政治家の金銭スキャンダル 「裏切り者」はいったい誰か http://ironna.jp/article/2754八幡和郎(徳島文理大教授、評論家) 週刊文春のスクープ記事をきっかけに辞任に追い込まれた甘利明経済再生相ですが、このような政治家をめぐる金銭授受疑惑の場合、一般的にその要因は複合的であるケースが多く、一つの原因で起こることはめったにないと思います。 今回の件で言えば、まず甘利さん自身が2013年に舌がんを患い、健康だったときとは異なり、事務所や秘書に対する監督が甘くなった可能性があります。さらに、文春に告発した人物が、そもそも悪意を持って甘利氏側を引っ掛けようとしたと考えるのが普通の感覚ではないでしょうか。 報道で出ている以上に詳しいことはよく知りませんが、あそこまで周到に準備していたという状況を考えると、甘利氏側に「謝礼」をしてきたにもかかわらず、彼らが結果として何も動いてくれなかったことへの逆恨みで表沙汰にしたという単純な動機だけではなさそうです。もしかすると、既に報じられている通り、甘利氏の公設秘書と女絡みでトラブルだってあったのかもしれない。一連の報道では公設秘書とフィリピン・パブによく行ったとも話していましたよね。 甘利明経済再生相の辞任のニュースを伝える街頭ビジョン=1月28日午後6時、大阪市北区(柿平博文撮影) 他に考えられることとすれば、この秘書自身も甘利氏が病に倒れたことで自分の将来を悲観しただけでなく、甘利氏の存在を無意識のうちに見下すようになっていたのかもしれません。病を患っていなければ、甘利氏も注意深く秘書を監視できていたでしょうし、こんなスキャンダルに発展することはなかったのではないでしょうか。 政治家が金銭をめぐるスキャンダルに巻き込まれるケースはこれまでもよくありましたが、その原因の一端として特に多いのが秘書に裏切られるパターンです。政治家は一人で悪さをすることは少なく、取り巻きの秘書がまったく知らないなんてことはまず考えられません。つまり、秘書に何か秘密をベラベラしゃべられたらアウトの政治家なんて、今さら言うまでもないですが、ほとんどがそうだと思います。かなりの大物政治家だって、スキャンダルが表面化したケースは、秘書だけじゃなく家族にまで裏切られるというパターンが多いですよね。 例えば、ロッキード事件。田中角栄元首相の榎本敏夫秘書がその典型ですよね。世間がロッキード一色で、いよいよ田中氏が逮捕されるという直前だったと記憶していますが、通産省(現・経済産業省)に入省して間もない私に「田中角栄が危ないぞ。でも、別の実力者は大丈夫だろう」と耳打ちしてきた人がいました。理由を聞くと、当時榎本秘書と児玉誉士夫の秘書だった太刀川恒夫氏が逮捕され、検察の事情聴取を受けていたんですが、その人は「太刀川はアウトローで自供したら殺されるから口を割らない。でも榎本はカタギだから自供しても殺されない」と言ったんです。カタギは身柄を拘束されて取り調べを受けると弱いですから、榎本秘書は捜査段階で現金授受をあっさり認めてしまったわけです。検察の取り調べはものすごく厳しいでしょうから、普段言わないこともベラベラしゃべっちゃったわけです。 先ほどもお話したように秘書だけではなく、家族に裏切られて失脚する場合もあります。みなさんも記憶に新しいと思いますが、小沢一郎氏の政治生命をほぼ終わらせたのは、小沢氏の元妻、和子さんですよね。小沢氏の支援者に向けて書いたとされる「離縁状」でさえ週刊誌に公開されましたが、痴情のもつれがこじれてスキャンダルが明るみになるケースなんて珍しくはありません。 男女のもつれということで言えば、政治家が自分の愛人に裏切られるというパターンも実に多いですよね。宇野宗佑元首相なんか、自分の女性スキャンダルが表に出たのは宇野さん自身がケチだったからです(笑)。宇野さんはとても健全な金銭感覚の持ち主で、愛人への口止め料なんか無駄な金だと考えて払うのをしぶったんです。「あいつなんて放っとけばいい!」と言わんばかりに、愛人への手切れ金をケチったことが仇になったんです。 海外に目を向けると、内部告発サイト「ウィキリークス」のように、これまでの技術では考えられなかった盗聴や情報流出が起きて政治家のスキャンダルが発覚したというケースもありました。中国なんかでは、政治家に女をあてがう「ハニートラップ」なんか当たり前のように起こり得ます。 そういえば、かの国で最近起こった政治家をめぐるスキャンダルといえば「薄熙来事件」がありました。ご存じの方も多いでしょうが、自分の腹心で公安のトップだった王立軍が抹殺されるのを恐れて、こともあろうに成都の米総領事館に逃げ込んだことが失脚の糸口になりましたよね。こうなると、江沢民と親しい関係で権勢を誇っていた薄熙来でも、コントロールが効かなくなりますから、もう手の打ちようがなくなります。 どこの国でもそうですが、政治家というのは建前では清廉潔白を求められる職業です。わが国でも、政治家が反社会的組織の人物とのツーショット写真が週刊誌等に掲載され、釈明に追われるというスキャンダルがよくあります。でも、常識で考えれば、政治家が「一緒に写真を撮ってください」と支援者かもしれない人物に言われて、それを断るなんてことはなかなか出来ませんよね。こんなケースではむしろ、ことさら問題にして取り上げるマスコミや野党の側だって悪い。暴力団関係者と知りながら、誕生パーティーに出席するのとはワケが違う。もちろん、一瞬話題にはなっても、その後大きな問題にはならずに収まっていますよね。 政治家に限らずどんな職業であれ、未熟な人間であれば罠にひっかかりやすいのは当然です。要するに個々人の「脇が甘い」わけです。ただ、今回の甘利氏のように、海千山千の政治家が引っかかるのは、それなりの「理由」があると思いますよ。それに報酬や供与が賄賂になるのかどうか、基準がはっきりしていればいいんですけど、どれもこれも曖昧なもんだから、「お前、カネを受け取っただろ」と脅される隙がどうしても生じてしまう。 私の官僚時代で言えば、贈答品などでも月給の20分の1までならOKなどという暗黙の「目安」がありましたね。先輩からは「ジョニ赤はセーフ、ジョニ黒はアウト」などと教えられた記憶があります。当時の私の初任給なんて約10万円程度でしたから、ウイスキーの昔の価格でいえば、5千円のジョニ赤なら問題ないが、20分の1を超える1万円のジョニ黒ならダメとなるわけです。ある銀行では「いただいたモノの半返しならセーフ」というルールなんかあったそうです。 アメリカなんかは、日本よりもっとはっきりしていますから、食事も贈り物も上限がきっちり決まっている。ワシントンでは「オフィサーズランチ」というのがあって、高級レストランの1万円のメニューでも高官だけが割安になる制度なんてのもありました。 まあ話はいろいろ横道になりましたが、今回の疑惑で考えれば、甘利氏の疑惑を告発した人物は、決定的な証拠をつかんだ上で甘利事務所側を強請ろうという意図なんかがあったのかは知りませんけど、結局はお金に困っていたんじゃないのかと疑わしい部分もありますよね。いずれにせよ、甘利氏はこの人物の告発がもとで失脚したことは間違いないですが、甘利氏が辞任したところでTPP交渉に影響が出て、御破算になるわけではありません。いま、甘利氏を辞任に追い込んで得をする利害関係者なんか見当たらないし、告発した人物の背後に誰かいるとも考えづらい。このスキャンダルは、甘利氏と告発した人物をめぐる利害のもつれが引き起こしたと考えるのが一番自然なんじゃないでしょうか。(聞き手、iRONNA編集部・松田穣) やわた・かずお 1951年、滋賀県生まれ。東大法学部卒業後、通産省入省。フランス国立行政学院(ENA)留学。大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任し、退官。作家、評論家として新聞やテレビで活躍。徳島文理大学教授。著書に『誤解だらけの韓国史の真実』(イースト新書)、『歴史ドラマが100倍おもしろくなる 江戸300藩 読む辞典』(講談社+α文庫)など多数。
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