次第
From 日経エネルギーNext
東電・中部電が火力完全統合に合意、シェア5割の巨大会社誕生へ
2017年3月31日(金)
山根小雪=日経エネルギーNext
東京電力・福島第1原子力発電所事故は、日本の電力ビジネスに構造転換を迫った。今、誕生しようとしている巨大企業は、まさに原発事故の申し子だ。そして、日本の電力市場の行く末を左右する鍵を握っている。
東京電力ホールディングスと中部電力は3月28日、燃料・火力事業の全面統合へ向けた基本合意書を締結したと発表した。両社の共同出資会社JERA(東京都中央区)に既存の国内火力発電事業を統合する。2017年度上期に合弁契約を締結。その後、発電設備などのデューデリジェンスを実施し、2019年上期までに統合する計画だ。
日本最大の電力会社である東電と、第3位の中部電の火力発電事業を統合するため、当然ながら日本最大の発電会社となる。保有する発電設備(出力)の国内シェアは約5割だ。
布石は火力発電所の新設だった
東電と中部電が共同で石炭火力を新設中の常陸那珂火力発電所
東電と中部電は2015年4月にJERAを設立後、同年10月にstep1として燃料輸送・トレーディング事業を統合。2016年7月にstep2の燃料調達や海外発電事業を統合した。そして、今回発表したstep3の国内既存火力発電事業の統合をもって、東電・中部電の燃料・火力事業はJERAに完全統合する。
虎の子の火力発電の切り出し、それでもぶれなかった中部電
JERA誕生の契機は、原発事故による東電の経営危機だった。単独では成長戦略を描けなくなった東電は、アライアンスに活路を見出そうとした。最大の需要地である関東を営業エリアとする東電とのアライアンスには、東京ガスをはじめ複数のエネルギー企業が食指を動かした。東ガスが本命とささやかれた時期もあったが、東電を射止めたのは中部電だった。
JERA設立は2015年4月だが、アライアンスの伏線はその前にあった。東電・常陸那珂火力発電所(茨城県那珂郡東海村)における石炭火力発電所の新設である。
東日本大震災後、電源不足に陥った東電は火力発電の増強に走った。その際、常陸那珂火力発電所の敷地内で65万kWの石炭火力を中部電と共同で新設することを決めた。現在、2021年の営業運転に向けて建設工事を進めている。
中部電関係者は、「常陸那珂で東電との人脈も含めて関係を構築できたことが今につながっている」と明かす。その後、中部電はJERA設立、そして完全統合へ向けて調整を重ねてきた。
最も大きなハードルは「福島リスクの遮断」だった。JERAの収益を上限なく廃炉や賠償に投じることになれば、中部電にとってのアライアンス効果は損なわれる。だが、昨年秋からの経済産業省の議論、そして3月22日には東電の再建計画「新々総合特別事業計画」の骨子が公表されたことで、福島リスクの遮断は一定、担保された。(「サプライズなしの東電・新計画、発表遅れの理由」参照)。
会見に登壇した中部電の勝野哲社長は、東電の再建計画などを踏まえ「(福島リスクは)JERAの企業価値を高める面での制約はない。懸念は排除できた。過度な配当要求が出ないよう、合弁契約の締結までに配当ルールを詰めていく」と説明した。
既存火力の統合に至るまでには、東電・中部電の内部から反対の声が聞こえることもあった。王者東電の内部には、JERAに燃料・火力部門を切り出すことに対して、「会社がバラバラにされると嫌悪感を持つ人も少なからずいた」(東電関係者)。
3月28日、ついに東電と中部電がJERA完全統合を発表した
東京電力ホールディングスの廣瀬直己社長(左)、東京電力フュエル&パワーの佐野敏弘社長(中央)、中部電力の勝野哲社長(右)
他方、中部電にとって火力発電は虎の子だ。1960年代以降、他の電力会社が原発新設に奔走する中、中部電は原発の新設に苦戦。中部電の原発は浜岡原発(静岡県御前崎市)しかない。原子力による安価な電力が大手電力の競争力の源泉と言われる時代、原発の保有規模で見劣りする中部電が活路を見出したのが火力発電だった。
その火力を切り出し、業界トップの東電と統合する。このシナリオに中部電内部の不協和音が報じられたのは、一度や二度ではない。だが、いま振り返ってみれば、JERAへの完全統合に向けて、中部電幹部陣の意思にぶれはなかったと感じる。
「日本の火力発電市場は縮小する」という危機感
東電、関電に次ぐ業界第3位、三男坊の中部電はかねて「やんちゃ坊主」だった。だが、2006年の「壺事件」を契機に、経営陣を刷新。近年では他の大手電力関係者に、「中部電は何をしようとしているのか読めないから恐い」とささやかれる存在になっている。(「東電が中部電と新会社設立へ」参照)。
その中部電がJERAへの完全統合を結実させた背景には、並々ならぬ危機感があった。ある中部電幹部は言う。「どう考えても、今後日本の火力発電市場は縮小する。一定の規模を維持するためにはJERAへの統合が必須だった」。
少子高齢化や省エネの進展によって、日本の電力需要が減少していくのは自明だ。さらに、再生可能エネルギーの普及は今後も続く。ある大手電力幹部は、「大手電力の発電電力量が半分になったっておかしくない」(大手電力幹部)とすら言う。
しかも、発電所それぞれの競争力も重要になってくる。電力システム改革によって、大手電力を支えていた地域独占がなくなったことで、大手電力各社の発電所は地域内に電力を供給するだけでなく、他の地域にも供給するようになっていくだろう。これは全国大で発電所の競争が始まることを意味している。
国内での競争に打ち勝つためには、強い発電所を持つことが第一条件だ。ここに規模が効いてくる。火力発電所は2〜3年に1度、定期点検のため3カ月程度停止する。発電規模が大きくなれば、定期点検による発電量の減少、すなわち売電収入の減少による売上の変動が小さくなる。また、発電所の更新による長期の売電量減少にも堪えられる。
勝野社長は会見で、「国内の発電所のスクラップ・アンド・ビルドを進め、最適な電源ポートフォリオを構築する」と説明した。老朽化した火力発電所を必要に応じて更新する。既にJERAがリプレース計画を発表している横須賀火力発電所(神奈川県横須賀市)が、燃料を石油から石炭に切り替えるように、燃料価格や国のエネルギー政策などをにらみ、望ましい電源ポートフォリオに近づけていく。
そのうえで、世界最大規模となったLNG(液化天然ガス)の調達量を生かし、安価な燃料を活用する。単純に輸入するのではなく、海外における燃料トレーディング機能を織り込むことで、翻って日本向けの調達コストを押し下げようというわけだ。
こうした考え方は、「アセット・バック・トレーディング」と言われる。JERAは海外での発電所保有も進める方針だ。国内の発電事業の縮小が見込まれるなか、調達した燃料を消費するための発電所を海外にも保有することで、調達の柔軟性を高め、リスクを低減する。
国内外の発電事業と燃料調達、燃料トレーディングを三位一体で
今後、電力需要の減少に伴って火力発電所は余っていくだろう。卸電力価格が低迷し、収益性が悪化する懸念もある。「JERAは燃料から発電のバリューチェーンを押さえ、国内外の発電事業と燃料調達、トレーディングに三位一体で取り組む。JERAへの完全統合で事業規模を一気に拡大し、バリューチェーン全体で効率化して、ようやく現状の東電単体の発電事業の規模を維持できるかどうか」。あるJERA関係者はこう予測する。
「現状の東電単体の規模を維持できるかどうか」という言葉には、JERAが現状の中部電の発電事業に相当するビジネスを失うことを織り込んでいる。今後の火力発電市場の縮小を、どれだけ深刻に受け止めているかがうかがえる。
日本の火力発電事業は厳しい時代に突入しようとしている。大手電力の大半は、未だ原子力の再稼働を経営目標の一丁目一番に掲げる。「再稼働さえすれば経営は安定」と言わんばかりだ。だが、果たして本当にそうだろうか。中部電にJERA完全統合を完遂させた将来の危機は、一歩ずつ近づいてきているのではないだろうか。
卸電力市場はJERAのふるまい1つで行く末が変わる
ただし、JERAの今後の経営によっては、日本の電力市場が深刻なダメージを受ける可能性があることも忘れてはいけない。
既存火力の統合によって、JERAは日本の発電設備の5割を保有する巨大発電企業となる。海外の電力市場に詳しい有識者は、「独禁法上の観点から、海外ならJERAの誕生は当局が認めないだろう」と指摘する。JERAも「合弁契約の締結までに公正取引委員会などに説明する」(東電フュエル&パワーの佐野敏弘社長)と言う
公取に判断を仰ぐ必要があるほど、JERAの市場支配力は大きい。JERAへの既存火力統合は、日本の卸電力市場に新たな寡占企業が誕生したことを意味する。
だからこそ、JERAの取引実態を注視していく必要がある。JERAが“普通の電力取引”に邁進すれば、日本の卸電力取引の世界は桁違いに活性化する。他方、JERAがこれまでの大手電力の発電部門と同じように閉鎖的な取引に終始した時には、日本の電力市場は成長の道を絶たれるだろう。
つまり、日本の最大発電事業者となるJERAの意思1つで、日本の卸電力市場は大きく揺さぶられることになる。ポイントは、「発販分離」だ。
これまで日本の電力市場は、大手電力会社の小売部門が主導権を掌握してきた。大手電力各社の発電部門が発電した電気は、ほぼ100%、自社の小売部門が引き取る。こうして大手電力の小売部門は圧倒的な電源調達力を誇り、小売ビジネスで新電力を圧倒してきた。新電力の競争力が大手電力に依然として劣後する理由は、つまるところ電源の大半を大手電力が握っていることにほかならない。
大手電力の発電部門と小売部門を分離し、発電部門が自社小売部門のために発電するのではなく、発電事業単体としての最適化を進める。そうすれば、自社小売に全量を販売するのではなく、より高く買ってくれる他の小売事業者へ販路を拡大していこうとなっていくはずだ。JERAはその先兵となるべきだ。
JERAが、「事業の安定性から長期相対契約で電力を買ってもらいたい」(中部電・勝野社長)というのは、発電事業者として当然の発想だろう。ただ、長期相対で電力を購入するのが東電や中部電の小売部門だけかといえば、それは違う。電力小売りの全面自由化によって、国内には現在、400社に上る新電力が存在する。大手ガスや石油元売り、通信事業者など販売電力量を急速に拡大している新規事業者もある。そして、その多くが長期にわたり安定した電源の調達先を探している。
電源確保の不平等が電力ビジネスの競争を阻害している
新電力と大手電力が公正な競争をするためには、電源確保の不平等を是正していくことが不可避だ。大手電力において、小売部門は長年、圧倒的な権力を有してきた。だからこそ、大手電力の小売部門は依然として安価な電源を調達し、新電力には太刀打ちできない低価格で販売している。
国内最大の発電会社となったJERAが、両親会社の小売部門との軛を断ち切り、「公正な電力取引によって、高く買ってくれる人に売る」というビジネススタイルを取るようになれば、日本の電力市場は多いに活性化するだろう。
JERA関係者からは、「今後は市場対応型のビジネスモデルにしていく」という言葉が聞こえてくる。東電と中部電の発電部門にとって、自社小売りとの強固な関係から、ある意味解放されるJERAへの統合は商機になるはずだ。JERAがより自律的に経営を進めることに期待したい。
燃調調達の規模とトレーディング機能を駆使し、日本に安価な燃料を持ち込む。さらに、老朽火力のリプレースや廃止を進め、発電設備自体の競争力を高める。こうして発電した安価な電力を、親会社の小売部門以外の小売事業者にもフェアに供給する。JERAがこうした過程を経ることで、大手電力以外の事業者の競争力が高まれば、これまでの電力業界からは生まれなかった新たなサービスや魅力的な料金が生まれるだろう。もちろん、国内への安定供給という責務は変わらず果たされる。
積年の課題であった大手電力による電源の独占に、風穴を空けることができるかどうか。また、縮小する日本のインフラ産業で新たなビジネスモデルが花開くのかどうか。完全統合を迎えるJERAの行方は、日本の電力ビジネスの今後を占う試金石となりそうだ。
日経エネルギーNext、紙からデジタルへ
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このコラムについて
From 日経エネルギーNext
電力・ガスの全面自由化を迎え、日本のエネルギー市場は新たな局面を迎えた。王者・東京電力は原子力発電所事故の賠償や廃炉の責任を背負い、大規模な合従連衡が進もうとしている。数多くの新規参入企業が虎視眈々と商機を狙い、まさに戦国時代の様相だ。電気やガスの料金は本当に下がるのか、魅力的なサービスは登場するのか――。エネルギービジネスの専門誌「日経エネルギーNext」が最新ニュースを解説する。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/022700115/032900009
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