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トルコのシリア越境攻撃――クルドをめぐる米国との確執/川上泰徳
2016年09月05日
http://www.newsweekjapan.jp/kawakami/2016/09/post-21.php
<8月下旬にトルコ軍のシリア侵攻が始まり、シリア内戦は大きな転機を迎えた。トルコの主目的は、イスラム国(IS)ではなく、3月に「連邦制」を宣言したクルド人勢力の排除。米軍はクルド人軍事組織「YPG」を支援してきたが、果たしてどうなるか。越境攻撃の背景、各国の思惑と利害、クルド人勢力とスンニ派勢力の行く末は――>
トルコ軍によるシリアへの越境作戦が8月下旬から続いている。これまでシリア内戦に直接関わることを避けていたトルコが介入したことで、5年半を過ぎたシリア内戦は大きな転機を迎えた。イラン、トルコ、サウジアラビア、米国、ロシアという外国勢力の思惑と利害でシリア内戦が動く構造がより露骨となり、実際に犠牲を払うシリア人の意思とは全く関係なく、泥沼化していくことになりかねない。
トルコ軍のシリアへの越境作戦は8月24日に始まった。その4日前にトルコ南東部の都市ガジアンテプで「イスラム国」(IS)によると見られる自爆テロがあり、54人が死亡した。トルコ軍戦車は「自由シリア軍」を支援する形でシリア国境を越え、シリア北部のジャラブルスを数時間で制圧し、街を支配していたISを排除した。9月4日にはトルコ軍が支援する自由シリア軍はジャラブルスの西50キロのアッラーイまでの国境地帯からISを排除した。ISはトルコに入る通路を失ったとされる。
トルコ軍のシリア越境作戦は「ユーフラテスの盾」作戦と名付けられている。トルコは作戦の狙いとして、ISだけではなく、クルド人勢力の排除も上げている。作戦ではクルド人勢力の拠点があるジャラブルス南方を空爆し、40人の民間人が死んだ。トルコは国境地帯からISを排除した後、クルド人勢力が動いて8月中旬にISを排除したマンビジに向けて動くのではないかと見られている。
トルコと米国のこじれた関係
トルコが越境作戦に至った背景には、クルド問題をめぐる米国とのこじれた関係がある。今春以降、米軍はシリアでYPGを主体とするシリア民主軍(SDF)を支援しており、4月ごろからユーフラテス川の西側にあるIS支配下のマンビジへの攻略作戦を始めた。米国は当初、トルコの協力を求めたが、トルコは協力の条件として、YPGがユーフラテス川以西には入らず、掃討作戦はSDFに参加していないアラブ人勢力で行うべきだと求めた。結局、米軍がトルコの協力を得ないまま、SDFによるマンビジ制圧作戦を見切り発車させた。
米軍の空爆による援護を受けたSDFは、6月半ばにはマンビジ周辺からISを排除し、市中心部の攻略へと進んだ。8月15日にマンビジを攻略し、北のジャラブルスに向けて進軍し、一方では南方にあるISのシリア側の都ラッカをうかがう態勢をとった。
トルコ軍が今回ジャラブルスの制圧に乗り出した理由には、SDFが同市を支配するのを阻止することもあっただろう。SDFが制圧したマンビジの軍事委員会は現在、クルド人以外のアラブ人スンニ派部族勢力によって構成されているが、それでもトルコはYPGの統制下にあるSDFに反対しているので、トルコが支援する自由シリア軍がマンビジへの攻勢を強めることになろう。
米国のシリア内戦対応の迷走
IS掃討作戦でクルド人勢力に頼る米国にトルコが警戒感と不信感を強めた結果が、今回の越境作戦につながった。もとをたどれば、米国のシリア内戦に対する軍事的関与の迷走がある。
米国は2015年5月からISとの戦いのために「穏健な反体制派」を訓練し、武器を与え、年間5400人、3年間で1万5000人規模の反政権軍をシリアに創設するプログラムを始めた。しかし、訓練できる人員が集まらないことや、提供した武器がアルカイダ系組織に流れることなどを理由に、同年9月下旬にプログラムを停止した。
その後、既存の組織に武器を提供する方策に転換し、出てきたのが「シリア民主軍」(SDF)だった。米国はSDFはクルド人だけでなく、アラブ部族やトルクメニスタン人も参加した合同部隊と説明したが、クルド人の軍事組織「クルド人民防衛部隊」(YPG)が主力だということは隠しようがなかった。
YPGは2014年秋、トルコ国境に近いシリア北部の要衝アインアルアラブ(クルド名:コバニ)でISとの攻防戦を戦い、イラク北部のクルド地域政府のクルド民兵の支援も受けて、2015年1月にISを撃退した。米軍はYPGに武器を与え、空爆でも援護した。
クルド人勢力の「連邦制」宣言
米軍の支援で勢いを得たYPGは2016年3月、シリア北部で一方的に「連邦制」を宣言し、クルド地域国家を創設する意思表示をした。SDFの勢力拡張について、アラブ有力紙からは「SDFが制圧した地域はクルド人の支配下に置かれてしまう」と警告する論調も出たが、米軍の後ろ盾を得てこの宣言が出たことが、トルコの越境作戦の原因となっている。
シリアのクルド人勢力の「連邦制」宣言は、イラク北部のクルド地域政府を連想させる。しかし、トルコはイラクのクルド地域政府とは政治的、経済的な関係が深く、国内のクルド人過激派組織PKKの取り締まりでも協力を得ることができる。それに対して、シリア国内でYPGが自治地域を持つことは、YPGとPKKを一体と見るトルコにとって、そのまま自国への脅威となる。
今回のトルコ軍の越境作戦は、ガジアンテプでのISによると見られる自爆テロがきっかけとなっているように見えるが、このような大規模な軍事作戦は2、3か月の準備をするのが普通であり、米国とクルド人勢力がトルコの意向を無視してマンビジ攻略に迫った6月くらいから作戦がたてられていたと考えるべきだろう。
トルコ外交の急転換が伏線
越境作戦の実施にいたる伏線として思い当たるのは、6月から7月にかけてトルコのエルドアン政権が見せた外交の転換である。昨年11月のトルコ軍機によるロシア軍機撃墜以降、ロシアと断絶していたが、エルドアン大統領が突然、6月末にロシアのプーチン大統領と電話会談し、関係の正常化で合意した。7月半ばには、シリアとの関係正常化に意欲を示すトルコのユルドゥルム首相の発言もあった。
このような外交の急展開は、シリアで米軍の支援を受けたクルド人が急速に勢力を拡張するのと同時進行で行われたものであり、米国との緊張が高まることにもなりかねないシリアへの越境作戦の前に、ロシアとの関係を正常化し、シリアとの間でも敵対関係を緩和する動きだったと見ることができる。
ユルドゥルム首相がアサド政権との関係正常化を示唆したことは衝撃的だったが、アサド政権もYPGの連邦制の宣言を批判している。トルコにとっては国内治安の重大事であるクルド問題に対応するためなら、反目してきたアサド政権とさえ協力するというマキャベリズムである。
トルコのエルドアン大統領は8月9日、ロシアを訪問し、プーチン大統領と会談した。この会談を含むトルコとロシアの関係正常化について、クルド系インターネットサイト「ラダウ」に分析記事が出た。トルコの専門家の見方として、トルコはクルド人を国境地域から排除するためにロシアと軍事的な情報交換を行い、越境作戦についても事前にロシアに連絡していたはずだとしている。
さらに、ロシア人の外交専門家の見方として、「トルコはクルド人勢力の進軍を止めようとしてもロシアとの断絶関係によって動きがとれなくなっていた。トルコはロシアとの関係を正常化することで状況を変えようとした。トルコの戦闘機が空爆するためにシリアの上空を飛行するのは、ロシアが昨年11月にS-400地対空ミサイルをシリアに配備して以来初めてとなった」と書く。
トルコの越境作戦の始まった日に、アメリカのバイデン副大統領がトルコ入りし、エルドアン大統領と会談した。バイデン氏はトルコの軍事作戦への支持を表明し、「YPGはユーフラテス川の東に退却するだろう。もし、従わなければ、米国の支援は受けることはできなくなる」と警告した。このように、トルコの越境作戦は米軍とも連携したものであるが、トルコ軍がジャラブルスの南やマンビジの北へのSDFへの攻撃を続けていることなどを見ると、米国とはどこまで同意しているのは気になるところだ。
外部勢力の利害優先の非情さ
トルコのシリア越境作戦で見えてくるのは、シリア情勢がトルコやロシア、米国、イランという外部勢力の利害によって動かされ、シリア国内勢力は、外部勢力に振り回され、駒として使われたり、捨てられたりするという政治の非情さである。
例えば、クルド人勢力は米国が進めるシリアでのIS掃討作戦の主軸を担って波に乗っていたが、地域大国のトルコが軍を動かしたことで、米国はトルコの顔色をみるような動きになっている。YPGは反トルコという立場から、ロシアともアサド政権ともパイプを持っていたが、トルコがロシアやアサド政権と外交的に接近すると、簡単に取引材料に使われてしまう。
クルド人勢力のYPGは元々、スンニ派の「自由シリア軍」など他の反体制勢力とは一線を画し、アサド政権軍との戦闘も控えて、クルド地域の安全を確保することに終始していた。それが米軍の支援を受けて攻勢に出た。IS支配地域への攻勢だけでなく、春以降、シリア北東部でアサド政権軍が支配していたハサカに激しい攻勢をかけた。その流れの中での「連邦制」宣言である。
YPGがシリアでの足元を固めるためには、米国の仲介でトルコと、ロシアやイランの仲介でアサド政権と、それぞれ話をつけなければならないだろう。結局、内戦に関与する周辺国と米国、ロシアの介入抜きでは、停戦も、和平もないという状況となっている。
スンニ派の分裂と受難
さらに分裂しているのは、シリアのスンニ派勢力である。今回、トルコ軍は自由シリア軍やイスラム系武装組織を支援する形で軍事行動を起こした。反体制組織が集まる「シリア国民連合」はトルコ軍の越境について「トルコ軍による自由シリア軍の支援は、テロとの戦いを助け、国の分裂の動きを挫く」と評価する声明を出した。
しかし、「シリア民主軍」(SDF)にはスンニ派勢力も参加しているが、そのスンニ派勢力が構成するジャラブルスの軍事委員会は、トルコの越境を批判して、「我々はISのテロと戦っているが、攻撃されれば自衛する」と声明を出し、抗戦する構えを示している。
SDFに参加するスンニ派勢力の主力はスンニ派部族勢力で、米軍の「穏健な反体制派」部隊の創設プログラムが挫折した後、米軍の働きかけによってYPGとの共同戦線を組んだ地元勢力だ。これから予想されるマンビジをめぐる自由シリア軍との攻防戦では、SDFのクルド人勢力(=YPG)は米国の圧力で撤退するしかないが、米国はSDFに参加したスンニ派部族勢力を見捨てることになるだろうか。米国とトルコの間で調整が行われなければ、反体制のアラブ人同士が殺し合うことになりかねない。
スンニ派勢力にはISに協力している部族も多く、シリアのラッカ周辺でも、スンニ派部族長がISに忠誠を誓う映像が、インターネットの動画サイトで流れている。ISに協力しているスンニ派部族は、シリアではイランやヒズボラに支援されたアサド政権の圧力を受けた結果、ISに助けを求めた者たちであり、イラクではシーア派主導の中央政府の抑圧政策に反乱を起こしたスンニ派部族である。
ISがイラクとシリアのスンニ派部族を従えているのは、両国での「スンニ派の受難」という現実があるからだ。それに対して、米国がイラクではシーア派主導政権を使ってスンニ派地域でのIS掃討作戦を続け、シーア派民兵による残虐行為が報告されている。シリアではクルド人勢力を使ってのIS掃討である。米国のやり方では、ISに軍事的な打撃を与えられても、スンニ派勢力の受難は続き、問題の解決にはならない。
その意味では、トルコがスンニ派の自由シリア軍やイスラム勢力を支援して、クルド人勢力の影響力を排除し、IS制圧の主導権をスンニ派勢力に取り戻すことは、方向性としては間違っていない。しかしトルコの意図は、ISの排除ではなく、クルド人の排除にあるから、いまトルコの進軍を歓迎しているスンニ派の反体制勢力も、トルコがアサド政権と関係を正常化するようなことになれば、梯子をはずされ、頭を抑えられることになる。
今回のトルコの越境作戦は、シリア内戦では、イランとヒズボラの参戦(2013年春)、米国の空爆開始(2014年9月)、ロシアの参戦(2015年9月)に続く、大きな節目となる。シリア情勢はアサド政権によるアレッポなど反体制地域への空爆や都市包囲攻撃で民間人の犠牲が増え、人道危機が深まっている。しかし、いまの関係諸国の関心は、人道危機を終わらせることではなく、自国の利益を確保することだけである。トルコの参戦という新たな事態によって、今後、関係国のせめぎあいが強まり、シリアの状況は混迷を深めることが危惧される。
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