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※日経新聞連載
[迫真]AI大競争
(1) 人間の能力を拡張せよ
「完敗。人工知能(AI)を見くびっていた」。3月中旬、ソウル市内で開かれた米グーグルのAI「アルファ碁」と世界トップ級の棋士、韓国の李世●(石の下に乙、イ・セドル)九段(33)の5局勝負。李九段はカド番の第3局で勝負手が空振りに終わると、頬を引きつらせて投了した。
すぐに敗因を探ろうと、李九段は震える手で盤上の碁石を並べ替え始める。しかし、このハイレベルな碁がわかる人間はいない。解説者や別室で観戦したプロ棋士でさえ、勝敗の分かれ目が把握できない始末だった。
チェスは局面の数が10の120乗、将棋は10の220乗だが、囲碁は10の360乗と桁違いに多い。チェスや将棋で人間を打ち破ってきたAIも、「あと10年は勝てない」とみられていた。だが、知能ゲームの最後の砦(とりで)は、世界中の囲碁ファンの目の前であっさりと突き崩された。
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歴史的な対局の半年前。シリコンバレーのグーグル本社の一室で、シニアフェローのジェフ・ディーン(47)が1枚のスライドを映した。右肩上がりのグラフには、アルファ碁にも使ったAIの最新技術「ディープラーニング(深層学習)」を取り入れた製品やサービスの開発計画が1000件以上も示されていた。
検索や地図などグーグルのサービスを支えるコンピューターシステムを設計した天才科学者のディーンが、人間の脳をモデルにしたディープラーニングの研究に乗り出したのは2011年。
翌年には1000台のコンピューターをつないだAI「グーグルブレイン」に1000万枚の画像を見せたところ、自力で「ネコの顔」を見分けるようになったと発表した。コンピューターが自ら学習する能力を獲得した成果は世界の研究者に衝撃を与えた。
「真にインテリジェントなコンピューターシステムを作り、人間の能力を拡張する。それがゴールだ」。脳のイラストが入ったTシャツ姿のディーンはこう語る。自動車や飛行機が人間の移動能力を飛躍的に高めたように、AIが人間の知的能力を高める。
20年前後の実用化を狙う自動運転車も応用先の一つ。センサーとカメラを駆使し、高速道路や市街地を走り抜ける。米運輸省は2月、グーグルの自動運転車に搭載されたAIを、人間と同じ法律上の「運転手」とみなす初めての見解を示した。
「従来のコンピューターで1万年かかることが、1秒でできた」。昨年12月8日、グーグルと米航空宇宙局(NASA)の共同記者会見。グーグルのハルトムート・ネヴェンが13年からNASAと研究してきた最新の成果を報告すると、会場がどよめいた。
人間並みの知能を備えたAIの実現にはハードの進化も欠かせない。グーグルが目を付けたのは量子力学の原理を応用しスーパーコンピューターをはるかにしのぐと期待される量子コンピューター。「まだ不安定だが、実用化できれば、あらゆるやり方が変わる」。研究陣を率いるネヴェンは高揚した表情で語る。
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「まるでゴールドラッシュだ」。米フェイスブックのAI研究部門を率いるヤン・ルカン(55)は、足元のAIブームを複雑な思いで見つめる。
グーグル、フェイスブック、中国の百度(バイドゥ)、トヨタ自動車――。AIの重要性に気づいた世界の有力企業はいま、激しい競争を繰り広げる。だが1950年代に産声を上げたAI研究は、ブームと停滞を繰り返してきた。70年代と90年代の「冬の時代」は、いずれもAIに対する期待に技術が追いつかなかった。
「50年ぶりのブレークスルー」とされるディープラーニングが登場した今回は違うとの見方も広がるが、ルカンは楽観論を戒める。「特定の用途に限れば、人間より賢いシステムはすでにある。だが汎用AIの開発はまだ五里霧中だ」
「今回の勝利はより賢いマシンを作るための小さな、でも意義のある一歩だ」。アルファ碁の開発チームを率いたグーグルのデミス・ハサビス(39)は対局後、ブログでこうつづった。ハサビスが見据えるのは、AIの「科学者」と人間の科学者が協力して病気の診断や気候変動などの難問を解く世界。今は夢物語に見える「その日」はゆっくりと、だが着実に近づいている。
(敬称略)
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急速な進歩が世界の注目を浴びるAI。人間の能力を超える時代は来るのか。未来を先取りする最前線の動きを追った。
[日経新聞4月26日朝刊P.2]
(2)感性を持たせたい
「人の言うことを85%以上は理解できますよ」「いけそうだな。よし、進めよう」。東京駅前のJPタワー内にある三菱東京UFJ銀行。デジタルイノベーション推進部次長の野元琢磨(50)は、D&Iラインリーダーの藤戸初夫(49)とこんなやり取りをして人工知能(AI)の導入にゴーサインを出した。
2月18日からAIが利用者の質問に答えるサービスを始めた。新システムはIBMのAI「ワトソン」日本語版を組み込み、無料対話アプリのLINEを通じて「口座を新しく作りたいけど……」といった各種の質問を受け付ける。内容に応じて回答を画面で示す。
コンピューターが質問の意図をきちんと理解できるか、テスト版で検証した。キーワードをもとにした従来の方法では認識率は40%台だったが、AIは本番までに約90%に達した。
導入から2カ月あまり。従来の約15倍、月間1万5千件の問い合わせをさばく。「AIで顧客との接点が広がる」と野元。次は、ウェブ上で顧客がAIと会話をしながら金融商品を提案する「eファイナンシャルプランナー」を計画している。
AIは創作活動にも励む。名古屋大学大学院教授の佐藤理史(55)がパソコンのキーを押すと、400字ほどの文章が出てきた。「悪魔がスマホ越しに何やら呪文を呟いたと思うと、邦男の眠気はさっぱりと消え飛んだ。(略)それ以来、邦男は一睡もすることができなくなった」。できあがりは人間が作った文章と見分けがつかない。
佐藤はAIに小説を書かせる「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」のメンバー。文章作成を担当している。小説のあらすじと、使用する単語などの「部品」の候補は佐藤らが用意する。AIは、前後に矛盾がないよう「部品」をつないで文章を完成させる。
短編小説を募る第3回星新一賞。作者がAIとは名乗らずに応募した作品が佐藤らを含め11編あった。入選は逃したが1次審査を通った作品も現れた。
4年前にプロジェクトを発案した人工知能学会会長、松原仁(57)は、今やトップ棋士に勝つまで力を付けた将棋ソフトの対戦イベントの仕掛け人。「将棋のような論理だけでなく、感性や創造性をAIに持たせたい」。当時「周囲の研究者からもAIが小説など書けるわけがない、と散々にいわれた」というが、「AI作家」は早々とデビューを果たした。
(敬称略)
[日経新聞4月27日朝刊P.2]
(3)トヨタが未来を託した男
1月、シリコンバレーの名門スタンフォード大学から車で5分の場所に、新会社「トヨタ・リサーチ・インスティテュート」がオープンした。5年間で10億ドル(約1100億円)を投じ、人工知能(AI)や、自動運転技術の開発を目指すトヨタ自動車の戦略拠点だ。
「週に1人、年間で50人ずつ増やす計画だったが、最初の3カ月で60人も集まった」。最高経営責任者(CEO)のギル・プラット(54)は予想を上回る反響にうれしい悲鳴を上げる。
グーグル、テスラ・モーターズ、メルセデス・ベンツ――。シリコンバレーは自動運転車の開発を進める企業が集結。人材の獲得競争は激しいが、トヨタには他社にない強みがある。ほかでもないプラット自身だ。
ロボットの専門家でもあるプラットの前職は、米国防総省国防高等研究計画局(DARPA)のプログラムマネジャー。福島第1原子力発電所事故の教訓を生かそうと、世界に呼びかけて開いた災害対策ロボットの国際競技会を成功に導いた手腕と人脈にトヨタが目をつけた。
トヨタでプラットを支えるのは、まさに「ドリームチーム」。グーグルのロボット開発部門の元トップ、家庭用掃除ロボット「ルンバ」の生みの親など、そうそうたる顔ぶれがそろう。
今月7日、新メンバーが加わった。ライアン・ユースティス(40)とエドウィン・オルソン(38)。最近までフォード・モーターの自動運転車開発に携わっていたミシガン大学の教授コンビだ。「トヨタが掲げるビジョン、ギルの人柄とリーダーシップが参加の決め手になった」
「1兆マイル(約1兆6000億キロ)」と「120万人」。プラットには胸に刻む数字が2つある。1年間で世界中のトヨタ車が走る距離の合計と、世界で亡くなる交通事故の犠牲者数だ。
トヨタには自動運転技術で交通事故を減らすだけでなく、「1兆マイルの信頼性」を確保する責任がある。初めてトヨタ本社を訪れた夜、その目標の高さに「一睡もできなかった」という。
だが産官学連携が盛んなDARPAで鍛えたプラットの気持ちの切り替えは早かった。スタンフォード大、マサチューセッツ工科大、ミシガン大との提携を立て続けに決め、「次の拠点は東京に」と意気込む。
「この分野に今必要なのはただの競争ではなく、コーペティション(協力と競争)」。トヨタが未来を託した男は、ライバルをも巻き込みながら革新を起こそうとしている。(敬称略)
[日経新聞4月28日朝刊P.2]
(4)常に新技術を求めよ
1月、米国ラスベガスの展示会。6台の自動車模型が走り回る。しばらく急停止を繰り返していたが、数分でスイスイと行き交うようになった。最新の人工知能(AI)を1台ずつに搭載し、自力で走り方を学ぶ自動運転車の実験だ。
AIベンチャー、プリファード・ネットワークス(PFN、東京・千代田)社長の西川徹(33)は「車同士が学び、いずれ協調する」と胸を張る。その先進技術にNTTやファナックなどがほれ込む。創業2年で共同研究の打診が引きも切らない。
2月下旬、都内で開いた会社説明会。「泳ぎ続けるマグロのように、常に新技術を追い求める人が欲しい」「優れた技術を持つだけの人は要らない」。壇上の西川が切り出した。
学生や転職を望む技術者が詰めかけた。AI事業は優れた研究者と組めば少人数でも覇権を握れる確率が高い。西川の自信に満ちた発言は優秀な人材を挑発し、自社の原動力に変える。
「自分の意志で動かせる仕事をしたい」。副社長の岡野原大輔(34)は東京大学在学中、米グーグルのインターンシップに参加した。研究環境は良かったが大企業だった。結局、グーグルへは就職せず情報ベンチャーを起業した。2014年に西川とともに立ち上げたのがPFN。その会社は社員30人程度だが、今では大企業も一目置く。3年後にも約100人に増やす。
米国シリコンバレーからの転職組もいる異能の人材は、既に社内で化学反応を始めている。
「米国の面白い研究者に会ってきた。彼らの論文がこれだ」。ランチのハンバーガーを食べ終えた途端、議論が始まった。世界ではAIの最新研究が続々と発表されている。岡野原が壁のスクリーンに論文を示すと、技術者らが見入る。「AIは技術の進展が速い。常に分析し、社内で共有する」。岡野原は半年で350編の論文を読んだ。
国内にも世界の先頭集団に入る企業が現れた。それでも東大特任准教授の松尾豊(41)は歯がゆく感じる。「日本はまだ動きが鈍い」。ドワンゴなど数社の支援を取り付け、東大に最新のAI技術「深層学習」を学ぶコースを開く。「プロの囲碁棋士も破り、AIは一段と進歩する。今からが正念場だ」。AIを誰がいち早く使いこなすのか。国際競争は激しさを増す。
(敬称略)
吉川和輝、小川義也、山川公生、出村政彬が担当しました。
[日経新聞4月29日朝刊P.2]
- AI悪用・暴走を防止 G7通信相会合 国際ルール策定へ:悪用や意図的暴走はネットワークにつながっている限り発生 あっしら 2016/5/02 03:44:10
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