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社会が断絶し、労働者の憤りが政治的救世主を渇望する風潮を生む
イラスト・よしおか じゅんいち
トランプ人気の背景とは 「反知性主義」の再来か
慶応大学教授 渡辺靖
米大統領選で共和党の候補者指名を確実にした不動産王ドナルド・トランプ氏。リアリティー番組の司会者としても人気を博した同氏だが、公職経験が無いまま党内の有力政治家やワシントンの既成政治に挑み、勝ち上がっていくさまは、まさに究極のリアリティー番組を観(み)ているようだ。
この「トランプ現象」は古くて新しい事象でもある。
一方では、建国以来、米国史の振り子を揺らしてきた「反知性主義」の再来といえる。
1964年のピュリツァー賞を受賞したリチャード・ホーフスタッター著『アメリカの反知性主義』(田村哲夫訳、みすず書房・2003年)によれば、それは知性そのものの否定ではなく、権威化する知への反発を意味する。
著者は米国史を紐(ひも)解(と)きながら、エリート階級の固定化を嫌う、反知性主義の徹底した平等主義が、欧州の旧世界とは一線を画す、極めて米国的な態度である点を鮮やかに描き出す。
権威化した教会に対する草の根の信仰復興運動。学問知や観念知よりも身体知や実践知を重んじる実用主義。世襲よりも自助を称(たた)える社会風土……。政治エリートに反旗を翻すトランプ氏は優れて米国的な存在であり「変わらぬ米国」の象徴ともいえる。
●エリートに憤る
もう一方で、同氏は「変わる米国」の象徴でもある。
チャールズ・マレー著『階級「断絶」社会アメリカ』(橘明美訳、草思社・13年)は過去50年間に及ぶ豊富な社会データを駆使しながら、もはや同じ米国人としての行動様式や価値をほとんど共有しない、エリート階級と労働者階級が乖離(かいり)する現実を活写する。
そのうえで、著者は、自らの特殊な世界に籠もり、市井の米国人から孤立する半面、国の命運にはより大きな影響力を行使しようとする「見かけ倒しのエリート」に自戒を迫る。
もはや共和党も民主党もエリートのための党になったのではないか。自分たちは党に裏切られたのではないか。そうした労働者(とりわけ白人)の憤りが政治的救世主の出現を渇望させる。
トランプ氏はそこに勝機を見出(みいだ)した。反自由貿易から富裕層への課税強化まで、共和党の基本方針に背く主張を厭(いと)わないのはそのためだ。民主党内でも「異端」のバーニー・サンダース氏が主流派のヒラリー・クリントン氏に抗い、予想以上に健闘した。
一般的に、中産階級の力が弱くなると、社会全体としての余裕が無くなる。国内的には「他者」への寛容度が低下し、排外主義的傾向が強くなり、対外的には国際関与に消極的になり、孤立主義的傾向が強くなるとされる。
地政学リスク分析の第一人者であるイアン・ブレマー著『スーパーパワー』(奥村準訳、日本経済新聞出版社・15年)はG7もG20も機能しない、リーダー不在の「Gゼロ」時代における米外交のシナリオを検討する。
著者が有力視するのは、自国の利益・安全・自由の確保を最優先する「独立するアメリカ」という選択肢である。
すでにバラク・オバマ大統領も「米国はもはや世界の警察官ではない」と認めているが、「米国第一主義」を掲げるトランプ氏の外交姿勢はより孤立主義的だ。同盟国への負担増を求める姿勢は労働者の共感も得やすい。
このように「トランプ現象」は「変わる米国」において生まれるべくして生まれたともいえる。
●新世代の心理は
もっとも、米国はさらに変わり続けている。
藤井光著『ターミナルから荒れ地へ』(中央公論新社・16年)は新世代の米文学の担い手たちの作風や背景に注目。近年の興味深い特徴として、米国人が米国を舞台に語るという従来の枠組みに囚(とら)われず、むしろ無国籍で幻想的な雰囲気が漂っている点を挙げる。
文化芸術には来る社会の想像力を先取りする面があるが、新世代の作家たちの感性は、多文化世界により開かれた若い次世代のそれと重なり合う。
トランプ氏もクリントン氏もミレニアル世代からの支持がすこぶる低い。いずれ米社会の中軸を担ってゆくこの世代の心を掴(つか)むことはできるのか。
加えて、四半世紀後には米国の白人人口が5割を下回る。トランプ氏の言葉は白人以外の米国人にも届くのか。
独立宣言から240年。変わらぬ米国と変わる米国の狭間(はざま)で米国民は如何(いか)なる選択をするのか。
[日経新聞6月12日朝刊P.19]
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