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「シン・ゴジラ」、私はこう読む
石破氏「シン・ゴジラは全然、リアルじゃない」
元防衛大臣が抱いた、自衛隊に防衛出動させた違和感(前編)
2016年9月2日(金)
坂田 亮太郎
日経ビジネスオンラインでは、各界のキーパーソンや人気連載陣に「シン・ゴジラ」を読み解いてもらうキャンペーン「『シン・ゴジラ』、私はこう読む」を展開しています。
この映画に対して政治家や官僚の姿などがリアルに描かれているという評価が多いのですが、石破茂議員の意見は全く異なります。8月19日付のブログには「何故ゴジラの襲来に対して自衛隊に防衛出動が下令されるのか、どうにも理解が出来ません」と書いています。
防衛大臣を務め、政界切っての「軍事通」である石破氏の真意は何か。前編・後編に分けて、たっぷりとお伝えします。
(聞き手は坂田 亮太郎)
※この記事には映画「シン・ゴジラ」の内容に関する記述が含まれています。
「シン・ゴジラ」が多くの国民から幅広い共感を得た理由を、どう捉えていますか。
石破:日本人はみんな、ゴジラが好きなんですね。ゴジラ以外にも戦艦ヤマトとかも、定番キャラとして大好きなんですよ。ゴジラが出てきたぞ、また映画になったぞ、というだけで話題にはなりますよ。
石破茂(いしば・しげる)氏
1957年生まれ、59歳。鳥取県八頭(やず)郡八頭町郡家(こおげ)出身。79年、慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、三井銀行(現三井住友銀行)入行。86年、旧鳥取県全県区より全国最年少議員として衆議院議員初当選、以来10期連続当選。農林水産政務次官(宮澤内閣)、農林水産総括政務次官・防衛庁副長官(森内閣)、防衛庁長官(小泉内閣)を経て、2007年に福田内閣で防衛大臣。国会では、規制緩和特別委員長、運輸常任委員長、自民党では過疎対策特別委員長、安全保障調査会長、高齢者特別委員長、総合農政調査会長代行等を歴任。その後も2008年に農林水産大臣、2009年に自由民主党政務調査会長、2012年に同幹事長、2014年に国務大臣 地方創生・国家戦略特別区域担当(2016年8月に退任)。趣味は、料理(カレーには自信あり)、読書(特に漱石、鴎外、井上靖、五木寛之、福井晴敏)、遠泳。好きな食べ物はカレーとコロッケ(写真:的野 弘路)
石破:今回のシン・ゴジラに対しては、観に行った人からいろんな反応がある。エンターテイメント作品として面白かったと言う人もいれば、これからの核政策を考える意味で非常に意義深いと言う人だっている。または、我々のように、安全保障政策を考える意味でこの映画を捉える人もいる。
いろいろと、突っ込みどころが満載の映画と言うことですね。
石破:そうそう、敢えてそういう作り方をされたんでしょうね。
8月19日付のブログの中で「何故ゴジラの襲来に対して自衛隊に防衛出動が下令されるのか、どうにも理解が出来ませんでした」と書かれていました。違和感を抱いた理由は何ですか。
石破:例えば…国家主権って何ですか?
それは…突き詰めれば、国民の命と財産を守るということ…ですか。
石破:小学校でも中学校でも高等学校でも、そして大学でも「国家主権とは何か」ということは全然、教わりません。国民主権は習いますよ。でも、国家主権とは何か、ということは日本の学校では教えません。
国家主権を守るということが独立と言うことです。国の独立を守るのが軍隊の仕事で、そこで発動されるのが自衛権なんです。自衛権とは国の独立を守るためのものなんですが、攻撃の主体は常に国または国に準ずる組織となる。これって基本中の基本なんですけれど、でも大学でも教わらない。
国家主権の三要素である「領土」と「国民」と「統治の仕組み」。この三つについては、国または国に準ずる組織に指一本触れさせてはならない。それは領土であり、国民であり、統治の仕組みを守ることが国の独立を守るということだからです。軍隊の仕事というのはただ一つ、国の独立を守ることです。そんな大事なことも、実は私も議員になるまで知りませんでした。
では警察とは何か。これは国民の生命と財産、そして公の秩序を守ることで、行使されるのが警察権です。従って、優れて、軍隊の作用というのは外国勢力に対して行われるべきものであって、国内において軍隊は機能するものではないのです。逆に、警察というのは、優れて、対内的な作用を果たすべきものです。対外的に警察権を行使すると言うことはあり得ないのです。
石破:軍であれ、警察であれ、実力組織であることに違いはありません。しかし、その2つは全く異なるものです。安全保障を語る上において、基本中の基本がほとんど誰も理解していない。だから私は、何故、ゴジラがギャーと暴れて、自衛権が行使されるのか全く分からない。
映画「シン・ゴジラ」の中では自衛隊に防衛出動が出されたが…©2016 TOHO CO.,LTD.
ゴジラは害獣であって、外国勢力とは言えないからですか?
石破:そうです。自衛権を行使するための三要件というのが法的で決まっています。我が国に対する国または国に準ずる組織からの急迫不正の武力攻撃があること。他に取るべき手段がないこと。その実力行使は必要最低限にとどめること。これが三要件です。映画で出てきた「防衛出動」というのは自衛権の行使に他なりません。だからこの三要件が満たされない限り、自衛隊に対して防衛出動が下令されることはあり得ません。
去年、安全保障政策が国会に提出された時にあれほど議論したのに、映画とは言え、なんであんな平気に、自衛隊が出動してしまうのか…
あのゴジラをどっかの国がリモコンで操っていれば…
シン・ゴジラは映画としてリアルだ、リアルだと評価されていますけど、自衛隊に防衛出動させる法的な部分が簡略化してしまっているということですか。
石破:いや、間違っているでしょ。だから、あのゴジラをどっかの国がリモコンで操っていれば、国または国に準ずる組織からの我が国に対する武力攻撃とみなせるので、自衛権の行使はまったく問題ありません。でも映画の中ではまったくその部分は描かれていません。そうすると害獣駆除で処理するしかない。イノシシとか、クマとか、そういう害獣を駆除するのと基本的には全く同じです。だからクマが爪でガーンと攻撃するのと、ゴジラが火を吐くのは一緒なんです。
国家とは何か、ということを別の言い方をすると、軍隊と警察という実力組織を独占する組織体だということです。これが国家なんです。マックス・ウェーバー流に言えば「暴力装置」なんです。かつて仙谷さん(由人氏=民主党政権における内閣官房長官)が言って大問題になったんですけど、仙谷さんはマックス・ウェーバーをちゃんと読んでいた。実力組織と暴力装置というのは、本質は同じです。要するに軍隊と警察という実力組織、マックス・ウェーバー流に言えば、暴力装置を独占的に所有する主体が国家です。だから国家とは何か、国家主権とは何か。警察とは何か、警察権とは何か。軍隊とは何か、自衛権とは何か。そういうことを整理する意味で、あの映画ってどうなんだろうねと言う議論は、あって然るべきでしょう、と思うのです。
で、ブログを書いたことで私のところに「お前はそんな暇なことを考えているのか」とお叱りを頂戴するわけです(笑)。いやいや、私はゴジラ退治をどうしようと言うことを申し上げたいのではない。国家とは何か、国家の独立とは何か。そういうことをきちんと整理しておかないと、憲法9条を改正して国防軍を持つとか、自衛権を行使するのはどうすべきかとか、そういう議論の本質が分からなくなると。
国権の最高機関である国会で、定義もきちんと分からずに議論すること。これは国民に対する冒涜だと、私は常に思っているんですよ。でも、そういう人がいっぱい、いるわけですよ、国会議員でも。
残念ながら、それが現実だ、と。
石破:それもある意味で、仕方がないことなんです。だって、大学に入っても法律についてきちんと学ぶことはほとんどない。私は法学部を卒業しましたが習っていない。国家公務員試験をパスして官僚になる人も分かっていない。経団連に加盟しているような大企業にお勤めの人も知らない。おそらく法曹界の弁護士でも、分かっている人はごく少数だと思いますよ。
そういう状況下で自衛権をどうするかなど、緊急事態に対応するにはどうすべきか、という議論に私は恐ろしく危惧しています。
政治家の行動原理は票とカネだから
石破事務所には防衛に関する書籍が並ぶ(写真:的野 弘路)
しかし、現実問題として北朝鮮のミサイルが今日、発射されるかもしれない。あるいは尖閣諸島の周辺では、今この瞬間も中国海警局の船が日本の領海に侵入しているかもしれない。そういう脅威に晒されすぎて、国民の方もその脅威にだんだんと麻痺してきた状況です。
石破:政治家はこの手の話はやりたがらない。だって、世の中に受けないからです。国防に関わる話をしても票にならないし、パーティー券も売れないんですよ(笑)。政治家の行動原理は票とカネだから。全員とは言わないが、大半がそうです。でも私は、そういう国家のベースとなるところをきちんと議論するのが政治家だと考えています。そのベースがあって、そこから農林水産分野だろうが、建設だろうが、文教だろうが何でもいいんですけど、票やカネにつながることをおやりになればいい。でもベースはやっぱり、国家の独立とは何かということでしょ、と。
我々自民党と民進党などでは立場や主義主張は大きく異なりますけれど、基本となる知識や用語について共通の理解がないと、まともな議論にならないのですよ。しかし現実には共通理解がないまま、感情的なやり取りだけが行われる。
とくに、去年の安保法制の議論には違和感を覚えました。
石破:おかしかったでしょ。国会の周囲にも「憲法9条を守れ」「戦争法案を許さないぞ」とデモをする方はたくさんいました。でも、基本的なことが国民に理解されないまま、数で勝る与党によって採決が進む。そんな状況だったので、当時、地方創生大臣だった私は「国民のご理解が進んだという自信がない」と発言したら、「貴様、安倍内閣の一員なのにそんなことを言うのか」と批判されました。でも、分かってないのは事実でしょ、と。
では憲法改正の議論の時はどうするか。国民投票ですからね、国民がきちんと中身を理解しないまま投票したらどうなるか。
Brexit(ブレグジット)の例もありますからね、その時の流れで極論に傾いてしまう恐れがありますね。
石破:国の独立を守るというのは容易なことではない。この国はなぜ、太平洋戦争という勝算のない戦争に突き進んでしまったのか。そこの検証と反省ってどれくらいできたんでしょうか、と思うんですね。当時の国民は、アメリカの工業力とか工業生産額とか、あるいは資源力とか。全然知らされていなかったわけでしょ。教わったのは「鬼畜米英」ということ。敵は鬼であり、獣だと。
また、アメリカは民主主義の国だから、最初にがーんとやってしまえば、厭戦気分が高まって有利に講和に持ち込めるぞと。要するに、正確な情報が国民に伝わらないまま戦争になってしまった。
では、今の日本でも正確な情報がきちんと国民に伝わっているのでしょうか。
それはメディアの問題でもあります。
軍事に詳しいと「軍事オタク」とか「軍事マニア」と言われる
「軍事オタク」と呼ばれても…(写真:的野 弘路)
石破:国防に関わる話って、優れて政策的な話であって、政局的な話ではない。これは私の不徳の致すところでもありますが、軍事に詳しいと「軍事オタク」とか「軍事マニア」とマスコミに取り上げられる。大体、迫害排斥の対象になる(苦笑)。
だけど医学に詳しい人が厚生労働行政に関わったとして、その人は「医学オタク」って言われることはあるでしょうか。
聞いたことがありませんね。
石破:鉄道や航空に詳しい人が国土交通大臣をやっても「鉄道オタク」や「飛行機オタク」とは言われないですよね、もっと好意的に専門家という扱いになります。軍事に関してだけは、オタクやマニアと言われ方をする。これはなぜかというと、その方がマスコミ的に面白い、受けるからですよ。
それは日本の教育に関わることなんでしょうね。日本では戦争について議論することはよろしくないという風潮がかつてありましたし、今も一部の人はそう考えています。
石破:でも、そういう人たちに限って、いざ有事になると振れやすい。超法規的にやれ、と。
(後編に続く)
石破氏:ゴジラを攻撃した戦車はどこから来たか
「シン・ゴジラ」、私はこう読む
元防衛大臣が抱いた、自衛隊に防衛出動させた違和感(後編)
2016年9月7日(水)
坂田 亮太郎
日経ビジネスオンラインでは、各界のキーパーソンや人気連載陣に「シン・ゴジラ」を読み解いてもらうキャンペーン「『シン・ゴジラ』、私はこう読む」を展開しています。
「シン・ゴジラ」を観て「何故ゴジラの襲来に対して自衛隊に防衛出動が下令されるのか、どうにも理解が出来ません」とブログに書いた石破茂・元防衛大臣。後編の今回は、ゴジラをきっかけに国家の有事について、もっと議論を深めるべきだと語った。
(聞き手は坂田 亮太郎)
※この記事には映画「シン・ゴジラ」の内容に関する記述が含まれています。
(前編はこちら)
国家の防衛について語る石破茂氏(写真:的野 弘路)
石破:小泉内閣時代、私は防衛庁(現防衛省)の長官を拝命しておりました。当時、北朝鮮のミサイル実験や不審船・工作船の銃撃事件などが起きました。そうなると国民からは「北朝鮮、討つべし」という世論が盛り上がる。国会答弁で、ある議員から「防衛庁長官、日本は北朝鮮と戦ったら勝てるのか?」と質問されたことがありました。
私は「北朝鮮に負けませんが、勝てません」とお答えしました。その意味するところは、自衛隊は陸も海も空も対外勢力からの攻撃を排除する能力は持っている。日米安全保障条約が発動して、日米共同体制で応戦することもできる。だけど、大変申し訳ないが、我が陸上自衛隊も、海上自衛隊も、航空自衛隊も、自衛隊だけで北朝鮮を攻撃するための能力は持っておりません。
そう答弁するとですよ、「一機100億円もする『F15』を200機も持っているのに何事だ」となる。たしかに一機100億円でございますが、それは(領空に入ってくる)敵の航空機を排除する能力を与えられているのであって、北朝鮮まで飛んでいって、向こうのミサイル基地を叩く能力なんて持っていない。
そもそも、今のままではどこに基地があるのかも分からない。飛んでいったら向こうの戦闘機だって応戦してくるでしょうし、対空ミサイルだって上がって来る。それを避けるために飛行すると、通常の水平飛行と比べて燃料消費量がものすごく多くなる。そうなると空中給油機を十分に持っていないと、そんな作戦は指示できないんですよ。当時、航空自衛隊は空中給油機を2機しか持っていませんでしたから。
しかもF15には対地攻撃能力もない。それでも行けとおっしゃるのであれば、神風特攻隊と何が違うんですか?あなたは航空自衛隊の能力を分かって言っているのですか?と、逆に私が質問したいくらいでした。法律も知らない。自衛隊の装備のこともよく知らない。でもそう言う人が圧倒的多数なのが、日本の現実なのです。
自衛隊の装備は充実していると、考えている国民は少なくないでしょうね。
石破:例えば映画でもそうです。神奈川方面からゴジラが東京にやって来た。すると多摩川の河川敷に、最新鋭の戦車がズラーッと並んでいたでしょう。あの戦車、どこから、どうやって来たんでしょうね。
映画「シン・ゴジラ」では首都東京を防衛するため、多摩川の河川敷に戦車部隊が展開した。©2016 TOHO CO.,LTD.
ロジ(兵站)はどうしたのか、と。
石破:本州にはあんな数の戦車がないんですけどね。日本では、最新鋭の戦車はだいたい北海道に配備してある。だからリアルさを追求するのであれば、北海道から多摩川までどうやって持ってきたのかも見たかった気はしますね。空輸するにも、日本は戦車を大量に運ぶだけの飛行機を持っていませんから。
だから私は防衛庁長官・防衛大臣の時代に、「戦車を600両も持ってどうするのだ?」と尋ねたことがありました。最新鋭の戦車を北海道ばかりに配備していることに対しても「ロシアが戦車で攻めてくる可能性があるのか?」「北海道で戦車同士が打ち合うことが本当に起きるのか」と聞きました。私の考えではゼロとは言えないけど、まず起こらない。
「大臣は戦車がお嫌いですか?」
では皇居があり、国会議事堂があり、霞ヶ関があり、丸の内がある東京はどうやって守るのか。もちろん東京だけが大事とは考えていませんが、首都中枢を守るのは国家防衛の基本の一つでしょう。北海道から戦車が駆けつける頃には、みんな終わっている。だからこそ、戦車ほど強くないかもしれないが、せめて時速100kmで走行できる装輪装甲車が要るんじゃないの、と。
そうしたら「大臣は戦車がお嫌いですか?」と言われました。でも好きとか嫌いとか、そういう問題じゃないだろうと。結局は機動戦闘車の導入に向けて動き始めました。配備されるまで10年かかりましたけどね。
石破事務所に飾ってある機動戦闘車の35分の1モデル。実際の16式機動戦闘車は52口径105mmライフル砲を装備しており、最高速度は時速100kmを誇る。防衛省は「機動戦闘車は、戦闘部隊に装備し、多様な事態への対処に優れた機動性及び空輸性により迅速に展開するとともに、大口径砲により敵装甲戦闘車両及び人員に対処するために使用するもの」と説明している(写真:的野 弘路)
石破:日本国は世界196カ国の中で唯一、核攻撃を受け、生物兵器の攻撃を受け、化学兵器の攻撃を受けました。広島と長崎で原子爆弾を落とされ、オウム真理教は生物兵器とサリン(化学兵器)でテロを仕掛けました。それらをまとめてNBC(Nuclear, Biological, Chemical)攻撃と言いますけど、私が防衛大臣だった当時、これらに対応する能力はまだ十分に持っていなかった。
Nについても、核兵器による攻撃が本当にないと言えるのか。核兵器はミサイルで飛んでくるだけではありません。「ダーティーボム」と言って、アタッシュケースに詰め込める核兵器だってある(注:爆薬などで放射性廃棄物など放射性物質をまき散らす兵器)。そういうものが使われる可能性は十分にあり得る。あるいは原子力発電所の事故だってあり得る。今から14年前に、私は防衛官僚とこう言う話をしていました。
そういう経緯から配備されたのが、NBC偵察車両です。
NBC偵察車の20分の1モデル。核・生物・化学兵器に対して、その被害を極限に限定するため早期に汚染地域の状況を解明する必要がある。NBC偵察車には汚染物質を検知・識別するための高性能情報処理機器も搭載している。最高速度は時速95km(写真:的野 弘路)
石破:そうした危機は明日、起こるかもしれない。それなのにゼロから研究開発していたら、配備までに10年はかかる。国産にしたい気持ちは分かるけど、BやCを使ったテロは明日、発生するかもしれない。米国や欧州には既にあるんだから、国産車両の準備ができるまで、外国のNBC車両を入れたらどうかと言いました。そうしたら「何をおっしゃいますか、大臣。外国のクルマはデカいので、日本の道路は走れません」と反論してきました。
「有事だから、道路交通法の適用除外できるのではないか」と私が問うと、「日本の法律では、そのようなクルマは走れません」の一点張り。結局、NBC車両が日本で配備されたのは福島第1原子力発電所の事故が起きた後でした。
一番活躍しなければならなかった時に、なかった。
石破:だから3.11で、戦車が出てきたでしょ。74式ね。ある程度の放射線防護能力があるので、放射性物質で汚染された瓦礫を撤去するために派遣されました(注:現地で訓練も行われたが、実際には使われなかった)。主力戦車の90式には、その能力はありません。あの時、NBC車両があったらと、今でも悔やみます。
相手は国または国に準ずる組織ではないけれど、3.11はまさしく有事でした。それなのに5年も経つと、その教訓が薄れかけてきている。
ゴジラに話を戻せば、法律的にどうなの?と思うところはあります。なんで最新鋭の戦車がこんなに多く、多摩川に配備されているの?とも疑問に感じました。それでも、国家に危機が訪れたときにどうすべきか、それを思索する場になれば良いと思いますよ。だから、ゴジラを観て、みんなで考えようというシンポジウムとかあったら、実に面白い。
「よく見ろ日本人、これが戦争だ」
虚構(ゴジラ)が現実(ニッポン)の課題をあぶり出す©2016 TOHO CO.,LTD.
今回、日経ビジネスオンラインでシン・ゴジラの特集を組んだのも、そうした狙いもあります。たくさんの有識者の方々に、シン・ゴジラを観て何を思ったのかを語っていただいています。映画はフィクションですけれど、これを機にいろんなことがきちんと議論される機会になったらいいなと、考えています。
石破:私は自民党の中で安全保障調査会長を務めたし、国防部会の中に防衛基本政策検討小委員会を作って、長らく委員長もやってきました。その時に題材にしたのが、この種の小説です。中でも私が一番好きなのは「亡国のイージス」(講談社)。福井晴敏さんが書かれた作品で、実に精緻な小説です。映画化の際に、自衛隊は陸・海・空とも全面協力をさせていただいたんです。
この映画には裏話があります。私が長官2年目の頃だったか、広報課長が私のところにやって来て、「亡国のイージスの映画化で自衛隊に撮影協力の依頼があったので断りました」と言ったのです。あぜんとしましたよ。それで彼に、亡国のイージスを読んだことがあるのかと尋ねたら「読んだことがありません」と。現職の護衛艦の艦長が艦を乗っ取り、北朝鮮の工作員と共に、日本国政府を脅迫するストーリーなので「そんな不名誉な映画に我々が協力することなんてできません」と言うのです。
私はこの小説を3回も読んでいました。遠洋航海に出る幹部候補生たちに「この本を読んだらいい」と渡したしたこともありました。危機が起きた時に日本がこうなってしまうということが、実に精緻に書かれている。書籍の帯には「よく見ろ日本人、これが戦争だ」と書いてある。まさに、その通りだと思いましたよ。
徹底的にリアリズムにこだわる石破茂氏(写真:的野 弘路)
石破:そういうやり取りを経て、映画の撮影には全面的に協力させてもらいました。さすがに艦長が護衛艦を乗っ取るのはまずいというので「副長にしろ」と指示したり(笑)。小説で1カ所だけ間違っていたのは、乗っ取られた護衛艦を沈めるのにF15が使われたことです。航空自衛隊が船を沈めるのに使うのはF2なので、そこだけは原作と映画で差し替えてもらいました。
ですから映画として、法律の面でも、装備の面でも完璧に出来ていたのは亡国のイージスだと私は思っています。ただ、今度のゴジラは、法律や装備の面でおかしいなということは百も万も承知で作っていると思いますよ。でも、ゴジラをきっかけに、日本の安全保障について様々な議論が巻き起こることは良いことです。
安保法制などもリアリティに基づいてもう一回、考え直さなければならない。そういうことですか?
石破:当然です。現実に、今の日本は軍事的な脅威にさらされている。これは主義主張にかかわらず、紛れもない事実です。今の法体系できちんと抑止力が働くのでしょうか。
抑止力というのは、兵隊が何万人いるだとか、戦闘機が何百台あるかということだけで決まるのではないのです。法律、装備、人員、そして運用。この四要素が揃って初めて、抑止力が働きます。
人材面で言えば、例えば海上自衛隊。3等海佐、2等海佐、1等海佐、海将補、そして海将。こうした幹部人材のリザーブ、予備役がほとんどいないんです。ゼロに等しい。航空自衛隊も同じようなものです。だから防衛大臣時代、彼らに対して「君たちは不死身かね?」と問い続けてきました。
弾に当たれば誰だって死ぬ
病気で倒れた時のことを考えろ、ということですか。
石破:いやいや、死ぬでしょう。弾に当たれば、誰だって。それが現実です。指揮官が死んだら、その軍隊はどうなりますか。バラバラになって、組織がきちんと動かなくなる。だからどの国も、リザーブは確保しているんです。だって、人は死ぬから。にもかかわらず、日本では幹部は死なないことを前提にしている。そんな縁起でもないことは考えたくない、と言うことなのでしょうか。
しかしそれでは実働できないのではないか。幹部も死ぬことを前提に予備役を置いてくれ、それが抑止力だろうと、防衛省の幹部には何度も、何度も言いました。
外国勢力が日本を攻めるとしたら、まず幹部が集まっているところを狙うでしょうね。
石破:だからと言って、日頃、民間に務めている予備役の人たちが突如として艦長ができるわけがない。でも市ヶ谷(防衛省の本部)で、あるいは海軍基地でデスクワークしている現役の海上自衛官がいる。そう言う人たちを前線に回して、後ろのロジ部分を予備役にやってもらう。十分に現実的なプランだと私は思いますけどね。
「幹部は死なない」という考えと、「憲法九条さえ唱えていれば日本は平和だ」と信じている人のメンタリティって、互いに通じるものがないでしょうか。もし憲法九条自体が抑止力になり得るのであれば、世界中の国が採用するんじゃないですか。でも現実には日本だけです。
日本の防衛により多くの人が関心を持ってほしい
「憲法九条を守れ」と言う人に限って、憲法九条の条文をきちんと暗唱できません。
石破氏は憲法九条の条文を、よどみなく暗唱した(写真:的野 弘路)
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
これが憲法九条の条文です。これで武力の行使と武力による威嚇は何が違うか。国際紛争って何か。「国権の発動たる戦争」と「武力の行使」は何が、どう違うのか。これをきちんと理解している日本人は、百人に一人もいないかもしれない。にもかかわらず、憲法九条を守れとおっしゃる。条文を暗唱できないし、言葉の定義もままならない。それで、どうやって、守るんですかと私は言いたいのです。
私は安全保障の仕事を20年以上してきましたが、あんまり進歩していないなぁというのが正直な感想です。
その意味で、ゴジラという皆が親しみやすい題材で、日本の防衛について改めて考えてみることは意義があるということですね。
石破:だと思いますね。日経ビジネスをお読みになっている方は世の中に影響力のある方も多いでしょうから、そう言う人たちにこそ興味を持ってもらいたいと思っているのですよ、日本の防衛について。
読者の皆様へ:あなたの「読み」を教えてください
映画「シン・ゴジラ」を、もうご覧になりましたか?
その怒涛のような情報量に圧倒された方も多いのではないでしょうか。ゴジラが襲う場所。掛けられている絵画。迎え撃つ自衛隊の兵器。破壊されたビル。机に置かれた詩集。使われているパソコンの機種…。装置として作中に散りばめられた無数の情報の断片は、その背景や因果について十分な説明がないまま鑑賞者の解釈に委ねられ「開かれて」います。だからこそこの映画は、鑑賞者を「シン・ゴジラについて何かを語りたい」という気にさせるのでしょう。
その挑発的な情報の怒涛をどう「読む」か――。日経ビジネスオンラインでは、人気連載陣のほか、財界、政界、学術界、文芸界など各界のキーマンの「読み」をお届けするキャンペーン「「シン・ゴジラ」、私はこう読む」を開始しました。
このキャンペーンに、あなたも参加しませんか。記事にコメントを投稿いただくか、ツイッターでハッシュタグ「#シン・ゴジラ」を付けて@nikkeibusinessにメンションください。あなたの「読み」を教えていただくのでも、こんな取材をしてほしいというリクエストでも、公開された記事への質問やご意見でも構いません。お寄せいただいたツイートは、まとめて記事化させていただく可能性があります。
119分間にぎっしり織り込まれた糸を、読者のみなさんと解きほぐしていけることを楽しみにしています。
(日経ビジネスオンライン編集長 池田 信太朗)
このコラムについて
「シン・ゴジラ」、私はこう読む
「現実(ニッポン)対虚構(ゴジラ)」。大ヒットとなった映画「シン・ゴジラ」(庵野秀明総監督)は、現実の日本に、ゴジラという虚構をぶつけることで、日本人、特に組織の中で生きる人間に対して、自らの弱さ、強さ、そして「仕事」を、強烈に意識させる作品になった。オトナとしてこの社会の中で生きている日本人たちに、それぞれの立場からの、シン・ゴジラへの読み解きを寄せてもらった。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/083000015/090600008
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