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※日経新聞連載
[迫真]暗闘 農政改革
(1)レクサス農機は必要か
3月30日、自民党本部で開いた農林族幹部による非公開会合「インナー」。党農林部会長、小泉進次郎(34)の突然の発言が場の空気を変えた。
「農協別の農薬の価格差を調べた。これから公表したい」
血相を変えた参院議員の野村哲郎(72)が待ったをかけた。「価格差にはそれぞれ理由がある。分析をしないで出せば数字が独り歩きする」。小泉は聞き入れなかった。
青森1621円、山形860円――。その後の部会小委員会で公表されたリストでは、同じ殺虫剤でも農協別の価格差は最大2倍。「高い農薬を買わされていた青森や秋田の農家は驚くだろう」。リストをみた農林族の西川公也(73)も思わずつぶやいた。
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環太平洋経済連携協定(TPP)の大筋合意を受け日本の農政が岐路に立っている。世界市場で成長の道をみつけるか、関税障壁を失い国内市場を侵食されるか。「攻めの農林水産業に転換するための体質強化など万全の措置を講じる」。首相の安倍晋三(61)は7日に審議入りした衆院TPP特別委員会で訴えた。
だが、補助金漬けの高コスト体質を変えなければ、多額のTPP対策費はムダになりかねない。
「補助金があるから700万円ではなく1000万円のトラクターを買いましょう」。千葉県の農家は昨年、新しいトラクターの購入時に農機メーカーの営業マンから提案された。年に3〜4カ月ほどしか使わなくてもエアコンやステレオが付き「レクサス農機」といわれることもある。
2015年度補正予算に盛りこまれた緊急のTPP対策費。畜産向けには、自動搾乳マシンなどのリース料を補助する予算が前年度補正に比べ3倍の610億円ついた。
「補助金はくじ引きで利用者が決まった」。北海道の牧場経営者、斉藤和弘(39)は話す。やる気がある農家かどうか事業計画の審査は曖昧。自動搾乳マシンの価格はなぜか各メーカー横並びの1台2500万円だ。
「農業協同組合(JA)とメーカーが結託し、補助金にぶらさがる構図が農業の競争力を奪ってきた」。小泉は訴える。多くの農家は価格が高くても慣習によりJAが仕入れた農機や資材、農薬を買わざるを得ない。
農林水産省によると、コメ60キログラムを生産する費用は韓国が8500円、日本は1万5000円。内訳は農機具が韓国の5倍、肥料は2倍、農薬は3倍だ。小泉は明るみに出てこなかった「不当な価格や取引」の実態を公表。資材調達での自由競争を促そうともくろむ。
JA側の反発は強い。「農機や肥料を仕入れて農家に売る事業はもうかっていない」。JA全農常務理事の山崎周二(61)は3月23日、メディアを集め決算書を示し抗議した。15年3月期の事業収益は5兆円だが事業損益は約36億円の赤字。改革圧力をかわす狙いだ。
7月の参院選を控え選挙区からの突き上げも強まる。「野党との戦いはぎりぎりだ。もっと農業支援を打ち出して」。自民党新潟県連幹事長の小野峯生(63)は3月12日、自民党本部で選挙対策委員長の茂木敏充(60)に懇願した。最大の票田は農協だが、小野は「TPPのせいで市町村の組合長は自民を応援しないと言っている」と嘆く。
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巨額のTPP対策費をあてこみ、先祖返りする動きもある。「当選後は必ず予算を獲得します」。3月24日、福島県で開かれた県土地改良事業団体連合会(土改連)の総会。参院選に組織内候補として自民から出馬する進藤金日子(52)は声を高めた。
農村の公共事業を手掛ける土改連が組織内候補を出すのは9年ぶり。狙うのは1993年の多角的貿易交渉「ウルグアイ・ラウンド」合意に伴う農業対策費の再来だ。
当時の農林族が勝ち取った対策費は6兆円。「使い道がわからず多くを土地改良に回した」。当時の農林族で元農相の谷津義男(81)は語る。
「進次郎は風呂敷を広げすぎたな」とベテラン農林族。部会は秋をメドに提言をまとめる。「それまでに風呂敷をたたませる」。一方、小泉自身もJAや企業、農水省は「抵抗勢力」として攻撃するが、ぬるま湯につかってきた面もある個々の農家への言動は慎重だ。
◇
ウルグアイ・ラウンド合意から23年。政府は71兆円の予算をつぎ込んだが農業生産額は年11兆円から8兆円に減った。自民は自らの票田に痛みを迫り、いつか来た道を避けられるのか。課題を検証していく。
(敬称略)
[日経新聞4月12日朝刊P.2]
(2)100兆円はどこに
4月1日、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の新理事長に高橋則広(58)が就いた。「マーケットで極めて認知度の高い方」と厚生労働相の塩崎恭久(65)。「日本最大のヘッジファンド」とよばれる農林中央金庫の元債券投資部長だ。だがそのヘッジファンドとしての農中のあり方が問われている。
JAの経営は金融事業が支える
農林水産省3階の大臣室。1月19日、農相の森山裕(71)が珍しく声を荒らげた。
農水官僚が前日の自民党農林部会の内容を説明した時のこと。森山が「農林中央金庫の話は出なかったのか」と尋ね官僚が「出ませんでした」と答えたのに怒った。「じゃあなんで新聞に出ているんだ」。省内には「大臣は相当に農中の件を気にしている」との見方が広がった。
発端は農林中金をめぐる1月13日の小泉進次郎(34)の発言。「農中は農家のためにならないならいらない」。茨城県での視察後、記者団にぶちあげた。
「96兆円もの資産があるのに農業融資は貸出全体の0.1%。お金は他の金融機関に回せばいい」。農業金融を担う農中は法人税率が低いなど優遇があるが、実際の運用は金融資産に集中し2015年度の外国債券保有残高は約35兆円。「その資金を農業に活用できれば年2〜3兆円ある農業向け財政負担を減らせるはず」。小泉は訴える。
農中は危機感を強める。茨城県のJA土浦中央支店。貯金やローンの窓口が並ぶが「営農指導」の看板はずっと奥。08年のリーマン・ショック時の投資の失敗で1兆5000億円強の含み損を抱えJAの資金で穴埋めした。その後、農業金融の拡大を打ち出したが進んでいない。
3月2日、農中職員らが参加した仙台市内の研修会。「昨日も今日も銀行の人は通ってきた。地銀には農業経営アドバイザーがいる。農協も人材を育てるべきだ」。講師を務めた大郷グリーンファーマーズ社長の郷右近秀俊(53)は訴えた。
農中側は小泉の理解を得ようと躍起だ。「法人税率が民間銀行と同じになってもやむを得ない」。農中理事長の河野良雄(67)は譲歩姿勢を示す。「きちんと説明したい」。1月下旬、農中専務理事の大竹和彦(56)は自民会合の終了後、帰ろうとする小泉に追いすがった。だが、小泉は応じず、小泉と農中側の面会は今も実現していない。
総資産100兆円。メガバンクに継ぐ巨大な「農業金融」を巡り神経戦が続く。
(敬称略)
[日経新聞4月13日朝刊P.2]
(3)やめるか、やめないか
4月上旬、自民党が札幌市内で開いた衆院北海道5区の補欠選挙対策会議。「また俺たちをだますのか」。突然、怒気をはらんだ声が響いた。
声の主は5区内にある新篠津村農業協同組合長の西井通泰(63)。政府の規制改革会議が8日に提言した生乳の流通自由化に反発した。同組合は今も環太平洋経済連携協定(TPP)に反対している。自民参院幹事長の伊達忠一(77)は「参院で反対決議を出す。安心してほしい」とあわてて場をおさめた。
生乳の流通は国が指定した10農協が一手に担う。約50年前に牛乳の安定供給のため作られた制度だ。参加しない農家は国の補助金がもらえない。乳業メーカーとの交渉や出荷先、生産計画の決定権は農協が持つ。
「もっと自由に生産、流通できれば酪農は成長産業になる」。規制改革会議は訴える。一方、農協側は輸送コストの軽減や価格交渉力の向上を主張する。
6日、農林水産省大臣室。北海道の指定団体、ホクレン農業協同組合連合会会長の佐藤俊彰(67)は農相の森山裕(71)に強く訴えた。「指定団体がないと酪農は崩壊する」。森山もうなずいた。「同じ思いだ」
農家の間では意見は割れる。乳牛650頭を飼う北海道幕別町の田口広之(56)は2年前から農協に属さない「アウトサイダー」となった。価格交渉も増産計画も自前。補助金はもらえなくなったが手取りは増えた。「経営規模まで指図される状況には戻りたくない」と語る。
「やめるか、やめないか」。稚内市で乳牛120頭を飼う大硲秀男(79)は提言を聞き同業者と話した。ホクレンの出荷価格は運賃も含み全道一律。稚内は主要港から遠い。「運賃コストが高くなりどこにも買ってもらえなくなる」と懸念する。
指定団体のない他の農産物も農協が流通を仕切る構図は似ている。「これじゃまともな経営にならないだろう」。千葉県の農業法人、さんぶ野菜ネットワーク事務局長の下山久信(70)は農協の単価表を見てつぶやく。手数料や農薬代で、中型トラックいっぱいのニンジン5トンを売っても手取り7万円。付加価値の高い有機野菜を作るさんぶは自主流通を確保できるが、一般の農家はコメの補助金や兼業に傾いてもやむを得ない状況だ。
生乳取引の自由化は、農協を通じた硬直的な流通改革への試金石だ。意欲ある農家への自由化か、弱い農家の保護か。選択を迫られている。
(敬称略)
[日経新聞4月14日朝刊P.2]
(4)農水省外しは陰謀だ
10日、北海道十勝にある中札内村。自民党の農林水産戦略調査会長、西川公也(73)は地元農家らへの講演で7月の参院選に向けた政策を明らかにした。
「飼料用米を安心して作ってもらうため、党公約に補助金予算の恒久化をめざすと書く」
主食米の生産調整(減反政策)を18年に廃止する――。首相の安倍晋三(61)が表明したコメ政策の大転換に、早くも「骨抜き」の兆しがみえている。減反政策の廃止には国主導でつりあげてきた米価を下げ、海外産品との競争力をつける狙いがある。だが農林水産省は代わりに飼料用米への補助金拡大に走った。16年度予算は3078億円。飼料用米を作らせ、主食米を減らす「事実上の減反政策」だ。
「18年産以降も枠組みは当然必要になる」。7日の自民会合で、農水省幹部は補助金が継続する可能性を示唆した。予算確保の実績づくりへ幹部らは全国キャラバンで生産拡大を訴える。3月には「飼料用米の多収を競うコンテストを開く」と農相の森山裕(71)が発表した。
競争力強化に逆行する補助金には農林族からも異論が出る。「10アールで最大10万5000円の補助金を未来えいごう払うのは無理だ」。農林族幹部の江藤拓(55)は7日の会合で発言した。
骨抜きは減反政策だけではない。2月18日、自民党本部の1室に農水省幹部と農林族が集まり内閣府幹部を責め立てた。「陰謀を張り巡らせた」「なぜ農水省に相談しなかったのか」
反発したのは、2月5日の国家戦略特区諮問会議での安倍の発言。企業の農地所有への規制緩和を「最終的に私の判断で法案に盛り込みたい」と語った。農水省側には寝耳に水だった。
農水省はすぐに巻き返しに出た。特区は受け入れつつ「担い手が著しく減り耕作放棄地が拡大している地域限定」など厳しい条件だらけの案を作成。西川が2月24日、官房長官の菅義偉(67)に持ち込み了承を得た。「10の特区で当てはまるのは兵庫県養父市だけ」と西川は語る。
予算確保と票田維持。利害を同じくする農水省と農林族は共同で参院選の公約づくりを進める。民主党政権で減った農業土木予算の拡大などが軸。競争力強化より政府介入や予算ばかりが増える政策が続く。環太平洋経済連携協定(TPP)発効後も日本の農業は生き残れるのか。農政を巡る暗闘の行方は日本の将来を左右する。
(敬称略)
羽田野主、小太刀久雄、福岡幸太郎、古賀雄大が担当しました。
[日経新聞4月15日朝刊P.2]
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