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生活保護のリアル〜私たちの明日は? みわよしこ
【第75回】 2017年1月6日 みわよしこ [フリーランス・ライター]
生活保護受給者ばかりを狙い撃ちするカジノ法議論の本末転倒
2016年12月に成立したカジノ法に関し、マイナンバーを利用した入場規制や、生活保護受給者の入場禁止が検討され始めている。しかし、そもそもカジノの採算は何を前提としているのか。日本に有効なギャンブル依存症対策はあるのか。根本からの再考が必要となりそうだ。(フリーランスライター みわよしこ)
カジノ解禁で生活保護受給者を
縛る前に考えるべきこと
昨年末に成立したカジノ法に関し、生活保護受給者の入場禁止が検討され始めている。しかし、そもそも日本でカジノは採算がとれるのか。有効なギャンブル依存症対策はあるのか。規制の前に根本からの再考が必要ではないか
明けたばかりの本年2017年は、生活保護制度に大きな変化が訪れる年となるかもしれない。ほとんど報道されていないが、2017年には生活保護法の再度の改正、および生活保護基準の見直しが予定されている(2016年3月 厚生労働省 社会・援護局関係主管課長会議資料PDF13ページ)。
2017年には、2016年12月に成立した「カジノ法」こと統合リゾート(IR)推進法(連載第74回参照)を具体化する実施法が成立する可能性もある。日本維新の会は、カジノ法を受け、生活保護受給者のギャンブル・風俗・totoくじを禁止する法案を国会に提出している(日本維新の会:目指せ法案100本提出)。ギャンブルに関心のない私は「カジノをつくるのをやめれば、そんな人権侵害はしなくて済むのに」と思わずにいられない。そもそもカジノは、なぜ日本に必要なのだろうか。
カジノ法制化・誘致に関するポータルサイト「カジノIRジャパン」の「みんなのIR・カジノ Q&A」によると、日本の観光業は潜在力が極めて高く、カジノを含む統合リゾートは「国家の戦略的な国際観光政策の有力な手段」であり、「魅力的な観光地の形成」が可能になり、「それに伴って地域経済を活性化」できるということだ。
また、政府が2030年までに見込んでいる訪日外国人観光客は、2015年から2020年までに2000万人、2020年から2030年までに1000万人、合計3000万人であるという(Q7)。統合リゾートによる効果のうち最大のものは、施設やインフラの建設・整備、直接間接の雇用創出、国内外の観光客増加、カジノ収益による地域活性化であるという(Q8)。
確かに、大型高級リゾート地にだけカジノがあり、比較的富裕な外国人観光客が客の大半を占め、金離れよく遊び、特にカジノで大きな消費を行ってくれるというのであれば、日本人一般にとって、害より益のほうが大きい話になるかもしれない。
しかし、ビジネスとしてカジノを成り立たせようとするのなら、比較的近距離の住民が利用者にならなければ、経営を安定されることは困難なのではないだろうか。テーマパークを例として考えてみよう。東京ディズニーランドも大阪のUSJも、全国および近隣諸国の観光客に人気のテーマパークだが、何らかの事情で遠くからの客足が途絶えても、ただちに経営が危機に瀕するわけではない。関東圏あるいは近畿圏の住民による「安・近・短」の日帰り観光需要が見込めるからだ。
問題は、USJや東京ディズニーランドならば1万円あれば大人1人が1日じっくり楽しめるのに対し、カジノは10万円が一瞬で消える可能性もある場だということだ。生活保護費の用途は、趣味や娯楽に使うことも含めて本人の自由なのだが、法や制度で「縛る」ことの是非はともかく、低所得層の人々にとって、カジノはもはや「娯楽」と呼べるものでさえないだろう。
カジノの見込み客は
外国人ではなく日本人という現状
では、カジノのメリットを主張する人々は、どう考えているのであろうか。
カジノ法の成立翌日、2016年12月17日に発表された、小池隆由氏による東洋経済オンラインの記事「日本版カジノは大きな成功が約束されている」2ページ目には、「IRの利益規模は、後背とする商圏の大きさ(日帰り圏内の経済規模)、施設数(施設間競争)でほぼ決定する」とある。施設が適度に集中していて過当競争にならず、一定の経済力を持った一定数の見込み客が近隣地域に存在するのであれば、成功しやすいビジネスではあるだろう。問題は、「日帰り圏」という以上、見込み客として想定されているのは、主に日本の住民であるということだ。
さらに同記事には、東京オリンピック・パラリンピックが終了している2021年以後の営業利益見通しとして、関東で2000億円、関西で1000億円、地方では仙台空港周辺・鳴門市・佐世保市への設置を想定して、それぞれ100億円以上という推定が述べられている。小さくない経済効果であることは間違いないが、その経済効果の大部分は、海外からの観光客が日本にもたらすわけではない。
結局のところ、カジノの必要性を主張してきた人々も、いつ、どのような理由で日本に来なくなるかわからない外国人観光客ではなく、片道1〜2時間程度の範囲にいる日本人住民を、主要客層と考えざるを得ないのだ。カジノをビジネスとして成立させ維持する以上は、当然のことであろう。
しかしそれでは、外国人訪日観光客による消費が地方を活性化するというよりは、「現在の内需の一部がカジノ方面に移る」と見るのが実際に近いのではないだろうか。日本全体ではゼロサムゲームとなる可能性も、空腹のあまり自分の脚を食べてしまうタコのように日本全体の資源が減少する可能性もある。少なくとも、それらの可能性の全否定はできそうにない。
依存症を研究している社会学者の滝口直子氏(大谷大学教授)は、日本人にとってのカジノの魅力を、「海外のカジノ産業は、日本でカジノが解禁されたら、パチンコの客がカジノに移ってくると考えているようですが、そう、うまくいくでしょうか」と疑問視する。
滝口氏によれば、連載第74回で紹介したとおり、カジノにはヨーロッパ型の伝統的な「ギャンブルもできる小・中規模な社交場」タイプと、米国・マカオ・シンガポールに多く見られるマシーン中心の大規模カジノの2通りがある。一般の日本人が対象であるとすれば、想定されるのはマシーン中心の大規模カジノの方だろう。しかし日本には、すでにパチンコ・スロットが多数あり、アクセスが容易すぎることから、数多くの問題が生まれている。
「日本には、世界のギャンブルマシーンの60%があるんです。そんな国は、他にありません。それに、カジノに置かれるギャンブルマシーンより、パチンコの方が刺激は強いんです。言い換えれば、パチンコの方がマシーンの洗練度は上なのです」(滝口氏)
この現状は、『ビッグイシュー』の記事「世界のギャンブルマシーンの60%も集中しているギャンブル大国日本の現状レポート」に詳しい。いずれにしても、数多くの日本の住民が最寄り駅前の長年馴染みのパチンコ屋に行くのを止め、電車で遠くに出かけてカジノで遊ぶことを選ぶかどうかに関しては、不確定要素が大きそうだ。
地方の関係者も気づき始めた、
カジノへの期待は「捕らぬ狸の皮算用」
WINS佐世保(ホームページより)。長崎県佐世保市にある場外馬券売り場「WINS佐世保」は、オランダの美しい町並みを模したテーマパーク・ハウステンボスに隣接しており、ヨーロッパの伝統的なオペラハウスを思わせる外観となっている。美麗なイメージでギャンブルの敷居を下げるのには、抵抗を感じる
カジノ誘致に対し、自治体の態度は様々だ。
静岡県熱海市の斉藤栄市長は、「熱海はカジノに頼らない街づくりをすべきだ」と誘致しない考えを示している(2016年12月27日 読売新聞記事)。長崎県佐世保市は対照的に、2007年から官民挙げてカジノ誘致に熱意を示し、2014年までに税金1600万円を投入していたということだ(2014年2月27日 『しんぶん赤旗』記事)。
佐世保市のカジノ設置候補地は、すでに大規模リゾートとして整備されているハウステンボスの中だが、ある佐世保市出身者は「1992年に開業して以来、ほとんどずっと、業績不振や経営再建が続いているハウステンボスにカジノができても、そんなに大きな効果はないだろうと思います」と冷ややかだ。
ハウステンボスは、長年にわたり、オランダの美しい町並みという魅力をアピールしてきた総合リゾート地だ。カジノが加わることで、アピールできる魅力が1つ増えることは間違いなさそうな気もする。しかし滝口氏はこう語る。
「そこにしかない魅力を持った何かがないと、そもそも、客は来ません。カジノ産業の人々でさえ、『今の統合リゾートは、カジノ以外の魅力で人を惹きつけないと、客は来ない』と言っています」(滝口氏)
ダイヤモンド・オンラインで連載中の『China Report 中国は今』第205回「マカオのカジノ産業が『脱賭博』で狙う新顧客層」では、ギャラクシー・マカオ社長のマイケル・メッカ氏が、カジノを中心としない統合ホリデーリゾートへの転換について語っている。同社のリゾート集客の中心は、かつてはカジノであったが、2015年にはカジノ面積はリゾート全体の5%、今後は2%まで縮小する予定があるという。メッカ氏の目標は、「ビジターによい体験をしてもらい、よい思い出を作ってもらえる」体験型リゾートをつくり上げることだ。
「リゾートといえば、カジノ・ホテル・会議場・高級ショッピングセンター・高級レストラン……。一昔前なら、それでよかったのかもしれません。でも今は、そんな地域やそんなリゾートなら、世界のどこにでもあります。人を集めるには、それ以上の魅力、そこにしかない何かが必要なんです」(滝口氏)
東京・横浜・大阪は、そもそも大都市で人が集まりやすいという背景があるため、カジノの集客に際しての困難は少ないかもしれない。
「でも、他の地域はどうでしょうか。そこにしかない、『アッ!』と言わせるような魅力をつくるのは、なかなかハードルが高いですよ。美術館だって、まず『見たい』と思われる作品のコレクションをつくるために、巨額のお金が必要です。水族館は、水槽が大きければ良いというものではありません。そこにしかない魅力を備えた統合型リゾートをつくるのは……今、日本につくられている観光資源を見る限り、期待できそうにない気がします」(滝口氏)
まだでき上がってもいないカジノに生活保護の人々が行く可能性を考え、入場を禁止したり規制したりすることを検討する前に、つくられようとしているカジノの顧客がどこの誰なのか、期待される経済効果や雇用創出が実現するのかどうかを、冷静に考える必要がありそうだ。
しかし、いったんカジノができてしまえば、ギャンブルの間口は間違いなく広くなる。カジノの採算が取れるか否かとは無関係に、ギャンブル依存症の問題は無視できない。
専門治療を受けられない
大多数のギャンブル依存症者たち
依存症からの回復支援に取り組む、元生活保護ケースワーカーの谷口伊三美氏は、すでに多数のギャンブル依存症者がいる日本で、何の対策もされていない現状を憂慮する。
2014年8月29日、当時の厚生労働大臣であった田村憲久氏は、閣議後の記者会見において「厚生労働科学研究の結果としてギャンブル依存症が536万人、成人が(筆者注:「成人の」の誤記か)4.8パーセントとの報道がございました」と述べ、同時にカジノ法案との関連を否定した。
問題は、ギャンブル依存症の治療を行える医療機関や専門施設が、非常に少ないことだ。どのような依存症でも事情はあまり変わらず、推定80万人のアルコール依存症者のうち専門治療を受けているのは約4万人、推定10万人の薬物依存症者のうち専門治療を受けているのは数千人。専門治療を受けているギャンブル依存症者は、さらに少ない。
依存症の問題は、社会のあらゆる場所に存在する。なのに、なぜ必要な医療や支援は行き渡っていないのだろうか。
「ギャンブル依存症は、身体が悪くなるわけではありませんから、医療行為としては、カウンセリングやグループミーティングなど、診療報酬に結びつきにくいことが中心になります。少なくとも、必要な治療を提供しながら医療機関を維持したり増やしたりして、専門の医師を増やしていけるくらいの報酬の裏付けができないと、難しいのではないでしょうか」(谷口氏)
運営・維持が難しいのは、医療機関だけではない。
「依存症の一部、たとえば薬物依存症の場合は、障害者福祉制度のもとでグループホームやデイケアを運営することも可能です。でも、一般的な障害とは異なる『依存症』という特殊な疾病のケアは、障害一般に対する福祉制度とは合わないところが多いんです。
依存症の施設では、多くの場合、実際には24時間のケアが必要です。でも障害者福祉は、依存症者を24時間ケアすることは想定していません。施設から病院に入院することも多いのですが、入院中の報酬はありません。実際には、入院中も医療機関と施設の連携は行われているのですが……。『儲からない』以上、成り立たないんです。障害者作業所には企業が参入していますが、依存症者の支援に参入している企業はありません。経営が成り立たないからです」(谷口さん)
まだ議論の時間は残されている
このままカジノがつくられてよいのか?
本連載の著者・みわよしこさんの書籍「生活保護リアル」(日本評論社)が好評発売中
この状態で、カジノが実際につくられてしまってよいのだろうか。カジノがつくられることを前提に、低所得層の入場制限や生活保護受給者の入場禁止といったことを、「対策」として議論してよいのだろうか。
カジノを実際に設置する前提となるIR推進法の成立まで、1年弱だがまだ時間は残されている。「カジノをつくるから」という予定を背景に誰かの自由を制約するのではなく、多くの人々にメリットをもたらす依存症対策の充実などを先に推進し、その後、カジノの設置を慎重に検討してほしいところだ。
次回は、若者の自立に生活保護が果たしている大きな役割を紹介する予定だ。
http://diamond.jp/articles/-/113385
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