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北京のランダム・ウォーカー
2016年07月12日(火) 近藤 大介
南シナ海であらわになる中国外交の「本性」〜国際法など知ったことか!
東アジアの安保は冷戦時代に逆戻り
フィリピンの中国大使館前で繰り広げられる抗議活動〔PHOTO〕gettyimages
南シナ海問題をどう裁くか
オランダ時間の7月12日午前11時(日本時間午後6時)。ついにハーグの常設仲裁裁判所が、南シナ海問題についての判定を下す。
常設仲裁裁判所は、1899年に設立された国際法廷で、国家や国際機関の間の紛争を、国際法に基づいて仲裁・調停・審査する。現在121ヵ国が批准しており、その中には中国も含まれる。ホームページには、中国語表記もある(英語の他は、国連の公用語である仏・露・アラビア・スペイン語のみで日本語はない)。
⇒常設仲裁裁判所(https://pca-cpa.org/)
同ホームページを読むと、2013年1月22日に、フィリピン政府によって、この案件がオランダに持ち込まれたと書かれている。
前年の2012年4月に、南シナ海の中沙諸島にある黄岩島(スカボロー礁)を、中国がフィリピンから奪取した。
私は当時、北京に住んでいたので、よく覚えているが、当時の中国人の高揚感たるや、凄まじかった。メディアは連日、黄岩島報道一色で、共産党や政府幹部だけでなく、市場の野菜売りのオバサンとか、タクシー運転手といった一般庶民たちも興奮していた。小さな島を一つ取ることが、これほど国民全体を沸き立たせるものかと驚いたものだ。
もっともこの年の中国人は、その5ヵ月後に、尖閣諸島を日本政府に国有化されてしまい、黄岩島の時の喜びと同じくらいの振幅で憤ったのだったが。
黄岩島から200km東には、フィリピン軍のスービック海軍基地とクラーク空軍基地がある。そのため地理的に言えば、フィリピン軍の方が中国人民解放軍よりも有利だ。
だが両基地からは、1991年にアメリカ軍を撤退させているので、脆弱なフィリピン軍だけでは、中国軍に立ち向かうことができなかった。そこで当時のアキノ政権が、「中国が主張する南シナ海全域を覆う『九段線』は国際法的根拠がない」として、常設仲裁裁判所に提訴したのだ。
ハーグの常設仲裁裁判所〔PHOTO〕gettyimages
仲裁事案に対抗して大騒ぎ
常設仲裁裁判所は、フィリピンが提訴したことを、すぐにその内容を添えて、公式文書で中国に通知したと、ホームページに記している。
すると中国は、約1ヵ月後の2月19日に、この裁判自体を拒絶し、渡された公式文書を、常設仲裁裁判所に送り返してきたというのだ。同裁判所のこのあたりの表記からも、すでにフィリピン贔屓と中国憎しが滲み出ている。
そこで常設仲裁裁判所は、2013年6月21日から、ガーナ人のトーマス・A・メンサ判事長を中心に、フランス人のジャンピエール・コット判事、ポーランド人のスタニスラフ・ポウラック判事、オランダ人のアルフレッド・H・A・スーンズ判事、ドイツ人のリュディガー・ウォルフルム判事の計5人の判事によって、2年にわたって審理してきたのだという。
その間、中国は公式に審理に参加してもいないくせに、2014年12月7日に、『フィリピンが南シナ海の件で常設仲裁裁判所に提訴したことに対する中国政府の立場』なる出版物を上梓したとも、同裁判所のホームページに、嫌味タラタラの筆致で記されている。
同裁判所のこの件に関するプレスリリースの最後にも、「通常の判定は英語とフランス語で発表するが、今回の判定は中国語でも出す」と書かれている。中国に対して、「あなたたちの言葉で出してあげるから、判定をよく読みなさいよ」と言いたいわけだ。
これに対して中国は、「フィリピンが常設仲裁裁判所に行った申し立ては、法的根拠がなく、相手にしない」というのが公式見解である。だが実際には、判定が下される前から、フィリピン以上に大騒ぎしていた。
外交部は、毎日午後3時から行っている定例会見で、スポークスマンが吠え続けたし、国営新華社通信は、6月29日から7日連続で、長文の論評を出した。それらのタイトルだけ紹介すると、こんな調子だ。
6月29日:南シナ海仲裁案が暴露した3大法的致命傷
6月30日:ニセの規則は地域の争議を解決する特効薬にはならない
7月1日:中国とフィリピンの関係が健康的な軌道に回復することを期待する
7月2日:仲裁案は歴史的権利を抹殺できない
7月3日:アメリカは南シナ海問題で『心のリバランス』を取るべきだ
7月4日:日本は南シナ海で何をしでかそうとしているのか
7月5日:南シナ海の仲裁案はASEANを棄損する『毒薬』だ
まさに日を追って、この仲裁事案に対する非難をエスカレートさせてきたのだ。あげく、7月5日から11日まで中国人民解放軍は、南シナ海西部の西沙(パラセル)諸島で、史上最大規模の軍事演習を強行した。この演習が、東に位置するフィリピンに向けた「威嚇演習」だったことは、一目瞭然だ。
比・米に向けたパフォーマンス
7月9日夜には、中国中央テレビが、この軍事演習の現場からの「迫真レポート」を放映した。私もその番組を見たが、今回の演習は、青島の北海艦隊、寧波の東海艦隊、湛江の南海艦隊の三隊合同による実弾演習だったという。
同テレビの朱伝亜記者が、艦艇の甲板からレポートしたところによれば、演習では「紅軍」と「青軍」に分かれて「激しい戦闘」を行ったのだという。紅色は中国共産党の党色なので、敵の「青軍」を打ち負かす演習というわけだ。
艦艇や戦闘機から、次々に実弾が発射される映像が映し出される。ある艦艇内部では、「方位0度に敵艦発見!」と若い海軍兵士が叫ぶと、「魚雷武器の準備を行え!」と命令が飛ぶ。そして「発射!」の声に、艦艇から大型の魚雷が発射され、ズズーンという爆音を轟かせて、水中に飛び込んでいく。
「紅軍」の指揮艦である戦艦「合肥」の趙岩泉船長が、中央テレビのインタビューに答えて語った。
「青軍の戦闘機がいつ飛び立つか、潜水艦がどこにいるのか、われわれはまったく知らされていない。そのため、すべて実戦同様に探っていかねばならない。このような緊張ある演習を行ってこそ、本番の戦場で主導権を取れるのだ」
後半の映像は、戦闘機や艦艇、地上から発射させるミサイルを、これでもかというほど見せつけるものだった。演習全体の指揮官である南海艦隊の瀋金竜司令員が、中央テレビのインタビューに答えて語った。
「今回の演習は、全軍を実戦化するのだという座談会を受けて、海軍として初めて行った実戦型の演習だ。海上で実戦型の演習を行うことは、実戦に向けて大変役に立ち、発展性があるということが分かった」
西沙諸島で演習を突然、行った目的は、直接的には常設仲裁裁判所の判定には従わないということを、フィリピンに見せつけるために違いなかった。わざわざ判定の直前にセッティングし、判定の前日に終了させているからだ。
だが間接的には、フィリピンのバックに控えるアメリカに向けたパフォーマンスと言える。
どんな判決が出ても手を緩めない
昨年9月に習近平主席が国賓として訪米した際、ホワイトハウスで行われた米中首脳会談で、南シナ海問題に関して完全決裂した。
以後、オバマ大統領は「反中路線」に転じ、アメリカ軍が再三、要求していた南シナ海における「航行の自由作戦」に、ゴーサインを出した。
いまや南シナ海問題に関しては、完全に日米一体と言える。日本外務省では、「8年目のオバマ」と言われているほどだ。これまで日本よりも中国を重視してきたオバマ大統領だったが、8年目にしてようやく「中国の本性」を悟ったという、皮肉を込めた呼び方だそうだ。
アメリカは、4月にカーター国防長官がフィリピンを訪問して以降、南シナ海に空母ジョン・C・ステニスを展開している。この空母は、北朝鮮の軍事的脅威に対抗するため、3月に韓国沖で行われた米韓合同軍事演習に参加するために、アジアの海にやって来たはずだった。
だが、米韓合同軍事演習に形だけ参加した後、ジョン・C・ステニスは南に旋回した。つまり、真の目的は南シナ海で、中国の脅威に対抗することだったのだ。
フィリピンに向かうアメリカのニミッツ級航空母艦ジョン・C・ステニス(左)とロナルド・レーガン〔PHOTO〕gettyimages
図らずもフィリピンでは6月30日に、強い反中路線を貫いてきたアキノ大統領が退任。マラカニアン宮殿では、ロドリコ・ドゥトルテ新大統領の就任式が行われた。南部ダバオの市長から、首都マニラのエリートたちを挑発する発言で国民の支持を得て当選した「フィリピンのトランプ」だ。
中国としては、これまで腹立たしい6年間だっただけに、待ちに待った瞬間だった。中国メディアは一斉に、「ドゥトルテ新大統領は就任演説で南シナ海問題について言及しなかった」と報じた。つまり、前任のアキノ大統領と違って、「反中大統領」ではないと強調したのだ。
中国外交のすごさは、「内政不干渉」という建て前ながら、周辺国の「反中政権」が、次々にひっくり返るよう経済的圧力をかけていくことだ。フィリピンだけでなく、ベトナムのズン首相、ミャンマーのテインセイン大統領、モンゴルのサイハンビレグ首相……。
「反中」と言われたアジアの指導者が、今年に入って次々に退陣しているのだ。中国は、人民解放軍による「ハード外交」もさることながら、外交部や経済官庁による「ソフト外交」も半端ではない。
先日、あるパーティで柳井俊二・国際海洋法裁判所長にお目にかかる機会があったので、この中国とフィリピンの争いについて聞いた。すると、「どんな判決が出ようとも、それによって中国が南シナ海で手を緩めるとは思わない方がいい」と警鐘を鳴らした。
中国にとっては、「わが法すなわち国際法」だというわけだ。習近平政権は、古代からの中華思想を色濃く踏襲した政権なのである。
韓国のTHAAD配備に対する反発
ところで、常設仲裁裁判所の判定の4日前にあたる7月8日、朝鮮半島でも激震が走った。韓国国防部が記者会見を行い、「2017年末までに、THAAD(終末高高度防衛ミサイル)を韓国に配備することを決定した」と発表したのだ。
これはある意味、アジアの将来を決定づけるような発表だった。これまで朴槿恵政権は、軍事ではアメリカを頼り、経済では中国を頼るという「バランス外交」を敷いてきた。こうした外交が可能だったのは、アメリカと中国が、比較的良好な関係を築いてきたからに他ならなかった。
ところが前述のように、オバマ大統領は昨年秋、それまでの「親中路線」にオサラバした。それとともに軍事同盟国の韓国に、プレッシャーをかけるようになった。昨年11月に行われた初の日韓単独首脳会談も、昨年12月の日韓「慰安婦合意」も、アメリカの隠然たる圧力なしには実現しなかった。
決定的になったのは、今年1月6日の北朝鮮の「水爆実験」と、2月7日の長距離弾道ミサイル実験だった。2月7日、北朝鮮がミサイル実験を強行したことを受けて、米韓両軍が「THAADの韓国配備に向けた交渉を開始する」と発表した。
THAADミサイルの発射〔PHOTO〕wikipedia
だがこれには、当の北朝鮮よりも、むしろ中国の方が強く反発した。この時、中国の外交関係者に聞くと、次のように憤った。
「アメリカは以前、『イランの脅威に対抗するため中東にミサイルを配備する』としたが、実はロシアを狙ったものだった。同様に、THAADも北朝鮮ではなく、射程距離圏にある中国を狙ったものであることは間違いない。北京まで、スッポリと射程に収めているのだ。
わが国は2月1日に、この半世紀で最大の軍機構改革を、習近平主席が断行したばかりだ。これは一言で言えば、『北部の陸軍中心から南部の海軍中心へのシフト』だ。それをアメリカは、中国陸軍を北部に釘付けにさせて、南部へのシフトができないようにしたいのだ」
7月8日以降、中国のTHAADに対する反発は、すさまじいものがある。この日、スリランカを訪問中だった王毅外相は、直ちにコロンボで、口を尖らせて抗議した。
「友人である韓国が、冷静に考えることを希望する。THAADを韓国に配備することは、韓国の安全にとって有効な措置ではない。朝鮮半島の平和と安定に寄与するものでもない。朝鮮半島の核問題を解決に向かわせるものでもない。韓国はもっと慎重に行動し、決定的なミスを避けるべきだ」
新華社通信も、次々と批判記事を配信している。そのタイトルだけをいくつか示せば、以下の通りだ。
「韓国が2017年末までにTHAADを配備するという、中国に対する罪深い決定をした!」
「朴槿恵はなぜ突然、THAADにすがりついたのか? レイムダック大統領の胸の内を探る」
「中国が米韓の中国駐在大使を呼びつけて厳重抗議」
「中国とロシアは手を組んで反対していく」
「外交部:THAADは中国の安全戦略の国益に直接的損害を与える」
「ロシアの学者が非難 韓国へのTHAAD配備は重大な後悔を招くことになる」
いよいよ「憲法改正」に挑むのか〔PHOTO〕gettyimages
「米日韓vs中ロ朝」再び
6月下旬、北京の中南海情勢に詳しいある中国人が訪日した。私はある日本人の紹介で、この中国人とディナーを共にしながら話を聞いた。その中で、私が韓国へのTHAAD配備について言及すると、彼は「すでにわが国は対抗策の検討を始めている」と前置きして、恐るべき計画について言及した。
「中国、ロシア、北朝鮮の3ヵ国で、日本海に新たな軍港を築く計画を立ち上げた。具体的には、中国の珲春、ロシアのハサン−ウラジオストク間、北朝鮮の羅先を結ぶ。ここに、THAADを叩くためのミサイルを配備して、米韓に対抗していくのだ。
わが国には、日本海側の海岸に領土がなく、ロシアと北朝鮮にあるばかりだ。だが、珲春を中心とした経済圏は、中国が中心である。そこで中国の経済力、ロシアの軍港のノウハウ、北朝鮮の土地の利を活かして、3ヵ国が共同で、アメリカの脅威に対抗していくのだ。
中ロ関係は現在、過去半世紀で最高の友好関係にある。中朝関係は、このところギクシャクしていたが、今後は1950年代の朝鮮戦争時代の『抗美援朝』(アメリカに対抗して北朝鮮を援助する)を復活させる」
韓国が、自国にTHAADを配備すると決定したことで、東アジア地域の安全保障体制は、再び前世紀の冷戦時代に舞い戻った。すなわち、「米日韓vs中ロ朝」という構図である。
21世紀前半のアジア最大のテーマが、「第一列島線」と呼ばれるカムチャッカ半島〜日本列島〜朝鮮半島〜台湾〜フィリピン〜大スンダ列島と続く南北ラインを、前世紀に続いてアメリカが死守するのか、それとも中国が奪取するのかということである。
この「第一列島線」は、アジア激震の「南海トラフ」のようなものだ。特にホットスポットが、朝鮮半島、東シナ海、南シナ海の3ヵ所である。
7月10日に日本で行われた参院選で、自公を中心とする「改憲派」が勝利したことで、いよいよ憲法改正が視野に入ってきた。憲法改正とはすなわち、「戦争できない国家」から、「戦争できる国家」への脱皮である。近未来の日本は、この米中の激突に巻き込まれていくことを、覚悟しておかねばならない。
<付記>
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