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川口マーン惠美「シュトゥットガルト通信」
2016年08月26日(金) 川口マーン惠美
フランスのビーチを揺るがす「女性用水着」問題の理不尽
なんでこれがいけないの?
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「ブルキニ」とは何か
「ブルキニ」というのは、ブルカ(イスラム女性の全身を覆う衣装)+ビキニという意味で、素材は水着と同じだが、フード付き長袖の上着と、長いパンツになっている。イスラム女性のために考案された水着で、これを着れば、人目に触れるのは顔と手と足先だけになる。つまり、コーランの教えを守って泳ぐことができる。
ところが、これがフランスで大問題に発展している。ニースやカンヌやコルシカ島など南フランスの12の自治体が、ブルキニでの海水浴を禁止したからだ。
理由は、海辺の風景に合わないとか、イスラム教の女性差別の象徴だとか、あるいは、テロが頻発しているために、このような女性がいると皆が不安を覚えるとか、いろいろ挙げられているが、どれも説得力に欠ける。
ドイツのプールでは以前から、不衛生だという理由でブルキニを禁止していたところが多く、それはそれで一応、納得できたが、海では、誰がどんな格好で遊ぼうが、泳ごうが、勝手ではないのか? 私には、砂浜に全裸で寝転がっている男性の方がよっぽど目障りだ(北ドイツの海岸にもイヤというほどいる)。
一部には、もっと正直(?)に、「我々の西洋文化がイヤなら帰れ!」という声もあるが、フランス人だって、今まで郷に入って郷に従ってきたとは思えない。そもそも、かつて武器を携えて世界中にキリスト教を広めたのはいったい誰だったのか?
そんなわけでニースでは、ある人権保護団体が、ブルキニ禁止は不当であるとして訴えを起こしていた。女性が何を着れば差別されており、何を着れば自由であるかを他人が決めることこそ、女性の人権無視であると。
ところが8月22日、行政裁判所がこの訴えを退け、ブルキニ禁止は妥当であるという判断を下した。体を覆い隠すことは女性蔑視を助長し、民主主義の理念に合わないからだそうだ。これにより、少なくとも現在ブルキニを禁止している12の自治体では、当局のお墨付きが得られたわけである。ニースでは、違反金が38ユーロだそうだ。
ちなみに、ビキニは発表された当時は、風紀を乱す破廉恥でスキャンダラスなものとみなされ、アメリカでも60年代初めまで着用禁止だった。ほんの50年ほど前の話だ。当時は肌を出すのがダメで、今は肌を出さなければダメ。ずいぶん勝手な話ではないか。
イスラム女性の服装 〔image〕iStock
ブルカの禁止はともかく
ドイツでもブルキニと検索すると、各ショップの広告がたくさん出る。写真を見ると、モデルが着ているので、もちろん格好がいい。ダイバーやサーファーのウェットスーツを思わせる。ウェットスーツとの違いは、フードがあり、上下が分かれていることだが、それ以外はそっくりだ。
ではなぜ、ウェットスーツがよくて、ブルキニが悪いか。それはもちろん、イスラム教が絡んでくるからだ。
イスラムの服装には、いくつか段階があり、ドイツに住むイスラム女性には、普通の服(長袖)を着ていて、髪だけをスカーフで隠している人が多い。これはヘジャブと呼ばれ、預言者ムハンマドが、男性を惑わさないよう、女性の美しい場所を隠すように求めたことが始まりだと言われている。
チャドルは、頭から体全体を覆う黒色のベールで、外に出るときに服の上に羽織る。顔は隠さない。多くのアラブの国はこれだ。
その次がニカブと呼ばれるもので、顔も覆われ、目のところに細いスリットが開けてある。ドイツでは滅多に見ない。
そしてブルカは、テントのように頭から足先まですっぽりと覆うもので、目のところは網状になっている。中からは外が見えるが、外からは中にいる人間が一切見えない。色はたいてい薄いブルーで、アフガニスタンのタリバン支配下ではこれが強要されているようだ。
そういう意味では、水着のブルキニは顔が出ているので、ブルカ+ビキニの定義は正確ではないが、まあ、それはいいとして、本物のブルカの方は、中に男が入っていても、まったくわからない。
2009年、当時のサルコジ大統領は「ブルカはフランスの価値観に合わず、女性の屈服の印である」として、ブルカ禁止法案を提出(目だけを出すニカブも含む)。それが絶対的多数で認められ、学校など公共の場でのブルカ・ニカブの着用が全面的に禁止された(2011年4月から施行)。
オランダでもすでにこれらは禁止されており、実はドイツやスペインでも現在、公共の場での禁止が検討されている。
〔PHOTO〕gettyimages
対イスラム強硬姿勢が受けるワケ
裁判所や役所、車の運転中、あるいは学校で顔を隠してはいけないというのはわかる。今のフランスがイスラムテロに神経質になっているのもわかる。だから、公共の場で顔を隠すことに制限をかけるのには一理ある。
しかし、浜辺のブルキニ女性は顔を隠しているわけではない。浜辺からブルキニ女性を追い出して、どんな効果があるというのだろう?
さらにわからないのは、女性蔑視との関係だ。だいたい、本当に抑圧されている女性がブルキニを着て泳ぎに来るだろうか? 抑圧されていた女性が、顔を出せば解放されるわけでもなし、そう主張すること自体が傲慢だ。
そもそも、今、ブルキニを着て海岸にいる女性など、ものすごく少数でしかない。これから泳ごうと思ってブルキニを奮発した女性も、もう、怖くて海辺には行けないだろう。
ニースやカンヌというのは、アラブ富豪の集まる場所としてつとに有名だ。超高級ホテルは、サウジアラビアやアラブ首長国連邦の富豪が落としてくれるお金で年中潤っている。
その一方で、ニースの公共の浜辺では、先週、警察が3人のブルキニ女性に警告を促したという。注意されたうちの一人はブルキニを脱いで泳ぎに行き、2人は帰った。富豪はプライベートビーチで自由に振る舞い、公共の浜辺ではブルキニ禁止で、38ユーロの違反金? 何だかおかしくないか?
フランスは政教分離を重視し、公共の場から宗教を象徴するものを排除するという国策を取ってきたが、それは元はと言えば、この国のカトリックやプロテスタントの政治への影響力が強すぎたからだった。現在のイスラム排除の動きとは別の話だ。
テロの頻発しているフランスでは、現在、対イスラム強硬姿勢が国民受けする。それはドイツでも同じだ。どちらの国も右派政党が伸びており、それを阻止するためには、今の与党自らが対イスラムを掲げなくてはならなくなっている。フランスもドイツも、来年は総選挙だ。
ただ、政治のこういう動きは、新たなイスラムテロにつながる可能性が高い。そうなれば、犠牲になるのはまた国民だ。
Izzeddin Elzir氏の投稿より
そんななか、イタリアのフィレンツェのあるイスラムのイマームが、先週、自分のフェイスブックに、1枚の写真をコメントなしでポスティングした。カトリックの尼さんが8人ほど、グレーの尼僧服に身を包んだまま楽しそうに浜辺で水遊びをしている写真だ。
ほのぼのとした写真。あっという間に拡散したのは、これがブルキニ遊泳禁止の理不尽さを余すところなく表していたからだろう。
多くのイスラム教徒たちは、もう何年もヨーロッパで暮らしている。そんな彼らは、今あちこちで起こっているイスラム排斥の動きをどんな気持ちで眺めているのだろう。
女性蔑視、反民主主義、テロリスト……。この写真は、そんな謂れなき非難に晒された彼らの冷めた視線がひしひしと伝わってくる見事な1枚であった。
著者: 川口マーン惠美
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