http://www.asyura2.com/16/senkyo212/msg/812.html
Tweet |
2000年の「加藤の乱」で涙を浮かべた加藤紘一氏 (c)朝日新聞社
安倍一強支配をもたらした戦犯は加藤の乱を潰した面々である
http://xn--gmq27weklgmp.com/2016/09/15/post-5440/
15Sep2016 天木直人のブログ
加藤の乱を潰した張本人である野中広務が、加藤紘一の訃報知って加藤紘一を総理にさせたかったと涙しても、白々しい。
そのことを発売中の週刊新潮9月22日号に掲載されている特集記事「加藤紘一 日の当たらぬ15年」が、見事に証明してくれている。
もちろん、噴飯物は野中広務ひとりではない。
その記事に登場する与野党の政治家たちが、よってたかって加藤紘一を潰したのだ。
そして、そこに登場する与野党の政治家たちは、現役の政治家はもとより、野中のように現役を退いてもなおいまでも政治にしがみついて、メディアに登場しては政治を稼業にしている。
こういう連中が、与野党を超えて、結果として自民党政権を支え、そして、その行き着く先として、いま我々が目にする耐えきれないほど野党の崩壊と安倍一強支配の政治をもたらしたのだ。
もちろん、加藤の乱の失敗の張本人である、腰砕けの加藤紘一も、その一人である。
今週号の週刊新潮の「加藤の乱」の特集記事は国民必読の記事だ。
戦後70年のこの国の政治は、与野党の政治家たちの、権力欲と私欲に取りつかれた政争劇の繰り返しであり、加藤の乱の失敗こそが、16年後の安倍一強支配の始まりだったのだ。
野党全滅の張本人である民進党の代表選挙の最中に、加藤紘一が逝ったのは象徴的だ。
これまでの政治と決別し、有象無象の役に立たない政治家を排し、たとえ少数でも、身を捨てて国民のための政治を実現する本物の政治家による政治を実現させる。
それこそが新党憲法9条の目指すところである。
一人でもそういう政治家をこの国の政治に送り出すことができれば、そこから日本の政治は変わる(了)
◇
“寂しい幕引き”加藤紘一氏死去「総理にしたかった」と野中氏が涙〈週刊朝日〉
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160913-00000185-sasahi-pol
週刊朝日 2016年9月23日号
波乱の政治家人生を送った加藤紘一元自民党幹事長が9月9日、亡くなった。77歳だった。
「惜しい人を亡くした。加藤さんが幹事長の時、私は幹事長代理としてお仕えし、本当に魂の触れ合う仲だった。総理にしたかった政治家だった。足を引っ張られる形で政界を辞めなくてはならなかったのは悲しいこと。心からご冥福をお祈りしたい」
加藤氏の訃報を聞いた野中広務元官房長官(90)は、本誌の取材に声を詰まらせた。
加藤氏は山形県鶴岡市出身。東大卒業後、外務省に入省し、1972年の衆院選で初当選。防衛庁長官、官房長官、党幹事長など政府や党の要職を歴任し、宏池会のプリンスとして「将来の首相候補」として注目を集めた。
竹下登元首相が率いた経世会(現平成研究会)に対抗し、加藤氏は小泉純一郎氏、山崎拓氏と「YKK」を結成。「政官財と癒着している」として、当時の竹下・金丸支配に異議を申し立てた。
そんな政界のプリンスは2000年秋、森喜朗首相(当時)に反旗を翻し、辞任を迫った「加藤の乱」を起こしたが、直前になって不信任案の採決に欠席。加藤氏は一人で本会議場に乗り込む構えだったが、一番の子分、谷垣禎一前幹事長が「加藤さんは大将なんだから、行っちゃダメだ」と涙ながらに説得する場面はテレビで何回も放送された。
野中氏は当時、党幹事長で「加藤の乱」を鎮圧する側の責任者だった。
「あの時、私は止める側の幹事長でしたから、複雑でした。何とか思いとどまらせたかったが、結果的にその後の人生は狂ってしまったんだよね」(野中氏)
02年には元事務所代表の脱税事件の責任を取って議員辞職に追い込まれた。14選を目指した12年の衆院選で敗れ、政界を引退。最近では共産党機関紙「しんぶん赤旗」のインタビューで、安倍政権の集団的自衛権の行使容認を批判していた。
盟友の山崎氏は7月、『YKK秘録』(講談社)を出版。加藤氏が元気なうちに出版したかったようだ。
「終生の畏友であった加藤紘一氏の訃報に接し、強烈な衝撃を受けました。日本の政界がかけがえのない英智を失ったことを心より惜しむ次第です」
山崎氏はそうコメントを発表。YKKの中でただ一人、首相になった小泉氏は「YKKは友情と打算の二重奏です」と語ったが、いま残るのは友情に違いない。
投稿コメント全ログ コメント即時配信 スレ建て依頼 削除コメント確認方法
▲上へ ★阿修羅♪ > 政治・選挙・NHK212掲示板 次へ 前へ
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。