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[真相深層]習氏、1強へ側近抜てき
中国党大会に向け体制固め
中国の習近平国家主席(共産党総書記)が秋の党大会に向け、人事の布石を着々と打っている。キーワードは「抜てき」だ。派閥均衡の順送り人事を根っこから壊し、側近の登用で1強体制を築こうとしている。
5月28日、江沢民元国家主席が上海市内の大学を訪問したときに撮ったとされる写真がインターネット上に出回った。
90歳になった江氏をめぐっては、5月上旬に危篤説が流れたばかりだ。写真には江氏が自力で歩く姿が写っており、健在ぶりをアピールするねらいは明らかだった。
注目すべきは、写真が出たタイミングだ。
前日の27日、共産党は北京市トップの党委員会書記に、同市市長の蔡奇氏を昇格させる人事を決めた。蔡氏は習氏が福建省や浙江省で勤務したときの部下で、最側近のひとりとされる。
省トップ未経験
首都を預かる北京市の書記は地方政府トップのなかでも別格と位置づけられ、党中央の政治局員を兼ねる。ふつうは他省のトップなどを歴任してから、ようやくたどり着けるポストだ。
しかし、蔡氏はこうした経験がほとんどないまま、一気に北京市の頂点に上り詰めた。秋の党大会では政治局入りも確実視される。従来の常識では考えられないスピード出世は、習氏の肝煎りとみて間違いない。
北京の次は上海か――。蔡氏の昇進を目の当たりにし、上海閥を率いてきた江氏はこんな不安を抱いたはずだ。
習氏はすでに上海市ナンバー2の市長に、浙江省時代の部下である応勇氏を送り込んでいる。応氏も近く書記に昇格し、秋には政治局員になるとの観測が広がる。そうなれば上海市の幹部は習氏の側近で固められ、江氏に近い上海閥は完全に力をそがれてしまう。
最近、北京で「双非」ということばをよく聞く。党の中央委員でも、その下の中央候補委員でもない「ひら党員」を指す。蔡氏と応氏はふたりとも、この双非だ。
8900万人の党員を抱える共産党は党大会を5年に1回開き、約200人の中央委員と約160人の候補委員を選ぶ。直後に招集する中央委員の全体会議で政治局(現在は25人)を組織し、その中からさらに最高指導部の政治局常務委員(同7人)を選出するピラミッド型の仕組みだ。
中央委員や候補委員はそうした出世の階段を上がっていくための入り口にあたる。中央委員に就いてから重要な省や中央官庁のトップとして実績を積んで、はじめて政治局入りのきっぷを得るのが不文律だった。
習氏はこの人事システムを大きく変えようとしている。全国に31ある省や直轄市のトップのうち、双非は現在5人だ。ナンバー2の省長や市長に至っては半数以上を占める。しかも、多くが習氏に近い人物だ。
ケ小平氏が礎
出世の階段を一つずつ上がってきた人材を順送りで枢要なポストに置くこれまでのやり方は、改革開放を仕切ったケ小平氏が基礎を築いた。
背景には文化大革命で毛沢東への権力集中が進み、党組織が崩壊した反省がある。集団指導体制の構築が最も重要な課題となり、そのためにはトップが側近ばかりを集めにくいようにする仕組みが欠かせなかった。
参考にしたのが、日本の自民党が確立した派閥均衡の集団指導体制だったとされる。中国共産党が指導部をどう決めてきたかをよくみると、当選回数と出身派閥で順送りする日本流の閣僚人事に似ている面がある。
高成長の時代はそれでうまくいった。しかし成長が鈍化すると、政治の役割は果実の分配から負担の割り振りに変わる。
「派閥間の調整に明け暮れた胡錦濤前政権は何も決められず、幹部の腐敗もかえって深刻になった」。ある共産党員はこう漏らす。習氏の強引にもみえる人事は反発を受けつつ、党内で一定の支持を集めている。
時を同じくして日本でも安倍晋三首相が派閥均衡を崩して1強体制を築いたのは、偶然でないだろう。米欧の政治が混迷するなかで、善しあしは別にして、中国と日本の政権が一定の安定ぶりを示しているのは確かである。
(中国総局長 高橋哲史)
[日経新聞6月22日朝刊P.2]
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