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EU離脱の是非を問う国民投票のやり直しを求めるオンライン請願のサイトを表示したノートパソコンの画面。英ロンドンで撮影(2016年6月25日撮影、資料写真)。(c)AFP/JUSTIN TALLIS〔AFPBB News〕
ちゃぶ台返しも?英国では何が起きるか分からない 金融業界は「パスポート」失効に戦々恐々
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47331
2016.7.14 泉原 智史 JBpress
衝撃的な結果となった英国のEU離脱(ブレグジット=Brexit)を問う国民投票から数週間が経過しました。辞任を表明したキャメロン首相の後継者はいまだ決まっていませんが、私が住むロンドンの雰囲気、そして報道から感じられる国内の様子は、大分落ち着いてきたように感じます。
(注:本稿の執筆後、メイ内相の首相就任が決定しました。本稿末尾の「追記」をご覧ください)。
■結果を覆そうというロンドンの動き
ブレグジットを巡る景観は、ロンドンとその他では全く異なります。投票の結果からも明らかなように、ロンドン周辺、一部の大都市そして元々は別の国であったスコットランドや北アイルランドを除けば、英国の広い範囲で離脱派が多数を占める結果となりました。残留派の勝利という事前予想を覆したこと、そして高い投票率に照らすと、この結果は、僅差での勝利などではなく、離脱派の大勝利と見ることも十分可能ではないでしょうか。
結果を受けて、キャメロン首相は、繰り返し、国民投票の判断を尊重しなければならないという趣旨の発言を行いました。現在の保守党党首の候補者らも同様です。しかし、このような発言が重ねられることは、なんとかして結果を覆そうという動きがあることの裏返しでもあります。
ロンドンには多数の一流大学が所在しています。これらの大学で多数を占めるのは、英国の学生ではなく、EU圏内をはじめとする世界各国からの留学生。英国の主要産業である金融業界や、それらと二人三脚で歩む法律・会計といった専門職も、EU全域から才能と野心を兼ね備えた人材を引き寄せています。
ロンドンの都市生活の基盤も、移民に支えられています。例えば掃除。日本と異なり、ロンドンには建物の内外を問わず至る所にゴミ箱が用意されており、市民はいつでもゴミを捨てることが可能です。それが当たり前だからでしょうか、ポイ捨てをする人も珍しくはありません。このゴミを収集し、町を清掃する人の多くは、世界各地からの移民たちです。
英国人、EU市民を問わず、ロンドンの住人の多くにとって、英国がEUに属することの利益は疑いの余地はないものでした。結果を受け入れられない彼等の一部は、ロンドン中心部で大規模なデモを行ったり、訴訟を計画するなど、様々な方法で結果を覆そうとしています。
このように、ロンドンを中心とした視点からは「ブレグジットは妥当性を欠くので覆されるべきであり、現にそれは可能なのだ」という雰囲気が感じられます。ボリス・ジョンソン前ロンドン市長の「逃亡劇」や、UKIPファラージュ党首の辞任、そして保守党党首選におけるゴヴ候補への低い支持といった離脱派の状況も、この空気に輪をかけています。
■国民投票の結果は「強制はされないが無視はできない」
国民投票の法的意義について、政府は、この投票に法的拘束力はなく、アドバイスとしての役割に留まると一貫して説明してきました。
この意味を正確に理解するためには、英国の憲法をすこし紐解かなくてはなりません。
英国の憲法は、よく「不文憲法」と言われることがあります。ただし、これは、国の根幹をなすルールの全てが書かれていないという意味ではありません。英国の憲法は、明文化された制定法と、不文の法律である「コモン・ロー」、そして同じく書かれざる「憲法上の慣例」という3つで構成されています。
歴史に名高いマグナ・カルタ(1215年)や権利の章典(1689年)は、いずれも明文化された制定法です。他方で、議会の同意なくして政府が勝手に課税できないというルールは、17世紀に「コモン・ロー」の1つとして確認されています。最後の「憲法上の慣例」ですが、例えば、王は議会庶民院第一党の党首を首相に任命するという慣わしが、これに含まれます。
このうち、前者2つは、いずれも法律ですので、法的拘束力が存在します。すなわち、この法律への違反があった場合は、裁判所がこれに介入し、法律に従った解決を強制することができます。
これに対し、最後の「憲法上の慣例」には、法的拘束力はありません。裁判所は、違反があったとしても、強制力を伴った介入をすることはできません。しかし、事実上これが繰り返されていることにより、よほどの理由がない限り、この慣例から逸脱することはないとされています。先ほど説明した首相の任命や、法律の裁可など、憲法上の慣例の多くは、国王が伝統的に有している「国王大権」の行使に関係する内容となっています。言い換えれば、女王が、この慣例に違反して独断で行動することは「法的には」可能なのです。
このように統一的な憲法典がないことに加えて、もう1つの特色として、議会は、新しい法律を制定することによりこれら全てについて過去のルールを上書きできるという点が挙げられます。この意味において、英国は「議会主権」であると表現されることがあります。
英国において、議会はある意味絶対的な権限を有しています。したがって「法的には」議会が今回の結果を無視し、現状を維持することは可能です。裁判所が、それについて口を挟むことはできません。この国は、制度上、議会の行動に対するセーフガードがとても乏しいのです。
しかし、「憲法上の慣例」という概念が存在し、長い間現に尊重されていることからも分かるように、「法的に可能」であるからといって、何をやってもいいということにならないのも、英国の特徴です。
今回の国民投票に法的拘束力がないということは疑いありません。しかし、その政治的な意義は、決して軽視されることはないでしょう。我が国において政治的約束は状況に応じて柔軟に変更してよいものと考えられがちですが、その感覚で本件を捉えてしまうと、理解を誤るように思います。
■金融業界「何が起こるか分からない、それが一番困る」
英国がEUを離脱することで最も悪い影響を受けるといわれているのが、金融業界です。1990年代以降、加盟国は、EUのルール作りを通じて、金融サービスの国境を越えたサービス提供の壁を取り払い続けてきました。
その到達点と言えるのが、金融パスポートシステムです。これは、ある加盟国で許認可を受ければ、EU加盟国全てにおいて(一定の範囲でローカルルールに従う必要はありますが)金融サービスを提供できるという内容。支店を置く必要すらありません。この結果、電話やインターネットを用いて、まるで東京と大阪のような感覚で国境をこえた金融サービスを提供することが可能になったのです。
このメリットを一番享受したのが英国でした。世界共通語としての英語と、金融都市ロンドンが伝統的に有していたインフラ(人・資本)の優位性が、金融パスポートシステムの下で最大限発揮され、ロンドンはEUへの入り口として圧倒的な地位を築くことになります。
しかし、今回の投票結果により、金融パスポートを筆頭とするこれらのシステムは根本から危機に瀕しています。原理原則から考えると、EUから離脱するとEU法の適用が一切失われるため、金融パスポートも全て失効します。しかし、それではショックが大きすぎるため、離脱通知から時間をかけて離脱後の関係について交渉しようというのが、今の流れです。
もっとも、最大の問題は、この交渉の結果、どのような形で大陸へのアクセスが確保されるのか、現時点では分からない点にあります。競争の激しい金融業界において、わずかな制度の違いは多額の機会損失に繋がります。いずれの金融機関も、上記の原理原則による「完全離脱」のシナリオに基づくインパクトの分析は可能でしょうが、では現実的にどこに落ち着くのかというと、誰にも分からない状況になっています。
既にいくつかの金融機関はEU側にリソースを移す動きを始めています。ドイツのフランクフルトやフランスのパリといった伝統的な金融都市のほか、英語圏のEU加盟国であるアイルランドのダブリンなどの名前が移転先として取り沙汰されています。
■「ちゃぶ台返し」か、国内外の信頼か
今後の流れについては、様々な予測がされています。上記のような「法的拘束力」がないことを手がかりに、議会の政治プロセス、あるいは訴訟といった法的手続を通じて、どこかのタイミングでブレグジットは反故にされるのではないかという見方も相当強いようです。それを望む声もまた少なくありません。
とはいえ、キャメロン首相や保守党の党首候補らが述べるように、困難はあっても国民の選択を尊重しようという声が、現時点ではメインストリームのように思えます。もちろん、これは速やかな離脱を意味するものでは全く無く、これから離脱後の関係を巡って長い長い交渉が始まることは間違いありません。
様々な論者が、今回の投票は、本来は無用のものを保守党が政争の道具として持ち出したのであり、英国は墓穴を掘ったのだ、という指摘をしています。この指摘は一面で正しいと思いますが、他方で、一度行った国民投票の結果を、あっさりと「ちゃぶ台返し」をすることもまた、英国の統治体制に対する内外の信頼を決定的に害するリスクがあるように思えます。
もっとも、この国において、「あり得ない」はあり得ない。この柔軟さと強かさこそが、英国をここまで発展させる大きな要因だったのであり、今後の交渉においても、それは遺憾なく発揮されることでしょう。
(追記) 本稿の掲載直前の7月11日、保守党党首選がメイ内相の勝利で決着し、次期首相として事実上確定しました。掲載時には、英国史上2人目の女性首相として任命されているはずです。
ここで「事実上」と述べたのは、首相の任命は国王の大権に属することから、議会第一党の党首が首相に任命されることは、憲法上の慣例ではあっても「法的には」拘束力を有していない(裁判所による強制はできない)からです。
これまで繰り返し離脱手続きの履行を言明してきたメイ氏ですが、今後示される具体的な方針に世界の注目が集まっています。
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