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灰色の“自己啓発残業”へ誘う「過剰適応」の罠 「稼ぎの悪い夫は交換」CMが炎上しないワケ プレゼンが全然伝わらない…滑舌
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投稿者 軽毛 日時 2017 年 2 月 14 日 01:49:20: pa/Xvdnb8K3Zc jHmW0Q
 

灰色の“自己啓発残業”へ誘う「過剰適応」の罠

河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学

暗黙の指示によるグレーな労働が意識の高い若手を追い込む
2017年2月14日(火)
河合 薫

 2012年12月。23歳の新人看護師が亡くなった。
 遺体で発見された一人暮らしのアパートには、遺書が残されていた。

「自分が大嫌いで、何を考えて、何をしたいのか、何ができるのかわからなくて。苦しくて、誰に助けを求めればいいのか、助けてもらえるのか、全然わからなくて。考えなくていいと思ったら、幸せになりました。甘ったれでごめんなさい」

 その2日前。夜勤を終えた彼女は、
「11月30日。看護師向いてないのかもー。あー自分消えればいいのに、なんてねー」
と、SNSでつぶやいていたという。

 彼女はなぜ、死を選ばなければならなかったのか――。

 母親は「娘が自殺したのは長時間労働などで、うつ病を発症したことが原因」だとして、勤務先病院の運営主体であった国を提訴。

 その初弁論が、2017年2月3日札幌地方裁判所で開かれ、「帰宅後の、娘の自宅での仕事は一切、時間外として考慮されていない」とする原告(母親)に対し、国側は答弁書で請求を退けるよう求め、争う姿勢を示した。つまり「労災は認められない」と主張したのだ。

 看護師の女性は2012年4月からKKR札幌医療センターに勤務していたそうだ。その翌月の5月の時間外労働は、約91時間。

 5月13日にはLINEで、「この前の初めての夜勤で、事故起こしたんだよね。全盲の患者さんの薬の量、間違ったんだ。それがもう、とどめって感じで」とのやりとりを、友人との間でしていたことが確認されている。

 6月以降も“時間外”は続き、6月は85時間、7月は73時間、8月は85時間で、9月は70時間、10月は69時間、11月は65時間。この中には夜勤も含まれている。

 さらに彼女は帰宅後も、業務に不可欠な知識をフォローアップするため毎晩毎晩、机に向い続け、睡眠時間は2、3時間程度だった。

 作成が毎日義務付けられていた、先輩看護師との間の記録には「なんでその処置が必要か、根拠について確認してください」「知らない時は調べる」といった記述も残されており、彼女が“ひとりの看護師”として、きちんとした仕事をするために寝る間を惜しんで勉強していたことをうかがい知ることができる。

 つまり、今回の裁判のポイントは、時間外労働の長さに加え、仕事に必要な知識を補うための「自宅での仕事」をどう捉えるのか――というのが一つ。また、先の勤務には夜勤も含まれているので、心身に負担がかかる夜勤の捉え方もポイントとなる。

極めてグレーな「持ち帰り残業」

 数年前には、英会話学校の講師だった22歳(当時)の女性が2011年に自死したのは、「持ち帰り残業」が原因だったとして労災が認められている。

 ただ、このときの自宅での仕事は「授業で使う『単語カード』を2千枚以上自宅で作る」というもので、これが業務命令と判断されたという経緯がある。

 「持ち帰り残業=自宅での仕事」は、サービス残業同様、いや、それ以上に、極めてグレーな“働かせ方”。厚生労働省はサービス残業をなくすために1月20日、「自主的な研修、教育訓練、学習等であるため労働時間ではないと報告されていても、実際には、使用者の指示により業務に従事しているなど使用者の指揮命令下に置かれていたと認められる時間については、労働時間として扱わなければならないこと」と明記した新たなガイドランを策定したが、「自宅での仕事=自己啓発?」「自宅での仕事=サービス残業?」については線引きが難しく、どこまで認めてもらえるのか……。

 また、特にヒューマンサービスの現場には、「労働時間」だけでは語れない過酷さがある。

 5年ほど前に看護師の方たちに、私が開発したストレスマネジメントプログラムを実践してもらい、その効果を検証する実証研究を行ったことがある。

 プログラムを実施するにあたり、数名の看護師にフォーカスグループインタビューを実施したのだが、多く聞かれたのが、看護師さんたちが感じる「職務上の要求の高さ」と「心理的プレッシャー」だった。
※意識や深層心理を把握することができる座談会形式のインタビュー調査
 仕事量が多いのに加え、時間的切迫度も高い。絶対にミスは許されない。人手不足でひとりの看護師の責任が非常に高い。他の看護師のサポートを受けることができない。医療技術や使われる薬品も日々更新されるので、休日も勉強する必要がありゆっくり休むことができない――。

 さらに、
・高齢化社会で認知症の方も多く、四六時中ナースコールに呼び出されることもある。
・経験の浅い看護師に先輩が教えたり、サポートしたりする余裕がないので、孤軍奮闘している若い看護師が多い。
・看護師の仕事は育児や介護との両立も極めて難しいため、ベテランの離職もあとをたたない
という声も多かった。

仕事の要求度が高まると、自ら“働き過ぎ”に突き進む矛盾

 こういった状況は、日本医療労働組合連合会(医労連)が取りまとめた2013年の「看護職員の労働実態調査」でも示されている。

・「1年前に比べて、仕事量が増えた」は59.6%
・「疲れが翌日に残る」「いつも疲れている」は合計73.6%で過去最高
・「強いストレスがある」 は67.2%
・「健康に不安」は 60.0%
・妊娠者の 3 分の 1 が夜勤免除なし
・妊娠者の3 人にひとりが切迫流産を経験

 4人に3人が「仕事を辞めたい」とし、その理由のトップは「人手不足で仕事がきつい」(44.2%)で、以下「賃金が安い」「休暇がとれない」「夜勤がつらい」と続いていた。

 奇しくも2月6日、医労連が、「夜勤交代制労働など業務は過重である。(月平均60時間・年間720時間、繁忙期には単月100時間、その翌月とあわせた2カ月平均で80時間まで時間外労働を認めるという)政府案はまさに過労死を容認するもので、断じて容認できない」として、「月60時間」が過労死ラインと主張する談話を公表した。

 過労死認定にはある一定の基準が必要なことは、重々理解できる。だが、“長時間労働だけ”を、疲労やストレスの直接の原因とするのは、極めて危険。仕事上の要求とプレッシャーが増大することによっても、疲労やストレスは増大することを忘れてはならない。

 一方、仕事の要求とプレッシャーが高まると、人は自ら“働き過ぎ”を拡大するという矛盾がおこる。

 「いい仕事をするためには、私的な時間を犠牲にしてもやむをえない」と過剰適応し、身も心も疲れ果てボロボロになっているのに、どこまでも働き続けてしまうのである。

 「いい仕事をしたい」「会社に貢献したい」「お客さんを喜ばせたい」といった承認欲求に加え「人に迷惑をかけたくない」という意識が、

長時間労働→疲労→家でも仕事→睡眠不足→作業能率の低下によるミス→自己嫌悪→挽回するため長時間労働+家でも仕事→さらなる疲労――

といった矛盾に満ちた行動を、可能にしてしまうのだ。

「人生を生き抜く力」は“傘”に左右される

 そういった「人間の矛盾」を加味した上で、心身に悪影響を生じさせる労働時間を分析していくと、ボーダーラインは「月残業時間50時間前後」で、「帰宅時間22時」ということがわかっている。

 実はこの指標、私の大学院時代の指導教官であり、恩師の山崎喜比古先生が1993年に行った調査で明らかにしたもの。この研究は、長時間労働と健康との関係を考察した代表的な研究としていまなお評価されていて、私にとってはバイブルなようなものだ。この調査結果が、働く問題を考えるときの土台になっているといっても過言ではない(東京都立労働研究所「中壮年男性の職業生活と疲労・ストレス」)。

 「残業50時間なんて、夢のまた夢!」と思う人もいるかもしれない。だが、他の研究者が行った調査でも近似した結果が得られているし、脳血管疾患・心臓疾患のリスクも「月残業45時間」を境に急激に高まることがわかっている。

 私たちは想像以上に弱く、想像以上に強い。この二面性が複雑に絡まり合いながら、私たちは社会的な動物として、環境に“適応”しているのである。

 そもそも「自殺する」――と表現をするけど、死にたくて死ぬ人はいない。 

 自殺する人の誰一人として、喜んで死を選ぶ人はいない。

 言い方を変えれば、生きる力が萎えるから「死」に向かってしまうのだ。

 「ストレス対処力(Sense of Coherence:SOC)」――。これは幾度となくこのコラムでも取り上げている概念だが、SOCは誰もが内部に秘めている「生きる力」だ。

 人生で遭遇する困難や危機は、いわば人生の雨。危機を乗り越えるリソース(=傘)を備え、対処(=乗り越えること)に成功すれば、SOCは高められる。

 SOCには、「健康の維持や回復に必要とされる行動を確実かつ継続的に実行できる」防衛能力としての機能もある。

 また、SOCが高いと、ストレスの雨に遭遇しても、決してパニックに陥らずに冷静かつ客観的に受け止められ、ときには「雨が通り過ぎる」まで待ったり、ときには「すぐにやむから」と我慢したり、「これはもっと強くなりそうだぞ」というときには、傘をかき集め濡れないように対処できる。

 しかしながら、どんなにSOCが高い人であっても、手持ちの傘だけではどうにもならないような豪雨に降られたり、傘が見つからなかったりすると、次第にストレス豪雨に心がやられ、生きる力が失せる。

 傘がない、傘が足りない。「傘を貸してください」と頼める他者も、「この傘を使って」と傘を差し出してくれる他者もいない――。こういった状況が、その人のSOCを低下させ、生きる力を萎えさせる。その結果、人は取り返しのつかない、悲しい行動をとってしまうのである。

“野ざらし”の職場

 新人看護師さんの状況を思い起こしてほしい。

 看護師として働き始める時期には、「期待、希望」という光が差し込む一方で、初めてのことばかりでストレスの雨も降っていたはずだ。そして、その雨をなんとかしのいでいるうち、「一人前の看護師」として多くの患者さんを任された。

 ベテランの看護師でさえ「勉強に終わりはない」という医療の世界だ。高齢化社会で重症患者も多い。

 そういった過酷な状況下で他者の傘を借りようにも、周りの先輩たちもいっぱいいっぱいだから借りることが出来ず、先輩たちにも彼女に「傘を差し出す」余裕はない。

 いわゆる突然死の過労死は、何度かこのコラムでも書いたように前頭葉にある疲れの見張り番の疲弊で、「疲れを自覚せず、死ぬまで働いてしまう」メカニズムにはまるわけだが(「“スーパーネズミ”はなぜ死んだ?」参照)、過労による自殺は「生きる力」であるSOCが機能しなくなった結果だ。

 何度でも言う。職場で降り注ぐ雨に濡れ続け、生きる力が萎えた結果なのだ。

 もし、雨が降ってきても、

・足りない知識を補うサポート体制が現場にあったり、
・職場の風通しがよく、ちょっとした相談ができたり、
・落ち着いて勉強できる時間を持てたり、
・その日の疲れをとる睡眠時間(6時間以上)が確保できたり、
・休日に友人とドライブに出かけたり、
・美味しいものを食べに行ったり、
・友人と愚痴を言い合って笑い飛ばせる時間があったり、
・趣味を持てる余裕がある生活をできたり、
etc、etc…

そういったいくつもの「傘」があれば、「私、なんでこんなにダメなんだろう」ではなく、「うん、なんとかできた。よくやった!」と、今度は“自信”という傘を手に入れ、SOCを高めていくことができる。

 そんなSOCを高める職場環境の会社が、日本社会にどれだけ存在するのだろう。


このコラムについて

河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学
上司と部下が、職場でいい人間関係を築けるかどうか。それは、日常のコミュニケーションにかかっている。このコラムでは、上司の立場、部下の立場をふまえて、真のリーダーとは何かについて考えてみたい。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/021000091/


 

 


 
「稼ぎの悪い夫は交換」CMが炎上しないワケ

記者の眼

ENEOSでんきが浮き彫りにした社会通念のしぶとさ
2017年2月14日(火)
林 英樹
 「これは炎上してしまうんじゃないか」「アウトかもしれませんね」

 編集部で同僚記者とこのような会話を交わしたのは1月下旬のことだった。日経ビジネスでは2015年から毎年年末に『謝罪の流儀』という特集を掲載している。その年に起きた企業や個人の不祥事・炎上案件を取り上げ、何がダメだったのかを詳細に分析。これらの事例をもって他山の石とすることを狙った企画である。

 同じ特集班メンバーとの間で話題に上ったのが、JXエネルギーが手がける電力小売りサービス「ENEOSでんき」の新しいテレビCM。それは次のような内容だった。


小池栄子さんが出演する「ENEOSでんき」のCM(JXエネルギーホームページより)
 妻役の小池栄子さんがリビングで友人とお茶を飲みながら、自由に使えるお金の少なさを嘆いている。「解決策は2つあると思うの」。その答えが、「安い電気に変えるか、稼ぎのいい夫に変えるか」。友人は冗談だと受け止めるが、小池さんは急に真顔に変わり、「本気よ」と口にする。

 ちょうどリビングに入ろうとした夫役の古舘寛治さんがその言葉を聞いてしまう。真顔の小池さんが古舘さんの方を振り返り、ニヤッと笑うと、ガーンという低音と共に古舘さんが後ろに吹っ飛ぶ。そこで場面が切り替わり、ENEOSでんきがいかにお得かを説明する──という流れになっている。

 小池さんは専業主婦という役柄なのだろう。外で仕事をして稼ぐのが夫の役割で、妻は家計を預かる。そんな古びた価値観をベースにした内容であることに加え、自由に使えるお金を増やすための方法として、妻が自らも働きに出ることを申し出るのではなく、「稼ぎの悪い夫は交換する」という上から目線の考えを披瀝する。一部の男性に(場合によっては女性にも)不愉快な印象を与えかねない内容であることから、絶対に炎上すると確信していたが、我々の予想に反し、半月以上経った今でもほぼ「無風」状態を保っているのだ。

 無風と書いたが、正確には複数のインターネットニュースサイトがこのCMを批判的に取り上げた。ネットニュースは経緯を一覧表示する「まとめサイト」に転載され、それをテレビや新聞、雑誌などの既存メディアが取り上げることで、SNS(交流サイト)などを通じて短期間に燎原の火と化す──というのが最近の典型的な炎上パターンだが、JXエネルギーのCMは一部のまとめサイトに掲載されただけで、批判はそれ以上には広がらなかった。

JXは「それほど反響ない」

 企業には批判が寄せられなかったのだろうか。気になったので、JXエネルギーの広報担当者に電話で聞いてみた。

 「確かにネットの一部では話題になっているようですね。ですが、担当者に確認しましたが、当社にはそれほど反響は来ていません」

結構際どい内容だと感じたのですが、意図的に話題になることを狙った、炎上商法に近いような広告戦略だったのでしょうか。

 「そのような意図はまったくありません。あくまで電気料金が安くなる、切り替え手続きが簡単だということを知ってもらいたいと考えて作ったCMです。男女差別とか離婚とかを想起させる意図もありません」

 JXエネルギーは3月末まで電気代の基本料金を1ヵ月分無料にするキャンペーンを展開している。このキャンペーン期間に合わせ、CMも当初の予定通りに3月末まで放送する予定だという。

 特集班が炎上必至だと考えたのには理由がある。謝罪・炎上トレンドを取材する中で「ジェンダー」がキーワードの一つとして浮かんでいたからだ。

 25歳の誕生日を迎えた女性に対し、同性の友人が「今日からあんたは女の子じゃない」「もうチヤホヤされない」などと厳しく指摘する化粧品のCM。放送直後から批判が殺到し、資生堂は撤回を余儀なくされた。テレビCMではないが、特産の養殖ウナギをPRするため、女性をウナギに見立てた動画を公開した鹿児島県志布志市も激しい批判に晒されるなど、ジェンダー絡みで炎上する案件が目立っている。

 ただ、炎上案件の大半は女性蔑視との批判が起きたCMで、男性蔑視で炎上した案件はほとんどなかった。ENEOSでんきのCMも恐らく男女逆に描かれていたら、つまり家計を管理できない専業主婦に対して、「安い電気に替えるか、やりくり上手な妻に替えるか」などと突きつける内容だったとしたら、大炎上を招いていた可能性が高い。そうなった場合、「男は仕事で女は家事」という設定そのものにも批判の矛先が向けられていたに違いない。

 現実にそうならなかったのは、やはり男が槍玉に上げられている点が大きいのだろう。

ブラックジョークとして成立

 企業の危機管理を手がける経営コンサルタントにも話を聞いてみた。

 「確かに不快と思う人がいるとは思いますが、結論から言えば、グレー、セーフだと考えています」

どうしてですか。

 「小池栄子さんの発言はハラスメントではあるけど、パワハラではありません。一般論で言うと、主婦は夫に対して優越的な立場になく、ブラックジョークで済んでいるからです」

なるほど。でも一部で女尊男卑との声は上がっています。

 「男女の立場が逆ならブラックジョークにならない可能性はありますが、今回のCMの場合には、古舘さんのコミカルな演技が発言の毒気をかなり中和しているように感じます」

 JXエネルギーが際どいCMを打ち出した背景には、電力小売り事業の激しい競争環境も少なからず関係していると考えられる。

 昨年4月、企業や店舗などの事業者だけでなく、一般家庭も自由に契約先の電力会社を選べるようになった結果、他業種から多くの企業が電力小売り事業に参入した。だが、お値打ち感を打ち出しにくく、セット割など契約形態が複雑といった理由から、実際に契約先を切り替える家庭は大きく増えていないからだ。

 先の経営コンサルタントも「厳しい競争で差別化が難しい中、目立とうと、あえて“確信犯的”に際を狙ったCMを打ち出したのではないか」と指摘している。

 ブラックジョークが通用するのは、各人が共通理解として持つ社会通念を踏まえていることが大前提となる。今回のCMが炎上しなかったのはとりもなおさず、「男が仕事で女は家事」という考え方が社会通念として未だ確固たる根を張っているからに他ならない。

 JXエネルギーは意図的な炎上商法ではないと否定しているが、社会通念にブレがないことを見抜き、そこをしたたかに突いたのであれば、結果として世間を手玉に取るのに成功したと言えるだろう(もちろん実際にCMを制作したのは広告代理店なのだろうが)。

 米国人の友人は「米国でこのCMが流れたらバッシングが起きると思う」と話す。一億総活躍社会、働き方改革を掲げ、女性の社会進出を後押しする安倍政権。その結果として帰着する先が、本当に素晴らしい世界なのかどうかはともかくとして、少なくともJXエネルギーのCMが炎上を招く社会であるのは間違いない。

「24時間戦う」は炎上する?

 もちろん社会通念は不易ではない。「24時間戦えますか」。バブル期に流行したあの栄養ドリンクの CMを、電通の女性社員自殺問題をきっかけに長時間労働に対して敏感になっている今放送したら、猛烈な批判が起きることになるだろう。

 ただ、政府の威勢のいい掛け声とは裏腹に、「我が国固有の労働慣行に配慮しながら…」などという文言が重しのようにしれっと挿入された働き方改革の議論を見るに、表層的に制度が変わったとしても、我々が想像しているよりもずっと長く、そしてずっとしぶとく、この社会通念は残り続けるのかもしれない。

 と大上段に書いてきたが、「小池栄子さんになじられるのなら悪くない」と考えてしまっている時点で、私自身、気づかないうちにこの社会通念が思考に染み付いているのだろう。もちろん、稼ぎの多寡が男性の価値基準ではないのと同様に、美醜が女性の価値基準だという考えなんて毛頭持ち合わせていないが。念のため。


このコラムについて

記者の眼
日経ビジネスに在籍する30人以上の記者が、日々の取材で得た情報を基に、独自の視点で執筆するコラムです。原則平日毎日の公開になります。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/221102/021300408/


 

 


プレゼンが全然伝わらない…滑舌を良くしたい!

誰にも言えない…オトコのお悩み相談室

呼吸法、口周り筋トレ、抑揚の改善法を身につけよう
2017年2月14日(火)
荒川直樹=科学ライター

まだまだ男盛りの中高年に容赦なく襲いかかる体の悩み。医者に相談する勇気も出ずに、1人でもんもんと悩む人も多いことだろう。そんな人に言えない男のお悩みの数々を著名な医師に尋ね、その原因と対処法をコミカルで分かりやすく解き明かす。楽しく学んで、若かりし日の輝いていた自分を取り戻そう。

精密機械メーカーの販売企画部に勤務する32歳。自分では「仕事ができる」男だと思っている。顧客からの問い合わせやクレームはバッサバッサ解決。「販促企画を立てろ」と言われたらポンポン出てくる。そんなオレの弱点は「話し下手」だ。まず、滑舌が悪い。モゴモゴ聞こえるらしく、取引先と電話して何回も聞き直されることも。また、プレゼンを担当したときは、「エー」「エー」ばかりが聴衆の耳に残ったようで、部長から「この次は、もう少し分かりやすく話してくれ」とくぎを刺されて意気消沈。誰か、もっと上手に話しができる方法を教えてくれ。

(イラスト:川崎タカオ)
 「人前で上手に話せるようになりたい、と考えている人は思っている以上にたくさんいる」というのはフリーアナウンサーでボイス・スピーチデザイナーの魚住りえさんだ。そういう人にとっては、丁々発止の対談や軽やかなフリートークは、はるか先の目標。とりあえず部下の前で話したり、プレゼンで大切なことをきちんと伝えたいという、基本のスキルをブラッシュアップしたいということだ。

 どうしたら上手に話せるようになるのか。魚住さんは「話すという行為を、いくつかの要素に分けて考えることで、誰でも話し方を改善できる」とアドバイスする。相手に伝わりやすくするためのポイントは、腹式呼吸、滑舌、抑揚の3つ。「これらを改善する3つのトレーニングを繰り返すと、話し方は確実に上達します」(魚住さん)。吃音症を治すには医療機関での治療が必要だが、早ければ1カ月半で話し方が改善するケースもあるという。

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 この3つのポイントの具体的なトレーニングについて、順に紹介していこう。

レッスン1(腹式呼吸):いい声で話すと、人に聞いてもらえる

 「まず、スピーチするときは良い声で。声がいいと、何を話しているか聞いてみようという気持ちにさせる」と魚住さん。「声の良し悪しは生まれつき」とあきらめてはいけない。呼吸法を見直せば、良い声に改善できるのだ。

 良い声を出すために大切なことは、まず肺にタップリと空気を入れる(=たっぷり吐き出す)ことだという。いわゆる「腹式呼吸」が最適だ。腹式呼吸では、空気を吸うとき肺のすぐ下にある横隔膜を押し下げるので、肺のスペースを大きく確保することが可能だ。

 「腹式呼吸なんて、声楽家、俳優、アナウンサーなど特殊な職業の人が行うものだ」と考えている人は多いかもしれないが、腹式呼吸を取り入れることで、誰でも自分の声を改良することができる。

 魚住さんは「腹式呼吸で話すと、声がエネルギッシュになる。それが聞き心地のよさにつながり、相手に安心感のようなものを与えてくれる」と話す。いざ人前で話すときはお腹から声を出して、大きく口を開くように心がけよう。

レッスン2(滑舌):新聞のコラムを読んでみよう

 滑舌が悪いというのも、とても多く聞く悩みだ。「声はたっぷり出ているのに、滑舌がハッキリしないがために損をしている人は少なくない」と魚住さんは話す。こうした滑舌を矯正するため、「話し方教室」では母音と子音の発声をしっかり学んでいく。専門家の指導がないとなかなか難しいが、以下に母音発声の仕方を紹介するので参考にしてほしい。

母音発声の口の形

(ア)上下の歯が見えるくらい大きく、丸く口を開ける。(イ)口の両端を思い切り横に引っ張る。(ウ)チューの形で口をすぼめるが、少し緩める感じで。(エ)イの形から下唇だけを下げる。(オ)アとウの中間程度に口を丸く開ける。(『たった1日で声まで良くなる話し方の教科書』<東洋経済新報社、魚住りえ著>に掲載の図を基に編集部で作成)
 魚住さんが、個人的に滑舌を治したい場合に勧めるのは、新聞のコラム(日本経済新聞なら『春秋』)を読む練習だ。良い声で、口角を上げて歯が見えるように話すといい。このとき書いてあることをよく理解し、間違えないように読みたい。魚住さんは「文字を見て、正確に声に出す脳の回路を作ることがとても大切だ」と話す。

 そして、このとき口の周りの筋肉をほぐして動きやすくしたり、適切に使ったりすることで、滑舌は見違えるように改善されるという。口の筋肉なんて普段はあまり意識しないが、発声のためには意識せずともさまざまな顔の筋肉を使っている。魚住さんが提案するのは、こうした口の筋肉のトレーニングだ。

滑舌を良くする舌のストレッチ

(1)口は閉じたまま、舌でぐるりと歯ぐきをなめる。逆回りも同様にして、それぞれ3周行う。(2)舌を横に出して、左右に動かす。往復10回行う。(3)舌を思い切り出して、上下に動かす。往復10回行う。(『たった1日で声まで良くなる話し方の教科書』<東洋経済新報社、魚住りえ著>に掲載の図を基に編集部で作成)
レッスン3(抑揚):メリハリを付けることで伝わりやすく

 どんなに美声で滑舌よく話せたとしても、棒読みでは何を言っているかが分かりにくい。話し上手の人は、言葉の発音に抑揚を上手につけ、大事なことが相手の頭に入るようにしている。

 言葉の抑揚には、さまざまなものがある。例えば、重要な言葉を発するとき、声を高くしたり、大きな声で話したり、ゆっくり話したり、逆に早口で話したりすることで、相手に話し手の意図が伝わるのだ。プロの話し手にかかると、こうしたリズムが音楽のように心地よく相手の耳に届くとともに、大事なことはしっかりと伝わっている。

 これは演技力やセンスではなく、魚住さんは「あくまでも国語力」だという。話し言葉には名詞、数字、接続詞などが含まれるが、重要な言葉はどれか、そうでない言葉は何か、仕分けができていく。それに併せて抑揚を付加していけば、自然とリズムよく話せるようになるという。

 なお、話の抑揚は自分のイメージづくりとも関係している。話し方を変えるとどのようなイメージになるかを魚住さんがまとめた。

●「高い声×ゆっくり」話すと、やさしくおおらかな印象になる
●「高い声×速く」話すと、元気で明るい印象になる
●「低い声×ゆっくり」話すと、落ち着いた印象になる
●「低い声×速く」話すと、仕事ができる印象になる

話し方のクセを知ろう

 ここまで話し方を改善するためのポイントを紹介してきた。ただ、話し方には、たくさんのスキルがあり、より本格的な話術を取得したいなら、各種教材を参考にしたり、話し方セミナーなどに参加するのもいいだろう。

 魚住さんは「どんなときも大切なことは、相手の立場で話すこと。話すことは思いやりである」と話す。これまでの自分の話し方のリズムを一度見つめ直して、相手に本当に伝えたいことを選択、要らないものを捨てる。それで想像以上に相手とのコミュニケーションを改善できるはずだ。また、会社の同僚や家族とも、楽しく話す時間を持とう。普段話さないでいるとノドや口周りの筋肉や脳の神経が退化してしまう。

 もっと話し上手になりたいと思えば、1日24時間、1年365日が話し方トレーニングの場になるのだ。

魚住りえ(うおずみ りえ)さん
フリーアナウンサー、ボイス・スピーチデザイナー
魚住りえ(うおずみ りえ)さん 大阪府生まれ。広島県育ち。高校時代に放送部に在籍し、数多くのアナウンサーを輩出しているNHK杯全国高校放送コンテストに出場。朗読部門で約5000人の中から全国3位に選ばれる。95年、慶応義塾大学を卒業後、日本テレビ入社。「所さんの目がテン!」「ジパングあさ6」「京都 心の旅へ」などを担当。2004年フリーに転身し、テレビ、ラジオを問わず幅広く活躍中。「魚住式スピーチメソッド」を立ち上げ、経営者や弁護士といったビジネスパーソンを中心に、話し方を磨くための指導を行っている。

このコラムについて

誰にも言えない…オトコのお悩み相談室
 まだまだ男真っ盛りの中高年に容赦なく襲いかかる体の悩み。医者に相談する勇気も出ずに、1人でもんもんと悩む人も多いことだろう。そんな人に言えない男のお悩みの数々を著名な医師に尋ね、その原因と対処法をコミカルで分かりやすく解き明かす。楽しく学んで、若かりし日の輝いていた自分を取り戻そう。
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