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宮内庁の完全勝利!?天皇陛下「お気持ち」表明の舞台裏
http://diamond.jp/articles/-/99848
2016年8月26日 窪田順生 [ノンフィクションライター] ダイヤモンド・オンライン
NHKのスクープに端を発した天皇陛下の「生前退位」問題。当初、宮内庁幹部が全面否定し、その後に陛下ご自身が「お気持ち」を表明したというプロセスに、「宮内庁の対応は悪い」という批判も起きた。しかし、これまでの経緯を丁寧にひもとけば、実は宮内庁が仕掛けた、巧妙な情報戦であった可能性が浮かび上がってくる。
■NHKのスクープを全否定した宮内庁の広報対応は「場当たり的」なのか?
天皇陛下が「生前退位」を強く示唆した「お気持ち」を表されたことを巡って、宮内庁の「グダグダな広報対応」に一部から批判が集まっている。
宮内庁が陛下を慮ってお気持ちを代弁するのもNG、だからと言って、いきなり陛下がご自身でお気持ちを表明するわけにもいかない−−。スクープに端を発した一連のプロセスは、宮内庁上層部が用意周到に練った「情報戦」だった可能性がある 写真:NHKのテレビより
発端は、7月13日のNHKのスクープだ。
ここで初めて、「天皇陛下が、天皇の地位を生前に皇太子さまに譲る意向を宮内庁関係者に伝えられた」という報道がなされたわけだが、その日の午後8時半、宮内庁の山本信一郎次長は以下のように全否定したのだ。
「そうした事実は一切ない。陛下は憲法上のお立場から、皇室典範や皇室の制度に関する発言は差し控えてこられた」
「長官や侍従長を含め、宮内庁全体でそのようなお話はこれまでなかった」
山本次長だけではない。深夜に取材に応じた風岡典之長官も、「制度については国会の判断にゆだねられている。陛下がどうすべきだとおっしゃったことは一度もなく、あり得ない話だ」と全否定した。
宮内庁のツートップが揃ってここまで強気に出れば、国民としては「ああ、そうですか。じゃあNHKがやらかしちゃたのね」と思う。
が、それから3週間もたたぬ8月8日、陛下がビデオで「お気持ち」を表明。その後の記者会見で、風岡長官はしれっと「昨年から陛下はお気持ちを表明することがふさわしいのではないかと考えられていた」と述べたのである。
この一連の流れを素直に受け取れば、陛下の「お気持ち」を宮内庁内部の何者かがリークし、事無かれ主義の宮内庁幹部がそれにフタをしようと目論むも、陛下の強い意向を無視することができず結局、押し切られるように「お気持ち」表明をした――というストーリーが浮かび上がる。
実際、ネットではそのような立場に立った《天皇陛下「お気持ち」表明の裏で宮内庁が機能不全&暴走...丸投げされた首相官邸も困惑》(ビジネスジャーナル 8月9日)などの記事も出回っている。
「宣伝会議」などが出す、企業広報の教科書やマニュアルのようなものでは、こういう場当たり的な広報対応は、事態を悪化し、組織の存続すらも危うくさせる「悪手」とされる。
不正などの問題が内部の人間によってメディアにリークされた後、とにかく臭いものにはフタをしろとばかりに「そんなのガセですよ」と全否定するも、やがて言い逃れできないような事実が明らかとなり、「すいません、実は」と謝罪会見で社長が晒し者になるのは、ダメな危機管理広報の定番とされているのだ。
そのような視点に立てば、今回の宮内庁の広報対応は「悪い見本」という位置付けになるわけだが、個人的にはまったく逆の評価をしている。
■NHKにリークしたのは宮内庁の「オモテ」か「オク」か?
たしかに、セオリー的視点から見れば、宮内庁幹部の広報対応は場当たり的だ。しかし、「生前退位」という陛下のお気持ちを国民に届けるという目的遂行ということのみでいえば、実はかなり練りこまれた「戦略的な広報」だと言わざるを得ないのだ。
いや、むしろ、宮内庁という自由も権限もない組織の弱みを逆手にとって、政治的正当性を持ちつつも国民に広く知らしめるという、高度な世論形成をおこなっているのだ。
内部からのリークを必死に否定したのに、陛下ご自身の「お気持ち」表明で面目丸潰れとなった宮内庁の、一体どこに戦略があるのだ、と鼻で笑われるかもしれない。
ネット上の愛国心溢れる方たちの多くは、リークは「オク」からという説を信じているようだ。宮内庁は「オモテ」と呼ばれる官庁機構と、「オク」と呼ばれる陛下の身の回りのお世話をする侍従職がある。つまり、陛下の「お気持ち」をかねてから知っていた「オク」の一部の人が、事なかれ主義の「オモテ」に対して不満を感じ、NHKにリークをしたというわけだ。
また、「オモテ」の歴代トップには、警察庁、旧自治省、旧厚生省、旧建設省という内務系の事務次官クラスが就いていることに対し、「オク」は外務省の出向が慣例化していることから、かねてから両者のあいだには「溝」があるといわれている。そのパワーゲームが今回のリークにも結びついているのでは、という見方もある。
ともに官僚組織では十分ありえる話だが、今回の「生前退位」というテーマに限っていえば、「オク」からのリークである可能性は低い。実はNHK報道が出た直後、「毎日新聞」に興味深い続報が出ている。
《宮内庁関係者によると、検討を進めていたのは、風岡典之長官ら「オモテ」と呼ばれる同庁の官庁機構トップ2人と、「オク」と呼ばれ、陛下の私的活動も支える侍従職のトップ2人。皇室制度に詳しいOB1人が加わり、皇室制度の重要事項について検討。「4+1」会合とも呼ばれている》(2016年7月14日)
要するに、「オモテ」と「オク」は、一丸となって陛下の「お気持ち」を世に出すことを検討していたというのだ。いやいや、毎日のような「反日マスコミ」の書くことなど鵜呑みにできん、と疑心暗鬼となる方もおられるかもしれないが、この報道の信ぴょう性は高いと思う。
■誤報記事には容赦なく報復する宮内庁がNHKのスクープは完全にスルーした
その根拠は、抗議だ。
宮内庁は皇室報道で事実と異なる報道がなされると、厳しい抗議を行うことで知られている。過去には、取材時のルールを破った報道機関には、写真を提供しないなどの「報復」措置を取ったこともある。
また、「事実と異なる記事や、誤った事実を前提にして書かれた記事」があまりにも多いということで、2008年からはホームページで、「皇室関連報道について」というコーナーを設けて、週刊誌などを名指しして、事実ではない部分を指摘し、記事の訂正を求める文書を掲載している。
そんなカチカチの石頭のような宮内庁が、今回のNHK報道に関しては、何も抗議をしていない。長官、次官というツートップが明白に「事実ではない」と断言しておきながら、だ。
過去、宮内庁ホームページの「過去の皇室関連報道について」というコーナーでは、「生前退位」にまつわる報道が槍玉にあげられている。2013年6月、「週刊新潮」で風岡長官が安倍晋三首相に対して、天皇の生前退位や皇位継承の辞退を可能にするよう皇室典範の改正を要請したという記事に対する抗議と訂正を求めているのだ。
なぜ週刊新潮には厳しく抗議したのに、NHKには抗議しないのか。普通に考えれば、導き出される可能性はひとつしかない。
それは、NHKの「生前退位」報道を仕掛けたのが、実は先ほどの「4+1」会合である可能性だ。要するに、NHKと宮内庁が「裏で握ったスクープ」だったのではないかというわけだ。
元財務官僚の高橋洋一氏がよく説明しているように、官僚ほどメディア操作に長けた人種はいない。知識がなく、情報源もない記者に、「オタクだけですよ」と特ダネを握らせ、情報戦のコマとする。官僚の仕事には、世論や政界の反応を見るため、観測気球的な記事を仕掛けなくてはいけない場面が多々あるからだ。
そういう視点で、今回の一連の流れを振り返ると、随所に実に官僚らしい計算が込められている。
まず、NHKに「スクープ」という形で陛下の「お気持ち」を報道させる。宮内庁として「事実ではない」と否定をすれば、「どっちの言っていることが本当なのか」と国民の注目を集めることができる。そこで、陛下に「お気持ち」を表明していただく名目が立つ。つまり、NHKのスクープから全面否定、そして陛下の「お気持ち」表明は、宮内庁の「4+1」会合が描いたシナリオではないのだろうか。
■正攻法では生前退位問題を議論できず 陛下と政府の板ばさみに遭う宮内庁
いやいや、陛下に「お気持ち」を表明していただくことが目的だったら、ハナから宮内庁幹部がそういう場をつくればいいだけじゃないかと思う方もいるだろう。また、NHKをわざわざ否定するなんて、まどろっこしいプロセスも必要もないだろ、と首をかしげる方もいるかもしれない。
しかし、そんな“正面突破”的戦略を取っていたら、おそらく陛下に「お気持ち」を表明していただく、というところまでこぎつけるのは難しかっただろう。
まだ国民的議論が起きていないなかで、宮内庁が陛下に、皇室典範改正を示唆するような政治的発言を促すというのは、憲法的にあり得ないからだ。宮内庁幹部が陛下のお考えを慮って、それを代弁するというのもアウトだ。
実際、風岡長官は過去に政府から厳しいお灸をすえられている。
2013年9月、憲仁親王妃久子さまの、IOC総会への出席が急きょ決定された際、風岡長官が「苦渋の決断」として、「天皇・皇后両陛下も案じられていると推察した」などと発言したのだが、これを受け、菅義偉官房長官が、「宮内庁長官の立場で、両陛下の思いを推測して言及したことについては、私は非常に違和感を感じる」と不快感をあらわにしたのだ。
もちろん、これにはさまざまな意見があるだろうが、ここで大事なことは、官邸としてはたとえ些細なことであっても、宮内庁が陛下の「お気持ち」を察し、それを代弁するのを良しとしないということだ。宮内庁長官といえど、立場としては政府の一員である以上、これを無視はできない。ましてや「皇室の政治的利用」というのは、前政権の時から宮内庁と政府が対立するテーマなのだ。
2009年12月、鳩山由紀夫首相や小沢一郎民主党幹事長らは、中国側の要望を汲み、宮内庁長官への職務命令という形で、中国の習近平国家副主席と天皇陛下の会見を実現させた。この時の宮内庁長官だった羽毛田信吾氏が、「今後二度とあってほしくない」と政府を批判。小沢幹事長は以下のように応酬をした(肩書きはすべて当時)。
「内閣の一部局の一役人が、内閣の方針についてどうだこうだ言うのは憲法の理念、民主主義を理解していない。反対ならば辞表を提出した後に言うべきだ」
陛下の「お気持ち」と寄り添う宮内庁は、時として政府との間で板ばさみにならなくてはいけない。それを、身をもってあらわした羽毛田氏の姿を誰よりも間近で見ていたのだが当時、次長だった風岡氏なのだ。
宮内庁の役人が陛下の「お気持ち」を代弁することはできない。かといって、何もないのに、いきなり陛下自身に「お気持ち」を表明していただくこともできない。こういう状況のなかで、もし自分が風岡長官だったどうするか。
国民も官邸もすべての人が納得する形で、陛下自身が「お気持ち」を表明できるような状況を作り出すしかない。
■ここまでは宮内庁の大勝利か 「生前退位」反対勢力の反撃は?
どこかにスクープとして抜かせて、それを形式的に否定すれば、「真実を知りたいという国民の求めに応じる」という大義名分のもと、陛下ご自身に「お気持ち」を表明していただくことができる。政府に対しても、説明がつく。
今回、陛下の「お気持ち」表明で、国民から「あの人たち、なんなの?」と白眼視された風岡長官は、もともと国土交通省の事務次官。山本信一郎次長も、内閣府官房長時代は、文科省主催のタウンミーティングで「やらせ質問」をしたという不祥事の処理にあたった後、内閣府事務次官となった手練の高級官僚だ。
ご存じのように、官僚組織の頂点まで上り詰めるのは並大抵のことではない。官僚同士の足の引っ張り合いもあれば、実務的な政策を進めれば良いというものではなく、政局との調整も行わなくてはいけない。「あちらの顔を立てつつ、こちらの顔も」という綱渡りをするために、先ほど述べたように、メディアを手駒にして、「情報戦」を繰り広げるのだ。
そういう「駆け引き」を30年以上も続けてきた風岡・山本両氏が、今回のように素人が見ても「悪手」だとわかるような、稚拙な広報をするだろうか。陛下が「お気持ち」を周囲に漏らしていた事実があるにもかかわらず、それを「事実ではない」などと場当たり的な発言をするだろうか。
普通に考えれば、するわけがない。
菅官房長官からチクリとやられる1年3ヵ月前、風岡氏は宮内庁長官に就任した。前任の羽毛田氏から「皇室典範改正」という重い宿題を課せられてスタートした風岡氏は、就任会見では、心臓バイパス手術を受けられた陛下の体調を慮り、最優先課題として以下のように述べた。
「天皇、皇后両陛下と皇族方の健康維持は国民の願いで何より優先すべき課題。公務へのお気持ちや仕事の重要性を踏まえながら、医師と相談して負担軽減を考えていきたい」
これを踏まえると、今回の一連の動きは、皇室典範改正に消極的な安倍政権に対して、なによりも陛下の健康を重視する宮内庁幹部が仕掛けた、政府に対する「ゆるやかな謀反」と見えなくもない。
今回、一部の「保守」の方たちからは「生前退位」について否定的な意見が出ているように、日本の政治勢力のなかには、天皇陛下の「お気持ち」より、「国体維持」を何よりも優先しようという者もいる。いい悪いは別にして、それは戦前から今も脈々と続いている。
自由にものを言えぬ立場を逆手に取って、憲法に抵触することなく、陛下に「お気持ち」を表明していただいたというところまでは、まずは宮内庁側の大勝利だ。
しかし、「国体維持」を掲げる勢力も、このまま黙って引き下がるわけにはいかないはずだ。宮内庁が次にどんな一手を打つのか、注目したい。
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