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プーチンに跪き、テロにも遭う、
苦境に立つトルコ
2016年06月30日(木)佐々木伸 (星槎大学客員教授)
トルコ最大の都市イスタンブールのアタチュルク国際空港で28日に起きたテロの死傷者は280人を超え、昨年の首都アンカラの自爆テロに次ぐ被害規模となった。エルドアン政権はテロの直前、対立関係にあったイスラエル、ロシアと和解し、ドル箱である観光産業の立て直しを図ろうとしていただけにその衝撃は大きい。
崖っぷちの観光立国
iStock
トルコ国内では昨年夏以降、隣国シリアに拠点を置く過激派「イスラム国」(IS)と反政府クルド人の「クルド解放のタカ」という2つの組織によるテロが相次ぎ、市民ら270人以上が犠牲になった。2組織とも動機については、トルコ政府に対する報復という点では同じだ。
エルドアン政権は昨年、ISへの攻撃に消極的な姿勢からISの壊滅を積極的に目指す方針に転換、ISに対する空爆と越境砲撃などに踏み切った。また、それまで許してこなかったインジルリク空軍基地の使用を米国に認め、米軍機は同基地からISの拠点に空爆ができるようになった。トルコ政府が当初、IS攻撃に消極的だったのは、ISの報復によって治安が悪化するのを恐れたためだ。
このトルコの懸念はしかし、現実のものになった。ISは昨年7月、南東部スルチで爆弾テロを起こしたのを手始めに、10月10日にはアンカラ駅近くで約100人が犠牲になった自爆テロを実行。今年に入ってもイスタンブール中心部の観光名所で自爆テロを起こし、ドイツ人観光客10人が死亡した。
ISのテロ激化には、自分たちへの攻撃に対する報復と同時に、トルコ国内に恐怖と社会不安を巻き起こし、IS攻撃の矛先を鈍らせようという狙いがある。ISはトルコ国内に難民などに紛れ込ませて6000人に上る休眠工作員を潜伏させているともいわれており、テロのリスクは高まる一方だった。
今回のテロは犯行声明が出ていないものの、ユルドウルム首相が指摘したように、ISの可能性が高い。空港という人の集まるソフト・ターゲットを標的にし、銃撃と自爆で無差別に殺りくを実行する手口はISの得意とするところだ。
「クルド解放のタカ」も今年2月以降、アンカラなどでテロを頻発させているが、主に狙っているのは軍や警察の車両や施設だ。民間人の巻き添えを厭わないものの、市民の無差別殺りくを目的とするものではない。クルド人反体制勢力への政府軍の空爆などに対する報復の意味が強い。
しかしこうしたテロの頻発により、外国からの観光客が激減し、トルコの経済を支える観光産業は大きな打撃を受けている。例えば今年5月の外国人観光客は約250万人だが、昨年同期と比べ35%も減った。1990年以来、最悪の下げ幅だという。
観光業への就労人口は全産業の1割弱で、観光客激減の影響は大きい。特に今回テロが起きたイスタンブールには、有名なトプカプ宮殿やブルーモスクなどの観光名所が集まっており、トルコは観光立国として崖っぷちに立たされている。
“ツァー”に跪いた“スルタン”
こうした中で、エルドアン政権はこのほど、関係が悪化していたロシア、イスラエルとそれぞれ和解に踏み切った。ロシアとは昨年11月のトルコによるロシア軍機撃墜事件以来、断交一歩手前まで険悪化。プーチン大統領はトルコへの経済制裁を発動した。
トルコにとって痛かったのは、ロシアがトルコからの一部農産物の輸入を禁止し、ロシア人観光客のトルコ入国を制限したことだ。特にロシア人観光客はドイツ人に次いで多く、毎年400万人が訪れていたが、これがほとんどゼロにまで落ち込んだ。
アラブの経済発展モデルとされてきたトルコだが、外交的にはロシアだけではなく、ぎくしゃくしている国が多く、孤立感を深めているというのが実態だ。ロシアとともに関係を修復したイスラエルとは、2010年のパレスチナ自治区ガザへの支援事件をめぐって対立していたし、エジプトともモルシ前政権を肩入れしていたことから、シシ現政権とは外交関係が凍結状態のままだ。
また米国とはシリアのクルド人との関係をめぐって対立、欧州連合(EU)ともトルコ人のビザなし渡航やEUの加盟交渉が難航する一方、エルドアン政権による言論弾圧などに対するEUの批判が高まっている。
エルドアン大統領はロシアとイスラエルと和解することによってこうした外交的な孤立からの脱却を図ろうとしたようだ。プーチン大統領に書簡を送って撃墜事件を謝罪し、ロシア軍機から脱出したパイロットを殺害したトルコ人を訴追することを約束するなどロシア側の要求を飲んだ。
「スルタン(トルコ王朝の君主)がツァー(プーチン皇帝)に跪いた」(ベイルート筋)という、強権的なエルドアン大統領にとっては屈辱的な譲歩をする形になった。
しかし、今回のテロでトルコの治安の悪化が世界中に喧伝されることになり、外国人の足が一段と遠のくのは必至。観光産業の回復は望めそうにない。エルドアン大統領の苦境はさらに深まることになりそうだ。
http://wedge.ismedia.jp/articles/print/7186
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