http://www.asyura2.com/17/hasan120/msg/550.html
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トランプ相場終わりの始まり、どう逃げる?
市場は「晴れ、ときどき台風」
2017年3月29日(水)
居林 通
居林:前回は「個人投資家は今のマーケットに参加する必要なし」という、刺激的なタイトルでした。その前の回では、「風は吹いているが北風だ」ということも申しあげ、「ここまで言って外したら大恥です」という覚悟でした。繰り返し申しあげているように、個人投資家には市場に参加しなくてもよい期間がある、もっというと「投資機会は均等に存在するわけではない」というマーケットの見方を皆様にご紹介したかったのです。
で、本日(3月22日)、ぐっと日経平均が下がりました。
居林:日経平均は2017年に入って上げてきた分、だいたいプラス3%が、今日までで、600円の下げでなくなりました。もちろん、個別の銘柄から恩恵を受けた人もいるのかもしれません。しかし、今年の第1四半期は大局観で言えば「我慢して買わない」ことを学ぶ、いい訓練期間になったと思います。マーケットは見続けねばなりませんが、常に売り買いする必要はありません。投資を決定するために必要なものは何かを前もって決めて、もしその条件が満たされなければ「なにもしない」という時期もある。いわゆる「見(ケン)」ですね。
これは、「トランプ相場の終わり」なのでしょうか。
居林:少なくともトランプ政権への期待に伴う「ハネムーン相場の終わり」ではあるでしょう。もちろん、もしかしたら株価は上に動くのかもしれません。でも、それは、懐かしの「クイズダービー」で、倍率20倍の篠原教授に賭けるようなものでしょう。賭に出なかった人の方が報われる可能性は高いと私は思います。
それでは、このあとどうなると見ますか。
値動きの小ささは異常
居林:現状では為替相場はドル円で111円、日経平均は1万9000円台。これって、セオリーに合っていませんよね。
米国(FRB)の利上げにも関わらず、為替は円安には動いていない。一方で、株式市場は崩れない。
居林:そうです。水準が合わない。なぜかといえば、日本銀行が「年間6兆円株式を買う」という特殊要因があるからですね。日銀は今年いっぱいまでは買い続けるでしょうが、すでに11兆円の株式を持っている。いつまで持つのか。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)のポートフォリオは株式の組み込み比率が限度一杯で、これ以上は買えないように見えます。
あとはトランプ政権への期待値ですが、もう期待だけでは足りなくなっていますね。オバマケアの代替案を議会が通すかどうかだけでこれだけ揉めていて、「トランプ氏の実行力は期待していたほどではないんじゃないか」と疑いが芽生えてきた。
ここまでが、いわば新聞記事的な要約なのですが、マーケットの専門家として見ますと、現在の日本株市場は「異常なほど動かない」状況です。ドル円がどうだろうが、この3カ月間3%のレンジの中にいて、100円以上動いた日もあまりない。値動きの刻みがとても細かい。非常に珍しいことです。
それは何を意味するのでしょう。
日経平均の高値と安値の差
暦年ベースで年初来高値と安値の差を平均と比較。出所:UBS
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/020500004/032800011/g1.jpg
居林:これは簡単で、売る人も買う人も決断が難しい、つまり「手がかり難」です。しかも、売れば日銀が買いますから。
グラフをご覧いただきたいのですが、株式指数というのは年間で安値と高値の差が20%から30%程度あるのが普通です。しかし、今年は年初から3か月たちましたが、まだ4%程度しかありません。
この後の相場の動きは大きくなりそうです。株価と企業業績予想の重ね合わせグラフからみると、日経平均は19000円を超えた水準では十分評価されているので、下がるときがあるのではないかと思っているのは、昨年末から申し上げている通りです。
売る方も買う方も積極的な理由がないし、売りが出れば拾われていく。
居林:2月の売買を見ると、外国人が売って、日銀が買って相殺されています。今の日本株市場は外国人投資家が買わないと株価は上がらない。彼らは「上値はこのくらいかな」と思ったから売った。その分を、日銀がETF(Exchange Traded Fund、上場投資信託、現物株を直接購入できない日銀が利用する)の買いで支えたと考えています。
日本株に限らず、世界的に見渡しても確たる投資テーマがありません。日本は、ちょっと前はインバウンド、コーポレートガバナンス、円安、オリンピック関連と盛りだくさんでしたけれど、今年はテーマが本当に少ない。「働き方改革」のテーマで何を買えばいいのか、難しいですよね。「自社株買い」のテーマがもう少し続くかどうかというところです。
その中でも「円安で日本企業の業績が上がる」という期待が大きかったわけですが。
居林:ええ。我々は前回お話しした通り、トランプ政権はドル安政策を採るはずと見ていました。現状はそのとおりで、為替相場はいっこうに円安になりませんね。
米利上げもドル円相場には影響なし
あ、お聞きしちゃいますが「FRBの利上げはない」と仰ってませんでしたか。
居林:はい、2月10日の記事で「米国金利上昇による円安を期待する方もいますけれど、金利を上げれば米国の景気が冷えますから、トランプ政権はそちらには向きにくい」と申し上げました。しかしFRB、より正確に言えば連邦公開市場委員会(FOMC)は、3月15日に3カ月ぶりに利上げに踏み切りました。
こんなに早く利上げがあるとは見ていなかった。ごめんなさい。でも、アメリカの10年債金利は上がっていない、それどころか逆に若干低下しています。日米金利差は十分開いているので「ドル高(円安)にはならず、アメリカはドル安政策を取る」という予想は変わりません。そして、現状がそれを裏付けています
実際に景気に対して重要な市場金利、代表例で言えば10年債(米国債)の価格が低下(金利は上昇)してくれば私たちの負けですが、そうはなっていません。市場は利上げを織り込んでいた、ということですね。
では、なぜFOMCが予想外の早期利上げを行ったかと言えば、雇用統計がよいことなどの条件が整っていて、しかも、利上げにネガティブなトランプ大統領が理事を送り込んでくることを鑑み、「中央銀行として、年内に1回は利上げせねばならない。そしてその責務を果たせるタイミングは今しかない」と判断したんだと思います。これが私たちの見解でありまして、今年、これ以降金利が上がる可能性もありますが、金利、為替、そして株価への影響は小さいと考えます。
景気への配慮ですね。でも、ということは株価も上がる、あるいは下がりにくいという期待が持てるんじゃないですか?
居林:ああ、これは「あるある」の誤認識ですが、景気と株価の上下はたいして関係はありませんよ。
え。
居林:「好景気だから株価が上がる」「不景気だから下がる」という常套句は要注意です。「景気が良くて、株価が安いなら上がる」「不景気でも、株価が安ければ上がる」逆ももちろん成り立ちます。
株価の高い安いは、もちろん居林さんお得意のバリュエーション、予想純利益とPERから弾いた数字に対しての現状ですね(解説した回は「或るプライベートバンカーの株価の読み方」など)。
居林:はい。この関係性について述べることを、かならずと言っていいほどメディアは省略しますね。株価が上がるのは景気がいいから、ではなくて、割安だからなんです。投資家になりたいなら、ここの部分を省略しないでください。実際、株価が上がるのは、景気が悪いときも多かったりしますよ。
いま買っている人はどうしたらいい?
そうか、割安に評価されやすいし。
居林:2003年には景気が冷え込んでいた中で上がったし、2009年にも上がったことがありました。まあ、割安感が評価されるだけでなく、暗闇に一瞬日が差して、それを勘違いして急上昇することもあるわけですが。一方で、2007年、2008年は景気は決して悪くなかった中、つるべ落としになっています。
現状の景気がいいとか悪いとか、政策が景気に与える影響とかを考える前に、業績予想を見て、現状と比べないと話になりません。そうしないと、トランプ旋風に乗る羽目になるんです。赤信号を「みんなが大丈夫だから」で渡りはじめちゃダメですよ。みんなで轢かれてしまうんですから。
まとめますと、この3カ月ほどのトランプ政権期待相場はもう終わりだと考えます。円安以外に企業業績の好転材料がなく、PERは日経平均で16倍とすでに高く、日銀の買い余力も乏しくなっている。日経平均の上値は、あって2万円くらい。ということは、せいぜい5%の上昇ということです。市場のボラティリティが普通でも2割、3割ある(「大荒れ相場? いえ、これって“普通”です。」)中、調整局面があるというリスクを負ってこのリターンでは引き合いません。
例えば、1万7000円のころに買った方ならば、当時はそこが下値でリスクも小さく、今のレベルでも十分なリターンになりますね。
なるほど。
居林:申し上げたとおり、今回のトランプ相場では私はずっと「見て」いました。2、3カ月の間、ほぼ我慢の日々でした。しかし日に日にドル円が円高に振れ、いつか調整がはいると確信を強めていたわけです。それが3月22日に現実になった。状況がさらに変化して「波乱」まで行けば新たな投資機会が生まれるわけですが。
うーむ。じゃ、今まさにトランプ相場に賭けて投資している人はどうすればいいんでしょう。
居林:もちろん私が間違っていることも十分考えられるので、これを読んだ投資家の方の個人責任、という前提でしか言えませんが…わたしなら引きます。ということで、前回お約束した撤退戦のお話もしましょうか。
撤退戦の戦い方は2通りです。一気に逃げるか、反撃しながら逃げるか。スタイルは人によりますが、共通するのは「引くなら速いほうがいい」。
私は、一気に脇目も振らずに逃げる派。「間違えた」と思った瞬間に走り出して、全部引いてやりなおします。間違えたときの撤退はすみやかに。逆に、攻める、ポジションを構築するときはゆっくりやります。
なぜでしょう。
居林:株価は下がるときが速く、上がるときはゆっくりだからです。株価が下がると、誰かが売り投げる。それによって残りの人も影響を受ける。
第1回でお話しいただいた、1%以下の株主が動いて株価を決めて、99%の人はその影響を受ける、でしたね。
居林:しかも、それまで利益を上げている株主ほど早く売りたくなるので、あっという間にみんな売りはじめる。上がる方はじっくり構えていても間に合うけれど、損切りは速く、すみやかにが、たぶん正しいです。
私たちは、いま(3月下旬)時点で、「ドル円はもうちょっとだけ円高になるし、日経平均はもう少し下がる」と思っています。そのうえでお聞きいただきたいのですが、今、もし「失敗した」と思われているなら急ぐほうがいい。まだ年初来の3%かそこらの上昇分が相殺されただけですし、市場は指数で20〜30%も動くのですから、リカバリーのチャンスは今後いくらでもあるわけです。あ…。
どうされました?
撤退戦のあるある、極端なリカバリー策
居林:撤退戦のときにありがちなのが、「極端なリカバリー策」に打って出ることです。
つまり、敗戦の後、よりリスキーな賭に出る。ああ、ありそうです。
居林:それで取り戻すことができる方もいるでしょう。でも、負けたからといって自分のリスクとリワードの考え方、立ち位置を変えるのはおかしな話なんです。例えば、「自分は株式で6割打者、半分以上は当たる」と思っているなら、それを信じましょう。確率として4割のほうが出続けても、何回でも同じリスクリワードでさいころを転がしましょう。過去、安定して勝てていたなら、いずれ戻ってくるはずです。
確率上、負けることはあると分かっていても、その時に喰らうダメージがでかいと、つい「極端なリカバリー策」を試したくなりそうですよね。
居林:ええ。でも、前回「統計的に見れば、マーケットは常にプラスマイナス五分五分」と申し上げましたよね。その中で五分五分のうち6割、7割当たると思うのなら、同じやり方でやらないとおかしいんです。リスクウェイトを変えて「もう株はやめた、債券しか買わない」という方もいますが、市場が上がったころに戻ってきます(笑)。
ちなみに、勝率が五分五分以上にならない方は?
居林:趣味ならもちろんかまいませんが、プロの投資家としては、他人に任せることを考える時期。ですね。この3カ月は、「参加したいけれど、いまは待ち、“見”だ」と、プロとしての心構えを鍛える、格好の基礎トレ期間だったのかもしれません。
念のため申し上げますが、相場は水物ですので、毎回当たる人はいません。私の相場見通しも逆に行くかもしれません。ここで申し上げたいのは、投資家として最後はご自分の判断で投資を行うようにするということが一番大切だと思います。
このコラムについて
市場は「晴れ、ときどき台風」
いわゆる「アナリスト」や「経済評論家」ではなく、「実際に売買の現場にいる人」が書く、市場の動きと未来予測です。筆者はUBS証券ウェルス・マネジメント本部日本株リサーチヘッドの居林通さん。そのときそのときの相場の動きと、金融市場全体に通底する考え方の両面から、「パニックに流されず、パニックを利用する」手法を学んでいきましょう。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/020500004/032800011
【第2回】 2017年3月29日 v-com2(ブイコムツー)
東証一部昇格株の先回り買いで成功する人・失敗する人の違いとは?
東証一部昇格が期待できる銘柄に先回りして投資する――。人気投資ブロガーで個人投資家のv-com2(ブイコムツー)さんが編み出し、大反響を呼んだ昇格投資法。でも、成功する人、失敗する人がいるのはなぜ? 『運、タイミング、テクニックに頼らない! 最強の株式投資法』を出版したばかりの氏が答えます。
東証一部に昇格しそうな銘柄を
先回りして買い仕込む
私が出版した第1作目である『昇格期待の優待バリュー株で1億稼ぐ!』(すばる舎)では、主に、東証一部に昇格する銘柄を、その発表前に察知して、先回りして投資するという手法を紹介しました。
東証一部に昇格するには、いくつかの要件を満たさなければなりません。
そこで、要件を満たすための施策を行っている企業を見つけ出し、詳しく調べて、その企業が東証一部昇格を目指しており、かつ、「優待面、資産面、収益面」のどれかで魅力があるとわかったら、他の人より先に投資して、昇格に伴う株価の上昇を享受する……というのがおおまかなところでした(詳しくは拙著をご覧ください)。
おかげさまで、本は大変好評をいただき、実際に利益をあげることができたという報告も、たくさんいただいています。
一方で、筆者の意図とは異なる理解をしている人もいるようです。
たとえば、「昇格しそうな企業であれば、どんな銘柄でも、いつでも、買いだ」という、安易な考えをしてしまっている人です。
そういう人たちからは、「昇格投資をしてもうまくいかないじゃないか」という声も聞こえてきました。
2016年前半の相場環境が、非常に不安定だったことも一因でしょう。
ただ、うまくいかないという人が行っている昇格投資を見てみると、すごく狭い視点でしか見ていないな、という印象があります。
昇格するかどうかという1点を研究しただけで、いつでも株式投資で利益をあげられると思うのは甘すぎます。
東証一部に昇格するかどうかだけでなく、「優待面、資産面、収益面の魅力」を探るという重要な視点や、先回りするという観点を疎かにしてしまっているのです。
昇格面以外で考慮しなければいけないこととして、たとえば
・マザーズ銘柄は割高な場合が多いので、東証二部や地方市場を中心に取引する
・どの段階で投資するかはその人次第で、段階的にリスクとリターンの関係は変化し、市場全体の影響も受ける
・優待面、資産面、収益面のいずれかで魅力的な銘柄を探す
などがあります。
すでに人気化して株価が高くなっているマザーズ銘柄であったり、会社側が昇格申請していることを発表済みだったり……そうした銘柄が東証一部昇格を発表しても、それほど株価は上がりません。
昇格の正式発表があったら持ち株を売ろうと待ち構えている人が大勢いる状況では、「織り込み済み」ということで、発表後に株価が下がる場合すらあるのです。
最近でも、アイドママーケティングコミュニケーション(9466)が昇格を発表しましたが、翌日の朝は下落スタートとなっていました。
なぜなのか?
この会社の適時開示をさかのぼってみると、2017年1月に昇格申請をしていることを発表済みですし、その後の立会外分売においても昇格申請をしていることをアピールしています。
それらを受けて、1月以降、株価は40%近くも上昇していました。昇格を織り込んでの上昇で、正式発表後に売りたい人がたくさん待ち構えていることは明らかです。
昇格投資が有効になるには、まだあまり目立たない割安な段階で投資をし、人気が高まった所で売るという大前提があり、そこを無視してしまうと、うまくいく可能性は小さくなってしまいます。
みなさんには、この例をもって、「昇格の発表をしても翌日上がらないから昇格投資なんて無意味」などと単純に考えるのではなく、「それなら、どういう段階で投資をするのが、“織り込み済み”にならずに有利なのか」と考えて、昇格投資の本質をつかんでほしいと思います。
本質を理解していれば、環境が変わっても、自分で調整できます。
たとえば、昇格投資の手法が広まってきて、昇格候補の銘柄を買う人が増えてきたというなら、それに対応して、どの時点で投資するのがいいのかなどを微修正します。
人よりさらにもっと先回りして早い段階で買ってみるとか、割安で業績面も上方修正が期待できるなど、その他の魅力を詳しく探ることを重視するとか、そういった複数の視点から魅力を探して対処ができる人は、今でも昇格投資で十分な利益をあげているのです。
ときどき私のブログに、成功した方から報告メッセージをいただきますが、成功している人は、自分なりにどうしたらうまくいくのかを考え続けている人だと感じます。
逆に失敗しているのは、「この銘柄が昇格候補だ」のような雑誌の記事に踊らされて、ほかの要因を自分で調べずに買っているという人ではないでしょうか。
このようなことをしっかり意識して私が投資をしていた会社に、九州リース(8596)、第一交通産業(9035)、南陽(7417)などがあります。
福岡証券取引所に上場していたころの、かなり早い段階で先回り買いをして成功した事例です。
優待面、資産面、収益面で魅力はあるか?
また、昇格だけを見るのではなく、優待面、資産面、収益面のいずれかで魅力があるかどうかを見ることも重要です。
私の事例では、メディアスHD(3154)やエイチワン(5989)など、先回りには少々遅れたものの、昇格発表が近そうで、業績の上方修正も見込まれる割安銘柄に投資して、昇格発表時には大幅高となり、利益をあげることができたというのがありました。
優待面、資産面、収益面のいずれかで魅力的な銘柄を探す――。
今回出版した書籍、『運、タイミング、テクニックに頼らない! 最強のファンダメンタル株式投資法』では、おもにこの点を深く掘り下げています
優待面、資産面、収益面では、どのような特徴があり、何に注目すればいいのか。財務諸表とのつながりで押さえておくべき点も、ピックアップしました。
一般的な株式投資の本とはちょっと違う視点からの考え方も紹介しています。
資本政策(増資や立会外分売など)と株価の関係について、詳しく書かれた本があまりないようなので、今回は徹底的にまとめてみました。
私が過去の投資経験の中で、ファンダメンタル面でもっと早く知っておけばよかった! と感じたものを解説し、初心者だけでなく中上級者にとってもたくさんの発見や、気付きがある本を目指したつもりです。
企業のファンダメンタル分析や、資本政策が株価へ与える影響を理解することで、より深く、投資先を知るきっかけになると思います。
「きっかけ」と書いているのは、「これを身につけさえすれば儲かる」などといった短期的な、安易な考え方に陥ってほしくないからです。安易な考え方の例が、「東証一部に昇格する銘柄を買えば儲かる」という単純な発想というわけです。
投資のベースとなる新たな知識に出会ったときは、現実の市場の中で、本当にその知識が正しいのかどうか、例外はあるのか、どんな時には通用しないのか、どうしたら自分の投資に生かせるのかを、本人が考え続けなければなりません。
考える習慣を身につけることこそが、投資人生においては最強の財産になると思います。
今回の本のタイトルである『最強のファンダメンタル株式投資法』とは、そういう投資法が、たった1つあるわけではありません。基礎知識を幅広く身につけた上で経験を積み、自分自身で試行錯誤しながら考え続けられる人が、最強だということなのです。
そして、自分自身で考えるためには、自分の中に判断基準となる軸を作らなければなりません。その主な軸が、優待面、資産面、収益面です。
次回は、このうち資産面と収益面のお話をしてみたいと思います。
http://diamond.jp/articles/-/122771
調達業務は真っ先にロボットに置き換えられる?
目覚めよサプライチェーン
2017年3月29日(水)
坂口 孝則
私はかつて製造業で調達・購買業務に従業していた。新卒で入ったその世界は、きわめて奇妙に思えた。調達は、取引先と価格を決め、そして取引先を指導するものだという。しかし、私が見たのは、業務のほとんどを納期調整に追われる先輩の姿だった。
製造業では、もともと取引先を決める際に、価格だけではなく品質だけでもなく、標準納期を調査する。納期遵守率なる取引先評価尺度があるが、これは、「納期通りに納品された年間注文件数」を、「年間注文総数」で割ったものだ。例えば、0.9であれば、9割の注文品を納期通りに納品いただいたことになる。
よく使われるこの納期遵守率は、まともにやると、0.2とか0.3とかいった低い数字になる。取引先が悪いわけではなく、多くの場合、発注者側があまりに短納期注文を重ねるからだ。「明日持ってきてくれ」といった注文ばかりが目立つ。あるいは、そんなに早く納品されないとわかっていても、「とにかく早く納品してくれ、と意思表示をするため」といったよくわからない理由で、ありえもしない短納期で注文する。
新人の私が見た光景は、ひたすら取引先に電話をかけ、一つひとつの注文について納品期日を調整する先輩たちの姿だった。前述の通り、もともとは標準納期をふまえて取引先を決定しているはずであり、生産システムに莫大な投資をしているはずなのに、現実は人間が人間をなんとか籠絡して綱渡りする日々だった。
調達業務におけるソーシングとパーチェシング
やや専門的になるものの、企業の調達業務を二つに分ければ、ソーシングとパーチェシングになる。前者は契約業務と訳されることもある。つまり、取引先を見つけてきて見積書を入手して価格交渉したり条件調整をしたりする仕事だ。後者は、調達実行と訳され、発注書を出したり、納期調整をしたりする。
一部の例外企業を除けば、このソーシングとパーチェシングは同一の担当者が担う(自動車メーカーなどでは、この二つの業務を組織として分離している場合がある)。本来は、戦略的な業務であるソーシングの時間比率を上げていくべきだが、現実的には業務のほとんどを後者・パーチェシングが占める。納期管理は、期日に納品してもらって当然だから、付加価値はほとんど生まない。
会社によっては、生産管理の人員が「納期フォローリスト」を作成し、朝に調達部に持ってくる。調達人員はそれを見ながら、上から順に電話を繰り返す。
私が入社したとき、調達部員の条件は、腕の力が強いことだ、といわれた。理由は、発注伝票を毎日100枚ほど書くことになるのだが、6枚複写になっているため、とにかく腕が疲れるからだという。そしてもう一つの理由はずっと電話を握りしめるため、電話を離さない握力が必要だからだという(私が入社する前年にシステム化が行われ、私は非力社員1号となった)。
ロボットは助けになるか
しかし、上記のような光景はそれこそ昔話になるかもしれない。
米SAP Aribaは先日、AIロボット「Procurement」を発表した。これは先行する米アマゾン・ドット・コムのアレクサ、そして米アップルのSiriのようなものだ。このロボットを使えば、購入者側の意図を拾い、サプライヤー側との連絡が可能となる。
機械学習を活用することで、発注者側の会社方針も踏まえたうえで処理を行えるという(“Leveraging machine learning, the bot will be able to train and learn about a user's preferences and a company's policies and procedures and guide actions in line with them to reduce errors and speed processing.”)。SAPはこれをインテリジェント・デジタル・アシスタントと呼んでいる。ウェブベースで提供される。
先ほど私が書いたように、調達の仕事は、納期調整や微細なトラブルに翻弄されている。例えば、取引先からの請求書が間違っているためにプロセスが止まってしまったり、承認が遅れてしまったりする。それらをこのインテリジェント・デジタル・アシスタントは過去の事例から先手を打ち、みずから非効率な時間を削減してくれる。
そのうち、調達人員がロボットに話しかければ、納期が“怪しげな”注文書を勝手にリストアップしてくれるに違いない。それまでの注文履歴を機械学習すれば、どの注文書に対して注意を払わねばならないかがわかるはずだ。
そして「この取引先に納期フォローしておいてくれ」と伝えれば、勝手に電話をかけてくれるだろう。もしかしたらメールなのかもしれない。そしてロボットは、もちろん相手側の特徴も機械学習してくれるに違いない。「この営業パーソンは泣き落としが有効だ」。そう判断したらロボットは、浪花節口調で義理と仁義を全面に押し出した交渉をしてくれるはずだ。
そもそも調達人員が不要になる日
かつて、知人から、このような話を聞かされた。取引先から見積書が届く。それをもとに調達人員が取引先と交渉を行う。そのプロセスを変更した。見積書が届いたら、それをPDFに変換し、中国のBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング〜業務外注先)に送る。それを受け取った中国側は、その見積書の製品が何かもわからないまま、とにかく日本の取引先に電話をかけて交渉するのだ。「○○円をとにかく安くしてください」と。
多くの人は笑った。「そんなことで価格が下がるはずはない。プロの調達人員が交渉せねばならない」と。しかし結果は1年後にわかった。プロが交渉しても、誰が交渉しても、ほとんど変わらない値引き結果だったと。
この知人の話は示唆に富んでいる。自分がプロの仕事と自認していたものも、実はたいしたことがないのではないか。新興国の人員にすぐさま取って代わられるのではないか。そういう危機感だけは持っておきたい。
実際に、このような論文がある。タイトルは「データを使ってコンピュータが判断したほうがはるかに良い調達ができる(Electronic decision support for procurement management: evidence on whether computers can make better procurement decisions)」だ。価格交渉はプロがやる必要はない。必要なのは統計データにほかならない。統計データさえあれば、新人であっても、ベテランの調達人員を超えることが容易なのだ。
同じような論文は他にもあり、「調達プロフェッショナルという神話〜コンピュータのほうがすぐれた調達が可能(The myth of purchasing professionals’ expertise. More evidence on whether computers can make better procurement decisions)」というものさえある。さらに、経験を積むほどに、勘などが邪魔をしてしまい、むしろコスト削減成績が下がってしまう、とまで述べている。
なるほど、ベテランになる意味がないのであればロボットで代替したほうがはるかにましというわけか。なお公正に付け加えておけば、挙げた論文はやや難があり、調査データを鵜呑みにすることはできない。ただし、多くの業務がロボット等に代替されるのは、間違いがない。
納期調整業務がなくなるのは歓迎だろうが、そのうち価格交渉まで代替されるとしたら、もはや戦略構築業務しか残ってはいない。
あ、もちろん、それもロボットにやらせたほうが良さそうだけれども。
このコラムについて
目覚めよサプライチェーン
自動車業界では、トヨタ自動車、本田技研工業、日産自動車。電機メーカーでは、ソニー、パナソニック、シャープ、東芝、三菱電機、日立製作所。これら企業が「The 日系企業」であり、「The ものづくり」の代表だった。それが、現在では、アップルやサムスン、フォックスコンなどが、ネオ製造業として台頭している。また、P&G、ウォルマート、ジョンソン・アンド・ジョンソンが製造業以上にすぐれたサプライチェーンを構築したり、IBM、ヒューレット・パッカードがBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)を開始したりと、これまでのパラダイムを外れた事象が次々と出てきている。海外での先端の、「ものづくり」、「サプライチェーン」、そして製造業の将来はどう報じられているのか。本コラムでは、海外のニュースを紹介する。そして、著者が主領域とする調達・購買・サプライチェーン領域の知識も織り込みながら、日本メーカーへのヒントをお渡しする。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/258308/032700074
華僑は「考えない」から要領がいい
華僑直伝ずるゆる処世術
2017年3月29日(水)
大城 太
働き方改革が叫ばれ、ノマドワークやワークライフバランスなどといった言葉が注目される中、出勤というものに縛られない労働形態が浸透しつつあります。そのような状況ですので、どのような業種・職種でも「生産性」が評価基準で高いウエートをしめつつあります。いわゆる「要領のいい人」が評価される傾向であると言えるでしょう。
「あいつは要領がいい」という言葉に、サボっているくせにずるい、といった良くないイメージを感じたのは一昔前のことです。今は「要領がいい」と言われたら、うれしく感じる人も多いのではないでしょうか。
「要領のいい人になりたい」と思ってもなれない人は、「要領がいいとは何か?」を知るところから始めましょう。かくいう私も以前は全く分かっていませんでした。それを思い知らされたのが、華僑から言われた「考えるな」の一言。華僑に弟子入りした当時、いちばん驚いた教えでした。会社員時代は上司から「もっとよく考えろ」と言われていましたし、「まずは自分の頭で考えろ」という叱咤の言葉も社内でよく耳にしていました。
ですが今では「考えるな」の教えが、恐るべきスピードで財を成す華僑の要領の良さ、生産性の高さとつながっていることを知っているので、私は部下に「考えろ」とは言いません。
華僑の言う「考えるな」の意味するところは3つです。
@分からないなら考えるな(答えが出るはずがない)
A難しく考えるな(難しく考える時点でスピードが出ない)
Bその場で考えるな(準備不足、弱みの露呈につながる)
ひとつずつ順番に見ていきましょう。
分からなくてもやってみるほうがいい
まず、@分からないなら考えるなから。私は華僑から「バカが考えてもバカな答えしか出てこない」と身も蓋もない言い方をされましたが、言われてみれば真理です。中国古典の『荀子』にこんな言葉があります。「疑を以て疑を決すれば、決必ず当たらず」。確信をもたずに確信のない決定を下せば、その決定は必ず当たらないという解釈でいいでしょう。わざわざ間違った答えを出すためにウンウン唸って考えるほど要領の悪いことはありません。
ではどうすればいいのでしょうか? 自分一人で考えようとせず、経験者に聞けばいいのです。難度の高い仕事に取り組む時などはもちろんのこと、例えば新規プロジェクトに参加する権利が与えられたなど、突然チャンスが舞い込んできた場合も、周囲や知り合いに類似した経験をもつ人がいれば、何も考えず迷わず悩まず教えてもらえばいいのです。
もっとも、中国古典を熟知している華僑にしてみれば、身近に頼れる人がいるかどうかはさほど問題ではありません。中国古典には古代の先輩先人たちの経験体験からの叡智が詰まっています。中国古典による先輩先人の知恵を拝借すればいいと考えている華僑ですから、ビジネス経験が未熟な人でも「今は分からなくてもとりあえず手を挙げる」という積極性を持っており、そしてこのことが要領の良さを身につけるための基本となります。
手を挙げなければ可能性はゼロ、得られるものもゼロです。ですが「私がやります」と手を挙げれば、たとえ失敗したとしても失敗経験という貴重な財産を手に入れることができます。また、会社としても何が失敗の原因となったのかといった情報を蓄積できるのですから、アレコレ考えずにチャレンジしたほうが得だと華僑は考えます。
「自分で考えて答えを出せ」は前時代的
ですから分かっていないであろう部下が、自力でなんとかしようと考えているのを見かけたら、過去の事例などのヒントを与えるか、急を要するなら答えを教えてあげる指導の方が今の時代は正解です。一昔前は自分で考える苦しみが当人のためになる、という風潮が強く見受けられましたが、現代のようなスピードが非常に早い時代において、このような考えはもはや過去の遺産です。
自分が部下の立場ならば、そのような分からない問題にぶつかった場合、素直に「これは私の現在の知識では手に負えません」と速やかに申し出るのも、一つの処世術です。「手に負えません」と申し出ることで力不足と評価されるのも怖いと思います。しかし、「○○までは私の知識で補えます、△△までをご教授いただけましたら、今後の社内共有のための資料としても役立ちますし、□□さんの実績にも貢献できるようになります」と上司や会社の利益にもなることを合わせてアピールすれば、マイナスに評価されることを避けられるでしょう。
分かっていない人ほど難しく考えたがる
次にA難しく考えるなです。華僑いわく「世の中がよく分かっていない未熟者ほど難しく考えたがる」。これについては、『呻吟語』に出てくる「ただ道を得ることの深き者にして、然る後に能く浅言す。凡そ深言する者は、道を得ることの浅き者なり」が非常に参考になります。少々超訳になりますが、要領を得ている人ほど話すことが単純で分かりやすく、難しいことを言う人ほど要領を得ていない。そのように理解すればいいでしょう。
文章も同じです。要点をしっかりと理解している人の文章には、小学生でも分かるような平易な表現が多く見受けられます。一方で、理解が中途半端な人、表面をなぞり丸暗記しているような人の文章は、難解な表現を多用していてスッと頭に入ってこないという特徴があります。理解が浅いから難しく表現してしまう、難しく表現することによって物事を難しく考える思考になってしまう、さらには難しいことをしているという自己満足に陥ってしまう。こう言うと、「未熟者ほど難しく考えたがる」の意味がお分かりいただけるかと思います。そのような人は意思疎通がスムーズでなく、また余計なことに時間を使うので、当然ビジネスのスピードが遅くなります。
だからこそまずは@の「分からないなら考えるな」なのです。初めは理解が浅くても、経験者の智恵を借りながらしっかりと理解していけば、物事を簡単に考えられるようになり、スピーディーに成果を出せる要領のいい人になれるのです。
ただし「難しく考えるな」を「難しいことをするな」と読み違えてはいけません。難しいこと(難度が高い課題)にチャレンジするのは素晴らしいことですし、それは自分や組織の成長に欠かせません。ただ、難度の高いことだからといって難しく考えたり、難しいノウハウを使おうとすれば、それはさらに難しいことになり、苦しくなる原因となります。上手くいかなかった時に「やっぱり自分には難しかったのだ」と諦めてしまう理由になったり、向上心を減退させたりする危険性もあります。
一方、難しいことだからこそいかに簡単にするかを考えれば、気持ちが楽になり、チャレンジ精神を失わずにすみます。人にお願いして智恵や力を借りるのも難しいことを簡単にする方法ですし、上手くいかなければ別の方法を試せばいいという思考を持つことも前進を促します。
要領のいい人は未来の話より過去の話をする
物事を難しく考える人と、簡単に考える人の違いは、例えばどの時間軸で話をするかにも現れます。今ある課題は未来へ向けたもの、だから上司や取引先などの相手に未来の話をするのが当たり前。この思考の順番は、華僑的には「難しく考えたがるバカ」ということになります。なぜなら未来のことは誰にも分からないからです。未来のことに対して「絶対にそうだ」と言える人はいないですし、未知のことは誰とも共有できないという弱点もあります。
であれば、過去の話をすればいいということになります。『詩経』に「殷鑑遠からず、夏后の世に在り」という言葉があります(殷王朝が滅びたのは、殷の前代の夏王朝の失政を戒めとしなかったからだという故事に基づいています)。この言葉の解釈としては、つま先立って遠くを見ようと頑張らなくても、ちょっと振り返ればそこにお手本がある、でいいでしょう。
過去のことは、それが誰の経験であっても(失敗経験でも成功経験でも、自社でも他社でも、自分でも他者でも)既知のこととして共有できます。そこから相手が納得する答えを引っ張り出して発展させるのは「簡単」なのです。
考えなくてもいいことを取り除く
部下が将来のことを想像して心配していた場合、その心配はする必要のないものであることを伝えてあげるのが大切です。人間の脳は1つのことしかできません。同時に何かに取り組んでいるように見えても、あっちにいったり、こっちにいったりと思考をあちこちに混乱させているだけです。
そのような特性を考えると、心配をしている状態というのは、何かに取り組んでいるのではなく、心配という思考をしていることになります。心配、不安になっている部下が期待しているような成果物をあげてくることは稀です。「心配や不安というものはまだ起こっていないものに対しての感情であり、既に起こってしまったことに対しての思考が解決だ」ということを伝えればいいでしょう。
一方で、自分が難しく考えているな、と感じた場合ですが、「これを簡単に説明すると」や「たまたまということは起きない、過去に事例があるはずだ」を口癖にすれば、解決に向かうようになります。そもそも難しく考えていては、簡単に説明できません。簡単に説明する習慣をつけることによって、物事をシンプルに、軸だけブレさせずに考えられるようになっていきます。
また、「たまたま」というものの確率を考えれば、ビジネスにおいてたまたま過去に事例のない難題が降りかかってくることは限りなくゼロに近いと思えるでしょう。先輩から過去の話を聞くことによって解決の糸口が見つかることがほとんどなのです。
華僑の会社では、何もしていない時に褒められる
最後にBその場で考えるな。これは言い換えると、「あらゆる可能性を想定して普段から考えておけ」となります。特に、日々さまざまな決断を迫られ、トラブルに対応し、部下の育成もしなければならない管理職には必須の要領スキルといえます。
「好んで小事を傲慢し、大事至りて然る後にこれに興りこれを務む」(荀子)。解釈としては、人はともすれば些細なことには手を抜いてしまい、大事に発展してからあわてて対策を講じる、でいいでしょう。何か事が起こってから考えていては、うろたえた様子を見せることになり、部下からも上司からもお客さんからも不安がられ、信頼など得られません。仮に今まで信頼を得ていたとしても、準備不足の狼狽した姿を見せてがっかりさせる危険性も大いにあります。
という理由から、華僑の会社では、前もって考えることをせずに、その場の対応で一日中忙しくしている人は評価されません。私も経験があるのですが、頭が働く午前中にパソコンに向かって見積もりなどを作っていると「何をしているんだ?」と華僑のボスに怪訝な顔をされました。何もせずに綺麗に片付いたデスクでぼーっと考え事をしていた方が、彼の機嫌が良かったものです。
部下に指示を出した時に、部下がキョトンとした表情をしたり、なんとなく浮かない顔をしたり、想定よりも時間がかかっていたりする場合は、仕事に対しての心構えのところで行き当たりばったりになっている可能性があります。その場その場で考えればいいや、という姿勢でいるのですね。その姿勢は視野を狭めます。何事も短期的・部分的に捉えるため、この仕事はおもしろくない、この仕事が何の役に立つのかわからないなど、仕事や指示に対して不満を抱きやすくなります。そのような場合は、「おもしろくない仕事や役に立たない仕事などはないんだよ。君自身が面白くない仕事のやり方をしているだけ、役に立たないと思ってこなしているだけだよ」と伝え、仕事の取り組み方いかんでいかようにでもなると励ますのがいいでしょう。
自分自身が場当たり的で想定外に弱いと感じているのであれば、「想定外を経験すればするほど、想定内が増える」と言う事実を知ればいいでしょう。想定内が増えれば、今までたくさんの時間がかかっていたものが、瞬時にできるようになるのはもちろんのこと、新しい発想ができるようになります。新しい発想ができるということは見える景色が変わるのと同義です。発想というものは既知の知識と知識の組み合わせ、体験経験の組み合わせから生まれるものということを覚えておくことをお勧めします。
時代とともに「要領がいい」という言葉のニュアンスが、やっかみを含んだあまり良くないものから憧れ・賞賛へと変わってきたように、華僑たちがよく口にする「ずるい」が「賢い」に変わる時代がくるかもしれません。ですが、潔しとして尊しの文化の日本では、そのまま「ずるい」=「賢い」にはならないと思いますので、本コラムは少しだけずるい「ずるゆる」なのですね。
課長候補者への“ずるゆる”指南
それでは、“ずるゆるマスター”の事例を見てみましょう。
「彼は要領が良くないから課長登用が見送りとは、時代が変わりましたね」と次長のYさんは遠くを見つめるような感じで部長の“ずるゆるマスター” Wさんに話しかけました。
「そうだよね、僕たちの時代は要領がいい、はある意味嫌味で使われる言葉だったものな。ところが今は、役員も人事部も労働時間の短縮という社会問題や人手不足のあおりで、要領のいい人を求めている。いっちょ、昼からの研修でそのあたりをビシッと言ってくるか」
Wさんは笑いながら、課長候補の人たちが集まるA会議室に入って行きました。一見クールなW部長の研修ですが、出席者の心を揺さぶります。
早速、ある出席者から質問が飛びました。
「部長、ということは部下が分からないことは答えを教えてしまった方が手っ取り早い、ということでしょうか? そのようなことでは自分で考える習慣が身につかないように思いますが」
「なるほど、それはいい質問だね。『疑を以て疑を決すれば、決必ず当たらず』。荀子という中国古典にある言葉なのだけどもね。ハッキリとした確信がもてないまま進めてしまえば、必ずその歪みはどこかで出てくる。例えば小学校時代の簡単な算数の割り算を思い出して欲しい。割り算を解くには、掛け算の九九を完全にマスターしていないと間違ってしまう。掛け算の九九がうろ覚えの状態で割り算を解いてはいけないのだよ。現代のビジネスはスピードが大きな比重を占めている。基礎となる経験が欠けているようなら、それに対して助け舟を出した方が、上司部下双方にメリットがあるんだ」
「はい、試してみます」
社内書類を手書きOKに。その狙いは…?
今度は、社内資料についての質問です。
「社内書類ですが、今まではパソコンが苦手な課員でもワードやパワーポイント、イラストレーターなどを使って清書して出していたのを、手書きのものをPDF化でOKにするというのは、ちょっと行き過ぎではないでしょうか?」
「確かに正式な文書として残すのにはなんらかのアプリケーションを使うべきだと思うよ。でも今、私が話したのは途中経過の報告に限ってだよ。『ただ道を得ることの深き者にして、然る後に能く浅言す。凡そ深言する者は、道を得ることの浅き者なり』。呻吟語に出てくる言葉だ。意味としては、分かりやすく簡単な表現を使う方が的を射ていることが多い、反対に難解な言葉をたくさん使ったものは理解が浅く、実戦で使えないもの、という感じで理解してほしい。
格好良く、難しいことにチャレンジしたように見えるパワーポイントやイラストレーターは、作成者にとっても良くないことなんだ。資料や提出書類というものは見た目の格好よさではなく、その中身、書いてあることに意味があるんだよ。
パソコンに向かって書類を作る際には、畏まったものを作らなければならないと身構えるし、文章にしても賢く感じられる用語や堅苦しい表現を選びがちだ。平易な言葉でいいのに、あえて難しい言葉を使おうとしてしまう人が多いんだよ。それが良くないというのは、伝わりづらいというだけじゃない。難しい言葉を羅列した資料を作ることによって、作成者自身が物事すべてを難しく考えてしまう、ビジネスの要約能力の放棄を促してしまうという大きな弊害があるからなんだ。サラッと手書きで簡単なラフを考え、それをPDF化することを社内文化として定着させ、さらには、難しく考えることが要領が悪く、格好の悪いことなんだ、という状態にもっていきたい」
「言われてみると、部長の仰る通りですね。資料や書類というものはそれ自体に価値があるのではなく、そこに何が記されているかですね。また、パワーポイントなどで作り込んだときは何か一仕事を片付けた気分になってしまうかもしれません」
「その場で考えるな」はプライベートを充実させる
次にこんな質問が飛び出しました。
「部長、通勤時間の間に10分だけ仕事の段取りや課題について考える習慣をつけよう、と指導するのは、プライベートなことに口出しをすることになり、時代に逆行しているように感じるのですが」
「うん、言いたいことは分かるよ。命令となれば反発もあるだろう。だからあくまでも経験に基づいたアドバイスの範囲で、だね。事前に考える習慣は部下のプライベートの充実につながるのだよ。仕事で一番やっかいで、プライベートにも影響することは何だろう?」
「トラブルですかね。時間も体力も気力も奪われますので」
「その通り。皆も経験済みだと思うけど、トラブル処理というのは心身ともに疲弊させ、思いの外、他の業務へ悪影響を及ぼし、業務効率を著しく下げる。プライベートな時間にも心配の影を落とす。
そもそも、トラブルというのは想定していないところで起こってくるものだ。『好んで小事を傲慢し、大事至りて然る後にこれに興りこれを務む』。これも荀子の言葉なんだけど、意味としては、人はともすれば些細なことには手を抜いてしまい、大事になってからあわてて対策を講じる、というように覚えておけばいい。
小さなことを大切にしていれば、大事というものは起こらない。どんな事例でも大事になるのは、必ず小さな予兆があるものなんだ。要領良く業務をこなしてもらって、大事になる前に考える時間を各自がもてるようになるのが、会社にとっても、上司である君たちにとっても、部下である彼らにとってもいいことなんだ」
「はい、よく分かりました」
スピーディーに多くの仕事をこなすのに悲壮感もなく、いつも楽しいそうにしているあの人は、@分からないなら考えるな(答えが出るはずがない)A難しく考えるな(難しく考える時点でスピードが出ない)Bその場で考えるな(準備不足、弱みの露呈につながる)、の3つを常に意識している“ずるゆるマスター”かもしれません。
今回紹介した「考えるな」の他にも、私が華僑から学んだ要領スキルはたくさんあります。それらを要領よく知りたいという方は、ぜひ拙著『華僑の大富豪が教えてくれた「中国古典」勝者のずるい戦略』をご参照ください。
このコラムについて
華僑直伝ずるゆる処世術
世界各地に移住し、そしてその土地土地で商売を成功に導いている華僑。華僑は日本人ではなかなかマネができない“生き方のコツ”を持っている。“生き方のコツ”と一口に言ってもビジネス、家庭生活、対人関係、子育てなど多岐に渡る。本コラムでは、華僑の師から学び実践して結果を出してきた筆者が、生真面目な日本のビジネスパーソンにぜひ取り入れてほしい成功術を紹介する。華僑のずる賢くもゆるく合理的な処世術(世渡り術)はきっと仕事にも人生にも役立つはずだ。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/022500005/032700029
クラッシャー上司が「社員は家族」を好む理由
河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学
『クラッシャー上司』著者・松崎一葉さん×河合 薫 特別対談(3)
2017年3月29日(水)
河合 薫
話題の新書『クラッシャー上司 平気で部下を追い詰める人たち』(PHP新書)。部下を精神的に潰しながらどんどん出世していくパワハラ上司の事例が次々と登場し、「うちの会社にもいる」と思わせる「いるいる感」に引き込まれて読み進むことになる。
著者の松崎一葉さんは、筑波大学医学医療系産業精神医学・宇宙医学グループ教授で、産業医でもある。クラッシャー上司の話はちょっと怖いけど、「松崎先生には会いたい」との河合薫さんの熱望で実現した二人の対談。
松崎さんは、日本企業の経営トップがよく使う「社員は家族」という言葉に潜む危うさを指摘する。一体、どういうことなのか?
(編集部)
(前回「窮地のクラッシャー上司は、あの言葉を繰り返す」から読む)
一家主義による同調圧力から「クラッシャー上司」が生まれる
松崎 一葉(まつざき・いちよう)さん
筑波大学医学医療系産業精神医学・宇宙医学グループ教授。1960年茨城県生まれ。1989年筑波大学大学院博士課程修了。医学博士。産業精神医学・宇宙航空精神医学が専門。官公庁、上場企業から中小企業まで、数多くの組織で精神科産業医として活躍。またJAXA客員研究員として、宇宙飛行士の資質と長期閉鎖空間でのサポートについても研究している。「クラッシャー上司」の命名者の一人。
河合:奥さんに逃げられてうつ病になってしまったり、帰国子女に逆クラッシュされたり。「クラッシャー上司」って意外と打たれ弱いんですね。
松崎:一丸となって一つの価値観の下でやっていかないとダメだって、思っているから。逆に言えば、その考え方があるからこそ、部下を潰してしまうような自分の言動を正当化できる。
河合:私、日本に帰ってきていちばんしんどかったのが、その「みんなと一緒」を良しとする空気です。みんなと同じがいちばん、という。
松崎:つまり、一家なんですよ。「河合組だろ」みたいな。
河合:めちゃくちゃ日本的。日本企業のトップがよく口にする「社員は家族」もソレですよね。自分が社員を大切にしていることを訴えるときの常套句ですよね。
松崎:そのとおりです。一家主義が生むのは、同調圧力なんですよね。僕が「こうだ」といえば下は従うしかない。同一の価値観です。大学の研究室にも一家主義的なものがあるし、日本の企業の経営者って、一丸となってやっていかないとダメだ、といった呪縛から離れられないケースが多いですね。
河合:呪縛なんですか?
松崎:うん、呪縛。僕にもね、そういうところがあった。ところが昨年、博士課程に外国人の女性が入ってきたら、僕が変わってしまった…。
河合:イケイケ教授だったのが、いきなり好々爺になってしまったとか?(笑)
松崎:近いですね〜(苦笑)。なんかね、医局会での一家主義的「こうしようぜ!」発言が、激減してしまったんです。「彼女は日本人じゃないから、こんなやり方には戸惑うだろう」って思っちゃって。
河合:誰かから指摘されたわけでもないのに、先生ご自身で?
松崎:そうです。それまでは一致団結することが、最優先事項だと思っていたわけです。でも、一致団結はあくまでも結果であって、それを目的にして締め付けを強めたりしては本末転倒です。
やっぱりダイバーシティって、必要なんだなぁって痛感しましたよ。だって、外国人の学生がたったひとり入っただけで、僕の「こうしようぜ!」発言がなくなるんです。外国人が加わることが外圧となって、日本人特有の同調圧力や単一の価値観が否応なしに壊れていくんです。
河合:逆にそれを脅威に感じる人もいるんじゃないでしょうか。「オレたちのやり方、変えるなよ」みたいな。
松崎:それ、河合さんがメルマガでよく書いている「ジジイの壁」ですか?
河合:はい。ジジイの壁は厚いですよ〜(笑)。点じゃなく、面ですから。
“ジジイ”というのは、会社のためといいながら自分の保身だけに生きている人たち。だからオバさんでもジジイはいるし、若くしてジジイになる人もいます。口癖は「前例がない」とか、「そんなことをやって責任を取れるのか」とか。自分たちのやり方が変わるのを、徹底的に嫌うんです。
松崎:そして、ジジイの壁の向こう側にへ行っちゃう。体の中が壁の向こう側に行っても、大所高所からの判断がきちっとできればいいですけど、そういう見識も持たない人たちは多いですよね。
河合:だから同調圧力が生んだ「俺のルール」を壊すのって、メチャクチャ大変だと思うんです。外圧が女性なら「スカートを履いたオッサン」になるか、そこから退散するか、どちらしかない。
松崎:そうやって組織って末期に向かって行くんですよ。
河合:中途半端にアメリカ産の成果主義とか輸入しちゃったのが、問題なんですよ。バブルが崩壊して自分たちのやり方が行き詰まったからって、「アメリカ=世界基準だから」みたいな感じで安易にマネた。
そもそも文化も違うし、国民性も違う。そりゃあ、副作用も大きくなりますよね。年下の男性が上司になるのはギリギリ我慢できても、年下の女性が上司になるのは許せない。
「あうんの呼吸」が、相互の信頼感を低下させている
松崎:厄年を過ぎたぐらいから人は基本的には保守的になっていきますし、キャッチアップされる不安って、やっぱり大きいんですよね。あと、“刺される”んじゃないかという、恐怖感です。
河合:さ、刺される?!!(苦笑)
松崎:ええ、そうです。日本人同士だと、あうんの呼吸というか、絶対に俺のことを“刺し”はしないよみたいな安心感が何となくありますから。
河合:なるほど。安心感という言葉か?、刺すって言葉で説明した途端、重みを増しますね。
松崎:実は、そういった多様性の低さによる「安心感」というか、「社会の信頼感」があるからこそ、震災のような危機があったときに、一致団結できて、立ち向かえるという面もある。そういう意味で、日本人のSOCはとても高いと思いますよ、多民族国家に比べたらね。
河合:確かに、SOC理論を提唱したアントノフスキーは、1980年代に書いた著書で「日本人のSOCは高い」と書いています。SOCの土台には、「信頼出来る人たちに囲まれている」という確信が必要です。でも、私は今の日本に、その信頼感があるとは、到底思えません。
松崎:アメリカってコインに刻まれているように、「多様性のなかの統一」を国の理念としている。多様性を尊重したまま統一していくことがとても大事で、そのためのアメリカの第一の命題は自由です。自由の保証。
でも、日本って統一しないといけないよねなんていう考えは初めからないというか、必要がない。それが社会的な信頼になっているんじゃないでしょうか。
河合:私は全く逆で、それが今の日本社会の信頼感を低下させている、という考えです。
SOCの構成要素の把握可能感(直面した出来事を説明可能なものとして把握でき、将来をある程度予測できる感覚)は、一貫した経験によって作られます。そういった意味では、日本はSOCを高くする潜在能力はあると思います。
でも、同種同質であるがゆえに可能となった「あうんの呼吸」が、逆に信頼感を低下させちゃっている。
私、子供のときアラバマ州という、うちの家族しか日本人がいないようなところに住んでいたんですけど、アメリカ人って、すぐ聞く。なんでも聞くんです。最初の頃なんて英語通じないのに、アレコレ聞いてくるんです。
例えばキャンプにいきますよね。大抵、教会とかYMCAが主催するんですけど、夜になると宗教の時間みたいなのがあって、「カオルはブディストか?」って聞かれる。食事も、チキンでいいのか、ビーフでいいのかとか。ものすごく聞きまくるんです。
松崎:そうね。確かに、なんでも聞くかもしれませんね。
河合:コミュニケーションの取り方が、日本とは明らかにちがう。知らない人でも「ハーイ」と声をかけるし、買い物をしていると「そのバッグ、どこで買った?」って聞かれたり、「あなたのその靴、すてきね」と褒められたり。
そういったマメなコミュニケーションをとることで、信頼できるリソースか確かめられるし、信頼感を築くことにもつながると思うんです。
松崎:僕ね、アメリカの大学のラボに入って2〜3週間くらいたったときだったかな。うちのボスのところに「今度お前のところに入ったあの日本人は、感じ悪いな」と言ってきた人がいたんです。
「え、何で?」と聞いたら、「全然、挨拶しない。あいつ、おかしいんじゃないか」って。でもね、僕はちゃんと挨拶していた。だから「やっていますよ」と言ったの。
そしたら「それじゃダメだ」って。「Good morning」とデカい声で言うか、もしくは大げさなリアクションでやるか、そうしないと相手はコミュニケートしているとは思わないって。
河合:通販のCMみたいに(笑)
松崎:そう、そんな感じです(笑)。それから必ず僕の方から「Good morning!!」と大きな声をかけてコミュニケーションとるようにしたんですね。そしたらね。不思議なんだけど、それだけで「相手に背中を見せていいんだ」と思えるようになった感覚が生まれました。“刺されない”って、確信が持てた。
河合:守護霊も……。後ろからんにゅ〜っと現れるんじゃなく、「おはよう!」って明るく出てきてほしいですね(笑)(「窮地のクラッシャー上司は、あの言葉を繰り返す」参照)
松崎:そうですね。挨拶は大切ですよね。
河合:元気な会社って、かならず挨拶が飛び交っているんですよね。コレ、本当に。日本人のSOCが高いかどうかは、またじっくり先生とお話ししたいですね。
病欠は人事考査でプラス評価すべき
松崎:是非、お願いします。でも、会社という社会で、ストレスの雨に対峙するために用意されているリソースが上手く使われていないという点は、河合さんと意見が一致してますよね。
河合:外的資源、つまり、会社が社員に提供するリソース。有給休暇のほか、育休や産休といった制度もすべてそうです。例えば、日本の育休制度って、欧米と比べてもかなり恵まれている、とても優しい制度です。でも、そのリソースがうまく使われていない。
松崎:使いにくい空気があるんですよね。有休が代表例です。例えば、メンタル不調を訴える社員に、「1週間ぐらい休んでごらんよ」ってアドバイスするんですね。「うつにはなってはいないけど疲れていて、休息が必要だから診断書を書いてあげようか」って。
すると人事が「まだ有休が残っているから、有休から処理させましょう」となる。「病欠は、人事考査でマイナスになる」って。これ、おかしいでしょ? 誰だって生きてりゃ病気になるのに、人事考査でマイナスになるって考え方。明かにおかしい。
河合:現役バリバリ24時間働きまっせみたいな人が、スタンダードになっちゃってますよね。
松崎:一生懸命働いていれば、ときにちょっと病むことがあるのは当たり前なんですよ。それがマイナスって……。
河合:先生、そういう会社側のスタンスに、産業医として苦言を呈したりしないんですか? 「戦う産業医」って、社員の最強のリソースになると思いますけど。
松崎:僕が文句を言って、会社が変わる可能性があるならば言いますけど、変わらないんですよ、現実には。本当、残念なことに。
だからエビデンスを積み重ねて、ミクロではなくマクロの視点から「ホラ!」ってやるしかないんです。
河合:でも、これまた残念なことに、日本の経営者はエビデンスより、自分たちの成功体験で語りたがりますよね。だから、応急処置にしか過ぎない「バンドエイド治療」ばかりが横行する。自分たちが銃弾を放っているのに「ナニ、どうした? 傷ついちゃったか〜。じゃ、バンドエイド貼っておこうね〜」みたいな。
松崎:ただ、まあ大きな問題も起きず、それでやっていけちゃうことも多い。だから、「ハードワークによるうつとか体調不良とかがトラブルになるのは、運が悪かっただけ」と思いがちなんです。
河合:大きな事件がおこると、あたかもその会社だけが特別に問題があったような扱われ方しますけど、ほかの会社では「たまたまおきてないだけ」なんですよね。
コレ言うと、中間管理職の方たちから「眠れなくなるから止めて」って言われちゃう。職場において実際に問題が生じるのは、経営幹部と当該社員の間ではなく、直属の上司との間ですから。
松崎:上司の力は大きいですね。うつになった患者さんを職場復帰させるでしょう。上司が「何とかして戻そう」と考えるか、内心「厄介だな」と思うかが、職場復帰の成否を決定していると言っても過言ではありません。
河合:上司って、逆上がりを出来なかった人に限るんですよね。
松崎:どういうことですか?
河合:逆上がりって、最初からできる人はあまり考えずともできる。簡単にできちゃったから「どうやったらできるの?」って聞かれても、答えられない。つまり、上司もちょっとくらい病んだ経験のある人のほうがいいです。病欠は人事考査でマイナスじゃなく、プラスにすべきですね。
割り切った働き方をすると、ますます仕事がつまらなくなる
松崎:でしょ? 僕ね、リソースに関してもう1つ河合さんに聞きたかったことがあって。リソースの「使い手」の方の問題なんですが。
河合:はい。
松崎:河合さんが以前、この連載の中でも触れていたウエートレスのおばちゃんの話です(「「罵倒ツイッター」が映す地位に溺れる人々」参照)。彼女は「皿をテーブルに置く時、音ひとつ立てない」と語り、ウエートレスという一見単調な仕事に、自分の意義を見出しているじゃないですか。あれって、SOCの構成概念のひとつ、「有意味感」に近いですよね。
河合:ええ、有意味感は、自分の遭遇した困難に意味を見出す前向きな力です。と同時に、人はそこに意味を見出すから、自分の存在意義、存在する意味を感じることができる。有意味感は、すべての対処的行動の原動力になる部分です。今の日本人にもっとも必要な感覚だと、個人的には思っていますが。
松崎:僕も同じです。あのウェイトレスの女性は、仕事に意味を感じるからああやって前向きに取り組めるんでしょうか。学生とか、企業の若い人たちを見ていると、本来、有益なリソースとなるものが目の前にあるのに、その意味を見出す前に安易に辞めてしまったり、楽なほうに逃げたり、手放してしまっていることが多い印象を受けます。つまり、質のいいリソースが目の前にあるのにそれを使う力が低い。
河合:ウェイトレスの女性の有意味感は極めて高い。ただこれは「個」だけ問題ではなく、「環境」と「個」のかかわり方が重要なんです。「それでいいんだよ。ちゃんと頑張っているね」って、自分にアテンションしてくれる人がいたときに、初めて人は「自分の存在意味」を見出し、仕事を意味あるものにすべく前向きに取り組めます。
でも、逆も真なりで、どんなたわいもない仕事だと思えても、一生懸命、プラスアルファを加えていく努力をすることも大切。例えば、お茶出しの仕事でも、ただお茶を入れて出すんじゃなくて、自分でお茶の勉強をしたり、ちょっとでもおいしいお茶を出すように工夫したり。そうやっているうちに「うまいな、コレ」なんて言ってもらえると、「やった〜」っと自分の存在意義を感じることができて、有意味感も高まる。「鶏が先か、卵が先か」っていう面はあるんですが……。
松崎:なるほど。鶏と卵ですね。
河合:これ結構あっちこっちで話しているんですけど、私は大学を出た後に、憧れていたいキャビンアテンダントになったんですが、実際のCAの仕事は肉体労働が多くて、初フライトのときに「こんな仕事、意味ないじゃん」ってがっかりしたんです。新人の頃って、特に雑用が多いですから、本当に意味が見出せなくて。なので「だったら、もう適当にフライトをやって、ステイ先で楽しめばいいや」って。
松崎:割り切っちゃえばいいや、って思ったんですね。
河合:はい。でも、そういう働き方をすると、ますます仕事がつまらなくなる。そのときに会社で、「キャビンアテンダントって、大変だろう? 肉体労働だろう? でも頑張れよ」って声をかけてくれた人がいた。その時、「ああ、この人、わかってくれてるんだ」ってちょっとホッとしたんです。
そしたらなんか、こうエネルギーが充電されるというか、「あ、そうだ。お客さんにサービスするときに、ただお食事出すだけじゃなく、ちょっと話しかけてみようかな」とか思うようになって。それで実際話しかけてみると、結構、楽しくて、それからいろいろな工夫をするようになったんですね。
クラッシャー上司の被害は、独りでは対処できない
松崎:なるほど。僕のところに来るうつ病になった社員、特に20代ですけど、仕事に意味が感じられない、意義が感じられない、それでうつになったという人がすごく多いんです。月に20人ぐらい、そういう人たちの話を聞いています。
今、河合さんの話を聞いていて、若い時分、御巣鷹のJAL墜落事件の事故の救護に行かれた防衛庁幹部の方の話を思い出しました。そのときの作業は自衛隊の最前線にいる相当タフな人にとっても、本当に厳しいものだった。
彼は、1日目で「俺には耐えられない。俺には自衛官としての資質がない」って感じて、「このミッションをやり遂げたら、自衛官を辞そう」と決意したそうです。だから2日目からは、何も考えず、無心で厳しい作業に取り組んだそうです。
そしたら、2日、3日とやるうちに、「この厳しい作業ができるのは、俺しかない」と思うようになったというんです。「これをできるのは、俺たちの部隊しかない」って。その自信と誇りを持って、最後までやり遂げたと言うんですよ。
だからね、こんな仕事は無理とか、こんな仕事に意味はないとか、絶対に適性はないというふうに思ったとしても、その有意味感が得られない仕事に自分で意味を与えられるようになるかどうかが、1つの壁というか殻であって。
そこの殻を破るには、とにかくまずは没頭して……、没頭するしかないんですよね。
河合:その通りだと思います。もう本当、目の前にあることを、足元のことを、きちんとやる。それしかないんですよ。今って、こういうこと言うと「精神論だ」とか、「時代が違う」とか批判する人がいますけど、人間の本質って時代で急に変わるものではない。価値観は多少、変わるかもしれません。でも、本質は変わらないんですよね。
だからこそ、先生が往年の人気ドラマ「岸辺のアルバム」で見たクラッシャー上司が、今もいろんな企業に存在するわけですよね。
松崎:そう、そのとおりです。
河合:上司って、部下に「ちゃんと見てるぞ」というメッセージを送って、有意味感を持たせることが大切だし、ひょっとするとそれくらいのことしかできないのかもしれません。
松崎:だから「守護霊」になることが大切なんですよね。
河合:では、最後に一つだけ。「クラッシャー上司のもとで、逃げ場を失っている人」にアドバイスをいただけないでしょうか?
松崎:そうですね。まずは自分が置かれている状況を、誰かに伝えるということですね。友達でもいいでしょうし、話しやすい人でいい。コレね、実は自分自身にも、上司にも効くんですよ。
河合:人に聞いてもらうだけで、本人がちょっとだけスッキリすることはあると思うんですが、上司にも効くというのは?
松崎:これまで説明してきたように、基本的にクラッシャー上司には悪意がないわけです。「部下のため」「会社のため」にやっているという自己解釈なので。ただ、僕のときがそうだったように、それを聞いた誰かが「今のやり方、よくないですよ」と上司に気付きを与える場合がある。
河合:秘書さんが、先生が准教授に厳しく接しているのを見て恐くなって辞めた、という話ですね(「クラッシャー上司、口癖は「お前のため」」参照)。
松崎:そうです。部下もね、スッキリするだけじゃなく、上司の別の側面を知るきっかけになるかもしれない。
河合:確かに。コミュニケーションって受け手がすべてを決めるので、受け手、つまり部下側の認識が変わると受け止め方も変わりますよね。
松崎:部下側から上司にコミュニケーションをとることで、いい意味での化学反応が起こることもありますから。
河合:でも、先生のご著書『クラッシャー上司 平気で部下を追い詰める人たち』を読むと、簡単には変わりそうもないクラッシャー上司もいますよね?
松崎:ええ、現実にそうした人はいます。その場合は、社内通報の担当窓口でもいいし、ほかの部署の上司でもいいし、ある程度権限をもった部署や人に相談をしてみる。社内通報の利用は心理的にハードルが高いという場合には、部署内のメンバーでもいいので情報をシェアするといった段取りが大事です。
河合:それでもどうにもならない場合は?
松崎:これは1人の力では絶対どうにもならないので、僕たちみたいな産業医に相談してください。産業医への相談内容は完全に守秘されるので、安心して相談して下さればいいと思います。
河合:アドバイスありがとうございます。ただ、読者の皆さん、産業医の先生に相談してもなかなか状況が改善しないときには、私にご連絡を。どこかとおつなぎいたします。
松崎:ん??? どこかって、もしかして僕のところですか?
河合:もしかしたら、そういう場合もあるかもしれません(笑)
松崎:(苦笑)
河合:冗談はさておき、先生、本日は長時間ありがとうございました。勉強になりました!
松崎:こちらこそありがとうございました。
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このコラムについて
河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学
上司と部下が、職場でいい人間関係を築けるかどうか。それは、日常のコミュニケーションにかかっている。このコラムでは、上司の立場、部下の立場をふまえて、真のリーダーとは何かについて考えてみたい。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/032000098
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