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ここに及んで競争力のある半導体事業の売却もやむなしと思われる東芝。しかしそれには、日本に与えるインパクトの大きさをよくよく考えるべきだ Photo by Takahisa Suzuki
東芝の半導体を是が非でも守らなくてはならない理由
http://diamond.jp/articles/-/123000
2017.3.30 長内 厚:早稲田大学商学学術院大学院経営管理研究科教授/早稲田大学台湾研究所研究員・同IT戦略研究所研究員/ハーバード大学GSAS客員研究員 ダイヤモンド・オンライン
もはや半導体売却もやむなし?
頼みの綱は鴻海精密工業か
東芝の米ウェスティングハウス社(以下、WH社)破産申請と半導体売却が大詰めを迎えている。3月末には債務超過が見込まれる東芝にとって、この2つの意思決定は急務ではあるが、チャプター11(連邦倒産法第11章に基く倒産処理手続き)の決定はあくまでもアメリカの裁判所が下すものであり、予断は許せない。
また、半導体売却に関しても、「先送り名人」の東芝なだけに、まさかとは思うが、「今日、明日で決まりませんでした」などということがあるかもしれない。
今述べたように、チャプター11はそもそも裁判所という相手がある話であり、東芝の意思決定だけでどうこうできない事情もあるが、半導体売却に関しては複数のオファーがあるようで、これは東芝だけで決められることではある。しかし、東芝の半導体ビジネスにとって(必ずしも東芝本体にとってではなく)、いい解決策が簡単に見つかるかというと、そうではないだろう。
そもそも一連の東芝の問題は、原発という大きなリスクを1社ではどうにもならないほど大きな規模で抱えてしまったビジネスに対する見通しの甘さ、歴史と伝統と技術がある「大東芝」が潰れることはないだろうという慢心、その慢心がもたらした直近の問題点を取り繕い本質的な解決を後回しにしてきた経営体質にある。
東芝にとって現在一番のリスク要因は原発であり、かといって安全保障上も福島の廃炉事業という観点からも、簡単にやめることのできないビジネスが原発である。筆者はかねてから、東芝は原子力事業を切り離し、公的なセクターで運営すべきであり、優良事業の切り売りはすべきでないと主張してきた。
その考えは今も変わらないが、ことここに至っては半導体事業売却もやむを得ないと考えている。
最大の理由は差し迫った債務超過であるが、これは消極的な理由だ。東芝が今回売却するフラッシュメモリ事業は、日本メーカーがまだ半導体の領域で国際競争についていける数少ない領域であり、そこで勝ち抜くためには素早い経営判断と多額の設備投資が必要となるが、現在の東芝にはそのどちらもが欠けているからだ。だからこそ、半導体事業を売却すべきなのだ。
原発が空けた穴を埋めるための半導体への出資だけでは、東芝のフラッシュメモリ事業の先行きは暗い。必要なのは、効果的かつ迅速に多額の製造設備への投資をしてくれる出資者である。半導体は製品技術そのものよりも最後は製造プロセスの規模が効く装置産業だ。
東芝の半導体事業買収に意欲的な米韓台の企業の中で、最も迅速な意思決定と思い切った投資をしてくれる可能性があるのは、鴻海精密工業だろう。
フラッシュメモリは液晶パネル、電池とともにスマートフォンの主要部品であり、鴻海の背後には鴻海の顧客企業であるアップルの存在がある。フラッシュメモリはサムスンがトップメーカーであるが、サムスンはスマートフォン市場でアップル・鴻海連合と競合する仲でもある。鴻海はシャープの液晶をすでに手に入れており、そこに東芝のフラッシュメモリが合流すれば、対サムスンの競争にさらに有利な条件を整えることができるかもしれない。
また、鴻海は台頭する中国のスマートフォンメーカーの製品の製造も請け負っており、東芝のフラッシュメモリを大量に売る目処が立ちやすい。東芝の半導体ビジネスだけの個別最適解を考えるのであれば、鴻海に分社化した半導体会社のマジョリティを譲渡するのが最良と言えるだろう。
日本の技術者、雇用の確保に見る
半導体事業売却のデメリット
しかし一方で、残された東芝や日本の技術者、雇用の確保という点では、鴻海への売却はデメリットも伴う。東芝は昨年の3月にエネルギー、社会インフラとともにストレージを中核事業の3本柱の1つとする「新生東芝」のプランを発表した。このプランは1年経たずに、原発事業の縮小、半導体売却によって社会インフラだけの新たな「新生東芝」プランに置き換わることになった。
昨年の時点では超楽観的な新設原発事業を見込んだ再生計画が示されていたが、この時点で原発事業の縮小を前提とした計画を立てていたら、今日の東芝の状況は変わっていたのかもしれない(WH社を買収した時点で避けられない結果だったのかもしれないが)。
話を戻すと、3本柱の1つのストレージ事業は、東芝が持つハードディスク事業とフラッシュメモリを統合的に捉えて、将来的なハードディスクからフラッシュメモリへの事業転換も計画に含まれていたが、今回フラッシュメモリだけ売却し、東芝にハードディスクが残されることになると、これまで同じストレージ製品の仲間であったフラッシュメモリが一転して市場で競合する敵になってしまう。
東芝のストレージ事業を将来的にどうするのかはまだ見えてこない。さらに、WH社の破産申請が認められたとしても、それ以外の現存する原発事業で今回と同じような損失を出す可能性も否定できないのではないか。昨年3月時点では、WH社のアメリカにおける原発事業は東芝のエネルギー事業の中でも優良事業と説明されていたからだ。
もし、東芝が再び債務超過に陥ったら今度は何を売って穴埋めをすれば良いのだろうか。東芝の半導体事業のマジョリティを売るということは、東芝の未来の収益源を売ってしまうことに他ならないことも、十分に考慮する必要があるだろう。
国際競争で捲土重来を期す
チャンスを失いかねない
もう1つ、東芝のフラッシュメモリ事業は、日本がかつて国際的に優位性を持ち現在は取り返しのつかない状況まで弱体化・撤退したDRAMなどの半導体事業と異なり、まだ国際競争で捲土重来が期待できる数少ない半導体事業領域である。長期的に日本が半導体事業に人材を輩出し、日本で雇用が確保できる機会を、鴻海への売却で失うというリスクがあることも忘れてはいけない。
筆者は鴻海によるシャープ買収はベストシナリオだと主張したが、それは台湾企業はBtoCの家電事業が得意でなく、日本と台湾で相互補完関係ができるということ、シャープが持つ家電商品開発のノウハウやブランドなどの組織能力は日本という国に土着する暗黙知的な能力であり、安易に海外に移転できないため、オーナーが台湾企業になったとしても、日本のシャープは残り続けると考えたことからである。
しかし、半導体は原産国がどこかということは問題になりにくいし、開発や製造の技術も、家電製品の商品企画や設計のノウハウに比べれば移転が容易である。鴻海の事業の中心地が中国であることを考えれば、買収の初期段階では日本の技術者から技術を学び取ることが行われるだろうが、中長期的には開発も製造も中国に移転することが考えられるし、鴻海の戦略としてはその方が正しい。
それでも、そもそも東芝のフラッシュメモリの血脈が途絶えるよりはマシだという考え方もあるかもしれない。しかし、将来的には日本の大学や企業が半導体領域で人材を育成し、日本の雇用を確保するということには、結びつかなくなるかもしれない。
エレクトロニクス業界が国際的な分業によって成り立っている今日、技術流出を防ぐというのはもはや意味のないことであり、技術流出を防げなどと情緒的な意味で日本の産業を守ることを主張するつもりはない。しかし、日本がエレクトロニクスの領域で人材育成をし、その領域で雇用を確保することは続けていかなければならないのではなかろうか。
そうした観点から言えば、最近にわかに出てきた政府系ファンドなどによる国内での東芝半導体買収プランも悪い話ではない。引き続き東芝の事業との連続性を保てれば、ハードディスクを含めた東芝のストレージ事業の統合的な戦略も立てやすくなるだろう。
しかし、単に原発が空けた穴を埋めるだけの限定的な出資であれば、激しい競争環境に置かれた半導体事業に求められる迅速な意思決定と、思い切った多額の設備投資に結びつかず、せっかくの東芝の半導体技術が消滅してしまうということもあり得る。
政府系ファンドいかんで
日の丸半導体の命運は決まる
政府系の出資によって東芝の半導体を買収するのであれば、中途半端な出資では意味がない。国際競争の中で王者サムスンや中国が国家プロジェクトとして取り組むフラッシュメモリへの投資に匹敵するほどの支援が必要になるし、そうでなければ日本のフラッシュメモリが市場に残るチャンスはないであろう。日本は金融危機を避けるために、銀行に多額の公的資金を注入して特定の業界を救済した経験がある。東芝への出資も同様かそれ以上の覚悟と規模を伴う支援を行うことが求められる。それは、東芝という私企業1社を救済するのではなく、日本の基幹技術の育成と雇用の確保という観点から公益性のある事業と言える。
金融危機の回避は差し迫った直近の国民にとっての利害であり、公的資金注入の理由に説得力を持たせやすかった。一方、産業の育成、将来的な雇用の確保は、それに比べるとわかりにくい公益かもしれない。しかし、過去数十年かけて産官学が育成してきたエレクトロニクス産業、半導体産業に再び国際競争力を持たせることも、十分に国民の利益にかなったことであろう。
もし、東芝の半導体事業に政府系ファンドが出資するのであれば、韓国、中国に負けない規模の出資を行う覚悟をしてもらいたい。そうでなければ、東芝の半導体事業が個別最適を目指す上で、足を引っ張るだけである。
(早稲田大学大学院経営管理研究科教授、ハーバード大学GSAS客員研究員 長内 厚)
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