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トランプのトヨタ口撃は防げたはずだ!「ロビー活動」軽視の高いツケ 日本企業が学ぶべき教訓
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50810
2017.01.29 梶山 三郎 現代ビジネス
■これほど早く「現実」になろうとは……
「『トヨトミの野望』は予言の書なのか?」
「読み返すと怖くなる」
「大企業の経営陣はいますぐこの小説を読むべきだ」――
最近、方々で拙著の評判を聞く。昨年10月に上梓した『トヨトミの野望』は、日本の巨大自動車メーカーの内実と近未来を描いたもので、おかげさまで大反響を呼び、版を重ねている。
本書では日の丸企業がアメリカでのロビー活動をおろそかにした結果、米国市場で存在感を失う様を描いたが、残念ながら、作中で問題提起したことが、トランプ大統領の誕生によって深刻な「現実問題」になりつつあるようだ。
そもそもの発端は、大統領就任前のトランプのツイートである。トヨタを名指しして「メキシコに新工場建設などとんでもない。米国に工場を新設しろ。さもなければ高い関税を支払え」と恫喝。震え上がったトヨタは豊田章男社長自ら、「今後5年間に米国に100億ドル(約1兆1600億円)を投資する」と明言。事態の収拾を図った。
が、残念ながら、トランプの返事はない。大統領就任後も無視である。
しかもトヨタは大統領選挙の最中に致命的な「失策」も犯している。昨年9月にメキシコ工場(米国国境にある既存工場)への追加投資を発表したのだ。米国で売れ筋のピックアップトラックを造る工場で投資額は1億5000万ドル。いかんせん発表の時期が悪い。
トランプは昨年11月に大統領選挙に勝利し、就任まで2ヵ月近くあった。新大統領の政策もある程度は分かっていたはず。トヨタの資力と人脈があればトランプとのパイプなどたやすく構築できただろう。
が、トヨタは無為に2ヵ月近くを過ごし、今日の事態を迎えてしまった。これは経営陣の油断と、ロビー活動の手抜かり以外の何物でもないのではないだろうか。
これは自動車業界に限らず、日本企業全般に言えることだが、昨今のグローバル渉外力の著しい低下は目に余るものがある。グローバル渉外力とは、端的にいえば「ロビー活動」であり、世界の政治・官僚と対等に渡り合い、規制や法制度が自社に有利なものとなるように導く能力のことである。
日本人的な美徳感覚では、ロビー活動を「金権政治」的なものととらえてしまうが、グローバル競争の中では、ロビー活動は当然の行為である。
日本ではロビイストという職業は不明確であり、うさん臭い目で見られがちである。しかし、米国は違う。政府が認めたロビイストによるロビー活動は合法であり、社会的地位も高い。拙著では、トヨトミ自動車の辣腕社員が日本人ロビイストとして、州知事全員と電話一本で話ができる関係を築いている。
今回、トランプ砲の攻撃にさらされたトヨタの収益の大半を稼ぎ出す米国は、ロビー活動抜きでは語れない社会である。
米国といえば、市場の門戸は誰にでも開かれ、自由で公正な市場といったイメージが日本ではもたれているが、とんでもない「誤解」だ。業界や企業の利害を代表するロビイストが札束攻勢によって、シロをクロに変えて敵をおとしめ、逆にクロをシロにして我田引水を行う、生きるか死ぬかのシビアな戦場なのである。
■ロビー活動をおろそかにしたツケ?
最近では、エアバッグの暴発によって米国で袋叩きにされたタカタ問題の背景に、日本たたきを目論むビッグスリーのロビイストが暗躍していたとの情報もある。米国の規制官庁である運輸省はタカタ問題の収束に取り組んでいたにもかかわらず、急に方向性を変え、攻撃に転じてきた点が何とも不自然だ。
かつてトヨタがリーマンショック直後に品質問題を起こした際も、トヨタ車の電子制御に問題があるなどと米国ではさんざん叩かれ、集団訴訟によって大金をむしり取られたが、騒動が一段落すると、運輸長官は「トヨタ車の電子制御に問題はありませんでした」とのたまわって涼しい顔である。
米国のロビー活動に細心の注意を払い、米国市場を攻略した奥田碩社長が経営の一線を退いた途端、潮目は変わったと言われる。順調に成長を続けるトヨタがロビー活動を軽視し、「もはやビッグスリーは敵ではない」と油断したその裏で、反トヨタのロビイストが暗躍していたと見る関係者は多い。
そもそも奥田社長時代のトヨタのロビー活動は実にしたたかで、“米国の聖域”と言われる大型ピックアップトラックの現地生産に乗り出した際も、ビッグスリーの強烈な反発にもかかわらず大成功を収めている。辣腕ロビイストによる米政財界への入念な根回しが功を奏したのである。
ところが、現在のトヨタは様変わりしてしまった。
豊田章男社長は「奥田路線」をあえて否定するかのように、米国でのロビー活動費を半減。ロビー活動費は公開される。2006年に600万ドル(約7億2000万円)使っていたのが、2012年には300万ドル(約3億9000万円)にまで減少した。
はっきり言うが、この程度の費用はトヨタにとってははした金だ。3兆円近い営業利益を稼ぐトヨタは、前述したがその利益の大半を米国で稼いでいる。後で、トラブルや摩擦を起こして必要になるカネのことを考慮すれば、ロビー活動費などは安いものだ。費用対効果は抜群なのである。
しかし、半減させてしまってはダメだ。引く手あまたの優秀なロビイストから先に見切りをつけられてしまい、その効果も加速度的に減少してしまう。
かくしてトヨタと米国の政治の太いパイプは途切れ、トヨタの「ワシントン対策」は抜け穴だらけとなったようだ。それが、トヨタを震え上がらせたトランプ発言の遠因となった、と断言してもあながち間違いではあるまい。
私は作中、豊臣家の御曹司・統一にこんな言葉を吐かせている。かなり激烈だが、日本企業の経営者のロビー活動に対する共通認識、ととらえてもらってかまわない。
<統一は気圧されるように息を呑んだが、すぐに、昔はともかく、と声を張り上げて反論する。
「現在、トヨトミ自動車は米国全土に確固たる生産体制と販売網を築いています。トヨトミブランドの認知度も全日本企業でナンバーワンです。いまさら使途不明金にも等しい莫大なカネを湯水のごとく使い、仕事内容も判然としないロビイストなる輩を雇ってイリーガルなダーティビジネスを実行するなど、言語道断、前時代的もいいところです。わたしはロビイストという人種を絶対に認めません」>
■熱心に投資をしてきたのに……
いまや日本中のグローバル企業、いやそれどころか世界を翻弄するトランプ新大統領だが、この場を借りて明らかにしておく。一連の騒動の発端となった彼のトヨタ批判は的外れである。事実誤認、いや、理不尽な言いがかりに近い。
トヨタのメキシコ進出は他の日系自動車メーカー(日産やホンダなど)に比べて遥かに遅れている。トヨタがメキシコ進出(新工場建設)を躊躇する間にメキシコ政府がしびれを切らして、トヨタ用の土地をホンダに売ったほどである。周回遅れ、といっても過言ではない。
メキシコの2016年の自動車生産は前年比2%増の347万台。1位日産(85万台)、2位GM(70万台)、3位クライスラー(46万台)、4位VW(41万台)、5位フォード(39万台)、6位ホンダ(25万台)、7位マツダ(15万台)、8位トヨタ(14万台)。この数字をみてもトヨタのメキシコ戦略の遅れが分かる。
一方、トヨタはこれまで米国には熱心に投資を拡大させてきた。
2015年には3億6000万ドル(約400億円)を新規投資してトヨタのケンタッキー工場で最高級車レクサスの生産を始めている。これだけで750人新規雇用である。
過去20年間の米国への投資の累計は219億ドルにのぼる。これほど米国経済に貢献しながら、トヨタはトランプに「攻撃」されてしまうのである。ロビー活動を怠ってきたツケ、と指摘されても仕方がない。
なお、拙著では重要な役割を担う凄腕ロビイストが登場するが、その原型となった人物のひとりはとっくの昔にトランプと食事を共にし、堅固たる関係を築いている。さらに言えば、彼は昨夏の時点でトランプの勝利を確信しており、「ヒラリーが勝つにはサンダースを取り込み、副大統領候補に据えるしかない」と喝破していたのである。
世界中が仰天したトランプの勝利を前に、私は本物のプロの慧眼と桁外れの情報収集力、分析力に畏れ入るばかりであった。
■気まぐれな時代の大波を超えるために
物語の最後、ロビイストを軽視したトヨトミの現状を嘆き、未来を危惧する主人公・武田剛平のこんな場面がある。
<「ジュニアはロビイストを嫌うあまり、ばっさばっさと斬りまくり、経費も削減の一途だ。もはやアメリカにまともな情報網はない。来るべくして来た事態だよ」
語りながら怒りが募る。
「アメリカどころか、日本もダメだろう。せめて役員連中は官僚、政治家、財界人と派手に飲み食いして人脈を広げ、つねに情報を得るべきなのに、経費削減と称して接待費を切り詰め、自由にカネも使えない。本来、トヨトミは宴会でドジョウすくいが踊れるようなやつが出世する会社なんだ。
ところが最近は自称エリートの優等生ばかりだ。みな、経費削減を金科玉条のごとく守り、尾張の田舎にこもったままタコつぼ化だ。ジュニアは節約と貧乏くさいシブチンを履きちがえておる。おかしな話だろ」>
企業は生き物である。気まぐれな時代の大波に上手く対応し、変化しなければ生き残れない。それは栄華を誇る世界一の巨大自動車企業も同じである。
小説『トヨトミの野望』が予言の書、と言われるようではトヨタに未来はないだろう。暗雲が垂れ込め始めたいまこそ、ほぼゼロの状況から礎を築いた先人たちを見習い、立ち塞がるすべての困難を粉砕してもらいたいものである。
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