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社会貢献でメシを食う。NEXT 竹井善昭
2017年2月7日 竹井善昭 [ソーシャルビジネス・プランナー&CSRコンサルタント/株式会社ソーシャルプランニング代表]
生産性向上を個人に押し付ける「働き方改革」の矛盾
昨年末の電通に続き、年明けの1月上旬、違法な長時間労働を部下に強いたとして三菱電機と当時の上司が書類送検された。さらに先週は、大手旅行代理店のエイチ・アイ・エス(HIS)に強制捜査が入った。こちらも違法な長時間労働の疑いで、法人としてのHISと労務担当幹部の書類送検を視野に捜査を進めているという。
労働基準法違反で、法人だけでなく社員個人も書類送検される事例は、何も電通や三菱電機、HISに始まったことではない。しかし、これだけの有名企業が立て続けにあげられ、しかもメディアで大々的に報道されたことは、あまりないのではないだろうか。それだけ、安倍政権における「働き方改革」が本気だということだと思う。その働き方改革の要点はご存じのように「長時間労働の是正」であり、それと関連する「労働生産性の向上」である。もちろん、無駄な長時間労働がなくなり、生産性が向上すれば、従業員にとっても企業にとってもハッピーなことである。
しかし、実際現場から聞こえてくるのはブーイングの嵐だ。とくにそれは、20代独身のハイスペック女子から聞こえてくる。長時間労働是正は、女性活躍推進の文脈からも語られることが多い。長時間労働を是正してワークライフバランスを実現することは、働く女性のためになるというロジックなのだが、これが当の女性たちからは評判が悪い。なかには、あからさまにワークライフバランス(という考え方を)批判する女子もいる。その理由については、以前の第145回で詳しく書いたが、要するに「もっと仕事したい、働きたい」と考えている女子たちに、「働くな」と言っているからだ。
ビジネスにおける「適齢期」とは?
高学歴・高キャリアのハイスペック女子が、なぜ「もっと働かせろ」と言うかというと、彼女たちは成長意欲が高いからだ。スポーツでも芸術でも学問でもそうだが、スキルを上げ、能力を上げるためには、「適齢期」というものがある。たとえば、16歳くらいからギターを始めて、偉大なロックギタリストになることは可能だが(そういうギタリストは数多い)、同じような年齢からピアノを始めて、クラシック畑のコンサートピアニストになるのはまず不可能だ。クラシックの世界で勝負するには、5歳や6歳くらいから、キチンとしたレッスンを受ける必要がある。アスリートも、成長期にキッチリと練習をしてスキルを上げておかないと、世界で通用するアスリートにはなれない。
一般的に、ビジネスの場合はその適齢期は20代で、20代のうちに職業訓練を受けて経験値も上げておかないと、30代以降の成長が難しい。ハイスペック女子たちはそのことを知っているから、20代のうちにもっと働かせろと言っているのだが、働き方改革の議論を見ていると、どうもこの志向性とは真逆の方向に進んでいる。実際、電通が書類送検されて以降、今まで以上に労務管理が厳しくなったという声が多く、残業は月30時間以内、もちろん持ち帰り残業は禁止、早朝残業も禁止といった感じだ。
このように働き方改革はすでに進行中なのだが、ハイスペック女子のみなさんは、そこに不満と危機感を抱いている。労働者のため、とくに働く女性のために長時間労働を是正しようとしているのに、なぜにこうも不満が出てくるのか。それは多様性が欠如、あるいは間違った認識をしているからだ。
働き方改革の骨子のなかには、「多様な働き方」という考え方も入っている。しかし、実際にはその多様性とは、「画一的な多様性」という矛盾したものでしかない。世の中には、なるべくなら働きたくない、休みは多い方がいいという人もいれば、寝る時間も惜しんで仕事をしたい人もいる。その代表例がクリエイターで、一流のクリエイターはおおむね、寝る間も惜しんで仕事をしていて、そうすることが好きな人たちだ。しかし、政府が働き方改革と言い出して、電通が書類送検されて以来、クリエイティブの世界にも「長時間労働是正」の圧力がかかり、深夜の労働が禁止されるようになっている。そのため、何かの作業の途中でも、強制的にオフィスや仕事場を追い出されるようになっている。続きはまた明日というわけだが、それで果たして、優れたクリエイティブができるのだろうか。
コンサルタントの仕事も長時間労働の典型的な世界だが、企画書やレポートを20時間、30時間ぶっ通しで書くことも普通にある。ミュージシャンや映像クリエイターがスタジオにこもって延々と作業をやるように、コンサルタントもパソコンに向かって延々とレポートを書く。テンションの持ち方は同じで、だから長時間労働になりがちなのだが、これも今の流れでは是正の方向に進み、19時になれば強制的に退社となるのかもしれない。しかし、それでレベルの高いアウトプットが可能かというと、甚だ疑問だ。
つまり、多様な働き方と言いながら、長時間働くことの多様性は考慮されていない。それが今の働き方改革の流れだ。つまり、今の働き方改革の議論は、「有休も取れず、無駄な残業を強いる」という画一性から、「有休は100%消化して、定時で必ず退社する」という画一性にシフトしているだけである。もちろん、無駄な残業はなくすべきだし、有休も取りたい人は取れるようになるべきだ。しかし、何が何でも働くなという、下方圧力を社会全体にかけることで、本当に生産性が上がるのだろうか。そして、たとえばスティーブ・ジョブズのようなイノベーターが登場するのだろうか。
デタラメ社員が
いい仕事をしていた時代
多様な働き方の先進事例として必ず出てくるのが、「月単位での勤務時間管理」と「ロケーションフリー」だ。たとえば、月160時間が規定の勤務時間だとすれば、オフィスだろうが、自宅だろうが、南の島のリゾートホテルだろうが、どこで働いてもOKというシステムで、これはこれで素晴らしいシステムではあるが、実は日本においても先進事例でも何でもない。昔の大企業は、意外と(事実上の)フレックス・ワーク・アワーで、ロケーションフリーだった。
これも第168回で紹介したが、昔の電通がその典型だった。昼頃にしか出社しなくて、会社に来たらそのままランチに行く社員もザラだったし、平日の昼間からホテルのプールで泳いでいたり、銀座に飲みに行く途中の夕方にしか会社に顔を出さない人もいた。最近会社に来てないからどこにいるのかと探したら、ニューヨークにいたなんて話もある。とにかくデタラメだった。そして、そのようなデタラメ社員がいい仕事をしていた。
昔の電通がなぜそのような鷹揚なことができたかというと、いろいろ理由はあるが、今ほどコンプライアンスがうるさくない時代だったし、非上場会社で口うるさい外部の株主もいなかったし、何よりも儲かっていたからだと思う。
全米の「働きやすい会社ランキング」で常に上位にランクされるGoogleも、その環境が実現できるのは、儲かっているからだ。電通もかつては儲かる会社だった。テレビや雑誌が元気で、だから銀座で知り合った文化人と一緒にイベントや番組や雑誌の特集などを企画すれば儲かった。だから、銀座で飲むことも重要な仕事だったし、ニューヨークでバスキアやアンディ・ウォーホルに会うことも仕事になっていた。
それが今では、雑誌もラジオもオワコンで、新聞も凋落。テレビも広告媒体としては下降気味で電通の強みがどんどんなくなっていった。急成長するデジタル広告では、電通の強みはそれほどない。つまり、広告業界で電通はどんどん追い詰められている。そして、追い詰められれば、組織は荒廃する。自殺した東大卒電通社員の高橋まつりさんがデジタル広告の部署だったことは、非常に象徴的なのである。
結局のところ、長時間労働の是正も、多様な働き方の実現も、会社が儲かってなければ実現はできない。だが日本企業の場合、内部留保が積み上がっても従業員に還元されていないという問題もあるが、その問題に関してはまた別の機会に論じるとして、近年の働き方改革では、「労働生産性を高める」ことも要求されている。
企業の「労働生産性」
を問う前にすべきこと
もちろん、労働生産性は高めるべきだ。これも第172回で述べたとおり、日本の「1人当たりGDPは世界第27位」「1人あたり輸出額は世界第44位」という状況である。よく、「日本は欧米と比べて労働時間が長い」と批判する人がいるが、欧米より儲かってないから、長時間労働になるのは当たり前なのだ。なので、政府も生産性を高めろと言うし、メディアもそう言う。
しかし労働生産性とは、実は、システムの問題、ビジネスモデルの問題であり、労働者が頑張ってどうこうなるものではない。もちろん自分の仕事のやり方を見直したり、スキルを高めて生産性を上げたりすることは可能だが、その効果は限定的だ。「労働者が頑張れば、労働生産性が上がる」というのは、「長時間労働して頑張れば、企業の業績が上がる」と考えるのと同じ、単なる精神論だ。むしろ、生産性向上を労働者個人に押しつけている、と言える。そうではなく、仕事の仕組み自体を変えなければ、生産性は上がらないのだ。
もっとも日本企業の場合、仕組みを変えると言っても、たいしたことではない。デジタル化すれば一瞬で済むような手続きを、2日も3日もかけてやっている大企業もまだまだ多い。外部の人間の入館管理にしてもそうだ。IT系の企業なら、事前に送られてきたデジタル入館証をリーダーにかざせばそのまま入館できて、待ち合わせロビーに行けば担当者が待ち構えているというのは、もはや普通の光景だ。一方で、日本の大企業では、いまだに受付で入館証を(しかも手書きで!)記入して、受付嬢が担当者に連絡して確認し、ようやく入館できるという非効率的なやり方をしているところも多い。デジタル入館と比べれば、無駄なコストを使っていると思ってしまう。
こうした些細なことでも、一事が万事。受付が非効率な会社は、仕事上の仕組みも非効率だったりする。そのことを指摘すると、担当者は分かっているのだが、役員が分かっていないからとか、昔からのやり方を変えたくないからという理由で、なかなか改善が進まない。
しかし、非効率なシステムという意味では、大企業より行政のほうが遅れている。たとえば、法人の登記簿謄本。先日も契約の関係で、法務局に登記事項証明書を取りに行ったのだが、あいかわらず窓口は混雑しており、いい加減、どうにかならんのかと思う。今では、請求はオンラインでできるようになっているが、受け取りは郵送か窓口のみなので、結局手間がかかる。印鑑証明は区役所にある機械で自動発行できるようになっているのだから、登記事項証明書もそうすればいいのにと思うのだが…。そもそも法人の登記事項証明書など誰でも取得できるもので、秘密情報でも何でもない。だったらデジタル証明書で完全オンライン発行にすれば、お互いのためなのにと思う。
これも些細なことだが、同じく、一事が万事。行政の仕事はまだまだ効率化できることが多いし、日本企業は行政が大口取引先のことも多いので、行政のシステムが変われば、企業のシステムも変わるはずだ。そして、その行政のシステムを変えるのは、実は官僚の仕事ではなく、政治家の仕事なのだ。
というわけで、いま安倍政権が推し進めている「働き方改革」は、まず、政府や地方行政の仕事の生産性を上げることに注力すべきだ。それをやらずに、企業の残業規制ばかり強いていては、生産性が上がらずに労働時間だけが減り、全体の生産額も減り、日本経済が終わってしまうことになる、と僕は危惧している。
(ソーシャルビジネス・プランナー&CSRコンサルタント/株式会社ソーシャルプランニング代表竹井善昭)
http://diamond.jp/articles/-/116935
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