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英米発の世界リスク、救えるのは日独
岡部直明「主役なき世界」を読む
歴史の大逆転はあるか
2016年12月21日(水)
岡部 直明
歴史は繰り返すというが、歴史の大逆転は起きるだろうか。2016年は、民主主義、資本主義の最先進国で、覇権国家でもあった英国と米国が予期できないリスクを世界に拡散した年だった。英国の欧州連合(EU)離脱決定と米国のトランプ大統領の選出である。ポピュリズム(大衆迎合主義)を背景とした反グローバリズムが共通項である。英米発の世界リスクの連鎖をどう食い止めるかが2017年の大きな課題だろう。危機を救うのが第2次世界大戦を引き起こした日独だとしたら、歴史は75年で大逆転することになる。
英米発の世界リスクが広がる中で、リベラリズムの「最後の砦」として期待されるのがドイツのメルケル首相だ。来年秋に行われる連邦議会(下院)選挙に首相4期目を目指して出馬する考えを表明している。(写真:Sean Gallup/Getty Images)
第2次大戦後の大転換
英国のEU離脱決定と米国のトランプ大統領選出を冷戦終結後、最大の転換とみる向きは多いが、歴史をさかのぼれば、これは第2次世界大戦後の大転換と位置付けられる。1930年代の大不況を受けて台頭したドイツのナチスと日本の軍部は、世界全体を第2次大戦に巻きこませた。それを収束したのは米英を中心とする連合軍だった。
勝者である米英は戦後の国際秩序を築くことになる。国際連合や国際通貨基金(IMF)・世界銀行の体制である。とりわけ、英国に代わって圧倒的な覇権国家になった米国は、敗戦国である日独の経済再建を優先する。第1次大戦の戦後処理の失敗によりナチスの台頭を許した苦い教訓からだ。マーシャル・プラン(欧州復興計画)とドッジ・ラインのもと、敗戦国ドイツと日本は「奇跡の経済復興」を遂げることになる。
その指導的国家である英米が戦後71年で、世界にリスクをまき散らす国になってしまったのである。この世界リスクは中国、ロシアという大国の存在感を高める危険がある。それは、主役なき世界をさらに混迷させるだろう。この世界規模の危機を救える立場にいるのは、第2次大戦の敗戦国、日独しかない。歴史は皮肉である。
グレート・ブリテンの分裂
国民投票による英国のEU離脱決定は、世界に衝撃を与えたが、最も衝撃を受けたのは当の英国である。それは「グレート・ブリテン」の分裂を招いたからである。EU離脱か残留かの選択は世代間、所得階層間でその違いが鮮明だが、地域間の落差も大きい。スコットランドや北アイルランド、そして首都のロンドンは残留を支持している。英国がEUから離脱するなら、スコットランドは独立し、北アイルランドはアイルランドに統合し、ロンドンもシンガポールのように独立するという説もある。「グレート・ブリテン」は「リトル・イングランド」になるわけだ。
もちろん、メイ首相は「グレート・ブリテン」としての結束固めに懸命だが、EUとの離脱交渉しだいで、英国分裂の恐れが強まりかねない。
EU離脱通告は国民投票だけでなく、英議会の承認が必要だと英高裁が判断し、その最終判断が最高裁から来年1月に下される。残留派が過半の英議会が国民投票のEU離脱をくつがえせば、総選挙で改めて争われる可能性もある。メイ首相は来年3月に離脱をEUに通告する方針だが、通告が遅れる恐れもある。
EU離脱交渉は難航必至である。内務相の経験からメイ首相は移民の流入抑制を優先したい意向だが、それではEUへの自由な市場アクセスや金融パスポートの取得はむずかしくなる。メルケル独首相でさえ「いいとこ取りは許さない」と警告している。
離脱交渉のカギを握るのは、英国に進出している日米など外資である。外資はEU市場全体をにらんで英国に進出している。EU離脱でこのネットワークが分断されるなら、外資は欧州大陸などに拠点を移さざるをえなくなる。金融センターであるロンドン・シティーの地位も盤石ではなくなるだろう。
排外主義者を大統領にする超大国
英国のEU離脱決定以上に、世界に衝撃を与えたのは、超大国・米国であからさまな排外主義を掲げるトランプ氏が次期大統領に選ばれたことだ。トランプ氏は選出直後には発言を慎重にした気配があったが、排外主義の本質は変わらなかった。
「米国第一主義」という名の保護主義が強行されることになれば、世界経済は危機に見舞われる。とりわけ現存する北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しは、照準を定められているメキシコ経済を直撃するだけでなく、日本企業を含めグローバル経済の生産ネットワークを分断することになる。それは、英国のEU離脱がEU市場に自由にアクセスできない「ハードBREXIT」になるのと同様である。
日米を中心に練り上げられてきた環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱は、この地域の成長の果実を自ら放棄することになる。
海外に工場を移転しようする企業を名指しで攻撃し、過重な課税を実行するなどということは、資本主義の先進国の首脳として、考えられない態度だといわざるをえない。
自由ゆえの危機
それにしても、なぜ自由で民主的で豊かな英米で世界リスクを拡散する事態が発生したのか。やや皮肉だが、自由で民主的だからこその危機といえる。ナチスの登場も民主的なワイマール体制下で起きた。自由で豊かだからこそ、英米に移民は増え、そこにあつれきも生じることになる。フランスやベルギーという自由な欧州諸国がIS(イスラム国)のテロの温床になったのとも通じる。
置いて行かれたと思い込む大衆の不満は、ツィッターなどSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)によって結合し、拡散した。ナチスは新しいメディアだったラジオを活用したが、現代社会ではSNSによる横のつながりは予想を超えて広がった。
格差拡大はグローバル化のせいか
英国のEU離脱決定もトランプ米大統領の登場も、格差拡大が背景にあるのは事実だろう。それは先進国、新興国を問わず共通の現象である。しかし、格差拡大が冷戦終結後のグローバル化のせいだというのは本当か。米国のノーベル経済学者、ジョセフ・スティグリッツ教授やフランスの人口学者、エマニュエル・トッド氏ら論客が反グローバリズムを扇動しているが、そこには落とし穴がある。
グローバル化は新興国を台頭させ、世界経済全体を底上げした。格差拡大をもたらしたのは、グローバル化そのものというより、情報革命を軸とする産業構造の転換による面はなかったか。それは19世紀の英国発の産業革命以来、産業の進歩とともに繰り返されてきた。しかし「打ちこわし運動」は失敗し、産業革命は経済全体に浸透していくことになる。それは、いま起きている「第4次産業革命」でも同じだろう。
格差拡大の最大の要因は、グローバル化でも産業構造転換でもなく、実物経済と金融経済の落差にあるとみるべきだろう。英米という金融センターを抱える先進国で、ともに予想外の展開があったのをみてもそれは明らかだ。
リーマンショックで打撃を受けたはずの金融資本主義だが、再び息を吹き返している。しかも公的支援を受けた金融機関の首脳たちは何のお咎めも受けず、高所得を得つづけている。低成長の実物経済と肥大化する金融経済の落差にこそ、格差拡大の原因がある。
英国のメイ首相は、ロンドン・シティーの勤務経験もあり、EU離脱にあたっては金融パスポートの維持などシティー重視の姿勢を貫くだろう。トランプ次期米大統領は財務長官など主要経済閣僚にウォール街出身者を起用、ウォール街重視を鮮明にしている。リーマンショックを受けた金融規制の緩和も打ち出している。
英国のEU離脱やトランプ大統領の登場の背景にある格差は、皮肉にもますます拡大することになる。
中ロの台頭で混迷する世界
英米発のリスクは、強権国家である中国、ロシアの台頭を許し、主役なき世界をさらに混迷させることになる。とりわけロシアはこの英米発の世界リスクで、漁夫の利を得ようとしている。プーチン政権は英国のEU離脱を歓迎する。ウクライナ危機やシリア危機で対立するEUが分裂すれば、その勢力をそぐことになると考えるからだ。
それ以上に、トランプ米大統領の登場はロシアのプーチン政権にとって願ってもないことだろう。トランプ氏自身が米大統領選中にプーチン大統領を持ち上げてきた。プーチン政権はそのトランプ勝利のためにサイバー攻撃をかけたという疑惑が消えない。ヒラリー・クリントン氏が大統領になれば、プーチン政権に厳しい態度を取り続けてきたオバマ米政権の路線が継承されると考えたのだろう。米ロ関係が転換すれば、ウクライナや中東問題、それに欧州の行方にも大きな影響を及ぼすことになる。
トランプ政権下で予想される米中関係のきしみも大きな懸念材料だ。中国は南シナ海などへの海洋進出の姿勢を一貫して強化している。これに対して、トランプ氏は台湾接近の姿勢をのぞかせ、中国の国是でもある「ひとつの中国」をけん制している。トランプ氏は中国を為替操作国と決めつけ、高率関税を課す姿勢を示している。硬軟両様だったオバマ政権から「ハードライナー」に転換する可能性がある。
EU再生担うメルケル首相
英米発の世界リスクが広がる中で、リベラリズムの「最後の砦」として期待されるのがドイツのメルケル首相だ。引退する可能性もあったが、英国のEU離脱決定を受けて、欧州内に極右勢力やポピュリズムが蔓延するなかで、来年秋の総選挙で4選をめざして立ち上がった。
「ドイツのための選択肢」という保守勢力が進出するなかで、ドイツ国内でリベラリズムの足場を固めるのが狙いだが、それ以上に欧州全域に広がる極右勢力の台頭を食い止めようとするEUの盟主としての確固とした姿勢がみてとれる。とりわけ、ルペン氏の台頭が予想される来年春のフランスの大統領選挙を側面から支援したいという意識が働いている。
EU内では「ドイツ独り勝ち」が批判されるが、メルケル首相がリーダーとして積極的な役割を演じないかぎり、EU再生はおぼつかない。メルケル首相が指導力を発揮すれば、世界にはびこる強権政治に対して、リベラリズムの防波堤を築くことになる。
アジア安定こそ安倍首相の責務
国際社会における日本の安倍晋三首相の役割は重要だ。トランプ氏の排外主義にくぎをさすのは、同盟国である日本の責任である。(写真:Lintao Zhang/Getty Images)
英米発の世界リスクのなかで、メルケル独首相とともに期待されるのが日本の安倍晋三首相の役割である。日米同盟が日本外交の土台であることに変わりはない。だからこそトランプ次期大統領には多くの分野で物申す必要がある。
とりわけトランプ政権が保護主義に傾斜することにはくぎをさすべきだ。TPPへの参加を呼び掛けるだけでなく、NAFTAの見直しには明確に反対することだ。グローバル経済は勝ち負けでなく、広範な相互依存によって築かれていることを粘り強く理解させることだ。
トランプ政権下で米中関係がきしむなら、日本がその仲介役を買って出る必要もある。TPPと中国が参加する東アジア地域包括的経済連携(RCEP)を結合するのは、両方の協定作りに参加している日本の使命である。アジア太平洋全体が広範な自由貿易地帯になるなら、トランプ氏も孤立主義の不利益に気づくはずである。
英米発の世界リスクのなかで、日本とEUとの経済連携協定の意義も高まっている。メガFTA(自由貿易協定)の時代が終わっていないことを実証しなければならない。
安倍首相とメルケル首相の関係は必ずしも親密とはいえない。地球を俯瞰する外交をめざすなら、安倍首相は強権政治家たちよりもリベラリズム政治家たちとの連携を優先することだ。
英米発の世界リスクのなかで、日本に求められる歴史的責務は重い。
このコラムについて
岡部直明「主役なき世界」を読む
世界は、米国一極集中から主役なき多極化の時代へと動き出している。複雑化する世界を読み解き、さらには日本の針路について考察する。
筆者は日本経済新聞社で、ブリュッセル特派員、ニューヨーク支局長、取締役論説主幹、専務執行役員主幹などを歴任した。
現在はジャーナリスト/明治大学 研究・知財戦略機構 国際総合研究所 フェロー。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/071400054/122000014/
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