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高裁が職権で最重要証人を尋問へ〜美濃加茂市長の事件で異例の展開
http://bylines.news.yahoo.co.jp/egawashoko/20160224-00054734/
2016年2月24日 21時20分配信 江川紹子 | ジャーナリスト
収賄罪で起訴され、一審無罪となった藤井浩人美濃加茂市長の裁判の控訴審。名古屋高裁(村山浩昭裁判長)は、贈賄罪などで有罪が確定している業者を職権で証人として呼び、裁判官が直接尋問を行うことを決めた。この業者は、一審ですでに2度証人出廷しており、それをさらに高裁が職権で呼ぶというのは異例の展開だ。しかも裁判長は、検察側が証人と事前の打ち合わせを行わないよう、やはり異例の要請も行った。
業者の証言の信用性が最大の争点
まずは、これまでの展開をおさらいしておく。
藤井浩人美濃加茂市長
藤井氏は、2013年に市長に当選した時には、全国で最年少市長として注目された。しかし翌年、市議時代に防災用浄水プラントを自治体に売り込んでいた業者の中林正善社長(贈賄、詐欺で懲役4年の実刑が確定し服役中)から、2度にわたって合計30万円の賄賂を受け取ったとして逮捕された。捜査・公判段階を通じ、一貫して無実を訴えてきた。
賄賂が渡ったことを示す客観的な証拠や目撃証言などはない。このため、検察側が立証の柱にすえた中林社長の供述の信用性が、一審の最大の争点となった。
中林社長は、当初は巨額の融資詐欺で逮捕され、捜査の途中で本件の供述を始めた。詐欺の被害総額は3億7850万円に上り、自治体の契約書を偽造するなど悪質な手口だった。にもかかわらず、「自白」以降、融資詐欺の捜査はストップ。起訴は2件2100万円にとどまった(その後、藤井氏の弁護団の告発を受けて、4000万円分を追起訴)こともあり、弁護団は、中林氏と検察の間に「闇取引」があったと主張した。
一審判決は無罪
昨年3月に言い渡された名古屋地裁(鵜飼祐充裁判長)の判決は、「闇取引」の存在は否定したものの、中林社長が検察官に迎合することはありうる、とした。さらに中林証言には不自然なところが多く、「信用性には看過しがたい問題点がある」と指摘。検察側は、中林社長と藤井氏の間に交わされたメールを、中林証言を補強する間接証拠として提出していたが、「よろしくお願いします」「わざわざありがとうございます」のようなやりとりまで現金授受を前提とした依頼と感謝の言葉と解するなど、かなり強引な意味づけが目立ち、判決も「メールの文言は多義的に解釈しうる」として、検察側の主張を「根拠の乏しい推測」と退けた。
控訴審での警察官証言
検察側は、一審の無罪判決を不服として控訴した。8月に名古屋高裁(木口信之裁判長)で開かれた控訴審の第1回で、検察側は中林証言の信用性を立証するため、彼を取り調べた警察官と検察官の2人の採用を請求。高裁はそれを認め、2人の証人尋問を決定した。
その後、裁判所の人事異動で裁判長が交代。村山裁判長のもとで11月に行われた第2回公判で、本件捜査当時は愛知県警捜査2課に所属する捜査員だった警部の証人尋問が行われた。証言によれば、中林社長はまず名古屋市議に対して300万円の賄賂を渡した、という供述を始め(この件は立件されていない)、その後、藤井氏に20万円を渡したと述べた。さらに、4、5日してから、「思い出しました」として、20万円より以前に、10万円を藤井氏に渡したと供述した、という。「名古屋市議のことだと思ったら藤井氏の名前が挙がって、『そっちかい』と思った」と、供述が中林社長の自発的なものだったことを強調。さらに「(中林社長は)特に迎合的なタイプではない。違うことは違うと言う」と、一審判決に反論した。
警察官の証言が終わった時点で、裁判所は中林社長を取り調べた検察官の捜査報告書を証拠採用し、「あえて証人尋問をやる必要はない」として、証人としての採用を取り消した。12月に予定されていた第3回公判の期日も取り消し、次回期日を決めないまま、打ち合わせを行うこととなった。
証人との打ち合わせを求める検察
主任弁護人の郷原信郎弁護士
弁護人によると、その打ち合わせの中で、村山裁判長から中林社長を職権で呼んで尋問することを検討しているとの発言があった。これに対し、検察側は中林社長の証人尋問については不必要という立場をとりつつ、「裁判所が必要と判断するなら、立証責任を負う検察官として、証人尋問を請求したい」と主張した。
検察側証人となれば、事前に「証人テスト」と称して、証言内容について打ち合わせができる。一審の証人尋問の前には、検察官が連日朝から晩まで中林社長と長時間の「打ち合わせ」を行っていることが明らかになっている。2回目の尋問は、弁護側の請求で実現したが、中林社長は藤井氏の弁護人との面会は拒否し、検察官とは6、7回に及ぶ打合せをしていた。ただ、それから1年以上が経過している。「記憶の劣化」が気になる検察側としては、ぜひとも記憶の”鍛え直し”をしたいようだ。
これに対し弁護側は、裁判所による証人尋問については「裁判所の公正な判断に委ねたい」としつつ、検察側の証人請求には強く反対した。
「証人テストは控えていただきたい」
名古屋地裁・高裁
書面での応酬の後、今月に行われた三者での打ち合わせで、村山裁判長は「通常は証人尋問は、当事者に請求してもらうが、それでは裁判所の問題意識に合致しない」として、あくまで裁判所の職権で尋問を行うと告げた、という。弁護人によれば、裁判長は「中林社長の本来の記憶で、何があったのかを端的に聞きたい」と述べ、「証人テスト」にこだわる検察側に対し、「証人テストは控えて頂きたい」と繰り返し注文をつけた。検察側は、「(刑務所の)集団生活の中では記憶喚起の時間があるのか疑問」「記憶喚起のために(調書や証言速記録などの)資料送るというのはどうか」などと食い下がったが、裁判所は受け入れなかった。
弁護人の郷原信郎弁護士が「記憶がないならないで良いではないですか」と言うと、村山裁判長は「証人というのは、そういうものでしょう。いつもそういう考えでやってます」と応じたという。
ちなみに、村山裁判長は裁判官歴30年以上のベテラン。東京地裁裁判長時代に、秋葉原連続殺傷事件で死刑判決を言い渡し、覚せい剤取締法違反に問われた女優に対する有罪判決の際には更生をうながす説諭を行った。静岡地裁裁判長の時には、覚せい剤取締法違反事件で静岡県警の捜査員が暴行するなどの違法捜査があったことを認めて、無罪を言い渡したほか、袴田事件の再審請求審で再審開始決定を出し、拘置の執行停止を決定して、袴田巌さんを釈放した。
裁判所の意図は?影響は?
「証人テスト」による、記憶の”鍛え直し”が封じられた検察は、自分たちの主張を支える最重要証人がどのような証言をするか分からない、というリスクを抱えることになった。ただ、他の人から資料を送ってもらうなど「記憶喚起」の抜け道が考えられないわけではないし、以前の入念な打合せの結果は脳裏に染みついているかもしれず、どこまで「素の記憶」が語られるかは分からない。また、状況は必ずしも被告・弁護側に有利な展開というわけでもない。
元検事の落合洋司弁護士は、次のように指摘する。
また、元東京高裁裁判長の木谷明弁護士」も、「最重要証人を、控訴審の裁判所が職権で証人採用するのは珍しい」としたうえで、次のように語る。
村山裁判長は、「裁判所としても相当な準備が必要」として、5月の連休後に公判を開くことにしている。この対応からは、裁判所のこの尋問への意気込みがうかがえる。当日、裁判官からはどのような質問が発せられ、中林証人がどう対応するのか……。
なにはともあれ、真相に近づこうという裁判所の意欲をそぐことがないよう、くれぐれも検察官が「記憶喚起」の働きかけを中林証人をしたりしないように、一傍聴人である私からも強く希望したい。
江川紹子
ジャーナリスト
神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。
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