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8月5日からのリオ五輪で、ロシア選手団の一部がドーピング(薬物使用)の問題で出場禁止になっている。昨年11月、世界反ドーピング機関(WADA)の報告書を受けて、ロシアの陸上競技の分野で組織的なドーピング隠しが行われていることをロシア政府自身が認め、国際陸上競技連盟(IAAF)がロシア陸上競技連盟(ARAF)を活動停止処分にして以来、陸上競技を中心に、過去にドーピング違反の経験を持つ選手ら(過去の出場停止処分の期間が終わっていてもダメとされるようになった)、ロシア勢の国際大会への出場禁止措置が続いている。
(Russia thinks doping scandal is latest Western plot)
(The Biased Report that Led to Banning Russian Athletes)
米国からの資金の比率が高いWADAは、世界的な注目度が高い五輪に関して、ロシア選手団を、陸上だけでなくすべての分野において出場禁止に追い込むべく、カナダの弁護士マクラーレンに「ロシアはスポーツの全分野で、国家ぐるみでドーピングをやって隠している」と読み取れる報告書を急いで書かせた。報告書は、7月18日に発表され、7月21日の五輪の選手団リストの提出期限にぎりぎり間に合った(報告書の発表が選手団リスト提出後になると、ロシアを国ごと締め出すための議論と手続きの時間が短くなってしまう)。報告書の発表の直前、WADAの上層部は、米国やカナダのスポーツ選手らに、ロシアボイコットへの協力を要請するメールを大量送信した。
(Can Politics Be Enough to Throw Entire Country Out of Sports?)
(STATEMENT BY PAT HICKEY, PRESIDENT OF THE EUROPEAN OLYMPIC COMMITTEES)
だが、ロシア敵視が強いWADAと異なり、国際五輪委員会(IOC)には米国による冷戦型の圧力を嫌う勢力もいるため、IOCはロシア選手団を国ごと出場禁止にする決定を出さず、各競技の国際連盟ごとの判断に任せる決定を7月24日に下した。WADAや米英マスコミは、IOCがロシアに甘すぎると非難した。
(Wada criticises IOC for failing to ban Russian team)
(IOC chooses obfuscation and chaos on Russia competing at Olympics)
(WADA Urges IOC to Consider Banning Russian Athletes From 2016 Rio Olympics)
その結果、ロシアのドーピング問題の中心である陸上競技(出場予定68人)と、重量挙げ(同8人)では、ロシア選手団の全員が出場禁止になったが、水泳、レスリング、ヨット、自転車など7種目では、過去にドーピング違反の経歴があったり、WADAの報告書で違反隠匿の疑いで名前が出てくる選手を除き、出場許可が出た。卓球、柔道など15種目では、ロシア選手に対する出場禁止措置が行われなかった。陸上競技では、米国で練習しておりロシアでのドーピング問題に関係ないと認められた走り幅跳びの一人(Darya Klishina)だけ最終的に出場が許された。一方、パラリンピックの国際委員会は、ロシアを国ごと出場禁止にした。
(Rio Olympics 2016: Which Russian athletes have been cleared to compete?)
▼国ぐるみドーピング隠しを認めたロシア
昨年から騒がれているロシアのドーピング問題の最大の要点は「ロシアの組織的ドーピング隠しを指摘した昨年11のWADAの報告書(ポンド報告書)の内容を、ロシア政府が全面的に認めていること」である。WADAの報告書を受け、陸上の国際連盟(IAAF)がロシアの連盟(ARAF)を活動停止処分にした時、ロシア側は、権利として与えられている弁明・反論の機会を設けることを申請せず、報告書に書かれている不正行為の「罪」を全面的に認めた。この時点で、米英などのプロパガンダ機関(マスコミ)は、ロシアのスポーツ界の「底なしの腐敗」を叩き放題になった。WADAの報告書を全面的に認める決定は、プーチン大統領の鶴の一声で決まったといわれている。
(ARAF ACCEPTS FULL SUSPENSION – IAAF COUNCIL MEETING, MONACO)
(Russia accepts full, indefinite ban from world athletics over doping scandal)
昨年11月のWADAの報告書は、14年末にドイツの公共テレビ局ARD(ドイツ公共放送)が放映した、ロシアの組織的ドーピング隠しに関するドキュメンタリー番組の内容がもとになっている。WADAは、番組に出てくる陸上選手ら関係者、ロシア当局の関係者などに追加的な聞き取り調査や資料集めを行なって、11カ月かけて335ページの報告書を作った。
(The secrets of Doping: How Russia makes its winners)
報告書によると、ロシアではソ連時代からドーピングがさかんだった。陸上競技を中心に、ロシアのスポーツ選手は、コーチや露陸上連盟から、薬物を使用するよう持ちかけられ、断ると、国際大会に出させてもらえなくなるなどの嫌がらせを受ける状況だった。ロシアのドーピング検査機関(RUSADA)は、薬物を使用した選手の尿サンプルを、運送途中や保管中に、薬物を使っていない時にあらかじめ採取しておいた同じ選手の「きれいな」サンプルとすり替えたり、モスクワ市内に表裏2つの検査所を設け、問題ないサンプルは「表」で検査し、薬物使用者のサンプルは「裏」で検査して結果をねじ曲げていた。検査所には諜報機関(FSB。連邦保安庁。プーチンの出身母体)の要員が出入りし、ドーピング隠しに協力したがらない検査職員に圧力をかけていたという。これが事実なら、ロシアのドーピング隠しは「組織ぐるみ」「当局ぐるみ」「国家ぐるみ」である。露政府が、このWADAの報告書を、何の反論もせず全面的に認めているのだから、ロシアが陸上競技において「国家ぐるみ」でドーピング隠しをしていたことが確定している。
(THE INDEPENDENT COMMISSION REPORT #1)
この報告書の元になった独ARDの番組は、ロシア人のステパノフ夫妻(Stepanov)による証言と提供資料が主な証拠となっている。妻のユリア・ステパノバ(Yuliya Stepanova)はロシアの陸上800m走の選手で、13年にドーピングの疑いで国際陸上連盟(IAAF)から2年間の出場禁止処分を下され、11年以降の記録を無効にされ、賞金も返却を命じられた。彼女自身の証言によると彼女は、ロシア国内のドーピング試験で10年から薬物使用の判定が出ていたが、3万ルーブル(当時の換算で約10万円)を払って隠蔽してもらっていた。賞金の返却で生活資金を失った彼女は、そこでARDの番組に情報提供して「不正警報者(ホイッスル・ブロワー)」としての国際名声を得る一方、夫と子供とともにARD番組放映直前にドイツに移住し、さらにカナダに亡命申請して移住した。彼女は陸上選手の夢を捨てきれず、今回のリオ五輪にも出場申請したが、過去のドーピング歴を理由に却下された。
(Yuliya Stepanova From Wikipedia)
夫のビタリー・ステパノフ(Vitaly Stepanov)は、ロシアで育ったが15歳から米国に留学して化学を学び、ロシアに帰国して08年からロシアのドーピング検査機関(RUSADA)に勤務し、その関係で09年にユリアと知り合い結婚した。米国帰りのビタリーは、当初から米国のエージェントとして機能するつもりだったのか、自分の妻の分も含め、RUSADAのドーピング隠しに関与しつつ資料や動画(他の選手のドーピングに関する私的な証言など)を夫婦で集め続けた。10年には、それをWADAに持ち込もうと連絡をとったが、WADAは無視した。その後、西側のマスコミに情報提供する方針に転換し、14年の独ARDの告発番組として結実した。ARDの放映を受け、ようやくWADAも動き出し、15年11月に報告書が作られ、ロシアを「国家ぐるみのドーピング隠し」の罪に落とし込むことに成功した。
ARDの番組は、自分たちもドーピング隠しに関与した末に亡命したステパノフ夫妻の証言と情報を主力にしている。一般的に亡命者は、亡命生活を向上させるために、亡命先が好む方向(今回の場合はロシアを極悪に描くこと)に話を誇張する傾向がある。たとえば03年のイラク侵攻の大義となったサダム・フセインの極悪さの多くが、亡命イラク人たちによる誇張だった。その意味で、ステパノフ夫妻は、不正警報者として問題がある(夫妻が言うとおり、ロシア選手の多くが半強制的にドーピングに手を染めているのなら、自らはドーピングに関与していない不正警報者を探すのは困難だが)。
ステパノフ夫妻の話を中心に作られた番組をもとに書かれたWADAの報告書の内容を、ロシア政府は全面的に事実と認めている。この時点でステパノフ夫妻の問題は消えた。もしビタリー・ステパノフが、ロシアの不正を暴いてへこませる「冷戦の戦士」として機能するつもりが最初からあったのなら、その策は大成功した。彼はプーチンを打ち負かした。
(The Olympics As A Tool Of The New Cold War)
WADAの報告書を受け、陸上の国際連盟(IAAF)はロシアの連盟(ARAF)を活動停止処分にしたが、IAAF自体が、薬物使用の判定が出た選手から賄賂の金を受け取ってドーピング検査の結果を歪曲・隠蔽していたことが暴露されている。1999ー2015年にIAAFの会長をしていたラミーヌ・ディアック(Lamine Diack。セネガル人)らが、収賄の疑いでフランスの警察に逮捕されている。IAAF上層部は、トルコ人の長距離走の金メダル保有者(Asli Cakir Alptekin)に薬物使用の判定が出た時、もみ消してやるからといって賄賂を要求しており、腐敗はロシアだけが対象ではない。
(IAAF braced for hammer blow of Dick Pound report with athletics in crisis)
▼ロシア敵視のあまり拙速のマクラーレン報告書
昨年11月のWADAの報告書は、陸上競技におけるロシアのドーピング隠しが中心になっている。陸上競技においては、ロシア勢をリオ五輪から締め出すことができるようになったが、他の種目においては、まだロシアを追放するのに十分な根拠がなかった。そこで出てきたのが、今年5月中旬の、米ニューヨーク・タイムスが、ロシアのドーピング検査所のグリゴリー・ロドチェンコフ前所長(Grigory Rodchenkov)にインタビューした記事だった。この記事でロドチェンコフは、ロシアが14年冬のソチ五輪に際し、当局ぐるみでドーピング隠しを行なっていたと述べている。夏季五輪の陸上競技だけでなく、冬季五輪のスキーやボブスレーでも国家ぐるみのドーピング隠しが行われていたとなれば、ロシアがスポーツの全種目で国家ぐるみのドーピング隠しを行なっていたと言うことができ、米国のロシア敵視策としてふさわしい、ロシアをリオ五輪から完全に締め出すことに道が開ける。
(Russian Insider Says State-Run Doping Fueled Olympic Gold)
NYタイムスの記事を受け、WADAは、以前からロシア問題の報告書作成にたずさわっていたカナダ人弁護士リチャード・マクラーレン(Richard McLaren)に、NYタイムス記事を検証する形で、ロシアが陸上以外の多くの種目で国家ぐるみのドーピング隠しを行なってきたことを示す報告書を急いで書くように依頼した。7月下旬の、各国(ロシア)のリオ五輪選手団リストの提出前に報告書を完成させるべく、マクラーレンに与えられた作成期間は57日しかなかった。陸上競技に関する昨年11月のWADAの報告書が11カ月間かけて作られたのと対照的だ。マクラーレンは、NYタイムスの後追い的にロドチェンコフに数回話を聞いただけで、他の筋に話を聞かずに報告書を作った。他の筋からの情報提供の話もあったが、時間がないので検証しなかったとマクラーレンは報告書で書いている。
(RICHARD H. MCLAREN - INDEPENDENT PERSON - WADA INVESTIGATION OF SOCHI ALLEGATIONS)
(Mutko: Total of 320 Russian Athletes Qualify For 2016 Olympic Games)
ロドチェンコフは、ロシアのドーピング隠し暴露のそもそもの発端となった14年末の独ARDのテレビ番組にも登場するし、昨年11月のWADAの報告書にも登場する。これらの時点において、ロドチェンコフはまだモスクワのドーピング検査所の現役の所長で「ドーピング隠しなどやっていない」「賄賂などもらっていない」「いろんな噂があるが全部間違いだ」と答えている。WADAの報告書は、ロドチェンコフを「信頼できない人物」と結論づけている。昨年11月のWADA報告書の発表後、ロシア政府はロドチェンコフを解雇し、ロドチェンコフは身の危険を感じたという理由で米国に移住(亡命)した。そして今年5月のNYタイムスのインタビューとともに、彼は「ロシアの不正を暴く(正義の)不正警報者」に変身し、NYタイムスでもマクラーレン報告書でも、ロドチェンコフの発言は全て正しいとみなされ、検証なしに「事実」として扱われている。
(Russia's doping scandal: who's telling the truth?)
(INCONSISTENCIES HIGHLIGHTED IN WADA IP REPORT)
(WADA Report Based on Single Testimony Politicized - Ex-Armenia Official)
マクラーレン報告書は、ロシアをまるごとリオ五輪から締め出す目的が先走った「拙速」の観がある。このため、IOCや各種目の国際連盟を納得させることができず、陸上と重量挙げ以外の分野でロシア選手の出場を許す結果になった。全体としてみると、独ARDの番組と昨年11月のWADA報告書は、ロシア政府にとって反論不能な強い論拠を持ったものだったが、今年のNYタイムスの記事とWADAマクラーレン報告書は、米国主導のロシア敵視策が目立ちすぎて稚拙さが露呈し、成功しなかった。
(Richard McLaren receives `deluge' of requests after Wada doping report)
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