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トルコは「クーデター幻想」から脱却できるか〜危機を逆手にとって政治的攻勢に出るエルドアン/川上泰徳
http://www.asyura2.com/16/kokusai14/msg/606.html
投稿者 仁王像 日時 2016 年 7 月 18 日 09:56:58: jdZgmZ21Prm8E kG2JpJGc
 

トルコは「クーデター幻想」から脱却できるか〜危機を逆手にとって政治的攻勢に出るエルドアン/川上泰徳
http://www.newsweekjapan.jp/kawakami/2016/07/post-19.php
2016年07月18日(月)

 (抜粋)

私はイスタンブールからのライブ中継をしていたアラブ首長国連邦(UAE)のアルアラビヤTVのアラビア語放送に切り替えた。始まって1時間ほどの間は、トルコでクーデターが起こり、イスラム系のエルドアン大統領は終わりになるのか、という気がしていた。3年前の2013年7月に朝日新聞の特派員として経験したエジプトの軍事クーデターの記憶がよみがえってきた。

空気が変わってきたのは通りに市民が出てくる映像が流れ始めてからだ。大統領支持派か、軍支持派かは分からない。テレビでは両方がいる、という。しかし、現場からの音声で「アッー・アクバル(神は偉大なり)」という叫びが聞こえた。イスラムを強調するエルドアン支持者だ。しばらくして、アルアラビヤTVでトルコ人ジャーナリストがイスタンブールの状況をリポートした。「主要な通りは、反クーデターの民衆が繰り出している。エルドアンは選挙で50%を得票している。人々はクーデターを許さない」

 エルドアン大統領が率いる公正発展党(AKP)支持のジャーナリストかもしれないと思いつつも、市民が動いているとなれば、クーデターは簡単に成就するわけではない、という現地の空気が分かった。さらに1時間ほどすると、軍幹部から「軍はクーデターに反対する」「クーデターを起こしたのは軍の少数派だ」などという声明が出始めた。

 その後、状況を決定的にしたのは、群衆が戦車や軍の車両を取り囲み、こぶしを振り上げて抗議する映像だ。戦車から上半身を出している兵士に向かって男性が説得するような映像もある。兵士を乗せたトラックは群衆に取り囲まれて身動きがとれなくなっている。投げつけられた靴が飛ぶ場面も。

 クーデターの速報から4時間ほどたったところで、カーキ色の服を着た兵士が、自動小銃を持ち、防弾チョッキをつけた治安部隊員2人に両腕をつかまれて次々と連行される映像が流れた。国営アナトリア通信のアラビア語部門部長が、アルアラビヤに対して「クーデターは失敗した」と明言した。空港の占拠も解かれ、TRTも放送を再開した。アンカラではまだ治安部隊と反乱軍の間で交戦が続いているようだったが、首相の指示を受けて、軍のF16が反乱軍のヘリコプターを撃墜との速報が流れ、クーデターの試みは潰えた、と私は判断した。

 これほどの短い時間で、一国の歴史の一コマとなるような出来事をみることもそうそうあるまい。エルドアン大統領は16日未明、イスタンブールの国際空港に到着し、米国に滞在しているイスラム指導者ギュレン師と、トルコ国内で強い影響力を持つ「ギュレン運動」の支持者がクーデターの背後にいると非難し、「彼らは国家への反乱で代償を払うことになる」と述べた。16日中にクーデターに関わった3000人以上の将校や兵士が逮捕され、2700人以上の判事など司法関係者が更迭された。軍関係者の大量逮捕はその後も続いている。

過去に3度クーデターを起こした「世俗主義」の守護者
 トルコ軍は1960年、71年、80年と過去3回、クーデターなどで権力を奪取した。軍は現代トルコの「建国の父」ケマル・アタチュルクが唱えた国是「世俗主義」の守護者を自認し、司法当局の協力を得て、公正発展党の前身であるイスラム政党に対して「政教分離」に反するとして再三、解党命令を出してきた。エルドアン氏自身も政治活動禁止などを経て、2002年にイスラム保守のAKPを率いて、政権をとった。03年に首相、14年にトルコ初の民選大統領となった。この間、AKPの解党に動く軍の幹部を追放するなどし、軍の影響力は大幅に削がれていたはずだった。

 今回のクーデター騒ぎがひやりとさせられたのは、14年間にわたるエルドアン体制で軍にたまった不満が一気に噴出したのではないか、と考えたからである。しかし、結果的には動いたのは軍の一部であり、それも軍幹部の名前は上がらなかった。たびたびクーデターで国が動いてきたトルコでも、もはや軍がクーデターを起こす状況ではないことが明らかになった。クーデターに反対する群衆が街頭に繰り出して、戦車や軍車両を取り囲んだことで動きを止める映像は感動的でさえあった。

反乱軍人たちの勘違いは、自分たちがエルドアン体制での強権化の流れに危機感を強める反エルドアン勢力の声を代弁していると考えたことだろう。反対勢力とは、世俗派であり、エルドアン政権と対立し、イスラム的道徳を強調するギュレン運動である。エルドアン氏はギュレン運動がクーデター騒動の背後にいると名指ししたが、ギュレン運動が画策したものでなくても、エルドアン氏が強権的手法で政敵を抑えているという政治的状況が、軍人たちに「クーデター幻想」を抱かせたのかもしれない。軍を動かすことで、エルドアン支持派を沈黙させ、反対者の喝采を浴びて、体制を転覆できるという幻想である。

 結果的にはクーデターを歓迎する市民がいたが、群衆にはならなかった。逆に、群衆になって戦車を取り囲んだのは、クーデターに反対する市民だった。エルドアン氏が選挙で50%の支持を得ているという実績の前で、反乱軍の時代錯誤的な浅はかさが露呈した。しかし、欧米の民主主義が確立されている国々では、軍がクーデターを起こすという発想自体が通用しないのだから、トルコでは軍人が「クーデター幻想」を抱く、時代錯誤的な政治の空気を払しょくしきれていないということになる。

危機を逆手にとって政治的攻勢に出るエルドアン
 トルコの課題は、軍人たちがクーデターを夢想だにしないような国になることだろう。そのためには、民主主義が政権支持勢力のためだけでなく、政権批判勢力にとっても利益であるような体制をつくるしかない。つまり、批判勢力の言論を弾圧するようなエルドアン氏の強権的手法を改めるしかない。しかし、クーデター直後のエルドアン大統領の言動を見る限り、自分の支持者の力を誇示し、批判勢力を排除し、圧力をかけるという方向に動いている。

 エルドアン氏はこれまでも政治的危機を逆手にとって、政治的攻勢に出ることで、自身の政治基盤を強化してきた。エルドアン氏がテロに対して強硬策をとり、国民の支持を取り付ける手法については「『テロとの戦い』を政治利用するエルドアンの剛腕」として書いた。2013年6月のイスタンブールのゲジ公園開発に絡んでの市民の抗議運動に治安部隊を投入して排除し、それに対して国際的な批判が起こると国内各地で政治集会を開いて、支持を誇示したこともあった。

 今回のクーデター騒ぎでも、自身の支持を強化することで、軍や反対勢力を威嚇しようとする姿勢が見える。今回のクーデター未遂事件に続いて、エルドアン氏が反対勢力に対する大量逮捕を進め、さらに軍のクーデターに対抗した治安部隊や情報機関の強化に動くならば、強権独裁への道が開かれることになるかもしれない。

 

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