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本川裕の社会実情データ・エッセイ
2016年11月29日 本川 裕 [統計データ分析家]
大統領選を決した米国の「格差と対立」をデータで見る
トランプ候補が勝った米国大統領選挙の出口調査で、地域別には、都市部でのクリントン有利に対して地方でのトランプ有利が目立っていた点については、前回述べた。
この度の大統領選の特色として、学歴や所得水準や地域による米国国民の間で広がる分断がしばしば指摘される。今回は、大統領選であらわになった米国の深刻な地域格差についてふれてみよう。
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◆図1 米国大統領選の州別結果と州別の平均寿命
©本川裕 ダイヤモンド社 禁無断転載
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従来から、北東諸州や西海岸カリフォルニア州などの東西沿岸都市部が民主党の地盤であり、また、内陸の中西部や南部が共和党の地盤となっており、党のイメージカラーから、前者は、ブルー・ステート、後者は、レッド・ステートと呼ばれている(図1参照)。
もともと、レッド・ステートは、相対的に人口が少ない州が多く、人口1人当たりの票の重みで有利な点が知られており、今回の大統領選でも、全国的な得票数ではかなり上回ったクリントン候補が、獲得した選挙人数で敗退したのもそのせいである。
今回は、さらに、図に見られる通り、製造業の不振で地域が落ち込んでいるオハイオ州やペンシルバニア州などラストベルト(ラストは金属のさびのことで使われなくなった工場や機械を表現)の州をはじめとする5つの州で、民主党から共和党への転換が生じ、これがトランプ候補勝利を決定づけたといってよい。
ブルー・ステートとレッド・ステートの地域分布は、健康格差の代表指標である平均寿命の長短に関する地域分布とかなり重なっている。今回、民主党から共和党に転換した5州は、従来からのレッド・ステートと比べると、平均寿命が比較的高い地域が多くなっており、地域の性格としては両方の境界にあるような州が、新たに共和党へと転換したのだということが分かる。
健康格差と所得格差
日本との比較
一般に、人間の寿命は、所得水準が向上すると伸びていく傾向にある。時系列的には、どの国でも、経済が成長すると貧しい時代と比較して長寿になってきたし、また、現在時点の国際比較でも、豊かな国ほど平均寿命は長いことが明らかとなっている。
しかし、平均寿命に関する国内の地域格差は、国全体の所得水準が向上しても、残存する場合があり、米国がその典型である。
米国の平均寿命は、経済が発展した先進国の中で、もっとも短い点がよく知られているが、これは、国内の地域的な健康格差の大きさによってもたらされている。その理由は、国内の所得格差そのものがなお大きいためであり、また、所得格差があっても健康格差を生じさせないような制度的な仕組み、すなわち国民皆保険を米国が例外的に普及させてこなかったせいでもある。
この点を、分かりやすく理解するために、上で示したマップによる州ごとの状況を日本の地域状況と対照させながら散布図であらわしてみよう(図2参照)。X軸には、1人あたりの地域GDPであらわした所得水準をとり、Y軸には、平均寿命の男女計の値をとっている。地域別の所得格差と健康格差の状況を一挙に見て取ることができよう。また、米国については、今回の大統領選の州別結果もマークの色であらわした。
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◆図2 米国に置ける大きな地域格差と2016年米国大統領選
(日本の地域格差との比較)
©本川裕 ダイヤモンド社 禁無断転載
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特徴点は以下の5点にまとめられよう。
(1)所得格差(所得水準のばらつき)は東京をふくめると日米でそう変わりがないが、東京を除くと、日本の方が格差が小さいといえる。
(2)平均寿命の水準は日本の各地域が米国の各州を明らかに上回っている。日本で最も平均寿命の短い青森県でも米国で最も平均寿命の長いハワイ州を上回っている。
(3)健康格差は日本の方が明らかに小さい。日本の都道府県の寿命の差はほぼ2歳の範囲に収まっているが、米国の場合は、州により7歳ぐらいの差がある。
(4)日本の場合は分布の状態に右上がりなどの傾向は認められず、地域別の所得水準の差は健康格差にむすびついていない。まさに国民皆保険のもたらす効果といえよう。これに対して、米国の州の場合は、右上がりの傾向、すなわち、所得水準が高いほど平均寿命が長くなるという傾向が認められる。これは貧困層ほど無保険者が多く、適切な医療が受けられていないのが主因と考えられる。
(5)所得が低く、寿命も短い州ほど、共和党を支持するレッド・ステートが多く、逆に、高所得で寿命の長い州ほど民主党を支持するブルー・ステートが多い傾向が認められる。
貧しく寿命の短い地域ほど
国民皆保険に反対という皮肉
公約としてオバマ大統領が推進してきた健康保険制度改革(いわゆるオバマケア)は、貧しかったり既往症があると健康保険に加入できないという状況をなくすため、原則として国民全員に何らかの医療保険の加入を義務付けることにより、無保険者の人数を減らして、高額に跳ね上がっている医療費を抑制するとともに、地域的な健康格差を欧州や日本にならって縮め、国全体の平均寿命も先進国として恥ずかしくない水準にまで高めようとする政策だった。
ところが、公的な国民皆保険への一本化が保険業界の反対などで頓挫し、民間保険活用型の強制加入制度となったため、保険料について政府の補助を受けられる低所得層はよいとしても、中間所得層などでは保険料負担がかえって重くなった。このため、大方から改革失敗とみなされるに至っていた。
オバマケアの失敗に対して、クリントン候補に民主党の予備選で敗退した左派のサンダース候補などは、欧州や日本のような公的な国民皆保険への転換という抜本改革を掲げたが、保守党の従来からの主張を受け継いで、選挙戦中にトランプ候補はオバマケアじたいの廃止を公約として掲げた。トランプ次期大統領は、大統領就任後にまず取り組むと宣言している政策のひとつとして医療保険改革の廃止を掲げているので、今回の政権交代で、健康格差解消へ向けた取り組みが頓挫することは、まず、間違いなかろう。
本来の意図にそった医療保険改革であれば、もっとも恩恵を受けるはずの寿命の短いレッド・ステートで、かえって改革に反対する投票行動をとったという状況があまりにも皮肉である。
これは、もはや、利害の問題ではなく、文化の違いの問題なのではないかと思わせる状況である。米国における平均寿命の地域格差は、必ずしも、所得水準や無保険者の割合だけで生じているわけではない。例えば、他殺率なども、レッド・ステートでは文明国としては異例なほど高くなっている。そこには、太く短く生きようとする文化と細く長く生きようとする文化の対立があるのかもしれない。
そうだとすると、オバマケアの審判という側面の強かった今回の大統領選では、老い先短い我々が、長生きするあいつらの健康保持のために、高い保険料を払わされたのではたまらないという気持ちがレッド・ステートの人びとに生じて、政権交代を促進したのかもしれない。
米国内の文化上の地域対立
その歴史的由来
レッド・ステートでは、銃の所持や死刑制度、小さな政府、キリスト教福音主義、「家族の価値」、性的厳格さなどを支持し、ブルー・ステートにおける犯罪者や敵対国家に対する寛容、政府への信頼、頭でっかちな世俗主義、男女同権、あるいは同性愛など「性的放縦さ」の許容を理解しがたいと感じる者が多い。ブルー・ステートでは、全く、逆であり、レッド・ステートの考え方は、歴史を逆戻りさせるものだと感じている者が多い。
進化論に対する見方は、こうした文化対立の象徴的な例であろう。図3に掲げたとおり、米国の共和党支持層は、進化の存在を信じていない者の方が多く、進化があったことを信じているものが3分の2を占める民主党支持層と対照的である。この結果、米国人は全体として、先進国の中で、進化があったことを信じない者がもっとも多い国なのである。
また、これは単に、米国人が時代遅れなためではない。2009年から2013年への変化を見ると、民主党支持層では進化を認める者が増えているのに対して、共和党支持層では、むしろ、減っているのである。国内の文化対立の亀裂が深まっているため、米国人が全体として事実の正しい認識から遠ざかってしまっていると考えざるを得ない。
◆図3 米国人の二極化する進化観
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©本川裕 ダイヤモンド社 禁無断転載
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何故、このような地域的な文化対立が生じてしまったのであろうか。
スティーブン・ピンカーは「暴力の人類史」の中で、「文明化のプロセス」をたどって、暴力に満ちあふれた時代から人類社会が脱却していく道筋を叙述しているが、米国では地域により2つの異なる方式が採用されたことが現代の政治的な国内分裂を生んだと分析している。私は、これが、米国国内の大きな地域差の由来を説明する大きなカギだと思っている。ピンカーはこういっている。
〈私は、この「文化戦争」が、アメリカという国が二つの異なる文明化プロセスをたどった歴史の産物ではないかと考える。アメリカ北部はヨーロッパの延長であり、中世から始まった宮廷と商取引を原動力とする文明化プロセスを引き継いだ。これに対して南部と西部は、開拓時代に無政府状態にあった地域で生れた名誉の文化を維持し、行き過ぎた部分は教会や家族、禁酒といった独自の文明化の推進力でバランスを保ってきたのだ〉(上巻p.205)。
ここで、文明化プロセスの原動力とされている「宮廷」とは中世の王宮の廷臣の間で礼儀をわきまえる習慣が形成されたことを指し、「商取引」とは、近代への歩みの中で、つぶしあいの土地経済から相互利益の商取引へと富の源泉が変化したことを指す。米国北部は欧州における成果を引き継いだのに対して、中世を残した欧州へき地からの移民が多かった南部と西部では、暴力からの脱却を一から始めなければならなかったという訳である。
文化的に二分された米国をみずから認めている米国人でもその根拠については無自覚らしい。〈アメリカのレッド・ステートで宗教や「家族の価値」が神聖視されているのも、もとはといえばカウボーイの町や鉱山労働者の飯場でいさかいを起こす荒くれ者どもをなだめるための戦術だったからであることは、もはやすっかり忘れられている〉(下巻p.16)。
日本とはまったく違う
文化背景による政治状況
私は、米国の共和党支持層では、進化論を否定する考え方が多数を占めるという前掲のデータを知って、どうしてもその事実が信じられなかったが、米国の西部劇映画などにもうかがわれるレッド・ステートにおける恐るべき暴力社会からの脱却が、宗教に丸ごと帰依する以外の方法では難しかったことの反映だというピンカーの説ではじめて何となく納得できるようになった。
米国大統領選におけるトランプ勝利についての我が国のインテリや社会運動家に見られる典型的な論調は、トランプ候補の勝因となった現状の政治や経済のシステムに対する米国民のうんざり感は、閉塞感がまん延する日本でも無縁ではなく、米国と同様に、既成政治家を排除する下からの圧力が高まり、いわゆるポピュリズムを特色とする政治指導者に道を開く可能性が否定できないという考え方であるが、これまで見てきた日米の地域格差についての大きな状況の違いや日本では信じられないような米国における文化対立の存在を踏まえると、日米が同じような政治状況にあるとはどうしても見られない。
http://diamond.jp/articles/print/109509
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