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最低生活保障 欧州で社会実験へ
福祉の切り札か、財源バラマキか 導入の是非議論
政府がすべての国民に最低限の生活を送るのに必要なお金を無条件で定期支給する「ベーシックインカム(BI)」。オランダやフィンランドで、将来的な導入もにらんだ社会実験が2017年から相次いで始まる見通しだ。次世代の社会福祉の“切り札”か。それとも財源の“バラマキ”か。賛否が割れ、論争を呼んできたBIの効果検証に欧州が動き出す。
スイスの国民投票ではロボットが人間の職を奪うことが話題に上った=ロイター
4つの都市が17年初めからの社会実験を目指すオランダ。主導役のユトレヒト市はBIの発想を盛り込んだ実験プランを最初に打ち出し、1年以上かけて政府と交渉してきた。9月30日、カリンスマ社会・雇用副大臣が実験に大筋で同意。「大きな一歩を踏み出せた」。エーフェルハルト第1副市長は意気込む。
簡素化でコスト減
「いまの福祉制度は受給者の社会参加を著しく制限している。それに代わる新たな経済インフラをつくる実験だ」と副市長は語る。現行の失業手当などは受給者が働き始めると支給が削られるため、働く意欲をそいで貧困からの脱却を阻む「貧困のワナ」の問題をはらんでいる。
そこで、ユトレヒト市は「働いて収入を得ても支給額は減らない」「高齢者支援などの活動をすればボーナスも」など複数のケースを比較。働く意欲や社会復帰への影響を2年間調べる。実験対象の約600人は福祉受給者から選ぶので、全国民が相手のBIの理念には遠い。しかし厳しい支給条件や審査なしで月1000ユーロ(約11万5000円)程度を給付し、収入を得ても支給額が減らない点には、BIの発想がにじむ。
BIは無条件で一律に支給するため、複雑になりすぎた福祉制度を簡素にして、行政コストを削減する効果も期待される。支給のための審査廃止などでコストをどれだけ削れるかも調べる。ユトレヒト市などは実験結果を約1年かけて地元大学と分析し、国の政策への反映も目指す。「実験のインパクトはたいへん強力になる」。エーフェルハルト副市長は自信をみせる。
労働意欲低下も
ただBIを巡っては「バラマキ政策」との批判や、働かなくてもお金をもらえるので労働意欲が低下すると反対の声も根強い。オランダでのBI導入の是非を問う今春の世論調査では賛成が40%、反対が45%と割れた。オランダ下院は9月、BI導入を巡る討論を初めて開催。「働きたがらない人の請求書を働く人が払うのは不公平だ」(中道右派で与党の自由民主党)など批判の声が相次いだ。
フィンランドも全成人から無作為に2000人を対象に、2年間月560ユーロ(約6万5000円)を支給する社会実験の17年開始を目指す。BI反対派の批判に耐えられるデータを示せるか。オランダとフィンランドの実験結果に期待が集まる。
人工知能(AI)やロボットが人間の仕事を奪う時代への備え――。BIにはそんな狙いもある。1月の世界経済フォーラムでは、20年までに世界で710万人が職を失うとの報告に関心が集まった。45年ごろにAIが人類を超す「シンギュラリティ(技術的特異点)」を巡る議論も活発になってきた。
6月にBI導入の是非を国民投票したスイス。否決されたが、ロボットにふんして賛成を呼び掛けた推進派の姿が話題を呼んだ。ロボットに職を奪われても、BIのおかげで最低限の生活費を稼ぐ毎日から解放されるならば、我々は何をするのだろうか。働くことと賃金を稼ぐことを同一視しがちな現代人に、BIは根源的な問題も投げ掛ける。
(ブリュッセル=森本学)
ベーシックインカム
政府がすべての個人に、働く能力や所得、資産にかかわらず、生活に必要なお金を定期的に給付する政策構想。失業者やワーキングプアがより長期的で安定した雇用を探せるようになるため、貧困問題の処方箋と期待する声がある。生活保護など現金給付型の扶助をBIに一元化すれば、社会保障制度が簡素になり、不正受給の監視も不要となるため、行政コスト削減につながるとの指摘もある。一方でバラマキ批判も根強い。
[日経新聞10月11日夕刊P.2]
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