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[The Economist]「ドゥテルテのフィリピン」どこへ
6月末にドゥテルテ氏が大統領に就任してから、フィリピンではとんでもないことが次々起きている。麻薬取引の取り締まりでは、この3カ月足らずの間に約3000人の容疑者が超法規的に殺された。1877年から1950年に米国で起きた黒人のリンチ殺人事件の4分の3にのぼる規模だ。
ドゥテルテ大統領の言動に内外の投資家は不安を募らせる=AP
米刺激する発言 驚くべき気まぐれ
一連の殺害に懸念を表明した米国のオバマ大統領を、ドゥテルテ氏は「売春婦の息子」と呼んだ。オバマ氏は侮辱を受け流そうとしたが、ドゥテルテ氏は攻撃の手を強めた。南部ミンダナオ島でフィリピン軍部隊を訓練している米軍特殊部隊に9月12日、出ていくよう求めたのだ。同氏は100年以上前に米軍兵士がかかわった地元住民殺害の写真を振りかざし「米国と一緒にいる限り、決して平和は訪れない」と言い放った。
フィリピンにとって、米国は毎年数億ドル(数百億円)もの軍事支援をしてくれる最も緊密な同盟国だが、ドゥテルテ氏は13日には比国防相に対し、武器は米国ではなくロシアと中国から購入するよう命じた。フィリピン海軍は今後、米軍艦船とは一緒に南シナ海を巡回しないとも述べた。国民の親米感情を考えると、実に意外だ。
言い換えれば、ドゥテルテ氏は粗野で残忍なだけではなく、驚くほど気まぐれだということだ。人口150万人ほどの地方都市ダバオの市長を88年から20年以上務めた同氏には、外交どころか国政の経験もほとんどない。最近は国連からの脱退をほのめかし、戒厳令に近いものを敷くと宣言した。実際に戒厳令を出し、独裁政権を敷いた故マルコス元大統領をマニラの英雄墓地に埋葬することも決めた。こうした状況に国内外の投資家は当然、不安を抱く。東南アジアの経済の期待の星というフィリピンに対する好意的なイメージが損なわれる恐れもある。
フィリピンは今年4〜6月期の実質国内総生産(GDP)が前年同期比7%伸びた。伸び率は長期実績のおよそ2倍に当たり、周辺国や中国をも上回る。失業率は着実に低下し、現在は5.4%。国民は英語を話し、平均年齢が若い。サービス産業が活況で、教育水準が高い人々も海外ではなく国内に就業機会を求めるようになった。この急増する中間層が、海外在住のフィリピン人からの送金額の増加とともに、力強い個人消費を支えている。アキノ前政権時代の6年間に株式相場は大幅上昇した。アキノ氏が大統領に就く前年の2009年から15年にかけ、海外からの直接投資は3倍に膨らんだ。
ドゥテルテ氏はこのように経済的に極めて堅調な国を引き継いだ。同氏は大統領選で、外国からの投資や中国と米国の戦略バランスといった抽象的な話ではなく、犯罪や渋滞、汚職の改善など身近な問題を訴えた。経済政策には通じていないことを認め「経済のプロ」を起用し、経済運営を任せると約束した。言葉通り就任後、専門家に10項目の経済政策をまとめさせた。マクロ経済の安定、インフラの改善、形式的な手続きの削減、土地所有制度の改革、地方の観光促進などが柱だ。
雇用主が各種手当の支払いを避けるため、人材会社から短期契約で労働者を雇い入れる「契約化」を取り締まることも打ち出した。労働者支援団体は歓迎している。フィリピンではインターネットの通信速度が遅く、料金が高い。ドゥテルテ氏は通信会社にサービスが改善しなければ、外国企業と本格競争させると警告もした。
法の支配への疑問 投資ためらう人多く
それでも、投資家の不安は収まらない。米商工会議所は今月、麻薬捜査のやり方を見ると、政府が法の支配をどう考えているのか、はなはだ疑問だと通告した。在フィリピン欧州商工会議所のギュンター・タウス会頭も「現在、フィリピンへの投資をためらう人は非常に多い」と話す。マニラに長く暮らすある外国人は、同じ外国人仲間がフィリピンに見切りをつけ始めたと言う。非番の警官に何かをとがめられて撃たれても、警官は罪を問われないですむのではないかと気にする。「アキノ政権時代には考えられなかったことだ」
地元の実業家らはドゥテルテ氏から、証拠がなくても自分たちの会社が何らかの不正を働いたと糾弾されるのではないかと懸念する。例えば、オンライン賭博会社会長のロベルト・オンピン氏は、政治的影響力を不当に行使しているとして最近、やり玉に挙げられた。同氏の会社の株価はすぐに半値以下に暴落。その翌日、同氏は会長を辞任し、保有している同社株を売却すると約束した。
同様に、ドゥテルテ氏の外交政策にも疑念が付きまとう。同氏は米国との同盟関係を犠牲にしても、対中関係の強化を考えているように見える。大統領選では、アキノ前大統領時代は中国との関係が冷え切っていたと批判した。両国政府は首脳会談の準備を進めているといわれる。中国とフィリピンの2国間首脳会談は13年、アキノ政権が南シナ海での中国との領有権問題を仲裁裁判所に提訴して以降、開かれていない。ドゥテルテ氏が大統領に就任した直後、仲裁裁判所はフィリピンに有利な判決を下した。だが、同氏は中国に判決の受け入れを迫る気配がない。
ドゥテルテ氏は選挙戦で、南シナ海の豊かな漁場であるスカボロー礁を巡る中国との争いに関し、こう述べた。「ミンダナオ周辺に鉄道をつくってくれ。マニラからビコルまで鉄道をつくってくれ。……そうすれば俺は黙るよ」。同氏は中国人から寄付をもらい、自らの政治宣伝費に充てたことも認めた。いつもの好戦的な発言や威張りくさった態度からすると、中国への遠慮がとりわけ目に付く。
友好国の信頼失う 悲観的なシナリオも
もちろん、ドゥテルテ氏が中国と取引をまとめられるのか、あるいは本当に米国との同盟関係を見直すのかさえはっきりしない。ドゥテルテ氏は発言に深い意味がなく、単に大言壮語しているだけだとの楽観論もある。国家警察長官は麻薬取り締まりにより、違法薬物の流通量が9割減ったことを明らかにした。この発言を受け、ドゥテルテ氏は側近らが役所の雑務を黙々とこなす傍らで勝利宣言し、また勝手に新たな騒動を引き起こすかもしれない。もし同氏がインフラの改善や地方開発をやり遂げれば、後継者にバトンを渡す頃には、フィリピンは就任時より発展しているとの声も聞かれる。
一方、フィリピンが友好国から信頼を失い続けるという悲観シナリオもある。ドゥテルテ氏は米国や国内企業などを相手にけんかを売る。中国は同氏の弱みにつけ込み、ミンダナオ島に鉄道を敷くこともなく、スカボロー礁周辺で軍事的存在感を一段と高める。投資家はフィリピンを避けるようになり、経済成長が鈍る。つまり、強権的な同氏の下で国が弱体化するのだ。不幸にも、フィリピンではよくある話だ。
(9月17日号)
[日経新聞9月20日朝刊P.6]
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