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英国の優位性は不変、EU離脱交渉でも主導権を握る
http://diamond.jp/articles/-/94366
2016年7月5日 上久保誠人 [立命館大学政策科学部教授、立命館大学地域情報研究所所長] ダイヤモンド・オンライン
英国の「EU離脱」の是非を決める「国民投票」で、「EU離脱派(以下「離脱派」)」が勝利したことによる英国内外の政治・経済の混乱が続いている。だが、この連載では、短期的に英国に損失があるとしても、中長期的には、歴史的に積み上げてきた英国の底力が発揮されることになると考える(第134回http://diamond.jp/articles/-/93364)。円高の急激な進行に慌てて、「木を見て、森を見ない」ことになってはいけない。
■次期首相候補大本命だった
ボリス・ジョンソンの突然の不出馬表明
前回、英国のEU離脱問題には英国政治の権力闘争の側面があることを指摘した。国民投票後も、ディビッド・キャメロン首相の辞任表明に伴う英保守党首選の行方が混沌としている。今回も、英紙The Financial Times、The Guardianなどの情報を追いながら、保守党内の凄まじい権力闘争を検証してみたい。
なにより驚かされたのが、次期首相候補の本命とみられていた離脱派のリーダー、ボリス・ジョンソン前ロンドン市長(以下、「ボリス」)が、党首選へ不出馬を表明したことだ。そもそも、首相の座を狙うボリスがキャメロン首相を引きずり降ろすために動いたことが、離脱派の勝利をもたらしたのだ。そのボリスが党首選に出ないのでは、国民投票における離脱派の勝利は、いったいなんだったのかということになる。
ボリス不出馬の直接的な原因は、離脱派の同志で、党首選でボリスを支持するはずだったマイケル・ゴーブ司法相が突如「ジョンソン氏には 指導力がなく、待ち受けるEU離脱の使命にふさわしいチームを作れないという結論に達した」と批判し、自ら党首選に出馬すると表明したからだ。
ボリスは、派手な言動で高い国民人気を誇るが党内基盤は弱い。ボリス以上に固い党内基盤を持つゴーブ司法相に裏切られては党首選を戦い抜くことは不可能だ。不出馬はやむを得ない判断だったといえる。
■ボリス不出馬の裏事情
キャメロン支持派が暗躍?
だが、ボリス不出馬にはそれ以上の裏事情があるようだ。ボリスの党首選に向けた行動が、ゴーブ司法相の不興を買った可能性がある。英紙によれば、国民投票の後、ボリスはさまざまな残留派の政治家に対して、首相就任後の人事を餌にしてボリスへの支持を要請して回ったのだという。なんと、残留派の中心であるジョージ・オズボーン財務相に、外相ポストを打診したという噂まで出ているのだ。
これでは、たとえボリスが首相になったとしても、実際のEUとの離脱交渉を残留派が仕切ることになってしまう。途中から離脱派となったボリスとは違い、一貫して離脱派であったゴーブ司法相がこの状況に腹を立てたのは容易に想像できる。残留派に閣僚ポストを渡し、主導権を譲らないと首相になれない人物を「指導力がなく、使命にふさわしいチームを作れない」とバッサリ切り捨てたのは、無理もないことだ。
ボリスが残留派に閣僚ポストを約束しなければならなくなったのは、それだけボリスに対する残留派の包囲網が厳しかったからだといえる。キャメロン首相は潔く退陣を表明したが、その陰でキャメロン支持派の議員たちは党首選に向けて動き回ったという。離脱派に潔く主導権を渡すつもりなど、さらさらなかったのである。
■テレサ・メイ首相誕生なら
「残留派がEUと離脱交渉」に?
残留派は、女性大物議員であるテレサ・メイ内務相を党首候補として擁立した。メイ内務相は、国民投票では、表立って活動せず静観していたこともあり、残留派と離脱派の間で融和が図れる人物だ。
また、キャメロン政権発足時から6年間、内務相を務めてきた。移民政策に精通し、EUに対して厳しい批判を続けてきた。EUとの離脱交渉では、現実的かつタフな交渉ができると期待されている。
9月9日に行われる保守党党首選にはメイ内務相、ゴーブ司法相に加えて、リアム・フォックス元国防相(離脱派)、ステファン・クラブ雇用年金相(残留派)、アンドレア・レッドサム・エネルギー気候変動副大臣(離脱派)が出馬を表明した。現時点では、元々残留派が党内多数派であることに加えて、キャメロン派・オズボーン派の議員がガッチリ固まっているのに対し、離脱派は分裂ぎみで、メイ内務相が優位に立っている。
メイ内務相が次期首相に就任すれば、「残留派がEU離脱交渉を行う」という、興味深い状況が生じることになる。その際に英国が目指すことは、「欧州の単一市場に参加し続けながら移民の抑制を可能にできるように求めていく」ということになるだろう。
これは、現実主義者のボリスがEU離脱の落とし所と考えていたことと何も変わらないものだろう(第134回・P2http://diamond.jp/articles/-/93364?page=2)。実際、ボリスはデイリーテレグラフ紙に寄稿し、「自由な貿易も、単一市場へのアクセスも続き、移民政策の主導権を取り戻せる」と主張していた。
また、他の離脱派の政治家も国民投票後、微妙に主張を修正している。例えば、ゴーブ司法相は「国内法に対するEU法の優越を終わらせる移民政策の民主的な主導権を取り戻し、国民の優先課題に予算を使う」と発言している。
つまり、EU離脱に投票した英国民の感情の問題を別にすれば、政治家の間では、残留派と離脱派の政策志向にほとんど違いがないということだ。規制緩和、低い税率による外資導入を中心とする経済政策の路線は変わらない。「政治的リスクの低さ」「地理的条件の良さ(欧州、北米、中東、アフリカ、アジアをすべてカバーできる)」「知識・情報の集積」「高い技術力」「質の高い労働力」「ブランド」「英語」「参入規制の低さ」という、多岐に渡る「英国の優位性」を維持する政策は継続されることになる(第52回・P6http://diamond.jp/articles/-/31233?page=6)。
ただし、キャメロン政権時のような厳しい緊縮財政(第131回http://diamond.jp/articles/-/90484)は、少し緩められることになる。ボリスがかつてロンドン市長時代に実施したような、アプレンティスシップ・プログラム(徒弟制度をモデルにした職人養成制度)などの英国民のための雇用・職業訓練政策などが行われることになるだろう(第43回http://diamond.jp/articles/-/24618)。そして、欧州からの移民をどれだけ受け入れるかは、英国自身が決められる権利を得ることを、EUの交渉で目指すことになる。
■EUと非加盟国の貿易に3つのモデル
交渉の主導権は英国が握っている
メイ内務相は、「省庁の設置、分割、統廃合が首相の専権事項」という強い権限を生かして、内閣発足後に「離脱担当省」を設置すると表明した。そして、離脱に向けた最善の条件を整理した上で、EUとの交渉を開始するとしている。
EU非加盟国がEUと結んでいる貿易関係には、主に3つのモデルがあるとされる。
(1)「EU非加盟国ながら、EU各国が参加する欧州経済領域(EEA)に加盟して農産物など一部を除いた物品やサービスの輸出入を原則自由」とするノルウェー型
(2)「EUには非加盟だが、一部を除く、物品を自由に輸出入できる欧州自由貿易連合(EETA) に入り、EU側と個別協定を結ぶ」スイス型
(3)「EUと経済取引に絞った自由貿易協定(FTA) 結ぶ」カナダ型
である。英国は、慎重にどのモデルがいいか検討することになる。EUへの離脱通知は、年内には行わない方針だ。
これに対して、 EU側は即座に交渉を始めるべきだと強気な姿勢を示している。英国を除くEU首脳は、「人の移動の自由を受け入れないかぎり市場への自由の参加は認めない」との強硬な方針を打ち出している。しかし、交渉が長引くと困るのはEU側である。EU域内各国で指示を広げているEU離脱派が勢いづき、「離脱ドミノ」が起きかねない。
EU域内では離脱の手続きは英国からの離脱通知がないと始まらない。だが、英国には交渉を焦る理由はない。明らかに、主導権は英国側が握っているように思われる。
■政治家、官僚、国民ともに“学習”できる
「国民投票」を肯定的に評価する
英国のEU離脱の是非を問う国民投票については厳しい意見が多くみられる。政策面で失策がほとんどなかったキャメロン政権が退陣に追い込まれたことで、国民投票断行という首相の判断が間違いであったという批判がある。また、そもそも国の運命を左右する重大な問題を国民投票で決めるべきではないという主張もある(山崎元「国民投票で国論二分の大問題を決めることのリスク」http://diamond.jp/articles/-/93862)。しかし、本稿はあえて「国民投票」を肯定的に評価してみたい。
民主主義における選挙には、「学習」とでもいうべき効果がある。選挙に参加し、その結果に関わることで、政治家も、官僚も、国民も、初めて国家・社会の現実を知ることができるということだ。
英国では、マーガレット・サッチャー政権以降、新自由主義的な政策志向の政権が続いた。地方の製造業を守るよりも、金融を偏重する産業構造に舵を切り、都市部が高い経済成長で豊かになる半面、地方は取り残されて格差が広がった。その政策志向は、「英国病」と呼ばれた衰退から英国を見事に復活させた。現在でも、英国はEU域内でトップクラスの好調な経済財政状況を誇っている。
しかし、英国の新自由主義的な政策は、やはり、少しやりすぎだったのだろう。今回の国民投票において、かつて製造業が栄えた地方の多くで離脱が多数を占めたことを目の当たりにして、改革派の政治家や官僚は、あまりにも都市部と地方の格差問題を放置しすぎたことを思い知らされることになった。前述の通り、次の首相の下では、政策の修正が行われることは間違いない。
一方、離脱派の政治家や、それを支持した英国民、特に高齢の方々は、少し感情的になり過ぎたことを後悔することになった。前述の通り、離脱派の政治家の多くは、国民投票の直後から、現実を見つめてポピュリズム的な主張を次第に修正することになった。
また、高齢者は、移民に対して怒り心頭だったが、選挙後は、自分の子どもや孫など若者の多くが残留支持で、「老人に我々の運命を決められた」と途方に暮れているのを見た。さすがに、感情的になり過ぎたのではないかとの反省が広がっている。今、英国では「ブレグレット(Bregret)=英国の後悔」という言葉が出始めているのだ。
国民投票を通じて、英国の分裂が明らかになったといわれるが、筆者には、むしろ残留派と離脱派の歩み寄りが少しずつ始まっているように見える。国民投票がなければ、政府は新自由主義的な政策を継続し、国民はずっと不満を持ち続けることになっただろう。そして、静かに国家の分断は進行し、いつか取り返しのつかないことになったかもしれない。国民投票というプロセスを経て、英国民が学んだことは小さくない。
また、「国民投票は間違いだ、大事なことはエリートが決めればいいのだ」という主張があるが、それは間違いである。かつての共産主義国など、エリートがすべてを決める「計画経済」の国はほとんど失敗した(第114回http://diamond.jp/articles/-/77809)。エリートは自らの誤りになかなか気づけないものだ。選挙というプロセスを通じて、エリートが一般国民によって間違いに気づかされる。また、一般国民もまた学ぶことができる。これこそが、民主主義の優位性なのだと考える。
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