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[東京 24日] - 最近、国内外を問わず、投資家とのミーティングで「ヘリコプターマネー」の可能性について議論することが非常に多くなった。
ヘリコプターマネーとは、文字通り、ヘリコプターからお金をばらまくように、国民に対して現金をばらまくような政策のことを言う。もともとは経済学者のミルトン・フリードマンが1960年代に用いた言葉だが、近年ではバーナンキ米連邦準備理事会(FRB)前議長がまだ理事だった時代に、デフレに関する講演で「デフレ克服のためにはヘリコプターからお札をばらまけば良い」と発言したことが有名だ。
これまで、日銀やその他主要国の中央銀行も、量的緩和と呼ばれる金融緩和政策を行ってきた。この量的緩和もお金をばらまいているような印象を与えるが、そうではない。
中央銀行はお金を銀行に渡す代わりに国債やその他の資産を受け取っている。つまり、ただで銀行にお金をあげているわけではない。銀行も我々にただでお金をくれるわけではない。どんなに金利がマイナスになっても、銀行は我々に対してお金をくれるわけではなく、貸しているだけだ。つまり、実際には金融政策でヘリコプターマネーを行うことはできない。
ヘリコプターマネーを実行できるのは政府だ。中央銀行は我々の財布の中にお金を入れることはできないが、政府にはできる。交付金、商品券、地域振興券、子育て支援金、高齢者補助金など、名目は何だったとしても、政府はやろうと思えばいつでも国民に対してお金をばらまくことができる。
通常の場合、ばらまきを思いとどまらせるのが、国債価格の下落、つまり長期金利の上昇である。政府はお金をばらまくためには、新たに国債を発行し、お金を市場から借りてこなければならない。
その結果、市場は財政赤字増大に対する懸念を強め、国債価格は下落し、長期金利が上昇、結果的に政府の資金繰りは苦しくなる。格付け機関から格下げもされてしまうため、なおさら金利は上昇する。だから通常のケースでは、ばらまきを実行するのは難しい。
しかし、日本では今、事情が異なっている。期間10年までの国債であれば、政府は国債を増発し、借金を膨らませても、金利を払うどころか、金利を受け取れるような状態になっている。
また、日本の中央銀行である日銀が、国債発行額の90%以上を市場から購入しているため、国債価格の下落を心配する必要がないように見える。おそらく、今の日本政府は日本国債が格下げされても気にしないのではないだろうか。
つまり、現在の日本では、政府が借金を膨らませることを思いとどまらせるメカニズムが正常に機能していないため、政府が中央銀行を財布代わりに使って、お金をばらまくことが可能になっている。まさに、ヘリコプターマネーを実現することが容易な状況なのである。
何か対価となるものがありさえすれば、中央銀行はその気になれば、いくらでもお金を発行することができる。したがって、歴史的教訓から中央銀行は政府から独立していなければならないとされてきた。時の為政者が国民からの人気を高めるために、お金をばらまこうとするのを防ぐためである。
しかし、中央銀行の独立性は、今の日本では形骸化してしまっている。日銀の議事要旨によれば、マイナス金利導入を決定した1月29日の金融政策決定会合は、16分間中断している。政府側の出席者から、財務大臣および経済財政政策担当大臣と連絡を取るため、会議の一時中断の申し出があったからだという。
<出口のない泥沼>
一般的には政府が日銀からお金を受け取って、国民に対してばらまいてくれたら嬉しいと思う人もいるかもしれない。しかし、政府がお金をばらまき始めると、結果的にはお金の価値が下がることになり、大多数の国民にとっては悲劇的な結果を生むことになる。
例えば、日本にいる全労働者に対して、給料と同じだけの補助金が配られ、それがしばらく続くと政府が約束したとしよう。そうなると、単純に言えば、お金の価値は半分になってしまうと想像がつくだろう。
今まで月30万円の給料をもらっていた人が月60万円の給料をもらうことになるわけだから、町の商店街の店主は商品価格を倍にするだろう。お金の価値が半分になるということは、物価が倍になるということと同義だ。
給料が倍になって、物価が倍になるなら、何も変わらないから別に良いのではないかと思う人もいるかもしれない。ただ、なぜこれが大多数の国民にとって悲劇になるかというと、大多数の国民は預金を持っているからだ。残念ながら、この場合、保有している預金の価値も半分になってしまう。預金金額は変わらないが、物価が倍になってしまうからだ。
つまり、ヘリコプターマネーは、国民にお金をばらまいているように見えるが、実際には、押しても引いても出てこない日本国民の大量の預金を巧妙に引き出す政策であるとも言えるのだ。
ならば、それほど大規模に行わずに、少しだけやれば良いではないかとの意見も聞かれそうだ。しかし、今の日本で消費が盛り上がらないのは、明らかに経済構造に問題があるからであって、一時的に「棚からぼた餅」的な収入があっても、ほとんど預金されてしまうだけだろう。
だから、継続的にやらなければ目に見える効果は出ない。したがって、政府は目に見える効果が出るまで、ばらまきを継続してしまうだろう。何しろ、借金を膨らませれば膨らませるほど、収入が増え、国債価格の下落も気にする必要がないのだから、継続するインセンティブが強くならない方がおかしい。
そうしてお金の価値が下がった時、物価は上昇する。この時、普通に考えれば、日銀はマイナス金利どころか量的緩和政策も止めることになる。しかし、それでは、日本の長期金利が急騰し、大量に超長期債を購入している日本の金融機関が、これらの債券投資から膨大な損失を被ることになる。
そのため、たとえ物価が上昇したとしても、日銀はマイナス金利や量的緩和政策を簡単には止められないだろう。そうなると、政府は、ばらまき政策を容易に続けることが可能になってしまう。つまり、いったんヘリコプターマネーを始めてしまうと、出口のない泥沼にはまってしまう可能性があるのだ。
日本は1930年代にも似たような過ちを犯している。筆者は1年ほど前に某政治家にこうした懸念をぶつけてみたところ、「1930年代は、金融政策や経済のことをよく分かっている人が少なかったが、今は何が危険かを分かっている人は多い。だから、政府が危険な政策を取ろうとしたら皆で止めるだろう。よって、同じような結果にはならない」と言われたことがあった。
その指摘が正しいことを願い、ヘリコプターマネーの悲劇を止める側の一人として、とりあえず本コラムを執筆した。
*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。
http://jp.reuters.com/article/column-forexforum-tohru-sasaki-idJPKCN0WQ0RJ?sp=true
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