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東シナ海、中国戦闘機の「攻撃動作」はあったか
中国新聞趣聞〜チャイナ・ゴシップス
日本の第一のリスクは「危機感の乖離」にあり
2016年7月6日(水)
福島 香織
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/218009/070400054/fb.jpg?__scale=w:500,h:281&_sh=03204508d0
中国軍仕様のスホイ30。2000年撮影(写真=ロイター/アフロ)
バングラデシュ・ダッカのレストランでおきたIS襲撃事件はあまりに痛ましい。犠牲者の方々に深い哀悼を捧げたい。テロリストへの怒り、事件の浅薄な政治利用、メディアの報道の在り方に対する疑問など、頭によぎることはたくさんある。だが、一番懸念することは日本人と日本政府の危機感の薄さである。
武装勢力が一方的に自分たちの正義を振りかざし、攻撃対象国の無辜(むこ)の国民を狙う、いわゆる“非対称性戦争”は、世界各地ですでに始まっている。ただ日本が事件の現場になっておらず、比較的日本人の被害がこれまで少なかったから多くの日本人はこれまであまり、硝煙の満ちた“あっちの世界”の方を見ないできたのだ。
今回、日本人犠牲者が多かったので、日本でも衝撃的に報じられているが、しばらくすると、また自分と無関係なような気になってしまうかもしれない。死者44人を出したトルコの空港での自爆テロも、日本人ジャーナリストがシリアで拘束されて一年以上たつことも、一時的に意識に上るが、しばらくすればまた忘れる。日本人はいつも、まるで危機がそこにあると認識すること自体が、危険なことのように、すぐ忘れたり、事態の重さを現実よりも軽く見ようとしたりする。
ISのテロだけではない。南シナ海で起きている事態も、東シナ海で起きている事態も、日本人一人ひとりにとって他人事でない危機ではないだろうか。ここで中国の軍事的挑発の問題を出すと、話をこじつけすぎといわれそうだが、こうした世界の現象はどこかでつながっている気がする。今回は日本人の危機感共有の重要性について、先日起きた東シナ海上空の自衛隊機と中国機の一触即発事態を例に、少し考えたい。
一触即発のドッグチェイス
6月17日に、東シナ海上空では、自衛隊機と中国戦闘機が異常接近した。“ドッグファイト”に近い状態、いや厳密にいえば、反撃を許されない自衛隊機は逃げに回る一方だったので、“ドッグチェイス”かもしれないが、いずれにしろ一触即発の危機的状況であったようだ。
あったようだ、と曖昧にするのは、これは公式の発表ではないからだ。戦闘機乗りであった織田邦男・元空将がJBプレスの寄稿記事で28日に明らかにしたことが最初の報道で、産経新聞、毎日新聞が自衛隊幹部や政府関係者の話を聞いたうえで、29日に後追いで報じた。織田記事では、「(中国軍機から)攻撃動作を仕かけられた空自戦闘機は、いったんは防御機動でこれを回避したが、このままではドッグファイト(格闘戦)に巻き込まれ、不測の状態が生じかねないと判断し、自己防御装置を使用しながら中国軍機によるミサイル攻撃を回避しつつ戦域から離脱したという」とある。素直に読めば、中国軍機がミサイル攻撃体制(ロックオン)をとったので、フレア(赤外線センサーを欺瞞するデコイ装置)を発射してこれを回避し離脱した、と受け取れる。
これを受けて、萩生田光一官房副長官が29日の記者会見で「近距離でのやりとりは当然あったのだと思う」としながらも「攻撃動作をかけられたという事実はない」と言明した。さらに30日、自衛隊制服組トップの河野克俊統合幕僚長は会見で「中国軍機が尖閣諸島方面に南下したが、特異な行動だとは判断していない。攻撃動作を取ったという事実はない」と語った。
私は会見には出ていないのだが、会見の詳細を知る元航空自衛官の評論家、潮匡人氏によれば、「ロックオンはあったのか」という記者の質問には「なかった」と答え、「フレア発射はあったのか」という質問に対しては、特定秘密であることを理由に、答えなかったらしい。私が、ロックオンされなくてもフレア発射することはあるのか、と潮氏に聞くと「それはその場になってみないとわかりません。ないとはいえない。通常はない」とのことだった。ちなみに中国国防部は「2機のスホイ30が東シナ海上空の防空識別圏内をパトロール中、日本のF15戦闘機2機が接近して火器管制レーダーを照射(ロックオン)した。中国側は戦術機動などの措置をとったところ、日本機はフレアを発射して退避した」と発表。日本側の方が攻撃動作を先に仕掛けたので応戦体制をとった、としている。
「彼らが言いたくても言えないことを」
政府発表を素直に信じる人たちは、萩生田会見、河野会見を聞いて、「なーんだ、織田記事はガセだったのか」と、ほっとしたかもしれない。中国側の発表を素直に信じる人は「自衛隊機は攻撃動作を先に仕掛けたうえ、中国に反撃されて逃げたのか」と思ったかもしれない。一部の人たちは、織田はデマを流してけしからん、と言ったコメントをツイッターなどで流していた。では、この記事は織田氏の妄想で、ねつ造であったのだろうか。
私は織田氏とは面識があり、この記事については発表と同時にメールで「読んでください」とリンクもいただいていた。そのメールには「現役諸君の深刻な危機意識は必ずしも、政治の世界と共有されておりません。彼らが言いたくても言えないことを、書いてみました。これを読んで、心ある政治家が少しでも動いてくれればいいのですが…」と書き添えてあった。織田氏とはときどき情報交換の会食の場でご一緒することもあり、その都度、東シナ海における中国機飛来の急増に伴うスクランブルの急増、そしてパイロットたちにかかる責任と期待の重圧についてお話をうかがっている。そのストレスを想像するだけで自分まで胃がおかしくなるような気持ちになったものだ。
文章が得手であり、コラムニストとしてJBプレスに連載枠を持っているものの、けれん味のない人柄で、専門の安全保障や自衛隊がらみのこと以外はあまり論評しない。まじめで常識的な人物という印象の物腰で、とても署名原稿で大胆な捏造をしたり、デマを吹聴するような人物には思えない。「現役諸君が言いたくても言えないこと」とあえてメールに書き添えた、その心情を推察すれば、彼は戦闘機乗りOBとして、現役の後輩たちの「心の内」を忖度し、政府・官邸の無理解に黙っていられない、という気持ちに駆られたのではないか。
中国機のスクランブルは1.7倍に
一般に、自衛隊のスクランブル中に起きた事象は、国家安全にかかわる情報であり、特定秘密である。少なくとも現役自衛官からそうした情報が洩れることはあってはならない。それどころか、自衛官は上官命令には絶対服従であり不満を外に漏らすことすら許されない。逆にいえば上官は常に前線にいる自衛官の気持ちを推し量り、積極的に迷いなく命がけの任務を遂行できる環境を整えることが最も重要な仕事だ。自衛隊の最高指揮監督権を有するのはいうまでも首相であるから、首相は最前線の自衛官が、不満や迷いを持つことなく任務に専念できる環境を整えることが責務だといえる。だが、現役自衛官たちは上官命令に絶対服従が原則なので、その責務が果たされているかどうかを今の首相に直接言える立場の人は現役には、ほとんどいない。組織を離れたOBが「忖度」して代弁するしかない、と思ったのかもしれない。
河野統幕長が30日の会見でも言及していたが、4〜6月の中国機のスクランブルは前年同期比1.7倍で急増している。現役のパイロットの数は限られており、私が仄聞したところでは、予備パイロットまでアラート待機を命じられているという。習近平政権の軍事的挑発は、今年前半までは南シナ海で、6月以降は東シナ海で急激にエスカレートしている。もともとはサラミ戦術(サラミを薄く切るように小さな行動を積み重ね、時間の経過と共に有利な戦略的環境を整えていく)を好んだ中国だが、最近の軍事挑発は“厚切りハム”ぐらいの大胆さでエスカレートしていて、いつ偶発的衝突、偶発的戦闘が起きてもおかしくない状況だ。実際、東シナ海では尖閣接続海域での軍艦侵入、日本領海への軍艦“無害通航”、上空では、スクランブル発進した自衛隊機と中国戦闘機の”ドッグファイト”もどきが起きている。
「攻撃動作」はあったのか、なかったのか。何をもって「攻撃動作」というのか。真相は「藪の中」である。日本政府も中国政府も自国の安全を守るために、公然と嘘をつくことはある。私個人の推察を言えば、「ロックオン」自体はなかったかもしれないが、それをもって「攻撃動作」がなかったとは言えない。スクランブルで自衛隊機が空に駆け上がったとき、これまでの中国機は一定の距離をとり、接近してくることはなかった。それが、機首をこちらに向けて近づいて、射程圏内に入り、後ろにつかれて追いかけられたならば、パイロットからすれば「攻撃動作」として脅威を感じたことだろう。
フレアを発射したかどうかは不明だが、「ロックオンもされていないのにフレア発射するのはパイロットとして恥ずかしい」というような批判は、そういう状況に直面したことがない人間が軽々しく言うべきではないだろう。少なくとも戦闘機乗りとしてスクランブル出動を数えきれないほど経験している織田氏は、パイロットの恐怖を理解して、この原稿を書いたということだろう。こうしたパイロットの心情を官邸が理解せず、むしろ中国の事情をおもんぱかって、「攻撃動作はなかった」「特異な行動と判断していない」ということで片づけてしまえば、現場と官邸で危機感が共有できていない、という国防上、ゆゆしき問題を残すことになる。
しかも、一層懸念されることには、萩生田会見で、情報漏えい問題について言及された。仄聞するところでは、官邸は織田氏に情報を漏らした自衛隊内の“犯人探し”を始めているという。現役自衛官から任務中の情報が外に漏れたということは国防上の重大事件であり、そういう統制が取れていない状況がリスクである、というのが官邸の認識らしい。
本当の危機を回避するために
それは違うと思う。今一番のリスクは、官邸と現場の危機感が乖離していることである。そしてそういう状況で現役自衛官が言いたくても言えない気持ちを代弁するために自衛官OBが、特定秘密である任務遂行中の詳細を秘密漏えいのそしりを受ける覚悟で公表したにも関わらず、官邸サイド、統幕長も「攻撃動作はなかった」と一蹴してしまったことである。
本来ならすぐさま公表して、中国側に戦闘機の異常接近を抗議し、再発を防ぐ努力を行うべきではなかったか。たとえ外交的政治的に公表を避ける判断を下したとしても、水面下で外交的対応がなされるべきであり、また自衛隊の現場に不満やわだかまりが残らないようにケアすることが自衛隊の最高指揮監督権を持つ首相官邸の仕事ではないだろうか。それができなかったことの方がリスクであろう。
問題の責任は織田氏に情報を漏らした側にあるのではなく、むしろ、公表すべき情報を公表しなかった官邸側、あるいは適切な対応がとれなかった官邸側にあるのではないか。特定秘密保護法で守られるべき秘密が漏えいしたのか、公表されるべき情報が権力の都合によって隠蔽されたのか、それを世に問うのがジャーナリズムであり、それを決めるのは世論だとしたら、私は織田記事はジャーナリズムであり、世論の一部としての私個人の感想は、この情報が公表されなかったより、された方が、危機の所在がどこなのかわかってよかったと思う。
そもそも、本当の危機の原因は中国側にある。年内に南シナ海の実効支配を固め、スカボロー礁の軍事拠点を完成させ、年明けには南シナ海上空に防空識別圏を設定することは、習近平が解放軍に直接指示している“決定事項”だというのが、香港あたりから流れてくる“軍事筋”情報である。その計画を確実に遂行するためには、偶発的局地的軍事的衝突も辞さない覚悟、とも言われている。6月以降、東シナ海での軍事挑発が目立ち始めている目的についてはまだ、はっきりわからないが、習近平政権が極めて軍事的冒険主義の傾向が強いことは、今までの行動を見ていても明らかだ。
危機は今、ここにある
想像してみるといい。中国では2001年4月、南シナ海上空で中国戦闘機の挑発的危険飛行の末、米軍電子偵察機と接触、中国人パイロットが死亡(脱出したのち行方不明)して、米軍機が中国側に回収されたうえ乗員が長期間拘束された事件が実際にあった。このとき、私も現場の海南島に取材に入ったが、一つ間違えば米中間で戦争状態が生じたかもしれない事件だった。中国側はパイロットの命を失ったものの、米軍電子偵察機の機体を回収して隅々まで調査し、貴重なデータを奪えたこと、当時の江沢民政権が基本的に親米であったことなどもあり、双方が戦争回避の努力をして、最悪の事態を避けることはできた。だが、もし、同じことが今、日中の間で、東シナ海上空で起きたら、どうなるだろうか。
私は、習近平政権は、こういう事態に対応する外交的忍耐力は江沢民政権より低いと思っている。
あす、東シナ海上空で日中の戦闘機が接触して墜落するかもしれない。あす、自分がISのテロに巻き込まれるかもしれない。世界の動きをみて、危機の所在を確かめていたら、そんなことは絶対ありえない、とは決していえないこともわかるだろう。そして、ISのテロに遭うかもしれない、と思えば、コーランの一部ぐらいは暗誦できるようにしておくかもしれないし、日中間で偶発的戦闘状態が起きるかもしれないと思えば、中国旅行や中国駐在に赴くときの心構えが違うだろう。
危機は隠蔽しても、見ないふりをしても、確かにそこに存在する。猛スピードで突進してくるトラックも、しっかり見ていれば、避けられるように、危機を認識して、情報とその危機感を共有することが最悪の事態を避けるために一番必要なことではないだろうか。
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このコラムについて
中国新聞趣聞〜チャイナ・ゴシップス
新聞とは新しい話、ニュース。趣聞とは、中国語で興味深い話、噂話といった意味。
中国において公式の新聞メディアが流す情報は「新聞」だが、中国の公式メディアとは宣伝機関であり、その第一の目的は党の宣伝だ。当局の都合の良いように編集されたり、美化されていたりしていることもある。そこで人々は口コミ情報、つまり知人から聞いた興味深い「趣聞」も重視する。
特に北京のように古く歴史ある政治の街においては、その知人がしばしば中南海に出入りできるほどの人物であったり、軍関係者であったり、ということもあるので、根も葉もない話ばかりではない。時に公式メディアの流す新聞よりも早く正確であることも。特に昨今はインターネットのおかげでこの趣聞の伝播力はばかにできなくなった。新聞趣聞の両面から中国の事象を読み解いてゆくニュースコラム。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/218009/070400054
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