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通販の激増による日本の物流危機が注目を集めているが、この状況にはヤマトのしたたかな広報戦略の存在が感じられる Photo by Tomomi Matsuno
ヤマト運輸を追い詰めているのは「アマゾン」ではなく「横浜」だ
http://diamond.jp/articles/-/121434
2017.3.16 窪田順生:ノンフィクションライター ダイヤモンド・オンライン
宅配業界の問題が世間を賑わせているが、「アマゾン=ヤマト危機の原因」という構図が世に広まれば広まるほど、ヤマトがもうひとつ抱えている「爆弾」から世間の目がそれていく。その爆弾とは、「横浜」だ。(ノンフィクションライター 窪田順生)
■ヤマトの広報戦略から
感じられる「狙い」とは
ヤマト運輸が27年ぶりに値上げを検討していることがわかってから、連日のように宅配業界の今後の動向を占うニュースが社会を賑わせしている。
先日はヤマトと佐川急便、日本郵便の3社が連携し「一括配送」を強化するとして、高層ビルからやがて一軒家まで広げていく方針を発表。ドローン配送や宅配ボックスの整備など、ドライバーの負担軽減のために何ができるのかが、盛んに論じられているのもご存じのとおりだ。
これは非常に素晴らしいことだと思う。
物流の未来を論じることは、来たるべき人口減少社会のインフラを真剣に考えることだ。一過性のブームではなく、これを機にぜひ国民的議論へと発展していただきたいと心から願う一方で、「情報戦」という視点でこの現象を見ると、先ほどとはやや異なる印象を抱く。それをズバリ言わせていただくと、こうなる。
「さすがヤマト、うまいことやるなあ」
いったい何がうまいのかということをご理解いただくためには、いまの「世論」を整理しておく必要がある。先ほど触れたようなニュースでは、今回の値上げの背景について、往々にしてこのような解説がされている。
「アマゾンの取扱量が急増していることで、ヤマトの現場が限界に達している」
佐川急便も限界だと放り出したし、先月はヤマト運輸労組も荷受量を減らすように求めている。どう考えてもアマゾンこそが問題の核心だろ、という声が聞こえてきそうだ。もちろん、筆者もこの見方を否定するつもりは毛頭ない。ただ、このような「アマゾン=ヤマト危機の原因」という構図を世に訴えれば訴えていくほど、ヤマトがもうひとつ抱えている「爆弾」から世間の目がそれていく。
ヤマトの広報戦略からはそのような「狙い」が感じられる、ということを申し上げたいのだ。
「27年ぶりの値上げ」をもってしてまで煙に巻きたい「爆弾」なんてあるのかと首を傾げるかもしれないが、組織を根底から揺るがしかねないという意味では、こちらの方がアマゾン問題よりはるかに破壊力がある。
その「爆弾」とは、「横浜」だ。
■ヤマト運輸の内部情報が
メディアにダダ漏れ
今回の「27年ぶりの値上げ」報道の3日前、ヤマトが全国の配達員約7万6000人を対象に、未払いの残業代がないか労働実態の調査を進めるというニュースがあったことを覚えているだろうか。
ネット上では「英断だ」「もともと残業代払ってないなんてどれだけブラックなんだ」とさまざまな意見が飛び交ったが、当のヤマトはこの報道を即座に否定。以下のような声明も出して打ち消しに必死だった。
《本日3月4日に一部の報道機関において、当社の未払い残業代の精算に関する報道がありましたが、記事に掲載されている「未払い残業代」については、当社からの発表に基づいたものではありません。詳細について現在、調査中です》(ヤマト運輸 お知らせ)
会社としてオフィシャルに発表する前に、スクープとして注目を集めるために1社だけにリークすることは企業報道ではよくある話だが、今回のニュースはほぼすべての新聞、テレビが横並びで報じている。ということは、考えられることはただひとつしかない。各社が「動かぬ証拠」を入手したのだ。たとえば、ユニクロ潜入1年ルポで、いまや小売・流通企業が最も恐れるジャーナリストとなった横田増生氏も「週刊ポスト」最新号の中でこのように明かしている。
《「平成29年1月18日付」で「人事戦略部」が出した「神奈川主管支店の皆さまへ」と題したA4サイズ2枚の社内文書がある。それによると、「平成27年1月度〜平成28年12月度の2年間」にわたり、サービス残業代を支払う、とある。「支給日は、3月24日の予定です」と明記してある》(週刊ポスト2017年3月24・31日号)
もうおわかりだろう。ヤマト運輸の内部情報は「神奈川」からメディアへ、ダダ漏れになっているのだ。では、なぜ「神奈川」なのか。
話は昨年8月25日、横浜市にあるヤマト運輸神奈川平川町支店に対し、横浜北労働基準監督署が労働基準法違反で是正を勧告したことにさかのぼる。
《神奈川平川町支店のドライバー2人は配送業務で使う端末の稼働時間を労働時間として所長に提出。しかし配送業務終了後も、顧客データをパソコンに入力したり、報告書を作成したりしていた。このため端末の稼働時間と実際の勤務時間が月30時間以上違う時があり、一部について残業代の不払いが認定された》(2016年11月17日 日本経済新聞)
この8月に、ヤマト運輸はドライバー2名の未払い残業代があることを認めたが、支払う額とドライバーらが主張する額に大きな隔たりがあった。たとえば、会社側は57万円(約327時間分)の残業代を払うと申し出たが、ドライバー側はそんなもんじゃなく、171万円(約637時間分)あると主張したのだ。
■サービス残業なしで
ヤマトは成長を続けられるか
こういうやりとりがなされていることは、この時点ではメディアはまだ報じていない。しかし、11月16日にドライバーと代理弁護人が会見をしたことで明らかにされた。当時は電通の女性社員が過労自殺をした問題が世間の注目を集めていたので、これまでなら未払い残業代問題などスルーしてきた大手マスコミも、会見には押しかけた。その際にメディアが築いた「情報網」に、「未払い残業代調査」の内部情報が引っかかったというのは、容易に想像できよう。
「横浜」の2人のドライバーから上がった声が、7万6000人に調査を実施するという動きにまで発展したことからもわかるように、実はこれはヤマト運輸にとってアマゾン以上に頭の痛い問題である。
既にいろいろなところで論じられているように、日本の宅配ビジネスの品質を支えているのはドライバーの「頑張り」である。「今月は残業が多くなったのでもう帰りますね」なんて働き方をすべてのドライバーがしていたら、即日配達や地獄の再配達千本ノックなどできるわけがない。それはヤマトもしかりで、この会社の好調さはドライバーの「サービス残業」が支えている側面も否めない。
ヤマト運輸にはドライバーが約5万4000人いるという。仮に2年間のサービス残業代が1人100万円なんてことになったら、540億円である。今期の営業利益がほぼ吹っ飛んでしまう。仮に半額だとしても経営へのダメージは計り知れない。
もっと言えば、サービス残業を調べて払うということは、今後はサービス残業なし、ということになる。電通が残業時間を引き下げ、22時になると強制的に全館消灯しているように、厳しい網がかけられて、果たしてヤマト運輸はこれまでどおりの成長を続けられるのか、という問題がある。かといって、SNSで囁かれるように「お前、まさかサービス残業代を請求するつもりじゃないだろうな」と各支店で店長がネグッているような事実が発覚したら、「ブラック企業」として一気に大炎上してしまう。
つまり、ヤマト運輸の経営幹部にとって「ドライバーのサービス残業」というのは「進むも地獄、退くも地獄」ともいうべき悩ましい問題なのだ。「横浜」方面からのリークによって、その地獄の蓋が開きかけたのが、3月4日の「未払い残業代調査」報道だったというわけである。
だが、ヤマト運輸という会社がすごいのはここからである。
■世論を味方につける
ヤマト広報戦略のDNA
即座に火消しにかかるというのはある意味で広報のセオリーどおりの行動だが、驚いたのはそこで間髪入れずにこの報道をかき消すような「大ネタ」をぶち込んできたのだ。
3月7日、日本経済新聞の一面を飾った「27年ぶりの値上げ、アマゾンと交渉入り」というスクープだ。
お読みになった方はわかるように、これは「ヤマト運輸の長尾裕社長が日本経済新聞の取材で明らかにした」(3月7日 日本経済新聞)ものである。つまり、長尾社長から仕掛けた「ネタ」を日経が食った形だ。さらに、長尾社長が「情報戦巧者」だと感じるのは、記者にちゃんとこのように書かせていることだ。
《長尾社長は「ネット通販の急成長と労働需給の逼迫で、事業の継続性に危機感を覚えるようになった」と語り、コストに見合った料金に改める必要性を強調した》(同上)
環境の変化に「値上げ」で対応する、というメッセージを強く打ち出せば、3日前の報道は「小事」になる。事実、この記事のなかには「7万6000人未払い残業代調査」についての詳細な言及はなく、以下のようにさらっと触れられている程度だ。
《サービス残業の再発防止も進め、未払い残業代について「支払うべきものは支払っていく」とした。ドライバーの労働時間も職場の入退館時間で管理するよう改める》
「7万6000人未払い残業代調査」が大きく報道されたことで、ヤマト運輸は「ブラック企業」的な批判が生じる恐れがあった。しかし、「27年ぶりの値上げ」「アマゾンと交渉」という2枚のカードを切ることで、その地雷を踏むことなく見事に回避した。
ヤマト運輸といえば、小倉昌男社長時代に運輸省から宅配便の運賃自由化を勝ち取るなど、規制や役所と真っ向から戦っているイメージが強いが、実はそこで得意としたのが「世論を味方につける」という戦い方だ。たとえば、当時の郵便小荷物と同じサイズの「宅急便Pサイズ」を運輸省に認めさせた時などの例がわかりやすい。
《小倉を中心とするヤマト運輸は開き直った形で真っ向から運輸省に挑んだ。六月に「運輸省が認めないのでPサイズの発売は延期します」と新聞に大広告を打ったのは有名な話》(1984年2月22日ハ日経産業新聞)
このDNAは現在も受け継がれており、今年1月には、信書と国際スピード郵便(EMS)について制度の見直しを訴えるための特設サイト「いい競争で、いいサービスを。」を公開し、ゆうメールの料金が一部値上げされたのは、クロネコメール便との競争がなかったからだとユーザーメリットを訴求している。
ヤマト運輸ほど、世論を味方につける戦い方に慣れた企業はない。そのような意味では、「アマゾンの取扱量が急増していることで、ヤマトの現場が限界に達している」という社会の認識が広まり、ドライバーの方たちのためには値上げもしょうがない、という空気が生まれつつあるのも納得だ。
とはいえ、今回はうまく地雷を避けたが、この「未払い残業代」問題がまたいつ火を吹くかはわからない状態だ。24日から支払いが始まれば、その額に不満を抱くドライバーたちが「横浜」のように声を上げるかもしれない。真正面から向き合わなくてはいけなくなるのも、時間の問題だ。
日本の宅配業界をリードしてきたヤマトが変われば、他社も変わる。つまり、ブラック企業問題を追及している弁護士、NPO法人からすれば、世論を動かせる格好のターゲットでもあるのだ。
「情報戦巧者」のヤマト運輸はこの危機をしのげるのか。次の一手に注目したい。
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