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2016年07月12日(火) 西山隆行
移民大国アメリカの揺らぐ"自画像"〜トランプ支持の一大要因「移民問題」の真相
不法移民1000万人!
〔photo〕gettyimages
文/西山隆行(成蹊大学教授)
トランプが支持される背景
アメリカの大統領選挙に出馬しているドナルド・トランプは、幾度となく、メキシコからの移民が、麻薬や犯罪、強姦などの問題をアメリカ社会に持ち込んでいると評している。
さらにトランプは、不法移民の入国を防ぐためにアメリカとメキシコの国境に巨大な壁を築き、その費用をメキシコ政府に負担させるとまで主張した。
一連のトランプの発言は良識ある人々の反発を招いたものの、驚くことに共和党支持者の間での支持率は上昇し、トランプは2016年の大統領選挙で共和党候補となることを確実にしている。
トランプの発言がアメリカで支持を得ている背景に、人口変動がある。
"移民の国"であるアメリカには、毎年100万人ほどの合法移民が入国している。近年では中南米系とアジア系の移民が急増しており、中南米系の人口は2000年からの10年間で全人口の12.5%から16.3%へと増加して、今や黒人人口を超えている。
他方、白人(中南米系を除く、以下同様)は、1960年には人口の85%を占めていたものの、2050年には50%を下回ると予想されている(Pew Research Center調査より)。社会の多数派の地位を失うことを恐れている白人、とりわけ労働者階級の白人がトランプを支持しているのである。
それに加えて、国境線を不法に越境する者や、ビザの期限が切れた後にも不法滞在する人々が1000万人以上存在する。不法移民の相当部分を中南米系が占めていて、彼らがアメリカ社会に多くの負担を強いているとの懸念が示されているのである。
このように、今日のアメリカでは、合法・不法を問わず、移民問題が重要な争点として浮上している。そして、トランプら共和党系の保守派が移民問題を積極的にとりあげるのは、バラク・オバマ政権の移民政策に対する反発という側面がある。
オバマ政権の移民政策
2008年の大統領選挙で勝利して初の黒人大統領となったオバマは、2012年の選挙でも、黒人のみならず、中南米系、アジア系などのマイノリティから支持を受け、再選を果たした。そして、移民問題を政権の重要課題と位置付け、移民法改革に取り組んできた。
オバマ政権が移民改革を目指したのはなぜだろうか。そして、その移民改革は、アメリカ政治にどのような影響を及ぼしたのだろうか。オバマ時代の移民政策とその結果について、考えてみたい。
先ほど、最近の共和党の対応は、オバマ政権の移民政策に対する反発を背景にしていると指摘した。注意しなければならないのは、オバマ政権が目指した移民改革は、共和党のロナルド・レーガン政権が断行した移民改革と同様の方針に基づいていたということである。
近年のアメリカ政治を見ていると、移民の受け入れについては民主党が積極的な一方で、共和党が消極的だという印象を持つだろう。
しかし、移民の国であるアメリカでは、合法移民を毎年一定数受け入れることについては合意がある。その上で、二大政党共に移民受け入れについて積極派と消極派を擁しており、移民問題は党派を横断する争点だった。
確かに、マイノリティを支持基盤とする民主党には、合法不法を問わず、移民に好意的な態度をとる人が多い。しかし、党の中核的支持団体である労働組合は、労働賃金の低下をもたらすとして、移民に敵対的な態度をとってきた。
他方、共和党には、移民は社会的混乱をもたらすとの懸念を表明する人が多い。だが、共和党に高額の献金をしている企業経営者層は、移民や不法移民を安価な労働力として歓迎している。
このように移民に対する立場が党派を横断する状況で、移民関連法案を通過させるためにレーガン政権がとった方法が、@一部の不法移民に合法的地位を与える一方で、Aその他の不法移民を雇用した者に罰則を与え、B以後の不法入国を禁止するべく国境警備を強化することだった。レーガン政権の試みは、1986年の移民改革統制法として立法化された。
このような包括的な立法が目指された背景には、@からBのいずれかの政策目標のみの実現を目指す個別的立法を試みても失敗するという判断があった。それに加えて、全ての不法移民を国外に退去させるのは不可能だという現実的判断も存在した。レーガン以降の政権が目指した移民改革も、同様の方針によるものだった。
アメリカ社会の分断を乗り越える
2009年に大統領に就任したオバマも、包括的移民法の制定を目指した。だが、オバマ政権期の政党政治は、レーガン政権期とは性格を少し異にしていた。
まず、民主党は、移民に批判的な立場をとっていた白人労働者階級が徐々に離反するとともに、労働組合も近年の加入率低下を背景として移民労働者を組合に加入させる方法を模索し、移民批判を弱めていた。
共和党は、レーガン政権期に合法的地位を与えられた移民の大半が民主党支持者となったのを受けて、国境警備厳格化のみを追求すべきだとする人が増えていった。
オバマ政権期には、包括的移民改革法の実現に向けて民主党が積極的になる一方で、共和党は消極的になっていたのだった。
2004年の「一つのアメリカ」スピーチで有名となり、アメリカ社会の分断状況を乗り越えることを目標に掲げたオバマは、大統領就任直後は共和党の協力を得るために様々な努力を行った。例えば、オバマ政権は、ジョージ・W・ブッシュ政権を上回るペースで、重罪犯を中心に不法移民の国外退去を進めた。
しかし、共和党は、ティーパーティ派を中心にオバマ政権の方針に反対した。2013年には包括的移民改革法案が連邦議会に提出されたものの、共和党が多数を占める下院で十分な賛同が得られずに法案は通過しなかった。
もっとも、共和党の中でも、ブッシュ前大統領やジョン・マケインなどの主流派の有力者は、包括的移民改革に賛成した。移民人口が増大することを考えると、共和党が大統領職を奪還するには移民の支持を得ることが必要になるからである。
しかし、ティーパーティ派に代表される保守派の議員は、不法移民に合法的地位を与えることを断固として認めなかった。とりわけ下院議員は、全国的な人口動態の変化や長期的な党の戦略を考慮する必要性に乏しく、自らの選挙区の有権者を満足させることだけを考えればよかったからである。
衝撃だったのは、包括的移民改革に賛成していた共和党主流派で院内総務を務めていたエリック・カンターが、2014年の中間選挙の予備選挙で、厳格な不法移民対策を訴えるティーパーティ派候補に敗北を喫したことである。党中央が候補者の公認権を持たないアメリカでは、カンターほどの実力者であっても敗北することがある。
この一連の動きから、ティーパーティ派を中心に移民受け入れに対する反発が強いこと、また、共和党主流派に保守派の反発を抑える力がないことを学んだオバマは、超党派的な移民改革を断念し、行政命令による移民法改革を試みるようになったのである。
権力分立の原則を否定した?
オバマは、2012年にも移民関連の行政命令を出していた。それは、16歳の誕生日より前に入国した31歳未満の人で、5年以上不法滞在している者のうち、犯罪歴などがない人に滞在と労働の許可を与えるものだった。
この行政命令は、自らの意思に基づいて不法入国したとは必ずしも言えない人を対象としていたため、大きな論争を巻き起こさなかった。
しかし、2014年に出した行政命令は、子どもはアメリカ市民か合法的滞在者ながらも本人は不法滞在中である親370万人と、不法滞在中の若者100万人に対し、国外退去処分を3年間免除しようとするものだった。
アメリカ国内に5年以上滞在している不法移民が対象とされ、犯罪歴がないことを証明するとともに、税の未納分を払う必要はあるものの、国内で合法的に労働することを認めるものだった。
これは、彼らに市民権を与えるわけではなく、オバマケアの補助金を受給する資格も与えないものだった。だが、2013年に連邦議会で立法化が目指されて失敗したのと類似した内容を行政命令で断行しようとするものであり、連邦議会はオバマ政権が権力分立の原則を否定したとして猛反発したのだった。
オバマ政権が巧みだったのは、議会が移民法を執行するのに十分な財政的資源を政府に与えていないことを、行政命令を出す根拠としたことだった。予算が不足する中で効果的に不法移民を退去させるには、政権は裁量をきかせなければならない。
つまり、行政命令は、執行基準を明確にするためのものだと主張したのだった。共和党には予算を通すのを拒否して抗戦すべきと主張する議員もいたが、議会が予算を停止したり減額したりすると政権はより退去処分を行わなくなると考えられるため、かえって政権を利することになるのだった。
2016年大統領選でも一大争点
これに対し、より本格的な抗議をしたのが州政府だった。テキサス州など26州が、オバマ政権が適切な裁量の幅を逸脱した行政命令を出した結果、不当な支出を強いられていると主張し、訴訟を提起したのである。
アメリカでは、移民の出入国管理を管轄しているのは連邦政府だが、入国した移民を社会に統合する役割は州と地方政府が担っている。州と地方政府は、移民統合に関する負担を一方的に強いられているという意識を持っており、連邦政府を相手に訴訟を提起することがある。
今回も、オバマ政権によって特別に滞在を許可された人々に関連して、法執行や緊急医療、運転免許証発行などに伴う費用の負担を強いられたとして訴訟を提起したのである。
この訴訟に対し、2015年2月に第一審を担当する連邦地方裁判所が行政命令の執行を差し止めるよう命令。第二審に当たる巡回控訴裁判所もその判断を支持した。
これに対してオバマ政権が上告したが、2016年6月23日、連邦最高裁判所は8人の判事の判断が4対4に分かれたと発表した。
最高裁は本来9人で構成されるが、アンソニン・スカリア判事が2月に急死し、後任が空席のままであるため、現在はリベラル派4人、保守派4人の合計8人で運営されている。最高裁で判事の判断が同数となった場合は下級審の判断が維持されるため、オバマの行政命令は失効したのである。
この移民問題への対応は、2016年の大統領選挙でも大争点となっている。
いうまでもなく、共和党候補のトランプは、オバマの行政命令を完全に否定し、全ての不法移民を強制送還するとの立場をとっている。
他方、民主党候補のヒラリー・クリントンは、大統領に当選した場合は最初の100日内に、オバマ政権が目指したのと同内容の包括的移民改革法を通過させると宣言している。
〔photo〕gettyimages
国の将来像をめぐる争い
「移民の国」と自己規定してきたアメリカは、近年の移民増大と人口構成の変化を受けて、その姿を再定義する必要に迫られている。かつての移民は、アメリカに定住することを想定して入国し、英語を身につけ、アメリカの生活様式に馴染むよう心がけていた。
しかし、近年の移民、とりわけアメリカと圧倒的な経済格差がある中南米諸国からの移民は、アメリカで金を稼ぎ、いずれ出身国への帰国を想定することも多い。
中南米系移民の中には、子どもたちが出身国に帰ってから円滑に生活を営むことができるよう、基礎教育を出身国の言葉で受けさせようとする人もいる(アメリカには日本の日本語に当たるような国語がなく、基礎教育を英語で行わなければならないわけではない)。
中南米諸国にとっても、外貨を稼いでくれるアメリカへの移民は"金のなる木"なので、彼らが帰国しやすいよう、二重国籍を推進する場合もある。このような状態では、アメリカ国内で中南米系移民がアメリカへの忠誠心を持たないと考える人が出てきても不思議ではないだろう。
オバマ政権は、アメリカ社会の変容を前提として、中南米系のアメリカ社会への定着を目指そうとした。他方、共和党はオバマの方針に反対しているが、長期的に中南米系人口が増えるという趨勢を考えれば、共和党の方針も変わる可能性があるだろう。
アメリカの移民問題は、「国の将来像」をめぐる争いの場であるとともに、今後の人口動態の変化にも影響を与え、アメリカの政党政治の在り方を左右する可能性もある。アメリカの移民改革の行方から、目を離せないと言えよう。
日本では、共和党は日米関係重視、民主党は日本より中国重視、という議論がなぜか行われがちである。このような根拠のない議論に目を向けるより、アメリカ政治の構造的変化の文脈に目を向ける方がはるかに有益である。
西山隆行(にしやま・たかゆき)
成蹊大学法学部教授。1975年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。甲南大学法学部教授を経て、現職。専門は比較政治・アメリカ政治。著書に『移民大国アメリカ』(筑摩書房、2016年)、『アメリカ型福祉国家と都市政治』(東京大学出版会、2008年)、『アメリカ政治――制度・文化・歴史』(三修社、2014年)、『アメリカ現代政治の構図』(共著、東京大学出版会、2009年)、『マイノリティが変えるアメリカ政治』(共編著、NTT出版、2012年)など。
世界最大の移民国アメリカは、いま大きな危機を迎えている。気鋭の政治学者が、移民問題を切り口に米国社会を鋭く分析!
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49120
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