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今度は進展?ロシアがパイプライン敷設を再検討へ対中偏重を見直し、日本に接近したいロシア
2016.9.29(木) 藤 和彦
サハリン沖合にあるガス田に設置されたプラットフォーム(2006年、資料写真、出所:Wikipedia)
「サハリンから日本にパイプラインで天然ガスを供給する可能性を再検討することを決めた」
サハリンでのLNG(液化天然ガス)基地増設を報じる記事(9月26日付日本経済新聞)の中で、ロシア国営のガスプロムのアレクサンドル・メドベージェフ副社長がこうコメントしていた。
サハリンから日本への天然ガスパイプライン構想の実現を願っている筆者としては、「ガスプロムもついにその気になってくれたか」と感慨もひとしおである。
前原氏の前言撤回で恥をかいたメドベージェフ氏
日露間のパイプライン構想は過去20年の間何度も浮かんでは立ち消えとなっていた懸案であり、メドベージェフ氏自身も4年前に「ひどい目」に遭ったことがある。
メドべージェフ氏は2012年5月民主党の前原誠司政調会長(当時)とモスクワ市内で会談した際、日本向けガスパイプラインの敷設を提案した(2012年5月3日付日本経済新聞)。ガスプロムの提案に対し、前原氏は「政府・与党として可能性を検討する用意がある」と前向きな発言をした。しかし前原氏は帰国後、「ロシア・ウラジオストクのLNG輸出基地の建設計画が優先する」として前言を撤回した(2012年6月30日付日本経済新聞)。
前原氏が発言を変更した背景には、当時、ウラジオストクのLNG基地建設の事業参加に日本企業が積極的であったことが考えられる。
メドベージェフ氏は、ウラジオストクのLNG輸出基地の建設計について「計画を撤回したわけではない」としながらも、優先順位が低くなったとしている(現在は日本側も事業採算性の点で消極的になっているようだ)。
2012年にパイプラインを提案して日本側にけんもほろろに断られたメドベージェフ氏は、その後、パイプラインについて非常に消極的になったと言われている。そのメドベージェフ氏が、なぜ再びパイプライン構想に前向きになったのだろうか。
メドべージェフ氏はパイプライン構想の可能性を再調査する理由として「日本の実業界や政界から何度も強い要請があった」としている。
以前のコラム(「パイプラインは日ロの架け橋となるか?」)でロシアとのエネルギー協力拡大をテコに日露関係の早期改善を願う自民党の議員たちの取り組みを紹介した。筆者は、その熱意がメドベージェフ氏にも伝わったのだと確信している(ロシアでは「5月6日のソチでの日露首脳会談でプーチン大統領がパイプラインに言及した」との情報が広まっているようだ)。
日本側としては、メドベージェフ氏が再び「恥をかく」ようなことはなんとしてでも避けなければならない。
世界では天然ガス輸出の9割以上がパイプライン輸送
ここでサハリンの天然ガス資源について簡単に説明したい。
北海道の稚内から南端まで最短43キロメートルのサハリン島には、約600キロメートルの海岸沿いの浅い海底下に膨大な天然ガスが眠っている。宗谷海峡を挟んでいるが、ほとんど地続きと言ってよく、東京からの直線距離は沖縄より近い。国境を考えなければ、日本の国内資源と言っても過言ではない。
サハリンの天然ガスは、1980年代から日本とロシアの共同事業によって発見された。天然ガスの可採埋蔵量は約2.4兆立方メートル。日本全体の天然ガス消費量の約24年分である(今年9月、ロシアメデイアはサハリン鉱区でサハリン1・2・3に加えさらに巨大なガス田が発見されたと報じた)。
サハリン2鉱区の天然ガスは2009年3月からLNGという形で日本をはじめ中国・韓国などにも供給されている。その他のサハリンの天然ガス資源の大部分は手つかずのままである。
サハリン1鉱区の事業者は2000年頃、北海道を経由して首都圏を結ぶパイプラインによる輸送を日本政府に要請した。ところが、買い手側の中心である電力業界が難色を示したため実現に至らなかった。
国際的には、天然ガス輸出の9割以上がパイプラインによる輸送である。日本に次ぎ世界第2位の天然ガス輸入国であるドイツ(1040億立方メートル、2015年)は、全量をパイプラインにより調達している。輸入元の第1位はロシア(452億立方メートル、43.5%)である。
これに対し世界最大の天然ガス輸入国である日本(1180億立方メートル)は、全量をLNGにより調達している。輸入元の第1位はオーストラリア(257億立方メートル、21.8%)であり、ロシアは第4位である(105億立方メートル、8.9%)。
液化・海上輸送・気化に多額の費用を要するLNGは長距離の輸送には利用されているものの、パイプラインによる生ガス輸送に比べるとコストが高い。日本から近距離にあるサハリンの天然ガス輸入は、国際的な常識からすればパイプラインが適している。
進捗がはかばかしくない中ロのパイプライン事業
ロシア側が再びパイプラインに関心を持ち始めたのは「日本側の熱意」だけが原因ではない。そこに「中国ファクター」が作用していることは確実である。
ウクライナ紛争による欧米の経済制裁で窮地に陥ったロシアは、中国との関係を強化してきた。ロシア原油の最大の輸出先は昨年ドイツから中国へと変わり、天然ガスでも中国のプレゼンスが飛躍的に増大しようとしている。
天然ガスの分野で、これまでのところ中国のプレゼンスはないに等しかったが、2014年5月にプーチン大統領が訪中した際に、ロシアから中国への天然ガスパイプライン建設が合意されたことで事態は大きく変わった。パイプラインが完成すれば、中国はドイツを抜いてロシア産天然ガスの大輸入国となる。
しかし、ロシアから欧州に輸出されている天然ガス価格が下落している状況下で、中国が原油価格急落以前の段階で決まったとされる価格でガスを購入するとは思えない。
両国の間でガス価格の再交渉が現在行われているかどうかは定かではないが、このところパイプライン事業の進捗がはかばかしくないのは確かである。
ロシアから中国に敷設されるパイプラインは「シベリアの力」と呼ばれている。シベリアの力には、「東ルート」(サハリン〜ウラジオストク経由、年間380億立方メートル)と「西ルート」(西シベリア経由、年間300億立方メートル)」がある。今年7月、ガスプロムと中国石油天然気集団公司(CNPC)の間で、西ルートの建設に関する契約の調印が無期延期となった。中国経済の急減速で天然ガス需要が低下したため、中国側は大幅な価格引き下げを求めていることがその要因であると見方が多い。
東ルートについては、2019年の完成に向けて着々と工事が進められているとされているが、ガスプロムは今年2月、パイプライン建設費を前年の半分に削減した(約1380億円)。ガスプロムはその理由を明らかにしていないが、「ロシア側は供給開始後に中国が理不尽な値下げ交渉をしてくるのではないかと恐れている」と解説する専門家もいる。
2011年1月、ロシア産原油が東シベリア・太平洋パイプライン経由で中国に供給されるやいなや、中国はロシアに値引き要求を行い、ロシアは「煮え湯を飲まされた」経緯がある。ロシア側の中国に対する不信感が高まっているため、プロジェクト全体が深刻な困難に直面している可能性は否定できない。
ロシアの本音としては、対中偏重を見直し、日本に接近してバランスを取りたいということではないだろうか。
安全保障面で大きなプラスとなるパイプライン敷設
一方、日本では「パイプラインを結ぶとロシアに首根っこを押さえられる」との懸念が相変わらず根強い。「ガスの禁輸は使えない『武器』である」というエネルギー専門家の間の常識が一般の方々の認識にならないのは残念でならない。
現在、各種資源間の競争が激化している中で、資源国が天然ガスの供給を一方的に停止すれば、消費国からの信頼を失い、以降天然ガスを一切購入してもらえなくなる。
欧州地域はウクライナ問題でロシアと対立しているが、ロシアからの天然ガス輸入量は堅調に推移している。2015年9月には、ロシアへの経済制裁にもかかわらず、欧州企業はガスプロムとの間で「ノルドストリーム(バルト海を経由してロシア・ドイツ間をつなぐ天然ガスパイプライン)」の拡張に関する契約を締結した。
さらにパイプライン敷設は安全保障面で大きなプラスとなる。冷戦時代にロシアと西欧間に敷設された天然ガスパイプラインを見れば明らかだ。資源国は、パイプライン建設という先行投資を着実に回収するために、消費国に天然ガスを安定供給するという発想が強くなるため、消費国に対して敵対的な行動をすることができなくなるからである。
LNGでの供給では、この効果は期待できない。点と点のつながりなので「協調」という要素が薄いからである。
天然ガスの確保で「ガス自由化」は活況?
話題を日本国内に転じると、エネルギー市場は今年4月から大競争時代に突入した。「電力小売自由化」に加え、来年4月から「ガス小売全面自由化」が予定されており、天然ガス需要者の行動も以前に比べてダイナミックになりつつある。
昨年、東京電力と中部電力が火力発電部門の統合に向け共同出資会社(JERA)を設立し、今年5月に関西電力と東京ガスが首都圏でのLNG火力発電所を共同建設に関する検討を始めたように、エネルギー市場ではこれまでにない動きが表れている。
だが、その影で、「期待外れの『電力自由化』より、『ガス自由化』はさらに期待外れになる」との懸念が高まっているのも事実である。電力市場やガス市場に参入する際に、その元となる1次エネルギー源を確保できないという大きな障害が残っているからだ。
サハリンから天然ガスパイプラインが敷設されれば、その問題が一気に解消される。そのため、潜在的な需要者が以前に比べ格段に多くなっていることは間違いないだろう。
以上、パイプライン構想のメリットについて縷々述べてきたが、この構想が平和条約締結に向けて日露間で協議されている「8項目の協力プラン」の目玉となる日が、年末までにやってくるのではないだろうか。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47993
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