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北朝鮮の核実験に、市場は反応薄だったけれど 上野泰也のエコノミック・ソナー 「北朝鮮マター」を整理する 
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投稿者 軽毛 日時 2016 年 9 月 20 日 10:01:55: pa/Xvdnb8K3Zc jHmW0Q
 

北朝鮮の核実験に、市場は反応薄だったけれど

上野泰也のエコノミック・ソナー

「北朝鮮マター」を整理する
2016年9月20日(火)
上野 泰也
 9月9日、北朝鮮が5回目の核実験を行った。弾道ミサイルに搭載することができるよう、核弾頭を小型化する技術を着実に向上させつつある模様である。これまでの予想をはるかに超えるペースで、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は核兵器の保有と運搬手段の実戦配備に突き進んでいる。

 もう24年も前のことだが「ベールに包まれた国」北朝鮮にチャーター便を用いた観光ツアーで実際に行ったことがあり、関連情報を日頃からウォッチしている筆者としても、これまでにも増して大きな危機感を抱かざるを得ない。

 しかも、そうした動きに歯止めをかけようとする国連安保理の制裁決議やそれに基づいた各国による経済制裁の効果は期待薄である。

 韓国の与党内では米国の「核の傘」が将来は不安定化する恐れありとしつつ、自国で核兵器や原潜を保有すべしという声が徐々に高まっている。極東の軍事・政治情勢がこの先大きく変わってくる可能性があり、日本人にとっても決して他人事ではない。


核武装を着々と進め、その力を誇示する北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長。9月9日には5回目の核実験の情報が東京市場などに伝わったが、おおむね冷静に受け止められた。(写真:KCNA/新華社/アフロ)
マーケットは全く材料としなかった

 スクリーン上にニュース速報が流れた8月24日早朝、マーケットは全く材料としなかったが、これは重大な意味があると筆者が考えたのが、北朝鮮による日本海でのSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)発射実験である。北朝鮮の朝鮮中央通信は翌25日、金正恩朝鮮労働党委員長が視察に訪れたSLBMの試射は成功したと報じた。

 弾道ミサイルは北朝鮮東部の新浦(シンポ)沖から午前5時29分頃に発射され、約500キロ飛行して、日本海の日本の防空識別圏(ADIZ)内に落下した。北朝鮮は昨年5月にSLBMの水中発射実験に成功したと発表し、今年4月23日と7月9日にもSLBMを発射したが、飛行距離は数キロ〜30キロにとどまっていた。

 北朝鮮は日本の領海や領土への落下を避けるために飛行距離を意図的に短くしようと、通常高度の300〜400キロより高く打ち上げる軌道を採った模様。通常の軌道をとっていれば飛行距離は約1千キロで、十分な燃料を搭載すれば2千キロ〜数千キロも可能だという軍事専門家の見方が報じられた。

実際に潜水艦から発射された

 また、過去のSLBMの発射実験は、潜水艦ではなく、おそらく水中に沈められたはしけから発射され、デジタル技術で修正した写真を北朝鮮は公表したと専門家はみているが、今回は実際に潜水艦から発射されたと、韓国は声明で認めた(ニューヨークタイムズ)。

 北朝鮮が仮に核兵器を持つようになっても米国などにとって安全保障上の大きな脅威にはならないという見方は、長距離運搬手段が脆弱であるため実戦配備してもほとんど使い物にならないという点を論拠の1つにしてきた。だが、仮に北朝鮮がそれなりの性能を有する潜水艦を保有してSLBMを実戦配備すると、北朝鮮の脅威は一段階アップする。

 韓国の韓民求(ハン・ミング)国防相は8月29日の国会報告で、「北朝鮮は年内にSLBMを戦力化したと発表する可能性がある」と述べた。完成には発射実験をもう一度する必要があるが、実戦配備を急ぐため省略することもあり得るとの分析であり、国防省は同じ報告でSLBMが米国の本土に届く可能性も指摘した。

 潜んでいる位置の正確な把握が難しい潜水艦からSLBMを発射できるようになると、北朝鮮はワシントンやニューヨークを奇襲攻撃することも可能になる。あとは核弾頭の小型化に加え、ミサイル誘導技術高度化と大型潜水艦建造という課題が残るとされている。だが、これらの関連でもその後、いくつかの動きが報じられている。

3発を同時に発射しほぼ同地点に落下

 まず、誘導技術。「ハイテク技術で北朝鮮は大きく後れをとっているのでミサイルを発射しても狙ったところにはまず着弾しないだろう」というのが、少し前まで常識だった。

 ところが、話は変わってきている。9月5日、北朝鮮は日本海に向けて弾道ミサイル3発を発射した。中距離の「ノドン」の改良型とみられており、1千キロ程度飛行して日本の排他的経済水域(EEZ)内に落下した。これについて「軍事的に注目されるのは3発を同時に発射しほぼ同地点に落下させた点だ」「同時多発射により、北朝鮮が日米韓のミサイル防衛(MD)の無力化を試みようとした可能性が高い」という指摘がなされている(9月6日 産経新聞)。

 また、北朝鮮が新たに2隻の潜水艦を建造中という情報が、次のように(真偽未確認だが)報じられている。ハッキングでの設計図入手など、実に興味深い内容である。

■原子力潜水艦を建造中 北朝鮮 脱北者団体が発表
(9月1日 東京新聞)

 韓国の脱北者団体「NK知識人連帯」は31日、「北朝鮮が排水量3千トン級以上の潜水艦2隻を建造中だ」との情報を複数の経路で確認したと発表した。このうち1隻は原子力潜水艦だとしている。

 これまでに北朝鮮消息筋が本紙(東京新聞)に、金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長が2018年までに、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射管2〜3基を備えた新型潜水艦を建造するよう指示したと明らかにしていた。

 団体によると、建造中の1隻は、ロシアから入手した老朽化した排水量3千トン級のディーゼル型潜水艦2隻を解体して1隻に組み直し、SLBMの発射管4基を装着する計画。すでに船体補強や内部改装を終えており、早ければ年内にも発射管やレーダーの装着を終える見通しという。

 もう一隻は排水量3500トン級の原子力潜水艦で、2018年までに完成させる計画。北朝鮮には、原子力を使った動力機関の設計・製作技術はないが、ハッキングでロシアの原子力潜水艦の設計図を入手したほか、2013年にロシアの専門家5人を高給で招いたという。
 また、中国の技術を北朝鮮は何らかの経路で入手して自国のSLBM開発に用いているのではないかという見方も、専門家の一部からされている。

■中国SLBMに類似=北朝鮮試射のミサイル―専門家
(9月3日 時事通信)

 元米国防情報局(DIA)分析官ブルース・ベクトル氏は3日、北朝鮮が8月に試射した潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)について、中国のSLBM巨浪1号(JL1)に「似ている」と指摘、中国の技術を何らかの経路で入手した可能性が高いという見方を明らかにした。

 北朝鮮の大量破壊兵器に詳しいベクトル氏は電子メールでの取材に対し、「(北朝鮮のSLBMが)中国の派生型だという確たる証拠はない」としながらも、「北朝鮮が固体燃料型で2段式のSLBMを全く独自に開発した可能性は極めて低い」と強調。「外部から技術支援を得たか、不法に技術を入手した可能性が高い」と述べた。
米クリントン政権時代、北朝鮮の空爆検討も

 北朝鮮の暴走に歯止めをかける方法はないのだろうか。

 1994年に米クリントン政権が北朝鮮の核開発に歯止めをかけるべく、北朝鮮の空爆を検討したことがあるとされている。しかし、第2次朝鮮戦争の引き金を引くことになりかねない武力行使に踏み切るというのはきわめて困難な選択肢だろう。しかも、武力行使を容認する国連安保理の決議案には中国やロシアが拒否権を行使する可能性が高く、このシナリオは全く現実的でない。

 そこで「定番」の経済制裁で対応ということになるわけだが、中国が本格的で厳格な北朝鮮への経済制裁には慎重姿勢であることから、これは事実上「尻抜け」である。

中国が恐れる3つの事態

 @金正恩政権が完全にアンコントローラブルに(自暴自棄に)なって戦争が発生する事態、A北朝鮮の現体制が崩壊した場合に自国の国境のすぐ向こう側に米軍・韓国軍が駐留することになる事態、B北朝鮮から自国に大量の難民が流入する事態──この3つの事態を、中国は恐れていると考えられる。

 さらに、北朝鮮の核武装を厳しくけん制する米韓と全く同じ立場を中国がとる場合は、在韓米軍への地上配備型迎撃システム「THAAD」配備の根拠を与えることにもなってしまう。

中朝貿易はしっかり続けられている模様

 直近のいくつかの報道を見ると、北朝鮮に対する経済制裁が行われているにもかかわらず、中朝貿易はしっかり続けられているようである。

 北朝鮮から鴨緑江にかかる橋を渡って、石炭や鉄鉱石を積んだトラックが、中国に列を作って入ってきている。石油を禁輸すれば北朝鮮を揺さぶる効果は大きいはずだが、中朝関係筋によると中国からパイプラインを通って年間50万トンが北朝鮮に供給されているという(9月11日 朝日新聞)。

 筆者は一昨年の8月、遼寧省・丹東や吉林省延辺朝鮮族自治州・延吉といった中国・北朝鮮国境の街を単身訪れ、現地の状況をじかに見聞きして、当コラムでも様子をお伝えした(2015年9月8日配信「中国側から眺めて分かった『北朝鮮のいま』」ご参照)。

 その時も、丹東では橋を渡ってトラックの車列がこちら(中国)側に入ってきていた。


2015年8月、中国側から鴨緑江をはさんで北朝鮮を臨む。霧がかかる中、左側の橋を通って、対岸の北朝鮮・新義州から中国側(丹東)にトラックの車列が入って来る(写真:上野泰也)
 人を満載したミニバスの入国も時々見かけたが、これは北朝鮮が外貨稼ぎのために中国の工場で働かせている労働者を運んでいたと考えられる。

最近の北朝鮮情勢が内包する底知れぬ恐ろしさ

 核実験もSLBM発射も、東京市場ではまったく材料にならなかった。北朝鮮の最終的な狙いは第2次朝鮮戦争や米国との武力衝突ではなく、核カードを手にした上で米国との直接交渉を自国に有利に進め、平和条約を締結して体制維持(体制崩壊回避)を図ることだという見方が、現在では世の中にかなり浸透している。このため、北朝鮮マターは市場の材料になりにくくなっている。

 だが、SLBM実戦配備や原潜建造などを経て北朝鮮のリスクが今後さらに増していく場合、市場の反応の仕方は違ってくるだろう。韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領は9月9日、金正恩委員長の精神状態は「制御不能」だと形容した。これから何が起こるか分からない怖さを、最近の北朝鮮情勢は内包している。


このコラムについて

上野泰也のエコノミック・ソナー
景気の流れが今後、どう変わっていくのか?先行きを占うのはなかなか難しい。だが、予兆はどこかに必ず現れてくるもの。その小さな変化を見逃さず、確かな情報をキャッチし、いかに分析して将来に備えるか?著名エコノミストの上野泰也氏が独自の視点と勘所を披露しながら、経済の行く末を読み解いていく。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/248790/091500060/  

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