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金体制を死守するため、「核兵器国」への歩みは止まらない(写真・KYODO NEWS/GETTYIMAGES)
北朝鮮の核実戦配備は最終段階へ、3つの抑止策とは
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/8067
2016年11月1日 WEDGE Infinity
スイスの景勝地モントルーの小高い丘に位置する某有名ホテルからは、美しいアルプスの山並みを望むことができる。このホテルの会議場で、スイス外務省は9月中旬に北東アジアの安全保障に関する1・5トラック(政府関係者と民間研究者が参加)のハイレベルセミナーを開催した。日米中ロ韓にEU諸国の代表団が集う会議場が独特の緊張感に包まれたのは、同セミナーに初めて北朝鮮の政府代表団が参加したからだ。
主催者によると、過去に開催された同セミナーへの招待に振り向きもしなかった北朝鮮だったが、今回は強い要望で参加が実現したという。その代表団を率いたのは崔善姫(チェ・ソンヒ)外務省米州局副局長だった。同氏は5月末にスウェーデンのストックホルムで開催された国際会議、翌6月に中国の北京で開催された「北東アジア協力対話」(ミニ6カ国協議と呼ばれる)にも相次いで参加している。後者の会議は北朝鮮が新型ミサイル「ムスダン」発射の最中に開催され注目された。崔副局長は同会議で「6カ国協議は死んだ」と発言したとされており、記者会見でも「(北)朝鮮の非核化を議論する会談に応じる気はない」と強調した。
改めて9月のモントルーでの北朝鮮代表団の主張の概要を紹介したい。
・我が国は本年に入り2度の核実験を成功させ核兵器の技術的精度を高めた。また多種多様なミサイル実験も成功させ運搬手段を多角化した。これにより敵国である米国に対する抑止力を完成するに至った。
・我々が「核兵器国」であることは現実であり、もはや一方的な非核化などありえない。核兵器の開発を中途半端にした結果、愚かにも崩壊を招いたイラクやリビアなどの轍は絶対に踏まない。
・我が国は「責任ある核兵器国」であり、核兵器保有の目的は我が国の自衛に限定される。また我が国は核兵器の先制不使用を採択し、無用に他国を刺激することはない。
・6カ国協議の過去の共同声明は(「核兵器国」である我が国の実態とは乖離しており)すでに死文化した。我々は同共同声明に関し、何ら履行義務を負わない。現況のような米国の敵視政策が続く限り、公式な多国間の対話をすることは考えられない。
・我々が「核兵器国」であることは現実であり、もはや一方的な非核化などありえない。核兵器の開発を中途半端にした結果、愚かにも崩壊を招いたイラクやリビアなどの轍は絶対に踏まない。
・我が国は「責任ある核兵器国」であり、核兵器保有の目的は我が国の自衛に限定される。また我が国は核兵器の先制不使用を採択し、無用に他国を刺激することはない。
・6カ国協議の過去の共同声明は(「核兵器国」である我が国の実態とは乖離しており)すでに死文化した。我々は同共同声明に関し、何ら履行義務を負わない。現況のような米国の敵視政策が続く限り、公式な多国間の対話をすることは考えられない。
以上のように、北朝鮮は今年に入って相次いで実施した核実験及びミサイル実験の成果を背景に、インドやパキスタンに連なる「核兵器国」としての地位を獲得したことを自認し、これを国際的に認知させることに躍起となっている。かつて北朝鮮自身が署名した「すべての核兵器及び既存の核計画を放棄」を柱とする6カ国協議共同声明は、もはや「核兵器国」としての現実と乖離し、リセットしなければならないと主張するのである。
■最終段階にある核の実戦配備、過小・過大評価の危険性
北朝鮮のこうした言説キャンペーンの背景には、自他共に「核兵器国」として認める新しい現実を作りたい意図があることは明白である。しかし、問題となるのは核兵器計画や抑止力の実態の評価、そしてそれに基づく今後の対北朝鮮政策のあり方である。
北朝鮮が過去5回の核実験によって核兵器の小型化・弾頭化を実現させた可能性は高まった。特に9月に実施された第5回実験では過去最大の10キロトン程度と推計され、その爆発規模もさることながら、弾頭化に必要とされる運用の信頼性が重視されている。北朝鮮の声明によれば、今回の核実験により「小型化・軽量化・多種化」された核弾頭を必要なだけ生産できるようになり、「核兵器化はより高い水準」に引き上げられたという。
長年その実現が疑問視されてきた「小型化・弾頭化」について、日本の防衛白書(2016年度版)も「米国、ソ連、英国、フランス、中国が1960年代までにこうした技術力を獲得したとみられることや過去4回(刊行当時)の核実験を通じた技術的成熟などを踏まえれば、北朝鮮が核兵器の小型化・弾頭化の実現に至っている可能性も考えられる」と踏み込んだ評価をしているのである。
核兵器の運搬手段としてのミサイル開発も急速な進展がみられる。相手国に探知されにくい潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、移動式発射型ミサイルの実験、ミサイル防衛で迎撃を難しくさせるノドンミサイルの連続発射実験、中距離弾道ミサイルに匹敵するムスダンの「ロフテッド軌道」(通常の軌道に比べて高高度まで打ち上げる)実験の成功など、攻撃手段の多様化と高精度化を同時に追求している。また、北朝鮮は弾頭の耐熱性技術の確保に熱心に取り組み、最近のミサイル実験では再突入時の弾頭保護について相当の成果を得たという分析もある。
現段階において、北朝鮮の核兵器の実戦配備はほぼ最終段階にあるとみてよい。北朝鮮の核・ミサイル実験は実戦配備に向けた軍事的合理性に適ったものであり、単なる「核保有」という象徴的な意味合いから「核の運用」という現実的段階へと状況は急速にシフトしているのである。その意味で、「北朝鮮の核兵器は運用段階にない」といった楽観的評価や、核・ミサイル実験の主たる目的は国威発揚や対米交渉カードであるといった情勢判断は、北朝鮮の意図と能力の過小評価であると言わざるをえない。
しかし、冒頭の北朝鮮代表団が言及したような、北朝鮮が対米抑止力を持ったという判断は過大評価でしかない。核兵器が抑止力として機能するためには、いかなる状況下でも相手国に核ミサイルを高精度で打ち込める能力(具体的には相手国からの攻撃を回避し、ミサイル防衛を突破できる能力)を担保する必要がある。北朝鮮が現時点で達成したのはその一部分の能力であり、最小限抑止を担保する攻撃手段の残存性や指揮命令系統の信頼性の確保など、まだ初歩的な段階に過ぎないのである。
しかし、仮に北朝鮮が、米国や韓国への抑止力を確保したという認識を一方的に持った場合、地域における小・中規模の軍事的挑発行為を誘発する可能性も高まる。これが北朝鮮の核能力を過大評価することの危険性である。
我々は以上の過小・過大評価を慎重に避けつつ「核兵器の実戦配備は現実的段階にあるが、信頼ある対米抑止力の確保には至らない」ということを情勢判断の基礎に据えるべきである。
■北朝鮮の戦略的優位を阻む、不断の抑止態勢を築け
北朝鮮の核・ミサイル開発の進展は、日本を含む北東アジア諸国にとり、現実的で差し迫った問題となっている。
しかし、6カ国協議の再開の目処が立たず、北朝鮮が6カ国協議の共同声明を反故にするなかで、膠着状態に陥った多国間外交に打開の可能性を見出すことは難しい。今年の3月に制裁措置を追加・強化した国連安保理決議2270が全会一致で採択されたことは重要な成果だが、北朝鮮の核・ミサイル開発の制止に向けた効果を見出すことはできていない。制裁の効果の鍵を握る中国も北朝鮮の体制の動揺・崩壊に繋がるような圧力の強化には依然として及び腰である。
こうした中で重要性を増すのは、北朝鮮に新たな能力獲得によって戦略的な優位をもたらさない、不断の抑止態勢の整備の必要性である。第1に重要なのは、日本の弾道ミサイル対処能力の総合的な向上の必要性である。近年の北朝鮮の多種・多様なミサイルとその運用態勢に対応するためにも、隙のない即応態勢や同時・継続的な対処能力を強化する必要がある。
第2に、日米韓の安全保障協力を一層強化する必要がある。在韓米軍のTHAAD導入決定を重要な機会と捉え、韓国における早期警戒情報やXバンドレーダーの情報を日米韓がリアルタイムに共有することは日本のミサイル防衛の精度向上に不可欠となる。
軍事情報包括保護協定(GSOMIA)(出所)各種資料をもとにウェッジ作成
そのためにも、日米韓でミッシングリンクとなっている日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の早期締結は急務だ。また、本年実施した日米韓のミサイル防衛合同演習を定例化・活性化させるとともに、米韓合同軍事演習への自衛隊の参加や、日米共同統合演習における北朝鮮の挑発・エスカレーション事態の重視など、平素の安全保障協力の基盤強化が重要となる。
第3は米国の核拡大抑止(核の傘)の重要性を日米及び米韓が不断に確認することである。北朝鮮の核・ミサイル開発の実態を踏まえつつ、北朝鮮のあらゆる事態に適合した米国の核態勢の維持は、北朝鮮の挑発行動の拡大を抑止するための鍵となる。その意味でも、米次期政権の下で策定される「核態勢見直し」が北東アジアの現実を見据え、核戦力の戦域展開を担保するものであってほしい。性急な核戦力の削減や「先制不使用」は北東アジアの現実とは相容れないのである。
以上の抑止態勢の整備によって、北朝鮮の核・ミサイル開発が限定的な効果しか生み出しえない戦略環境を作るべきである。こうした戦略的膠着が定着してこそ、北朝鮮に外交オプションを真剣に追求する機会を促すことができる。北朝鮮の核・ミサイル能力の過大評価に基づく必要以上の外交的妥協や、逆に過小評価に基づいて実態に向き合わないことの双方が、大きな安全保障上のリスクとなるのである。
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