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【第177回】 2016年9月17日 降旗 学 [ノンフィクションライター]
蓮舫氏の二重国籍問題は謝罪しても終わらない
蓮舫氏の「二重国籍問題」に決着はついたのか Photo:AFLO
民進党の新代表には蓮舫議員が選出されたが、代表選のさなか、蓮舫議員には“二重国籍”疑惑が持ち上がり、騒動になっていた。
疑惑は、議員は亡父が中国台湾省の出身、ご母堂が日本人なので“日台”両国の国籍を有したまま国会議員になったのではないか――、というものだ。日本のみならず、二重国籍はどの国でもあり得ることなのである。
結論から言えば二重国籍は違法(二十歳になった時点で二重国籍だった場合、二年以内に国籍を選択しないと日本国籍を失う)なのだが、国籍法は“外国籍の離脱に努めなければならない”と努力規定を定めているだけなので、蓮舫議員は台湾籍の除籍を証明することで簡単に疑惑を晴らすことができた。それを、収拾がつかない騒動にしてしまったのは、他ならぬ蓮舫議員本人が繰り返しついた“嘘”が原因だ。
アメリカ大統領選に出馬したヒラリー・クリントンの代名詞は“ライアー(嘘つき)”だが、一連の流れを振り返ると、民進党代表選に名乗りを挙げた蓮舫議員の嘘つきっぷりもヒラリーに負けてはいない。
事の発端は今月三日、蓮舫議員が読売テレビに出演した際の、辛坊治郎氏とのやりとりだ。
辛坊:週刊誌やネットで二重国籍で台湾籍をお持ちなんじゃないかって話があります。これについては?
蓮舫:私は生まれたときから日本人です。(台湾)籍、抜いてます。
辛坊:いつですか?
蓮舫:高校三年の十八歳で日本人を選びましたので。
十八歳から日本人をやっている議員が生まれたときから日本人ってのも妙ちくりんな話だが、当初から蓮舫議員は“二重国籍ではない”“台湾籍は抜いてある(十七歳のとき学校を休み、父親と一緒に台北中日経済文化代表処へ行き手続きをした)”と説明していた。
テレビでは十八歳で日本国籍を取得したと言っているが、今月六日の記者会見では十七歳になり、過去のインタビューでは帰化は十九歳と微妙に取得年齢が異なっていたりする。その辺の記憶違いは大目に見てもいい。
旧国籍法では、父親の台湾籍がそのまま蓮舫議員の国籍になったが、一九八五年の法改正で国籍を選べるようになった。そこで日本生まれの蓮舫議員は母親の国籍を選び、日本に帰化したと言っているのだが、問題は、そのとき台湾籍を離脱しておいたか否かだ。台湾籍を放置しておくと“二重国籍”になるのである。
また、蓮舫議員は一九八五(昭和六〇)年一月二一日に「日本国籍を取得し、合わせて台湾籍の放棄を宣言した」と会見では言っているが、一九六七年生まれの蓮舫議員はこのとき十七歳。台湾の国籍法(第十一条)によると、自己の意志で国籍を喪失できるのは“満二〇歳を迎えてから”と規定されている。
だから、当時十七歳の蓮舫議員が台湾籍を除籍することはできないはずなのだ。
すると、あれだけ“二重国籍ではない”“台湾籍は除籍してある”と言い張っていた蓮舫議員だが、台湾籍の除籍条項についてツッコまれた途端、発言を翻した。二重国籍については“除籍したかどうかはまだ確認が取れていない”“台湾当局に確認の手続きを取っている(ついでに台湾籍を放棄する書類を提出した ← これ、後で重要になってきます)”と言うのである。
「生まれ育った日本に誇りを持っているし、愛している」
今月七日の候補者集会で蓮舫議員はこうスピーチした。二重国籍の疑いをかけられた為政者が口にするには妥当な言いまわしかもしれないが、これまでの蓮舫議員の発言を拾い上げてみると……、出るわ出るわ、あんた本当に日本に誇りを持って愛してるのかい、と言わずにはいられないような嘘のオンパレードなのである。
形勢不利な蓮舫議員の援護射撃に出たつもりなのか、元朝日新聞記者の野嶋剛氏が『Yahoo!ニュース』で単独インタビューを試みている。助け船というか、ちょっとヤラセっぽいインタビューなのだが、どんな感じか一部抜粋してみる。
野嶋:これまでのメディアの取材で「生まれたときから日本人だった」と語ったことがありましたが?
蓮舫:この間、ネットなどで私の家族を攻撃するような、いわれなき書き込みがあったので、あえて私の気持ちとしては日本で生まれて育って日本の風土で育まれたという気持ちを話しました。ですが確かに法律上は十七歳から日本人になっています(中略)当時は東亜関係協会(台北駐日経済文化代表処)と呼ばれていましたが、学校を休んだとき、東亜関係教会に行くのは国籍のことですと、高校の先生に説明し、父と一緒に行ったのは覚えています。ただ、やり取りが台湾語だったのと、当時、そこで何が行なわれているのか父に確認するモチベーションがありませんでした。当時の私は十七歳で、すべて父に任せっきりでした。
野嶋:ご自身の認識では、一九八五年に日本国籍になり、台湾籍ではなくなったと思っていたのでしょうか
蓮舫:はい。当時、国籍取得証明書を父から見せられて、「今日から日本人だ」と説明を受けたので、あ、日本人になれたんだと思って、そこで私にとっての国籍問題は終わっていました。
いきなりの嘘である。このインタビューが掲載されたのは九月九日のことだが、遡ること二十余年、一九九二年六月二五日の朝日新聞夕刊では、蓮舫議員は“誇りがあって愛している日本”をこんなふうに言っていた。
〈父が台湾人、母が日本人、十九歳のとき、兄弟の就職もあって日本に帰化したが、東京で生まれ育った身にとって暮らしに変化はなかったけど、『赤いパスポートになるのがいやで、寂しかった』〉
〈父や祖母を通して触れた台湾、アジアのアイデンティティは『日本』とは違うと感じる〉
おやおや。日本に誇りを持ち愛していると言う蓮舫議員は、発言とは裏腹に、国籍と己のアイデンティティーについて、こんなことまで言っている。
〈在日の中国国籍の者として、アジアからの視点にこだわりたい〉(朝日新聞1993年3月16日)
〈私は中国人の父と日本人の母の間に生まれたんですが、父親が日本人として子どもを育てたので日本のことしか知らないし、日本語しか話せない。それが自分の中でコンプレックスになっていました。だから自分の国籍は台湾なんですが、父のいた大陸というものを一度この目で見て見たい、言葉を覚えたいと考えていました〉(CREA1997年2月号)
〈私は帰化しているので国籍は日本人だが、アイデンティティーは『台湾人』だ〉(週刊ポスト2000年10月27日号)
おやおや。亡父に国籍取得証明書を見せられ、台湾籍は抜いたと言っているのに。蓮舫議員が会見を開くたびに口をついて出る釈明と、Yahoo!ニュースの単独インタビューには、こんな嘘が随所に見られるのだ。
「まず私には、自分がいわゆる“二重国籍”であるという認識はありませんでした。日本人であると普通に考えていたので、メディアに質問されても、何が訊かれているのかはっきり頭の整理がついておらず、説明の仕方が十分に統一されていなかった印象を与えたことは申し訳なかったと思っています」
これも、嘘だということがすぐにバレた。週刊現代(1993年2月6日号)での三枝成彰氏との誌上対談で、蓮舫議員は語るに落ちている。
三枝:お母さんは日本人?
蓮舫:そうです。父は台湾で、私は、二重国籍なんです。
もはや言い逃れはできないのだが、今月十一日の候補者討論会では“真っクロ”な身の潔白を訴えた。
「私は日本の法律において日本人。日本の法律のもとで、二重国籍疑惑そのものがないと明確にさせてほしい。説明不足であれば、説明を尽くしたい」
ところが二日後の十三日、蓮舫議員は緊急の記者会見を開き、自分が二重国籍を持っていることをあっさりと認めるのである。台北中日経済文化代表処から前日夕方に連絡があり、蓮舫議員の台湾籍は除籍されていないと告げられたそうだ。
「記憶の不正確さによってさまざまな混乱を招いたこと、一貫性を欠いた発言についてはお詫び申し上げたいと思います」
ネット上にはまだ映像が残っているが、さんざん嘘をついてきたくせに、こう言って詫びる蓮舫議員は何故か満面の笑顔なのである。十二日必着の党員・サポーター票の郵送投票を締め切った翌日に二重国籍を打ち明けるあたり、蓮舫議員はなかなかにしたたかだ。代表選は蓮舫議員が優勢と見られているだけに、笑いが止まらなかったのだろう。
そして、周囲をもっと驚かせたのは、日本国籍を取得して以来、三十一年間も放ったらかしにしていた台湾のパスポートが家の中をひっくり返したら出てきた、という実にタイミングのいい発見だった。台北中日経済文化代表処から連絡が来て台湾籍が抜けていなかったことを知らされたらパスポートが出てきたのである。
蓮舫議員の発言は、全てが嘘だった。台湾籍は抜き、二重国籍ではない → 台湾籍はそのままで二重国籍だった。日本を愛している → 赤いパスポートになるのがいやだった。生まれたときから日本人 → 国籍は日本でもアイデンティティーは台湾。
二重国籍騒動の根底にあるのは、二重国籍取得者が野党第一党の代表になろうとしている危惧と、嘘で嘘を塗り固めるような発言と言い訳に終始する蓮舫議員への嫌悪なのだ。自民党議員の不祥事をこれでもかとばかりに追及してきた蓮舫議員だからこそ、嘘にまみれた発言の数々に嫌悪感が漂うのである。
Yahoo!で単独インタビューを試みた野嶋剛氏は、こう書いている。
〈蓮舫氏が台湾籍であることを自覚し、パスポートを取得して台湾に入国したり、投票や納税などの権利・義務を行使したりしたことはなく、台湾の国籍者としての具体的な振る舞いはなかった(中略)もし台湾籍が残っていた場合、蓮舫氏はどう対応するのだろうか〉
蓮舫議員は応えた。自身の台湾籍がどうなっているか確認してもらっていると同時に、台湾籍放棄の申請をしていると。これにも、ちょっと怖い話がある。
台湾籍を喪失するには、“現在有効な”中華民国パスポートの添付が必要なのだという。その場合、期限失効のパスポートでは申請を受けつけてくれないのだそうだ。
蓮舫議員は、九月六日に台湾籍放棄の申請をし、十三日にも改めて申請をしたと言っている。家中をひっくり返して見つけ出したパスポートを書類に添付するのだが、果たしてそのパスポートの期限は有効なのか、それとも、とうのむかしに失効済みなのか――?
それ以前に、九月六日の申請が受理されていたのであれば、蓮舫議員は家中をひっくり返すまでもなく、パスポートを見つけていたことになるが。だとすれば、家中を探してパスポートを見つけたという十三日の説明も嘘になる。
そして、そのパスポートの期限が有効だった場合、蓮舫議員は更新を繰り返していたことになり、その事実が発覚した瞬間に蓮舫議員の政治生命は終わりを告げる。民進党は、実に胡散臭く、実にやばい人物を新代表に選んでしまった。
ついでながら記せば、蓮舫議員はこんなやばいことまで口にしていた。
「(日本と中華民国が断交した)一九七二年以降、私の国籍は形式上「中国」になっています。仮に中国の国内法では外国籍を取得した者は自動的に喪失をしているので、二重国籍にはなりません。また、日本と台湾は国交がないので、台湾籍を有していたとしても法的に二重国籍だと認定されることもありません」
蓮舫議員は、あたかも“台湾を国家として認めない”とでも言うような発言をしてしまった。
これに台湾政府が激怒したとも伝えられている。蓮舫議員は、父親の祖国をも敵にまわしてしまった。もし、台湾政府が蓮舫議員の台湾籍除籍を認めず二重国籍状態が続いたら、彼女は日本国籍を失ってしまうのだから。
蓮舫議員の嘘が見破られるにつけ、日本を誇りに思う、日本を愛しているといった発言が虚しく聞こえてしまうが、コラムニストの小田嶋隆氏は“蓮舫議員は好きではないが”と前置きしたうえで、彼女に非はないと言い、蓮舫議員の二重国籍を疑うこと自体がどうかしている、と産経新聞の記者を“常識外で不躾な質問”をした記者と切り捨てた。
〈この程度のミス(二重国籍)をことさらに問題視するのは、つまるところ、蓮舫議員という、かつて中国籍であった日本人と、はじめから日本の国籍を持って生まれてきた日本人を、別の日本人として扱おうとする人間である、と、自ら表明する行為にすぎない〉
この方はもうちょっと“読める”方かと思っていたが、二重国籍問題を差別問題に置き換えたあたりの思考に軽い失望を覚えてしまった。小田嶋氏はこうも書く。
〈自民党は、幾人か、この騒動に便乗した愚かな政治家が現れたようだが、全体としては、静観している。こういう点は見事だと思う。政治家としてずっと大人だ〉
自民党が静観しているのには理由がある。蓮舫議員は新代表に選ばれたが、代表選が繰り広げられている間に、自民党は公安や外事課、外務省を動かし、蓮舫議員の二重国籍の背景を徹底的に洗い上げていたはずだ。
台湾政府とも連絡を取り、蓮舫議員のパスポートの期限をはじめ、何らかの情報をつかんでいるだろうと思う。亡父が台湾に残した資産の有無や納税状況まで調べているかもしれない。そういった情報を民進党の新代表にぶつけるために静観の構えを見せているだけで、決して大人だからではない。
ともすれば蓮舫議員は議員資格を失うやもしれず、そのタイミングで安倍総理が衆院解散に持ち込めば、党の代表を失った民進党は議席数を大きく減らし大打撃を受ける……、だろうことは想像に難くない。
日本国籍を選んだのだから、蓮舫議員が私たちの同胞であることに変わりはない。でも、私は嘘つきは嫌いだ。党員・サポーターの郵送投票を締め切った直後に、本当は二重国籍でしたと真実を打ち明けるようなやり方も嫌いだ。
民進党が選んだのは稀代の嘘つきだったのか、それとも新時代を築く若きリーダーだったのか、答えはいずれわかる。
参考記事:産経新聞9月6日13日付
夕刊フジ9月9日付
時事コム9月11日付
Yahoo!ニュース9月9日付
日経ビジネスオンライン9月9日付
アゴラ9月3日付他
http://diamond.jp/articles/-/102150
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