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進まぬ賃上げに「内部留保課税」が再び浮上?
働き方の未来
「賃上げ」は働き方改革の切り札になるか
2016年10月28日(金)
磯山 友幸
政府から経営者へ繰り返される「賃上げ要請」
政府の「働き方改革実現会議」が10月24日に2回目の会合を首相官邸で開き、議論が本格化してきた。議長を務める安倍晋三首相が「今後3年間の最大のチャレンジ」と位置付ける「働き方改革」は、国民の生活スタイルや収入などに直結する問題だけに、関心は高い。
中でも賃金水準の行方については、安倍内閣の当初からの目的である「デフレ脱却」に直結する問題だ。それだけに、政府サイドから経団連など経営者に「賃上げ要請」が繰り返し行われている。
大企業を中心に賃上げの動きはあるものの、円安などの効果によって急速に改善している業績からすれば、まだまだ不十分と映る。別の政府の会議では麻生太郎・副総理兼財務相が憤懣(ふんまん)をぶちまける一幕もみられた。
9月30日に開いた経済財政諮問会議(議長・安倍首相)では、「働き方改革とマクロ経済」がテーマのひとつになった。その席上、メンバーのひとりである麻生副総理がこう発言したのだ。
麻生太郎・副総理兼財務相は、「労働分配率」の低下に苦言を呈する。(写真:ロイター/アフロ)
労働分配率は下がっている
「法人税率を下げろと言うから、下げて何をするのかと、私はいつも企業の人に申し上げている。労働分配率が3年前には70%を超えていたものが、今は67%ほどにまで下がっている。こういった状況が問題なのである」
法人税率を下げれば企業の手元に儲けが残るが、それを賃上げに回さずに溜め込んでしまうのはけしからん、と言っているのだ。労働分配率というのは企業が生んだ付加価値のうち、どれだけが賃金など人件費として使われたかという指標。財務省が9月1日に発表した2015年度の法人企業統計では、労働分配率は67.5%。2012年度の72.3%から2013年度69.5%、2014年度68.8%へと年々低下している。
企業の業績改善で利益の総額が大きく増えたため、労働分配率でみると低下する結果になっているが、この間の人件費総額は増えている。2012年度は196兆8987億円だったものが2015年度は198兆2228億円と1兆3241億円増えた。しかし、それよりもずっと大きな伸び率で、この間に企業が生んだ付加価値額は272兆円から293兆円へと21兆円以上も増えているのだ。
過去最大レベルに積み上がる内部留保
それがどこへ行ったか。企業の内部留保に回ったのだ。法人企業統計の利益剰余金は377兆8689億円と過去最大に膨れ上がった。2012年から3年間で73兆3861億円も積み上がったのだ。
経済財政諮問会議では民間議員の新浪剛史・サントリーホールディングス社長もこう発言した。
「労働分配率は、大企業での低下が顕著に見える。長期的には、中小企業も低下傾向にある。日本の雇用の7割を支える中小企業の労働分配率を引き上げていく必要がある」
そのうえで、「賃金の上昇を実現するためには、継続的な生産性の向上が不可欠」だとした。働き方改革では「長時間労働の是正」を掲げているが、生産性が同じままで時間だけを短くした場合、企業収益が悪化することになりかねない。労働時間を短くしてさらに賃金を引き上げるには、抜本的な生産性向上が不可欠だというわけだ。
「長時間労働の是正」と「賃上げ」を同時に行う必要がある
ここで、賃上げが先か、生産性の向上が先かという議論が生じる。従来ならば、生産性を上げなければ賃上げは難しいというムードが経営者にあったが、そこはだいぶ変化がみられる。ひとつは圧倒的な人手不足の中で、賃金がジワジワと上昇していること。賃上げをしなければ優秀な人材が確保できなくなっているのだ。また、長時間労働などを改善しなければ、そこにも有能な人材は集まらなくなっている。長時間労働の是正と賃上げを同時に行わざるを得ない状況に経営者は追い込まれているのだ。
もちろん、労働時間を短縮したうえで、賃上げに踏み切った場合、生産性が同じならば企業収益は大幅に悪化することになる。だからこそ、生産性を一気に向上させるような「働き方改革」が不可欠になるのだ。むしろ、経営者サイドの方が、労働者に効率的で生産性の高い働き方を求めるようになりつつあるのだ。
労働力が余剰で、ふんだんに余っている状況ならば、経営者は人材の投入を主として考え、生産性の向上は後回しになりかねない。人手不足という環境がむしろ、「働き方改革」を迫っているのだ。
組合側がもっと高率の賃上げを求めるべきだ
9月30日の会議で麻生副総理は面白い事を言っている。「経営者の意識が組合員のために自分達が賃上げ交渉をしているというぐらいに変わっているのだから、そちらが変わらなければ話にならない、と組合に言うのだが、20年間のデフレというのは、意外としつこく、意識から抜けない」というのだ。つまり、労働組合側がもっと高率の賃上げを求めるべきだと言っているのである。
さらにメンバーである黒田東彦・日銀総裁も後押しする発言をしている。
「毎年の春闘でも、ベアの交渉というのは昨年度の物価動向をベースに議論することになるので、どうしてもバックワードルッキングになり、過去の物価動向に引きずられてしまう面がある」
黒田総裁は、賃上げ交渉が過去の物価水準をベースに議論されるので、物価が上がらないから賃金も上げないという方向で決まっている、というわけだ。日銀はプラス2%の物価安定目標を掲げているのだから、賃上げ交渉では、将来に向けて2%物価が上がることを前提に「フォワードルッキング」な議論をすべきではないか、というのだ。
財務大臣も日銀総裁も、賃上げによって働き方改革に弾みを付け、生産性を上げて、成長率を引き上げていくことによってさらに賃上げに結び付くという好循環を期待している。
韓国は2015年から「内部留保課税」を導入
だが、現実には企業経営者は大胆な賃上げには慎重だ。過去3年間の人件費の伸びを見てもそれは明らかだろう。ではどうすれば、賃上げの動きが加速するのか。
東京新聞は10月7日付けで「デフレ脱却 切り札は賃上げ加速だ」という社説を掲げて、こう述べている。
「要するに従来のやり方ではダメだということだ。では、どうするか。例えば、企業の内部留保に課税する。韓国は2015年から導入、賃上げや設備投資などが一定割合に満たない場合、不足分に10%課税している。法人税と二重課税となり、いわば禁じ手だ。だが経済界は片やアジア諸国並みに低い水準の法人税を求めてきたのだから、韓国のほか台湾も導入している内部留保税の方も受け入れたらどうか」
実は、内部留保に課税する案は1年前にも浮上している(2015年9月25日付 当コラム「今や300兆円、企業の『内部留保』に課税案が再浮上?」を参照)。昨年9月上旬に日本を訪れた海外大手ヘッジファンドの幹部が、安倍内閣の閣僚やエコノミスト、経済人などを訪ねた際、しきりに「企業に内部留保を吐き出させるために、内部留保課税をしてはどうか」と提案していたのだ。それまで多くの海外ヘッジファンドは日本政府に法人税減税を求めていたが、それが実現した段階で次の弾として「内部留保課税」を根回ししていたのである。
「内部留保課税」が、筋が悪い政策なのは確かだが…
内部留保は税金を支払った後の剰余金なので、それに課税すれば二重課税になる。筋が悪い政策だが、日本企業が内部留保を貯め込み続ければ、本気で課税によって企業行動を変えさせようという動きが出てくる可能性は十分にある。
アベノミクスの政策の中で最も海外投資家の評価が高いのは「コーポレートガバナンス改革」だ。機関投資家のあるべき姿を示す「スチュワードシップ・コード」や、企業経営のあるべき姿を示した「コーポ―レートガバナンス・コード」の導入によって、日本企業の経営のあり方は大きく変化した。
端的に表れたのが、株主への配当である。法人企業統計によると、日本企業の2015年度の配当総額は22兆2106億円と1年で32%増加、2012年度と比べると59%も増えた。当期利益の総額は41兆8315億円だったので、その53%が配当に回されたことになる。
安倍内閣が進める「働き方改革」によって、企業の人件費はどう変化するのか。また、労働分配率は上がるのか。そして企業の内部留保の増加は止まるのか。来年秋の法人企業統計に何らかの変化が出るのかどうか注目される。
このコラムについて
働き方の未来
人口減少社会の中で、新しい働き方の模索が続いている。政官民の識者やジャーナリストが、2035年を見据えた「働き方改革」を提言する。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/102700026/
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