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米議会の良識が疑われる! 9.11テロでサウジを提訴
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/8072
2016年10月31日 岡崎研究所 WEDGE Infinity
米議会がオバマ大統領の拒否権を覆し、9・11の遺族がサウジを提訴することに道を開く法案を可決したことについて、9月29日付フィナンシャル・タイムズ紙社説は、米国の国益に重大な影響を与え得るとして、強い懸念を表明しています。論旨、次の通り。
■政治的に危険
米国の長年にわたるサウジとの戦略的同盟を再検討する、もっともな理由があるのかもしれない。その中で、米国と同盟国が打倒しようとしている過激主義者のイデオロギー的温床となるワッハーブ主義のムスリム世界への拡散に、サウジが役割を果たしていることは、小さくない。しかし、状況の変化を考慮しつつ緊張した関係を問うことと、自ら禍を招くことは、別のことである。
米議会は、9・11におけるサウジの共謀につき遺族の提訴を可能にする法案へのオバマの拒否権を覆し、まさにそういうことをした。テロ支援者制裁法(Justice Against Sponsors of Terrorism Act)は、1976年の外国主権免責法を改正し、米本土に対するテロ行為への外国政府の関与に対し米国内で提訴できるようにするものである。法案の支持者は、可決のチャンスを最大化すべく、9・11の15周年と選挙前のタイミングを狙った。多くの理由からサウジへの感情が硬化し、9・11の犠牲者に対する正義を促進するように見える法案に反対することは議員にとって政治的に危険なことであったであろう。
攻撃を実行したアルカイダのテロリストに対するサウジ当局者による支援の疑惑は、議会の報告書の公表により再燃したが、確たる証拠はない。
米国にとっての予期せぬ結果はあまりにも大きい。この点、オバマは正しく、影響を議論することもなくほぼ満場一致でオバマの拒否権を覆した上院は、とんでもない誤りを犯した。
サウジは、法案が成立するようなことがあれば、何千億ドルもの米国の資産が無になる、と脅している。これは、米国よりもサウジの国益を損ねる。さらに懸念されるのはEUが警告するように、他の国が米国における主権免除の原則の浸食を前例と看做し各国の法律を改正することである。これは世界中の訴訟のパンドラの箱を開けることになりかねない。IRAによる爆破の英国人犠牲者が、米国におけるIRAの資金調達阻止ができなかったとしてワシントンを訴えることを想像してみるがいい。
オバマが強調した通り、法案は報復を招き、海外で働く米国の軍人や当局者を集団訴訟に対して脆弱にする。このことは、米国が外交政策の目標を追求する能力を大きく損ね得る。
しかし、米国の国益に対する潜在的なダメージは更に大きい。米国外では、この法案は、米当局がドルを用いて操業している海外の企業から莫大な額を罰金として巻き上げている「司法帝国主義」の拡張と看做される危険がある。ドルを棄てるとのサウジの脅しは今のところ空虚に響くかもしれないが、領域外での米国法の執行は、ドル以外の準備通貨を探す動機を与えかねない。
米議員には、サウジの過激派イスラム促進における有害な役割につき懸念する理由があるが、外交政策を訴訟人に外部委託するよりも、もっと自己破壊的でないやり方がある。
出典:‘Congress move against Riyadh risks backfiring’(Financial Times, September 29, 2016)
http://www.ft.com/cms/s/0/779b1caa-8635-11e6-a29c-6e7d9515ad15.html
上記社説の強い懸念はもっともです。この法律は、国際慣習法上の原則である国家主権免除を修正するものであるのみならず、米国が他国の報復を招く恐れがあり、その影響は少なからざるものがあると考えられます。
他国が同様な法律を制定すれば、米国政府、海外で働く米国の軍人や、政府関係者が他国の訴訟の対象となり得ます。さしあたって、ドローン攻撃やイスラエルへの軍事支援が訴訟の対象として考えられると言いますが、米国はどの国にも増して国際的に活動しており、訴訟の対象に事欠かないでしょう。
■米議会の良識を疑う
このように明らかに米国の国益に反する結果をもたらし得る法律が、上下両院の圧倒的多数で成立し、オバマ大統領の拒否権をも覆したことについて、米議会の良識を疑わざるを得ません。9・11以降、犠牲者の遺族らは、9・11のテロ攻撃にサウジ政府の関与があったとして、サウジ政府を訴訟するための法案の成立を求めて運動して来たといいます。最初の法案は2009年12月に提出され、2013年に再提出されて審議が行われ、今回の成立に至ったものです。
9・11のテロ事件にサウジ政府が関与した確たる証拠がないにも関わらず、議会でこのような大幅な支持があったことは、9・11が米国にとりいかに大きなトラウマであったかを改めて示すものです。上記社説は、来年の選挙を控え、議員は9・11の犠牲者に対する正義を促進するように見える法案に反対できなかったのではないかと言っています。今回の法律の成立は、9・11と選挙の相乗効果のなせる業と言えそうですが、それにしても議会はこの法律が米国の国益に与えうる害につき、もっと議論すべきだったのではないでしょうか。
近年、民主・共和両党の対決で審議が滞りがちな米議会に対する批判が高まっていますが、今回の法律の制定で、米議員がどこまで真剣に国益を考えているかについて、疑念を抱かざるを得ません。
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