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流動化する中東
(中)サウジ独自路線、両刃の剣
原油価格の低迷も火種に
田中浩一郎 日本エネルギー経済研究所中東研究センター長
中東地域の地政学リスクが顕在化している。欧州への大量の難民流入やテロ攻撃の拡散にみられるように、影響をこの地域に封じ込めることは難しい。大国の思惑が中東地域に反映されるだけでなく、時には米国やロシアなどを突き動かすほど中東から発せられる衝撃が増している。
中東の地政学問題は、エネルギー資源のほか、様々な利害関係に根ざした国家間の相克、周辺に災禍をもたらす内戦、過激派組織「イスラム国」(IS)などのテロ組織の活性化、広範な人道危機などをもって語られる。国家同士の戦略的な相違はいうに及ばず、一つの国家社会の中に存在する民族的あるいは宗派的な断層が刺激された結果、内政干渉を巡る国家間のいさかいに発展するケースもある。
中東では今年初頭からサウジアラビアとイランの対立に注目が集まっている。イラン国内のサウジ外交施設に対する襲撃事件を経て、ペルシャ湾の両岸に位置するライバルが全面的な関係の断絶に至った。民族も宗派も異なる両国は代理戦争の状態にあるシリアやイエメンの内戦のほか、過激主義の脅威にさらされているレバノンやイラクを巡っても見解と立場が分かれる。
原油価格回復では利害が一致するはずだが、需給関係を是正するための増産抑制を巡る多国間協議でもぶつかる。
また米国が積極的に関わったイラン核合意も、サウジなどの懸念を高めた。核武装の可能性が遠のいてもイランにウラン濃縮を認める合意は、地域で台頭するイランとの競合関係をゼロサムでとらえるサウジやイスラエルには悪い話でしかない。合意成立を受けて、地政学リスクが高じているのは皮肉なことだ。
熱を帯びるサウジとイランの対立は、国家間の相互関係に作用する内在的な要因と、国家同士の利害関係を複雑化させる外的な要因により形成されている。内部要因としてはそれぞれの統治体制、安全保障観、民族、宗派など、外的要因としては対IS軍事作戦、核不拡散体制、米国の中東政策などを指摘できる。
中東地域の地政学リスクが高じている背景には親米・穏健スンニ派アラブ諸国が立て続けに動揺を受けたことがある。発端となったのが民衆運動「アラブの春」による混乱の拡大であり、それを助長したのが米国の中東政策だ。
2010年12月、チュニジアの革命から始まった「アラブの春」におののいた親米路線を採るアラブ諸国の指導層は、後ろ盾として米国が行動することを期待し、当然視した。だがエジプトのムバラク政権が「オバマ・ドクトリン」下の米国に見捨てられ、その思いが一方的なものであることを指導層は体験した。
ほどなくしてシリア、リビア、イエメンが内戦に陥り、バーレーンにも不穏な動きが広がった。高い原油価格で得た財政黒字を背景に、バラマキを通じて国民の忠誠心を買ってきたサウジなどの湾岸協力会議(GCC)諸国も事態の深刻さを改めて認識した。
そこに、折からのシェール革命による米国のエネルギー自給率の向上と米軍のアジア・太平洋地域への「リバランシング」論が重なった。米国が中東に対する関心を失って安全保障面での関与を低下させ、見捨てられることへの恐れがサウジなどで高まった。
追い打ちをかけるように、米国を当事者とするイラン核交渉が本格化し、宿敵イランに関わる取り決めへの発言権を主張するアラブ諸国の声も届かず、核合意が成立した。
経済制裁解除でシーア派国家イランが国力を回復させ、国際社会での地位を再確立する道筋がみえてきた。沸々と米国への不信を募らせてきたスンニ派の盟主サウジやアラブ首長国連邦(UAE)は、自らの力でイランに対抗する必要性を一層感じ、体制護持のため独自の外交・安全保障政策への傾斜を強めた。
その過程で米国や国際社会との調整が十分ではない政策が採用された結果、リスクが高まった側面もある。
さらに中東では原油価格下落がもたらす財政危機も懸念されており、それが新たな地政学リスクとなるのは時間の問題だ。その一方で、一部の国では原油価格低迷が経済構造の改革機運を高めている。その筆頭が今春に30年までの長期ビジョンを発表したサウジだ。財政に対する原油価格の直接的な影響を弱めようとする大胆な構造改革だが、それでも遂行にあたり一定の原油価格回復に依拠している。
最初の到達点である20年までの改革計画はその急進性もあり、「両刃の剣」だ。過渡期に不安定に陥っても不思議ではない。この点では原油価格低迷の長期化と同様、ムハンマド副皇太子が主導するサウジの国家改造計画そのものが潜在的なリスク要因だ。
トルコはひところ中東でのイスラムと民主主義の融合の成功例、近代化のモデルケースともてはやされ、一部のアラブ諸国から羨望のまなざしを向けられた。しかしトルコも称賛の賞味期限が過ぎた。拙速なシリア政策などで国内外に問題を抱え込んだだけでなく、IS対策では後れを取り、再燃した国内のクルド問題でも窮状に陥っている。
7月15日のクーデター未遂後の強権的な収拾策は「首謀者」の引き渡しを巡って米国とのあつれきも生じており、北大西洋条約機構(NATO)内でのぎくしゃくした関係をもたらしている。
また核合意ができたイランも相変わらず地政学リスクの中心に位置している。制裁解除の遅れに対する国内批判がわき起こり、現実路線を採用してきたロウハニ政権の先行きと核合意の存続が問われる事態となっている。核合意についても、米国の次期政権による取り扱い次第という、より大きな不確実性があることを忘れてはならない。
最後に中東諸国と国際社会の関係をみてみよう。
総論として国際社会が中東の地政学リスクで真っ先に挙げるのがISとテロである。ただし具体策を検討する各論に入ると、シリア内戦の元凶探しが始まり、そこで米欧と中ロは一致できない。
「穏健な」イスラム武装勢力との協働を掲げる米欧と、世俗的なアサド政権の維持と軍事支援を目指す中ロとは同床異夢である。戦略上の足並みの乱れはサウジ、イラン、トルコなど地域国の間でもみられ、それが国際テロ組織アルカイダやISを利するばかりか、宗派間の対立をあおるISの論理に拍車をかける。
この数年で、伝統的な枠組みに収まらない新たなテロの形態である「ホームグロウン(自国育ち)」と「ローンウルフ(一匹おおかみ)」の脅威が世界各地で増している。
移民や難民とこの種のテロとの関係が取り沙汰されたことが、英国の欧州連合(EU)離脱論に少なからぬ影響を与えた。一方、トルコのEU加盟に最も理解を示してきたのが英国だったことから、英国の離脱はトルコに痛手だ。市場の混乱による通貨安と資金調達コストの上昇がトルコやエジプトなどの新興国経済に打撃を与える可能性もある。
シェール革命後も中東地域は依然として世界のエネルギー供給に枢要な役割を負っており、ここでの不確実性の増加は消費国・日本として看過できない。中東の地政学リスクは原油価格低迷の時代でも決して軽視してはならない。
<ポイント>
○米国の中東政策転換でアラブ諸国は動揺
○イラン核合意はサウジなどの懸念高める
○シリア政策の不一致が宗派間対立あおる
たなか・こういちろう 61年生まれ。東京外語大院修了。専門は中東情勢・危機管理
[日経新聞8月31日朝刊P.26]
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