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日本では格差が広がっているにもかかわらず、多くの人が格差に無関心である。その原因を探り、格差に無関心な人たちも納得する政策をとらなければ、実際に格差を是正することはできないだろう。
ここでは、慶應大学教授の井手英策氏の格差問題に関する分析を紹介したい。
『月刊日本』11月号
井手英策「いかにして『分断社会』を終わらせるか」
http://gekkan-nippon.com/?p=9568
<日本は今や格差大国だ>
── 井手さんは『分断社会を終わらせる』(筑摩書房)などで、格差問題について分析されています。日本で格差が拡大した原因はどこにあると考えていますか。
【井手】 格差拡大の一番の要因は中間層の衰退だと思います。これは日本だけでなく先進国全体に見られる問題です。そのため、先進国に共通する原因と、日本の国内事情の両方を見る必要があります。
まず、先進国に共通する原因について言えば、第一に持続的に都市化が進んだことです。都市化が進むとサービス業が都市に集中します。しかし、サービス業は労働生産性が低いので、賃金は低く抑えられます。都市に人が吸い寄せられ、同時に賃金が下がっていくという問題が世界的に見られるようになりました。
第二に、IT技術の発展です。これにより、高度な技術や知識を必要とするために熟練労働とされてきた仕事が、例えばコンピューターを使えば簡単に代替できるようになりました。そのため、企業は熟練労働者を高い賃金で雇うのではなく、コンピューターを使える人を安い賃金で雇うようになっていきました。
第三に、グローバル化の中で新興国から安い商品が入ってくるようになったことです。これにより、先進国では物価が下落し、企業の収益も減っていきました。また、先進国の企業は新興国と競争するために商品の価格を下げなければならなくなり、そのため賃金を削るようになりました。以上が先進国の賃金が下落した主な要因です。
他方、日本国内の要因について言うと、第一にバランスシート不況と呼ばれる問題です。日本の企業はバブルの際、不動産を担保にして金融機関から多額のお金を借りました。しかし、バブルが弾けて不動産担保の価値が下がると、金融機関は次第に追加の担保を求めるようになりました。そのため、企業は銀行からお金を借りて投資するというスタイルをやめ、内部留保で投資を行うようになったのです。内部留保を増やすためには人件費を削るのが一番効率的なので、企業は賃金をどんどん下げていきました。
第二に、BIS規制が導入されたことです。これにより、国際業務を行う銀行は自己資本比率を8%以上にしなければならなくなりました。自己資本比率は「自己資本÷総資産×100」で計算されるので、国際的に見て自己資本の少なかった日本の銀行は自己資本比率を高めるために総資産を小さくする、つまり貸付を減らすようになりました。結果、企業の銀行離れが加速し、内部留保への依存が強まって、賃金はさらに下落していきました。
第三に、国際会計基準が導入されたことです。これにより、投資家たちは投資判断をする際に、キャッシュフローを重視するようになりました。そのため、企業はキャッシュフローを増やすべく、やはり人件費を削るという方法をとったのです。
人件費が削られれば生活は苦しくなり、人々は将来の不安に怯えて消費を減らすようになります。そうなると企業の収益が上がらなくなるため、さらに賃金が削られます。日本はこのような悪循環に陥ってしまったのです。
日本の平均世帯所得は1996年からほぼ一貫して下落し続け、この20年間で2割近く下落しました。現在では専業主婦世帯と共働き世帯が逆転しているので、共働きにもかかわらず世帯所得が2割近く落ちたということです。また、日本のジニ係数はOECDの中で9番目に悪く、相対的貧困率は6番目に悪いという状況にあります。ひとり親家庭の相対的貧困率に至ってはOECDの中で最悪です。日本は今や格差大国と言っても過言ではない状況にあるのです。
<日本人が格差問題に無関心な理由>
── これほど格差が拡大しているにもかかわらず、日本人の多くは格差を他人事と感じているように見えます。
【井手】 一つには左派やリベラルの責任が問われます。生活に困っている人たちを助けることを、一応「弱者救済」と言っておきますが、左派やリベラルは弱者救済を正義だと語り、人間として当然の行為だと主張してきました。
確かに弱者救済は道徳的には正しいことです。しかし、人々の生活はどんどん苦しくなっており、他人を顧みる余裕がなくなっています。そうした時に弱者救済は正義だと押し付けられれば、反発を覚えるのは当然のことではないでしょうか。リベラルが善意に基づき弱者を救済しようと思えば思うほど、逆に人々は弱者救済に関心を失っていったというところがあったと思います。
また、これは日本人のメンタリティとも関係しています。例えば、「自分の所得は平均所得と比べてどうか」と問われた時、「平均所得以下だ」と応える日本人の割合は、国際的に見ても高いことがわかっています。「子供の時と比べて家庭環境はどうなったか」という質問に対して、「悪くなった」と答える日本人の割合もかなり高く、「自分の仕事は父親の仕事と比べてどうか」という質問に対して、「父親以下だ」と答える人の割合は調査国の中で最も高くなっています。さらに、2011年に内閣府が行った調査では、「老後に不安を感じている」と答えた人の割合は85%に上っています。このように、日本人の多くは自分たちが貧しくなっているという実感を持っています。
その一方で、日本人の中には依然として根強い中流意識があります。明らかに生活が苦しくなっているのに、なぜ自分たちを中流だと思うのか、その意識のズレはどこから生じるのかを考える必要があります。
この問題を考える上で参考になる調査結果があります。「あなたの生活の程度は『中の上』か『中の中』か『中の下』か」という質問に対して、日本は他の先進国と比べて「中の下」と答える割合が最も高いことがわかっています。ここに見られるのは、自分はギリギリのところで踏ん張っているという意識です。これこそ日本人が格差問題に対して冷淡な理由だと思います。つまり、自分は誰からの支援も受けずに必死になって働き、何とか「中の下」で踏ん張っているのに、国から支援を受けている貧困層は一体なんだということで、貧困層に対して敵意を向けてしまうのです。(以下略)
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