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トランプからルペンへの飛び火をどう防ぐか
岡部直明「主役なき世界」を読む
排外主義の連鎖を防ぐための国際連携を
2016年11月22日(火)
岡部 直明
ドナルド・トランプ氏が米国の次期大統領に選出されたことは世界を揺さぶっているが、なかでも来年春に実施されるフランスの大統領選挙への波及が懸念される。トランプ氏と同様、排外主義を掲げる極右・国民戦線のマリーヌ・ルペン党首がトランプ旋風に乗ってどこまで勢力を拡大するかである。それしだいで、英国の離脱決定で大揺れの欧州連合(EU)の危機が深まるおそれがある。トランプからルペンへの飛び火をどう防ぐか、国際社会の新たな連携が試されている。
11月9日、トランプ氏が次期米大統領になることが決まった後、フランス・パリ近郊ナンテールの国民戦線党本部で記者会見するマリーヌ・ルペン党首。フランスでも来年の大統領選で番狂わせが起こり、ルペン氏が勝利するのではないかという見方がある。(写真=Getty Images)
TPPから“新TPP”への危険
トランプ氏の勝利を最も歓迎しているのは、ロシアのプーチン大統領とともに、フランスの極右、ルペン氏だろう。ルペン氏はトランプ登場で「仏大統領になる可能性が一気に高まった」(BBCテレビ)と公言している。さらに、自分が仏大統領になれば、「トランプ米大統領、プーチン・ロシア大統領とともに世界の指導者3人組が誕生し、世界平和のためになる」とまで述べている。
トランプ登場でTPP(環太平洋経済連携協定)は大きく後退したが、世界は新TPP(TRUMP=PUTIN=LE・PEN)の時代になるというのだろうか。
トランプ氏の当選について、フランスのオランド大統領は「不安定な時代の始まりになる」と警鐘を鳴らし、ドイツのメルケル首相は「人権と尊厳は出身地、肌の色、性別、性的嗜好、政治思想を問うことなく守られるべきだ」とトランプ氏の差別主義に警告した。ルペン氏の歓迎論とは大きな差がある。
排外主義の本質変わらず
父親のジャン=マリー・ルペン氏が粗野な極右だったのに対して、その後継者で娘のマリーヌ・ルペン氏は、洗練された極右といえる。「歯止めのないグローバル化、破壊的な超自由主義、民族国家と国境の消滅を拒む世界的な動きがみられる」と分析している。
まるで、フランスの論客、エマニュエル・トッド氏や米国のノーベル賞経済学者、ジョセフ・スティグリッツ教授の見解とみまがうほどだ。だから、日本の識者の間にさえ「ルペン氏を極右と決めつけるのはいかがなものか」といった声すらある。
しかし、ここは覚めた目が求められる。1980年代半ば、日本経済新聞のブリュッセル特派員として、欧州情勢を取材していた筆者は、欧州議会などに浸透するジャン=マリー・ルペン氏の仏国民戦線に大きな脅威を感じたものだ。記事の扱いは小さかったが、極右の台頭を危機感をもって報じた。それはブリュッセル駐在のジャーナリストたちに共通した感覚だった。当時は「ルパン氏」と表記されていたが、怪盗ルパン(LUPIN)と区別して「ルペン氏」と呼ばれるようになった。
反ユダヤ主義のならず者とみられていた国民戦線は時間の経過とともにフランスに定着し、大統領選にまで顔を出すようになった。反ユダヤ主義を封印するなど、いまや洗練された極右として支持を広げている。しかし、一見いかに洗練されたようにみえようと、排外主義の本質に変わりはない。この点は忘れるべきではない。極右の台頭に身を任せる危険は、歴史が教えている。
EUの行方を左右する仏大統領選
来年春の仏大統領選は、英国のEU離脱決定を受けてEUの将来にかかわる重要な選挙である。心配なのは絶対的な有力候補がおらず、混戦模様になっていることだ。社会党のオランド大統領の支持率は極めて低く、日本でも「オランドはどこに行った。どこにもオランド」などと揶揄されるほどだ。38歳のマクロン前経済相の出馬表明で一層、混沌としてきた。
共和党は予備選第1回投票で、フィヨン元首相とジュペ元首相の争いと決まり、右派のサルコジ前大統領は脱落した。
こうしたなかで、ルペン氏は最終の決戦投票に残る可能性が高いといわれる。ルペン氏は反EUの急先鋒であり、大統領になれば、EU存続の是非を問う国民投票を実施すると主張してきている。いまのところ、決戦で共和党候補が勝利するというのが大方の見方だが、トランプ登場が追い風になれば予断は許せない。仏大統領選の結果しだいで、EUは重大な岐路に直面することになる。
問題は、排外主義の風潮が連鎖するところにある。「英国第一」から「米国第一」へ、それが「フランス第一」に連鎖すれば、世界はまるで魚のように頭(先進国)から腐ることになりかねない。
保護主義封じる新たな国際連携を
排外主義の連鎖を防ぐには、まず保護主義を封じる新たな国際連携を確立するしかない。TPPから米国が離脱することが避けられないなら、さしあたって米国抜きで自由貿易体制を形成するしかない。
TPP11カ国と東アジア地域包括的経済連携(RCEP)を結合して、広くアジア太平洋の自由貿易圏をめざすことだろう。RCEPの主役は中国だが、アジア太平洋のサプライチェーンなど相互依存を考えれば、当然の選択肢になる。新たな自由貿易圏作りの動きが広がれば、貿易協定に背を向けるトランプ次期大統領も思い直すしかなくなるだろう。米国が再考するなら歓迎すべきだ。
合わせて、年内決着をめざしている日本とEUの経済連携協定も合意を急ぐことだ。これは保護主義に対する強いけん制にもなる。英国抜きのEUにとっても再結束の足がかりになるはずだ。
TPPからの米国の離脱や米EU間の自由貿易協定交渉の頓挫など、メガFTA(自由貿易協定)の時代には暗雲が立ち込めているが、TPP11(米国抜きのTPP)とRCEPの結合や日EU経済連携協定など、なお道は残されている。新たな国際連携に取り組むことこそ、保護主義を封じ込める道である。
パリ協定を空洞化させるな
地球温暖化防止のためのパリ協定は、先進国と発展途上国がこぞって参加する地球規模の枠組みである。日EUなど先進国に限定した京都議定書に比べて格段に意義のある協定だ。米中が先導し、EUも加わって11月4日に発効した。
批准が遅れた日本は「環境後進国」と思われても仕方がないほどの失態ぶりだった。第22回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP22)のモロッコ会議にはオブザーバーでしか参加できなかった。京都議定書をまとめた当事国としてあまりに情けない。
もっと問題なのは、米中が先導したパリ協定からトランプ次期大統領は離脱する構えである点だ。米国内のキリスト教右派勢力には、地球温暖化そのものがまやかしだという誤った説があり、トランプ次期大統領もそれに賛同している。かりに米国がパリ協定から離脱することになれば、協定の空洞化は避けられなくなる。オバマ米大統領はもちろんのこと、各国は国際連携を強化してトランプ氏への説得工作に取り組む必要がある。
パリの同時テロ直後のパリ協定の合意は、オランド仏大統領の手腕だったといっていい。仏大統領選に向けて、大いにアピールすべきである。
成長戦略でフランスは一歩前に
EU内に広がる反EU機運を抑えるのは簡単ではないだろう。英国のEU離脱決定、米国でのトランプ登場で明らかになったのは広がる所得格差に対する強い不満である。しかし、格差拡大がグローバル化によるものだという決めつけは間違っている。反グローバル化が排外主義に直結すれば、経済は衰退し不満をぶつけた層こそが最も大きな打撃を受けることなる。この「反グローバル主義の不経済学」を人々に丁寧に説明することこそEUの指導者の役割だろう。
そのうえで、財政規律一辺倒ではない新たな成長戦略を打ち出すことだ。EUの運営は、財政規律のドイツと成長戦略のフランスがかみ合って初めてうまく機能する。フランスが成長戦略を軸に一歩前に出ることができるかどうか、それが仏大統領選を、そしてEUの今後も左右することになる。
重い日本の歴史的役割
時計の針が大きく逆回転しかねない時代にあって、日本の役割は重い。どんな政権であっても日米同盟の維持強化は基本だが、それだけではすまない。トランプ次期大統領には、保護主義回避や地球温暖化防止などで友人として苦言を呈するしかない。超大国の誤った選択を座視することほど危険はない。主役なき世界にあって、歴史の歯車を前に進める新たな国際連携で、日本は先導役になることが求められる。
このコラムについて
岡部直明「主役なき世界」を読む
世界は、米国一極集中から主役なき多極化の時代へと動き出している。複雑化する世界を読み解き、さらには日本の針路について考察する。
筆者は日本経済新聞社で、ブリュッセル特派員、ニューヨーク支局長、取締役論説主幹、専務執行役員主幹などを歴任した。
現在はジャーナリスト/明治大学 研究・知財戦略機構 国際総合研究所 フェロー。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/071400054/111900012
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