現在、多くの国が憲法に緊急事態条項を定めている。緊急事態条項は、平時の憲法下での対応に限界がある緊急時にも法の支配を保ちつつ、迅速な対応を可能にして、結果として国民の安全を最大限確保するためのものである。多くの国で緊急事態条項は採用されているが、ヒトラーのような独裁者が生まれる原因にはなっていない。また、現在のドイツにも緊急事態条項があるが、それによって独裁政権が誕生する危険を心配しているドイツ国民がいるとは聞いたことがない。自民党草案の緊急事態条項が独裁に結びつく懸念があるというのなら、理由としてどのような欠陥があるのか具体的に明示する必要があるが、この報道では逆に自民党草案にある暴走防止の条項の存在にすら触れていない。これは大変アンフェアではなかろうか。 「緊急事態条項」は多くの国が憲法に記載している。国家の平和と独立を脅かす緊急事態に、一刻も早い事態対処が必要と判断される場合において、平常時と異なる対応の仕方をあらかじめ憲法に規定しておくことで、迅速な対処を可能にするとともに、緊急事態において行政主体が行える措置の際限や、議会による牽制措置などがあらかじめ定められていることによって「法による支配」を保ち、国民全体の安全を可能な限り確保するという意義があるので、多くの国で採用していると考えられる。 緊急事態条項は独自法として作ればいいとも言われているが、緊急事態条項の根本精神は、緊急時の場合、公権を私権に優先させるということで、その精神を憲法が許容するかどうかがポイントになる。もし独自法で制定する場合、やれ憲法違反だと何かと反対を受けて中途半端なものになりかねない。 憲法とは本来、外に向けては国の安全保障、内に向けては個人の権利保障、それらを実現するための定めだ。公権と私権のバランスを定めるものでもある。だから憲法で、「緊急事態の場合、私権の一部制限もありますよ」と定めておいたほうがいい。だからこそ、どこの国でも憲法に入れている。 2016年3月27日 / 最終更新日 : 2016年3月29日 お知らせ 報道ステーション”ワイマール憲法特集”徹底検証 http://housouhou.com/archives/719 報道ステーションが自民党憲法改正草案の「緊急事態条項」と、ワイマール憲法の下で成立したナチスによる独裁とを結びつける特集企画を報道。 「強いドイツを取り戻す」「この道以外にない」など、ヒトラーのセリフと安倍総理の掲げる標語とを重ね合わせた。 しかし、実際には、世界の数多くの国が「国家緊急事態条項」を採用(少なくとも、1990年以降に制定された102カ国の憲法には、すべて「国家緊急事態条項」が存在)している。 今般の内容は、極めて悪質な「事実の曲解」および「印象操作」であり、放送法4条違反どころか、もはや「報道」と呼べるものではない。安倍総理とヒトラーを重ねる印象操作そのものを、報道ドキュメンタリー風に味付けした、恐ろしいプロパガンダである。 安倍総理がヒトラーなのではない、古舘伊知郎氏こそがゲッペルスではないか?! 本報道の賛否比率(緊急事態条項に対して) 賛成:9%(69秒)、反対:91%(665秒) 番組:報道ステーション(テレビ朝日) テーマ:「憲法改正の行方・・・『緊急事態条項』・ワイマール憲法が生んだ独裁の“教訓“」 放送日:2016年3月18日(金) 出演者:古舘伊知郎(メインキャスター)、小川彩佳(サブキャスター)、 長谷部恭男(早稲田大学教授・コメンテーター) ◆ポイント1 ◯古舘(開始0:00〜0:04) 「さて、次はコマーシャルを挟んで、特集参ります。」 ・本編開始直前のCM入り前の映像では、日本の憲法改正と独ヒトラー独裁とを結びつけるかのような場面が流れる。 ・ヒトラー演説映像1回目。 ◆ポイント2 ◯古舘(1:11〜2:11) 「日本、憲法改正というものが徐々に徐々に視野に入ってまいりました。ならば、あの『緊急事態条項』から動いていくのではないか、ということに関して、もっともっと議論が必要なのではないか。その場合に、専門家の間ではドイツのあのワイマール憲法の『国家緊急権』。この教訓に学ぶべきだという声がかなり上がってきているのも事実であります。その国家緊急権を悪用する形で結果ナチの台頭があった。(中略)もちろんですね、日本で、ナチ、ヒトラーのようなことが起きるなんて到底考えておりません。しかしながらですね、将来、緊急事態条項を、日本で悪用するような、想定外の変な人が出てきた場合、どうなんだろうということも、考えなければという結論に至りまして、私一泊三日でワイマールに行ってまいりました。」 ・CM明け冒頭、特集タイトルのテロップおよび古舘キャスターコメントからも同様に、独ワイマール憲法においてヒトラーが「悪用」した「国家緊急権」と、憲法改正により創設が目される「緊急事態条項」の危険性とを結びつけるかのような「印象操作」が伺える。 勿論、古館氏の言う通り、憲法に「緊急事態条項」が創設させるならば、その設定条件を慎重に議論することが必要不可欠なのは言うまでもない。 しかし、これから逐一検証するように、この番組は、自民党改憲案による「緊急事態条項」を丁寧に紹介したり検討することを全くしていない。その代り、ヒトラーやナチスの画像を多数紹介することで、あたかも安倍総理、自民党の改憲がヒトラー的な危険さを内包しているかのような印象操作を重ね続ける。 これは、ドキュメントでも真面目な考察や討論番組でもなく、報道の名を借りた悪質極まるプロパガンダである。 ・なお、「印象操作」に該当するか否かの判断手法については、「テレビ朝日ニュースステーション所沢ダイオキシン報道訴訟」に関する最高裁判決(平成15年10月16日)にて明示されている。 ★最高裁判決のPDFはこちら★ http://housouhou.com/wp/wp-content/uploads/2016/03/5fd8f28880811003e944ceebc0214773.pdf <最高裁判決(平成15年10月16日)> 「テレビジョン放送をされた報道番組によって摘示された事実がどのようなものであるかという点についても,一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として判断するのが相当である。」 「当該報道番組により摘示された事実がどのようなものであるかという点については,当該報道番組の全体的な構成,これに登場した者の発言の内容や,画面に表示されたフリップやテロップ等の文字情報の内容を重視すべきことはもとより,映像の内容,効果音,ナレーション等の映像及び音声に係る情報の内容並びに放送内容全体から受ける印象等を総合的に考慮して,判断すべきである。」 ・その後の特集VTRは、独ワイマールの国民劇場前に立つ古舘キャスターの映像を皮切りに「当時世界でも最も民主的と言われた」ワイマール憲法が制定された国民劇場が、わずか7年後にはナチス党大会の場所となってしまった、というコメントからスタートする。 ・本特集VTRの監修・協力は下記の通り。 監修:東京大学大学院 石田勇治教授(ドイツ現代史研究) 協力:首都大学東京 木村草太准教授(憲法学) 学習院大学 高田博行教授(ヒトラー演説研究)ほか ◆ポイント3 ◯古舘(4:10〜4:57)(※声のみ。映像はヒトラー演説シーン等) 「アドルフ・ヒトラー、ナチ、国民社会主義ドイツ労働者党を率いて独裁体制の元、第二次大戦を引き起こして、ユダヤ人の大量虐殺という大惨事を産んだ。でもヒトラーというのは軍やクーデターで独裁を確立したわけじゃありません。合法的に実は実現しているんです。実は、世界一民主的なはずのワイマール憲法の一つの条文が独裁につながってしまった。そしてヒトラーはついには、ワイマール憲法自体を停止させました。」 ・ヒトラー政権は合法的に誕生し、そして憲法自体を停止したと説明。 ・ヒトラー演説映像2回目。 ◯古舘(4:57〜5:12) 「ヒトラー独裁への経緯というものを振り返っていくと、まぁ日本はそんなふうになるとは到底思わない。ただ、今日本は憲法改正の動きがある、立ち止まって考えなくちゃいけないポイントがあるんです。」 ・これは明らかに、日本の憲法改正が、ヒトラー独裁のような事態を引き起こす可能性を秘めているという「印象操作」である。こんな極端な仮定をするからには自民党、安倍首相の憲法改正方針がよほど悪質な独裁へのトリックを含んでいることを証明せねばならないはずだ。 報道ステーションはそれをしているのか? ・ヒトラー演説映像3回目。 ◆ポイント4 ◯古舘(6:16〜6:44) 「そういう中でヒトラーは、経済対策と民族の団結を前面に打ち出していった。そして表現がストレートだった。強いドイツを取り戻す、敵はユダヤ人だ、と憎悪を煽った。演説が得意だったヒトラーというのは反感を買う言葉を、人受けする言葉に変えるのがうまかった。例えば、独裁を決断できる政治、戦争の準備を平和と安全の確保、といった具合です。」 ・当時ナチが経営し、会議室として利用していたホテルの客室バルコニーから、古舘キャスターが当時のヒトラーと同様のポーズで、カメラに向かい熱弁を振るった。 ・ここで古館氏が用いている「強いドイツを取り戻す」という表現(翻訳)は、安倍晋三首相が好んで用いてきた「日本を取り戻す」あるいは「強い日本、強い経済を取り戻す」などといった言葉を強く想起させる。「平和と安全の確保」は、昨年可決された「平和安全法制」(安全保障法制)を、また「決断できる政治」は安倍首相の政治姿勢を連想させる。そうした連想作用を視聴者に促すことを明らかに意図した「戦争の準備」=「平和と安全の確保」、独裁=「決断できる政治」というテロップは、明白にそうした連想を意図した悪質な印象操作であろう。安倍首相がヒトラーのように独裁を目指しており、戦争の準備をしているかのような印象を与え得る。 言うまでもないことだが、「強い自国を取り戻す」、「平和と安全を確保する」、そして「決断できる政治」は、歴史上殆どの国家指導者が主張してきたことであり、それをもってヒトラーとの類似性を指摘することができるとすれば、チャーチル、ケネディ、アイゼンハウアー、サッチャーを始め、あらゆる重要な政治指導者に対して同じ指摘が可能となってしまう。 このように根拠なく自国の首相をヒトラーになぞらえることは、悪質な印象操作・事実をまげた報道であるだけではない。 ヒトラー及びナチスは、国際社会に於いて最大の悪の代名詞であり、ドイツ、フランスなどではそれを賞賛するだけで刑事罰の対象である。安倍首相をそのような存在になぞらえた今回の報道の画像が不完全な翻訳と共に流出した場合の、日本および安倍政権への打撃は極めて大きい。 安倍総理個人に対する名誉棄損ではなく、日本の議会制民主主義、日本国民への重大な名誉棄損であり、テレビ朝日経営陣と制作責任者、古館氏が、何らかの釈明、謝罪をしない限り、法的な対処、国会への請願を含め、あらゆる形で責任追及の声を挙げねばならない。 ・ヒトラー演説映像3回目。 ◆ポイント5 ◯古舘(7:08〜7:53) 「ヒトラーの腹心、ヘルマン・ゲーリングも後にその手法を語っている。国民は指導者たちの意のままになる、それは簡単なことで自分たちが外国から攻撃されていると説明するだけでいい。平和主義者に対しては愛国心がなく、国家を危険に晒す人々だと批判すればいいだけのことだ。この方法はどこの国にも同じように通用する。ヒトラーの息遣いはどんどん大きくなっていった。ただ、ドイツの憲法は世界一民主的なあのワイマール憲法ですよ。独裁なんていうものは許されるわけがないんです。」 ・ゲーリングが語るヒトラーの手法として「自分たちが外国から攻撃されていると説明するだけでいい」という紹介は、現在の中国の脅威に対する日本政府の姿勢を臭わせる 。 ・また、「平和主義者に対しては愛国心がなく、国家を危険に晒す人々だと批判すればいいだけのことだ」という台詞については、現代日本における保守陣営による「空想的平和主義」批判をゲッペルスの発言と重ね合わせる印象操作と言えよう。 ◆ポイント6 ◯古舘(7:53〜9:13) 「じゃあ、ヒトラーはどうしたんだ、と。実は使ったのはワイマール憲法の第48条、「国家緊急権」というやつなんです。これがポイントです。これは国家が緊急事態に陥った場合に、大統領が公共の安全と秩序、これを回復するために必要な措置をとることができる、大統領がなんと一時的にはなんでもできちゃうという条文だったわけです。この条文が実はヒトラーに独裁の道をついに開かせてしまった。じゃあ、なんでそもそもこの条文が入っていたのかと言いますと、憲法を当時作った人たちがですね、国民の普通選挙による議会制民主主義というものを実は、まだ完全には信用していなかったんですね。国民の男女平等選挙による議会ってのは初めてのことですから、言ってみれば憲法を作ろうとした人たちが、まさにこのぎっしり詰まったソーセージのように、疑いをぎっしり詰め込んでいたということなんです。庶民は全く信用されてなかったということなんですね。でも、ヒトラー以前にはこの条文は何回も実は使われていたんです。議会が紛糾して全く動かなくなる、さぁどうしよう、法律を通さなきゃいけないという時には何回もこれは使われていた。 ・ヒトラーが独裁を成し遂げるために利用したのが、ワイマール憲法の「国家緊急権」であると紹介。 ・古館氏は、「ワイマール憲法における国家緊急権を決めた理由は、当時の政府要人たちが民衆を信用していなかったことだ」と言うが、それでは現在、多くの国が憲法に定めている緊急事態条項も、国民を信用していない政府が定めたのだろうか。そうではなく、平時の憲法下での対応に限界がある緊急時にも法の支配を保ちつつ、迅速な対応を可能にして、結果として国民の安全を最大限確保するためではないのか? ◆ポイント7 ◯古舘(11:23〜12:51) 「ヒトラーは権力掌握のために国家緊急権をどう巧妙に使ったのかという点です。1933年です。念願の首相に任命されたヒトラーは議会で多数を取るためにすぐに議会を解散しました。そして、選挙に向けて互いに利用しあう関係にあった当時のヒンデンブルグ大統領を動かした。そう、共産党が全国ストを呼びかけていた。それを見るや、国家緊急権を発動させたんです。集会と言論の自由を制限。政府批判を行う集会やデモ、出版をことごとく禁止した。そしてそれからおよそ三週間たって、また立て続けに国家緊急権を発動します。有名なベルリンの国会議事堂が放火されるという事件が起こった。一説ではナチの自作自演だという話もありますが、ヒトラーはこの放火事件を共産党の国家転覆の陰謀として、またも国家緊急権を使ったわけです。今度はあらゆる基本的人権を停止した。司法手続き無しで逮捕もできるようにしてしまった。野党はもはや自由な活動はできなくなりました。当時、お父さんが野党のベルリン市議会議員だったローラ・ディエールさん95歳です。」 ・「国家緊急権」によりヒトラーが独裁への道を進んでいったことの紹介が、先祖に当時の野党関係者を持つ証言者の話を交えながら放映され、ヒトラー独裁政権の凄惨さを物語る。 ・ナチスの「国家緊急権」の行使を後押ししたのは、「保守陣営と財界」であったと説明。 ・共産党が弾圧の被害者だった面だけ伝えているが、当時も今も共産党は「暴力革命」を目指す政治集団だという重大な事実を隠蔽している。当時、共産党員が「弾圧」されたのには、既存の国家体制を覆されることを恐れた「保守派・財界人」(VTR中では赤字で強調で、これも又印象操作である。)の意向が働いたことは事実であるが、恐れるだけの実態が共産党側にあったこともまぎれもない事実である。この報道ではそのことには一切触れず、ひたすら国家緊急権が悪用されたことを強調している。 ◆ポイント8 ◯(ドイツ連邦憲法裁判所)ディーター・グリム元判事(79)(15:03〜15:32) 「ヒトラーは国家緊急権で自由を廃止し野党の息の根を止めました。それが民主主義と議会の終焉につながったのです。この憲法でまさか独裁者が誕生するなど思いもしなかった。でも実際に独裁者は誕生した。それは想像を超える世界でした。」 ・ヒトラーは「国家緊急権」で自由を廃止し、民主主義と議会の終焉を招いたというグリム元ドイツ連邦憲法裁判書判事の証言映像が流れる。 ◆ポイント9 ◯古舘(15:32〜16:14) 「さぁ、野党が自由を奪われた選挙ですから、ヒトラー率いるナチ党は議席を増やしていよいよ仕上げにかかろうとします。恫喝と懐柔策を駆使して反対派を従わせて議会の三分の二まで抑えて成立させたのがあの全権委任法です。国会の審議を経ずに政府が憲法の改正含めてすべての法律を制定できてしまう法律です。この瞬間、世界で一番民主的な憲法のもとで、合法的に独裁が確立したんです。 ・「世界で一番民主的な憲法」のもと、議会の3分の2を抑えて成立させた「全権委任法」が成立し、合法的に独裁政権が成立したと紹介。 ◆ポイント10 ◯ヒトラーの演説映像(16:14〜16:45) 「私やナチを疑うのは頭のおかしい者か、ホラ吹きくらいの者だ。我々はドイツのために戦う。断固として戦わなければならないのだ。」 ・ヒトラー演説映像3回目。 ◆ポイント11 ・ブーハンヴァルト強制収容所の場面が流れ、当時の収容者の悲惨さを紹介。 ◆ポイント12 ◯古舘(19:22〜20:31) 「ここまでは80年前のドイツで起きてしまったことです。当然日本でこんなことが起きるなんてのは考えられません。でも気になることがあるんです。これは自民党が発表している憲法改正草案ですが、ここには『緊急事態条項』という条文が書き込まれているんですね。今年、七月の参院選で与党が圧勝して三分の二の数を取るとなると、日本でも憲法改正というものが現実味を帯びて参ります。その時俎上に上がるとされているのが今言った緊急事態条項なんです。ここでいう緊急事態というのは大規模な自然災害だけじゃなくて、外部からの武力攻撃、社会秩序の混乱などと位置づけてですね。この緊急事態の際に、ここです。『内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができる』と規定しているんですね。」 ・ここで、古舘キャスターは、独ワイマール憲法下の「国家緊急権」と関連づけるかのごとく、自民党憲法改正草案の「緊急事態条項」を持ち出し、「内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができる」という条文を紹介し、その条項について、「ワイマール憲法研究の権威である」ミハエル・ドライアー教授の見解の紹介へと繋げる。 ◆ポイント13 ◯(ワイマール憲法に詳しい イエナ大学)ミハエル・ドライアー教授(20:52〜22:29) 「この内容はワイマール憲法48条(国家緊急権)を思い起こさせます。内閣の一人の人間に利用される危険性があり、とても問題です。一見読むと無害に見えますし、他国と同じような緊急事態の規則にも見えますが、特に(議会や憲法裁判所などの)チェックが不十分に思えます。このような権力の集中には通常の法律よりも多くのチェックが必要です。議会からの厳しいチェックができないと悪用の危険性を与えることになります。なぜ、一人の人間、首相に権限を集中させねばならないのか。首相が(立法や首長への指示等)直接介入することができ、さらに首相自身が一定の財政支出まで出来る。民主主義の基本は『法の支配』で『人の支配』ではありません。人の支配は性善説が前提となっているが、良い人ばかりではない。民主主義の創設者たちは人に懐疑的です。常に権力の悪用に不安を抱いているのです。権力者はいつの時代でも常にさらなる権力を求めるものです。日本はあのような災害(東日本大震災)にも対処しており、なぜ今この緊急事態条項を入れる必要があるのでしょうか。」 ・ドライアー教授の見解から、日本には「緊急事態条項」の必要性はないと一般視聴者は捉えかねない結論へと導く。 ・ 自民党の改正草案における緊急事態条項に対するドライアー氏の理解が極めて不十分に思われる。取材者はドライアー氏に、スタジオに掲げたパネルと同じく省略版の文章しか見せておらず、その前提で話を聞いたのではないかとの疑惑を禁じえない。 もしそうであるならば、ドイツの専門家を相手に、日本の与党の憲法改正案について虚偽の情報をもとにコメントを求めたことになる。国際的なスキャンダルではないか。当会ではこの取材について、詳細な実態を公表するよう、テレビ朝日に強く申し入れたい。 ◆ポイント14 ◯古舘(22:29〜23:04) 「さぁ、ここからです。えぇ、ドライヤー教授も議会のチェックが弱いというニュアンスを懸念されているところがあります。これに関して自民党にどうなんでしょうかというふうに聞きましたら。『国会での丁寧な合意形成に真摯に取り組んでいく』という回答を得ました。そして、後ろにありますのが自民党の憲法改正草案、ということになります。そしてこちらにQ&A形式になりまして、この憲法改正草案の質問、それに対する答え、こういう分厚いものが用意されています。ちょっとこちらをご覧ください。まず98条の方ですが、改正草案の、緊急事態の中の。事前または事後に国会の承認を得なければならない、ってはっきり書かれているわけなんですね。でこのQ&Aで、それに相当するところをより詳しく見てみると、国会による民主的な統制の確保の観点から緊急事態の宣言には事前または事後に国会の承認が必要であると規定した、とやはり書かれている点。それからですね、もうひとつ、99条に移りますが、法律に定めるところにより内閣は法律と同等の効力を有する政令を定めることができる、と先程VTRの中でもここをポイントとして指摘いたしました。これに関して、やはりこちらも抑えておきますと、その具体的な内容は法律で規定することになっているために政令といっても。内閣総理大臣が何でもできるようになるわけでは決してありませんと、はっきりここに書かれております。」 ・スタジオ映像に戻り、ドライヤー教授の指摘を踏まえて、自民党憲法改正草案を紹介。 ・スタジオにおいてパネルで掲げられた自民党の憲法改正草案における緊急事態条項は、一部が抽出されたものだが、この省略された部分に、緊急時においても政権が暴走しないように抑制する条文がある。例えば98条の3項は、緊急事態の宣言を解除するべきと国会が決議した時には内閣総理大臣は当該宣言を速やかに解除しなければならない旨明記されている。また99条の3項では、緊急事態においても憲法のその他の条文にある人権規定を最大限尊重するように定めている。しかし解説では、コメンテータの憲法学者・長谷部康雄氏もキャスターの古館氏も、これらの条文の存在には一切触れずに、同改正案が抑制の効かない危険な条項であるかのように強調している。このことは放送法4条の三「報道は事実をまげないですること」に極めて悪質な形で抵触する。 ◆ポイント15 ◯長谷部(24:35〜26:58) 「まずこの、自民党の改憲草案。緊急事態条項に関する問題点ですが、他の憲法の緊急事態条項と比べても、発動に要件がどうも甘すぎるんじゃないのか。まぁ、確かに武力攻撃とか大規模な自然災害、と例示はあるんですが、ただ結局のところは、法律に丸投げしているんですよ。どういう場合に宣言ができるのか。(中略)しかも、それは首相が特に必要があると認めれば、これはもう客観的というよりは、内閣総理大臣がそう思えば、っていう主観的な要件になっております。(中略)そうなりますと、これは人身の自由というのは他の基本的な人権全てを支えているものでして、それが政令によってどうなってしまうのか。場合によっては令状なしで怪しいと思われれば拘束をされる、そんなことになるということも理屈としてはあり得るということになります。」 ・長谷部教授から、自民党改正草案の「緊急事態条項」が基本的人権を蹂躙する道具になり兼ねないとの指摘がなされる。 ◆ポイント16 ◯古舘(26:28〜26:58) 「なんかずっと先の将来にですね、とんでもない政権とかとんでもないことになってたときには、ころっと今の政令みたいなことでいったら、次の日、昨日までと全く違う世界で、身柄なんてすぐ捉えちゃうということもありますよね。」 ・憲法改正により「緊急事態条項」が生まれれば、将来、日本においてもヒトラー政権のような独裁政権が誕生し兼ねないのではないかとの指摘がなされる。 ・多くの国で緊急事態条項は採用されているが、ヒトラーのような独裁者が生まれる原因にはなっていない。また、現在のドイツにも緊急事態条項があるが、それによって独裁政権が誕生する危険を心配しているドイツ国民がいるとは聞いたことがない。自民党草案の緊急事態条項が独裁に結びつく懸念があるというのなら、理由としてどのような欠陥があるのか具体的に明示する必要があるが、検証で触れたとおり、この報道では逆に自民党草案にある暴走防止の条項の存在にすら触れていない。これは大変アンフェアではなかろうか。 ◆ポイント17 ◯長谷部(26:58〜28:19) 「これはやはり裁判所によるコントロール、その道をやはり開いて置かないといけない、と言うことになると思います。それは世界各国どの国でも、緊急事態条項、発動するときには裁判所のコントロールを置くという、これはいわばグローバルスタンダードなんですね。ただ日本の場合、問題点がございますのは、日本の最高裁はいわゆる統治行為の法理と、いうものを、そういう法理を取っておりまして、(中略)高度に政治的な問題に関しては裁判所は独自には判断しない。政治部門の言うことを丸呑みをする、そういう考え方なんですが。これでいきますと、(中略) これはもう政治部門の結論丸飲みということですから、緊急事態条項、必要なのかどうか、一旦発動された後にどういう政令が必要になるのか、果たして裁判所がきちんとコントロールしてくれるのかどうか、そこのところが大変おぼつかないということになるだろうと思いますね。」 ・長谷部教授は、「統治行為論」の危うさを語り、「緊急事態条項」が制定された場合の司法による抑制可能性の低さを指摘。 ◆ポイント18 ◯古舘(28:51〜29:08) 「なるほど、かねてより長谷部さんはこういうふうに仰っていますね。憲法に緊急事態条項を入れなくても、必要とあらば法律を改正したり新たな法律を作ればいいんで、憲法にこの緊急事態条項を入れなくていいんじゃないか、ということをずっと仰っていますね。」 ・古舘キャスターは、「緊急事態条項」は憲法には不要であり、既成の法律で補えるとの長谷部教授の見解を紹介。長谷部教授も、去年の11月に大規模なテロが起こったフランスで宣言された「非常事態法」は憲法に基づいたものでないとし、日本においても「災害対策基本法」や有事法制等の法律で解決を図るべきであると指摘。 ・その後も長谷場教授は、日本における「緊急事態条項」と他国(ドイツとフランス)のそれらについて、各国の状況に応じて必要性を考える必要があると指摘したが、ドイツやフランスでの同様の条項の必要性はあるが、そのような状況は日本にない旨を主張。 ◆ポイント19 ◯古舘(31:45〜31:57) 「そうですか、とにかく立ち止まってじっくり議論をする、考えてみるということが、この条項に関しては必要ではないか、その思いで特集を組みました。先生どうもありがとうございます。」 ・「緊急事態条項」については、「立ち止まってじっくり議論をする、考えてみる」必要があると結論付け、古舘キャスターが本特集を締め括った。 ◆長谷部教授の発言に対する当会の見解 1、長谷部氏の「まずこの、自民党の改憲草案。緊急事態条項に関する問題点ですが、他の憲法の緊急事態条項と比べても、発動に要件がどうも甘すぎるんじゃないのか、まぁ、確かに武力攻撃とか大規模な自然災害、と例示はあるんですが、ただ結局のところ法律に丸投げしているんですよ。どういう場合に宣言ができるのか。」という批判であるが、法律に丸投げしていることを批判したいとの印象を受けるが、なぜそれが批判の対象になるのであろうか。これが「政令やその他省令で定めるところ」とあれば確かに問題であるが、「法律で定めるところ」とあるのであれば、それは現行憲法の四条二項、一〇条、一七条、二六条一項、同条二項、二七条二項、二九条二項、四三条二項、四七条、五〇条、六〇条二項、六四条二項、六六条一項、七九条四項、同条五項、八〇条一項、九〇条二項、九二条、九三条一項、同条二項、九六条一項などと同様の構成である。 どういった場合が緊急事態に該当するのかは大いに国会で議論していけば良いことであり、国会で議論するのであれば国民の監視も機能するはずである。 2、長谷部氏は「(緊急事態の)宣言がなされますとその後に内閣というのは法律と同一の効力、同じ効力を持つ政令を出せる、ということになります。」と発言しているが、大統領制のアメリカや半大統領制のフランスやワイマール共和国ではなく、日本は議院内閣制の国であり、議会の多数派の党首が首班として行政府を組織しているのだから、国会が衆参でねじれていない場合においては、政令が実際には議会の審議を飛ばして行われる、というのとほぼ近いものになるのではなかろうか。 3、また、長谷部氏による次の自民党改憲案への批判は特に悪質だ。 「ただ、法律というのは色々と重要な事を決めていますね。例えばその身柄を拘束される場合、あるいはその刑事裁判はどう行われるべきか。これは刑事訴訟法という法律で決まっているものですよね。それをまぁ、政令で変えられるということになりますから。そうなりますと、これは人身の自由というのは他の基本的な人権全てを支えているものでして、それが政令によってどうなってしまうのか。場合によっては令状なしで怪しいと思われれば拘束をされる、そんなことになるというのも理屈としてはあり得るということになります。」 自民党改憲草案でも人身の自由や適正手続の保障については三一条、三二条、三三条、三四条一項、同条二項に規定されている。長谷部氏が例示した「刑事訴訟法が政令で変えられ、場合によっては令状なしで怪しいと思われれば拘束される」というような事態を招く政令は、自民党改憲草案においても違憲と解するのが妥当であり、「令状なしで怪しいと思われれば拘束をされる」ということは、「理屈として」ありえないのである。 4、「これはやはり裁判所によるコントロール、その道をやはり開いて置かなければいけない。それは世界各国どの国でも、緊急事態条項、発動するときには裁判所のコントロールを置くという、これはいわばグローバルスタンダードなんですね。」と言っておきながら「ただ日本の場合、問題点がございますのは、日本の最高裁はいわゆる統治行為の法理と、いうものを、そういう法理を取っておりまして、(中略)、あの、つまり高度に政治的な問題に関しては裁判所は独自には判断しない。政治部門の言うことを丸呑みをする、そういう考え方なんですよ。これでいきますと、例えば先例でありますが衆議院の解散、合憲かどうかでさえ、これもう政治部門の結論丸飲みということですから、緊急事態条項、必要なのかどうか、一旦発動された後どういう政令が必要になるのか、果たして裁判所がきちんとコントロールしてくれるのかどうか、そこのところが大変おぼつかないということになるだろうと思いますね。」 以上の長谷部氏発言は、一見もっともらしいが、たいへん不誠実なコメントであろう。 まず、安倍総理は第一次政権の際に国民投票法を制定し、実際に憲法改正が必要な段になれば改正を行える、そういった環境を整備した。 それは、@国会が中心となって憲法改正を発議するケースももちろんあるが、A最高裁によって何らかの政策が違憲と判断された場合においても、その政策が本当に必要であるならば、国会が最高裁の判断に従って憲法を変えて必要な政策を継続する、という道を開いた、という意味にもなる。 また、当番組で長谷部氏が強調する「統治行為論」において、高度に政治的な問題が司法判断に馴染まないとされるのは、司法が行政や立法とは異なり国民からの信任を受けていないので、そのような司法の判断において国政上取り返しの付かない事態を招いてしまうことを避ける為だ。 このように考えると、国民投票法は最高裁が「統治行為論」に逃げることなく、国政上重要な政策や立法について憲法上の疑義がある場合、臆することなく違憲判決を下すことのできる環境を整えた、ともいえるのである。 従って、このように安倍氏が政治サイドから、司法に対して十分に判断ができるような環境を整えているにも関わらず、それでもなお司法が統治行為論を用いて判断を避けるのであれば、それは司法の怠慢というより他ない。長谷部氏が司法が、なおも統治行為論に逃げると見ているのであれば、長谷部氏がすべきことは政治への牽制ではなく、司法に対する叱咤であろう。 5、「フランスの場合現在の憲法第十六条、確かに大統領に権力を集中する。そういう緊急事態条項があるんですが、ただこの現在の第五共和政憲法っていうのが、実はアルジェリア危機っていう特定の危機に対応するためにできた憲法って言う色彩が非常に強いですし、その色彩が特に強いのが十六条の緊急事態条項なんですね。ですから、そういう、いわばアルジェリア危機に対応するための特別仕様として出来上がった条項ですので、つまり歴史を見ると十六条の条項というのはアルジェリア危機に対応するためただ一度使用されただけその後は一度も使われておりません。」という長谷部氏のコメントについては、その趣旨が理解できない。 フランスでアルジェリア危機以外で使用されずに今日までいられたのはアルジェリア危機以降でそれに類する危機に直面していないからという理由であろう。逆に言えばアルジェリア危機に類する危機に直面した場合、フランスは十六条の緊急事態条項を発動することも検討するのである。そもそも、緊急事態条項は文字通り緊急事態にしか適用しない条項であるので、平時が長く続いており緊急事態条項は発動されていない、という事実は喜ぶべきことでこそあれ、それを理由に日本で緊急事態条項が不要であるという理由には成り得ない。 長谷部氏の議論は、学者としての良心を完全に捨て去った、結論ありきの杜撰なものだ。政権批判をする為に、学問を平気で貶める、なぜそんなことをしてしまえるのか、理解に苦しむという他ない。 ◆おわりに 「緊急事態条項」は多くの国が憲法に記載している。国家の平和と独立を脅かす緊急事態に、一刻も早い事態対処が必要と判断される場合において、平常時と異なる対応の仕方をあらかじめ憲法に規定しておくことで、迅速な対処を可能にするとともに、緊急事態において行政主体が行える措置の際限や、議会による牽制措置などがあらかじめ定められていることによって「法による支配」を保ち、国民全体の安全を可能な限り確保するという意義があるので、多くの国で採用していると考えられる。 しかしこの報道では、このような「緊急事態条項」のメリットや必要性には一切触れることなく、ヒトラーによる歴史上の最も極端な悪用例のみを長時間紹介し、「緊急事態条項」そのものに危険があるとの見解を強調している。 その上で自民党の憲法改正草案における緊急事態条項について解説しているが、ここでも改憲草案の権力抑止部分を隠蔽し、憲法改正に反対する理由だけしか示さないものとなっている。 全体の賛否時間の配分も9:91と、完全に一方的だ。 放送法4条の四「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」 三「事実を枉げずに報道すること」 二「政治的に公平であること」すべてに抵触する。 さらには、VTRの中でナチスの蛮行による残酷な場面まであえて見せている。このような映像と、安倍首相をヒトラーになぞらえるかのようなテロップが重なることで、一般視聴者に「安倍政権下で緊急事態条項を憲法に追加する改正を行うと、強権と独裁により恐ろしい事態が起こる」かのような不安を強く植え付けられる内容になっており、悪質な「印象操作」であると言える。 最後にそもそも論を敢えて一言するなら、「日本にとっての教訓」という観点でワイマール憲法の特集を組むのであれば、ワイマール憲法だけでなく、当時のワイマール共和国の政体がどういうものだったのかを視聴者に説明する必要がある。それを視聴者に対して示さないままに「ワイマール憲法の教訓」と言いつつ、ナチス政権と自民党改憲草案の緊急事態条項を結びつけるというのは、無理筋が過ぎよう。 実際、第一次世界大戦後にワイマール共和国大統領になったヒンデンブルグも「国家緊急権」を多発したが、独裁に至っていない。この報道では日本の改憲が危険であることを示唆するために、何としても「国家緊急権」が独裁政権誕生の要因であったと強調しようとしたと思われる。そのため、ヒトラーが独裁に至る最終的かつ最大のステップであったことが明らかである「全権委任法」の存在が、この報道では薄いものになっている。 冒頭及びスタジオでの会話で古館氏自身が述べているように、ヒトラーの独裁が成立した最大の原因は、ヒトラー自身が「想定外」の人物であり、諸々の時代背景により民衆がそれを歓迎してしまったことに見出せよう。 今後、世界のどこかの民主主義国家で、そのような突飛な人物が台頭する可能性はゼロとは言いきれない。しかしその者に全権を委ねてしまうことを防ぐ方法は「憲法に緊急事態条項を記さないこと」ではあるまい。それは、民主主義各国の主権者たる国民の、その都度の判断に委ねるほかないのではなかろうか。
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