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小林節「自民党改憲草案を糺す」 <第8回>「三大義務」だけが現行憲法に明記されている理由
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/188499
2016年8月25日 日刊ゲンダイ 文字お越し
小林節慶大名誉教授(C)日刊ゲンダイ
勤労、納税、子女教育
自民党改憲草案12条は「……自由及び権利……を濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」と規定している。
まず、「権利を濫(乱)用してはならない」ということは、現行憲法12条にもあるように、当然の公理である。つまり、表現の自由を他者の人格攻撃だけのために用いる名誉毀損が許されない道理である。同じく、権利の行使が「公益及び公の秩序に反してはならない」ということも公理である。つまり、いくら表現の自由の行使であるデモ行進だとしても戦没者追悼式典を妨害してはならない道理である。これらは、権利をまっとうに行使する者の当然の「責任」である。
しかし、自主憲法制定推薦論者がしばしば語る「権利には義務が伴う」という考え方は要注意である。その代表的論者が「現行憲法には10以上の権利が書かれているのに義務は3しかない。これでは不公平である」と語るのを私も何回か聞いた。この論者は、だから愛国の義務、国防の義務等も加えてバランスを取れ……という立論になっていった。しかし、その論者は「憲法が何であるか?」ということが全く分かっていない。
憲法は、権力者の横暴を抑制して国民の人格的生存を守るものである。だから、憲法は国民に人権を保障するためのもので「権利」ばかり書かれていて当然なのである。加えて、勤労、納税、子女教育の三大義務に限り憲法に明記する必然性がある。つまり、現憲法の下で主権者(国の主)になった私たち国民には、働いて自分を養い、納税して国を支え、子女を教育して国の後継者を育てる責任がある。だから、三大義務「だけ」は憲法に明記されるべきものなのである。
その上で、改憲論者が好む愛国の義務、国防の義務、国旗に敬意を払う義務などは、その本質において良心の自由(憲法19条)に反する典型的な人権侵害である。国や国旗を愛するか? 兵役を好むか? などは本来、各人が自由に決めてよい事柄で、それを国家から法で強要されるいわれはない。それが自由で民主的な国家というものである。
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