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キッシンジャー氏へのインタビューを概括すると、トランプ氏が選挙期間中に主張していた外交政策を、よりスマートにかつロジカルに言い換えたものと言えるだろう。
日経新聞は「「孤立主義」あり得ない」という発言を見出しに掲げているが、トランプ氏は、“米国第一主義”(外交や対外活動は米国の国益を基準に判断)を唱えたのであり、トランプ外交政策=「孤立主義」というのは一部メディアや識者の誤読(ないし反トランプに誘導するための言辞)でしかない。
キッシンジャー氏の発言からポイントになるものをざっと拾い出すと、
「第2次大戦後に現れた世界は終わろうとしており、多くの国々の関係を再定義する必要に迫られている」
「多くの同盟関係はソ連が大きな脅威だった時代に生まれたものだ。今、新しい時代において脅威の内容は違っている。それだけ取っても、すべての同盟は再考されなければならない。新しい現実に立ち向かうため、前向きな意味で再考すべきだ、ということだ」
「指導者たちは執務室で同盟の評価を重ね、その評価を基礎として(同盟を)修正しなければならない」
」
「「米中戦争」の可能性を否定するところから始めるべき」
「我々は他の地域の国々を理解しなければならず、彼らの意思決定についても思いを寄せなければならない。言い換えれば、米国によって彼らの意思は決められない。それは米国にとって新しい経験といえる」
「(各国間の)交渉で、それ(ルール)も修正されなければならない」
安倍首相がこの間ポーズとして「日米同盟」にすがっているように見せたことは問題ないが、日本の政治家や官僚そして国民は、それを横目に、「日米同盟」(内実は対米従属)を再評価し新しい世界に対応した日米関係を再定義する思考作業の必要性に迫られている。
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[時論] トランプ・ショック 世界の秩序は
ヘンリー・キッシンジャー氏
未曽有の大乱戦となった今年の米大統領選は当事者である米国だけでなく、国際社会にも大きな衝撃を与えた。冷戦終結後、唯一の超大国となった米国はこれからも世界で主導的な地位に留まるのか。多極化が進む世界に新たな秩序は生まれるのか。米外交界の大御所で、ニクソン、フォード両政権で国務長官を務めたヘンリー・キッシンジャー博士に聞いた。
■「孤立主義」あり得ない
――共和党のドナルド・トランプ次期大統領が選挙戦で展開した主張により、米国は「新たな孤立主義」に毒されつつあるような印象を世界に与えました。
「すべての国は自分自身の国益を理解した上で、その外交政策を論じなければならない。安全かつ、妥当に下せる決断の範囲がどこまでかを知ることから(外交の立案を)始めなければならない。だから、米国に『新・孤立主義』の選択肢はあり得ない。それは外交政策を知らない人たちの間で流行するロマンチックなファンタジーにすぎない」
「ある国と我々が同盟関係に入ったとする。それは我々が彼らの願いを聞き入れたわけでもなく、彼らが我々のそれを聞き入れたわけでもない。ただ双方の国益を反映した結果なのだ」
――実際には今回の大統領選を通じて、多くの国々が米国の針路、意図に不安を覚えたのも事実です。
「(米国内政治に関して)問題となっているのは、双方の過激な人たちが多くの支持を得た選挙の制度だ。左派でも右派でも、多くの人々が現状に不満を抱いていることの表れでもある。これは(米外交の)安定性や、知性と柔軟性を持って(世界の難問に)対応する能力という点でとても重要な意味を持っている。だからといって、すべての政治家が胸に抱いている、すべての幻想を現実のものとして実行できることを意味するわけではない」
――21世紀も米国は「リベラルな国際主義」に基づいて世界を主導していけるのでしょうか?
「この(リベラルな国際主義の)伝統を持ち、確立してきた国々は今後もそれを追い求め続けるべきだ。これが彼らにもしっくりと来るからだ。彼ら自身の行動もこれ(国際主義)によって形作られる。この考え方を他国に武力で押し付けるべきではないと思うが、我々はそれを志向しており、その価値観(民主主義、言論の自由、人権の尊重)を心地良いと感じている」
「ただ、軍事行動を起こす際には、戦略的な必然性を考慮すべきであり、国内で発生する(国際主義への信奉など)感情を反映するものであってはならない」
――民主党のヒラリー・クリントン候補の陣営を中心に、米国の同盟戦略を強化すべきだと説く声もありました。対して、トランプ氏は日本など同盟国に応分の負担を求めています。
「同盟戦略とは元来、世界規模で解決不能な諸問題が存在するという事実から発生するものだ。その戦略は同盟相手と米国の国益を反映したものでなければならず、それによってその特別な関係性は定義される。指導者たちは執務室で同盟の評価を重ね、その評価を基礎として(同盟を)修正しなければならない」
「多くの同盟関係はソ連が大きな脅威だった時代に生まれたものだ。今、新しい時代において脅威の内容は違っている。それだけ取っても、すべての同盟は再考されなければならない。新しい現実に立ち向かうため、前向きな意味で再考すべきだ、ということだ」
――「新しい現実」の一つに中国の台頭があります。米国は中国との関係をどう管理するのですか。
「近代において、人は主要国間の戦争が何をもたらすかに思いをはせなければならない。今、技術の力はとてつもなく巨大であり、予測不能だ。それゆえ、大国間における1回の戦争だけでも大惨事となる。この事実は(21世紀の)新しい要素だ。これまでは戦争が(国際社会における難問の)解決策の一つと考えられていたからだ」
――かつての英独のような既存大国と新興大国との争い、つまり「米中戦争」の可能性を否定するところから始めるべきだと?
「その通り。だからこそ私はこう言いたい。米中両国の指導者たちは互いにどんな問題があろうとも、両国間の戦争は両国民のみならず、人類のためにならないという現実をしっかり認識するだろうと」
「だが、米中両国には文化的に大きな違いがあるだけに、それをいかにして成し遂げるのかは最も難しい課題といえる。そこには競争の要素もあるが、共存という重要な要素もある。その双方を心に強く留めておかなければならない」
――米中両国の指導者は「戦争が解決策ではない」というコンセンサスを共有できるでしょうか。
「そうでなければならない。もし、彼らがそれをできなければ、結果はとても良くないものになる」
■対ロ・対中関係 自問せよ
――米国と中国に加え、米国とロシアなど大国の関係は今後どうなりますか。
「世界は今、大きな変革期にある。第2次大戦後に現れた世界は終わろうとしており、多くの国々の関係を再定義する必要に迫られている。ある程度は国内事情に左右され、ある程度は互いが相手をどうみているかにもよる。ある時点で我々は(それぞれの国と)それを議論すべきだと思う」
――そんな時代に、トランプ氏は強いリーダーシップを発揮できますか。
「第2次大戦が終了した時点で、米国はユニークな立場にあった。それは未来永劫(えいごう)続かなかったが、しばらくの間、米国は世界の国内総生産(GDP)の過半を占め、国際社会は米国の決断に大きく依存した。我々はいかなる問題だろうと持てる資産を使って、圧倒できたのだ」
「現在いくつかの問題について我々は適切に取り扱うことができずにいた。そして、資産において唯一無二のアドバンテージを背景としたセーフティーネット(安全網)のところまで退いた。いまだに世界で最も強固な経済力を持っているにもかかわらず、だ」
――米国の世界への姿勢にも転機が訪れていると?
「我々にはいまだに多大な影響力がある。一方で、我々は他の地域の国々を理解しなければならず、彼らの意思決定についても思いを寄せなければならない。言い換えれば、米国によって彼らの意思は決められない。それは米国にとって新しい経験といえる」
――米国の新政権は今後どのような国際戦略を志向すべきなのでしょうか。
「私は合衆国が『グランド・ストラテジー』の活用法を学ぶべきだと説いてきた。現時点に至るまで、我々は個別の案件を解決することばかりに神経を注いできた。つまり多くの国を互いに結びつけるような長期に及ぶ戦略の必要性を認識していなかった。これは米国にとって、いまだに答えを得ていない課題なのだ」
「米国の新政権がまず、取り組まなければならないのは、(米ロ、米中関係の今後について)自問することだ。その時の質問は『彼らは何を成し遂げようとしているのか』であり、『彼らは何を妨害しようとしているのか』であり、『それを誰とするのか』だ。そして、『その目的の達成のため、誰が我々に懸念を与えるのか』ということだ」
――近著では新たな世界秩序を形成する際の考え方として、17世紀の欧州で成立した「ウエストファリアの平和」の21世紀版のようなものを提唱しています。
「(30年戦争終結のためドイツと、フランス・スウェーデンの間で結ばれた条約を指す)『ウエストファリアの平和』は400年前にはとても重要な意味があった。長く続いた宗教戦争で多くの犠牲者を出したため、当時の指導者たちは宗教上の問題と政治上の問題を切り離すことを決めた」
「その結果、手続きによって参加できる国際システムをつくり、必ずしも誰かの意見に(すべての国が)同意しなくてもよくなった。もちろん、何か行動を起こせば、それは国際法に照らされる。こうした諸原則はどのような国際システムにおいても有益だと思う」
――中国やロシアの存在感が増す21世紀の国際システムにおいても、ですね?
「そうだ。その際、何がルールになるのかについて同意を作り上げなければならない。そのルールとは『単なる国境』は変わり得るという考え方かもしれない。そして(各国間の)交渉で、それ(ルール)も修正されなければならない」
「戦後欧州の振興をみれば、常に問題となったのは『すべての国境は神聖で、犯されるべきものではないのか』ということだ。その後、『ヘルシンキ宣言』で『それら(ルール)は合意によって変わり得るのだ』と言った。それは重要なステップだ。だから、多くのルールが(各国間の)関係を統治するという概念は今もとても重要だと思う」
Henry A Kissinger ニクソン、フォード政権で大統領補佐官(国家安全保障問題担当)、国務長官などを歴任。1971年に当時、国交断絶状態にあった中国を極秘訪問。周恩来首相らと会談を重ね、後のニクソン大統領による電撃訪中、米中和解劇を演出したことで知られる。
2007年にはウィリアム・ペリー元国防長官、ジョージ・シュルツ元国務長官らと共に「核なき世界」の実現を提唱する共同論文を発表。オバマ大統領にも進言し、話題を呼んだ。近著「国際秩序」(日本経済新聞出版社刊)では新たな世界秩序のあり方を巡る議論として、17世紀の欧州で成立した「ウエストファリアの平和」の効用を説いている。93歳。
◇ ◇
<聞き手から>米中の未来に強い危機感
「プーチンと対話することは自然なことだ」。合計で1時間近くに及んだ取材の最中、安倍晋三首相によるプーチン・ロシア大統領の招聘計画に話題が及んだ時、キッシンジャー博士ははっきりと断言した。そして、以下のように言葉を続けた。
「日本は独自の国益にのっとって、物事を決めなければならない。私は安倍首相を大変、尊敬しており、何が日本の国益になるのかという判断において、彼を信用している。我々(米国)の課題は、我々の国益を日本の国益に関係付けることであり、日本の外交政策に関係付けることではない」
この言葉にこそ、93歳の今も「レアル・ポリティーク(現実政治)」の大家として、米国のほか、世界の外交戦略に多大な影響を与え続けるキッシンジャー博士の真骨頂があると感じた。
「米国第一主義」を掲げ、外交・安全保障政策で内向き志向を強めるトランプ次期大統領の登場で、米一極体制は名実ともに終わりを迎える。随所で米中関係への危機感もにじませた老戦略家が思わず漏らした「戦争は解決策ではない」という言葉は、トランプ政権に対する重い警鐘のように聞こえた。
(編集委員 春原剛)
[日経新聞11月13日朝刊P.9]
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