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知らないと損する!医療費の裏ワザと落とし穴
【第129回】 2016年12月15日 早川幸子 [フリーライター]
規制緩和しても「混合介護」が広がらないワケ
?公正取引委員会が、9月5日に発表した「介護分野に関する調査報告書」によって、にわかに話題となっている「混合介護」。
?この報告書が出されたことで、公的な介護保険が保険外のサービスを利用することを禁止しているかのような誤解をしている人もいるようだ。だが、前回の本コラム『禁じられていない「混合介護」の推進がなぜ今叫ばれるのか』で解説したとおり、介護保険は2000年の制度創設当初から混合介護が認められている。公正取引委員会の指摘は、重箱の隅をつつくようなもので、「規制」などないも等しいのが実情だ。
?介護は、高齢者の生活をサポートするものだが、十人いれば十通りの暮らし方がある。暮らしの現場で起こるさまざまな介護ニーズを、公的な介護保険だけで賄うのは到底不可能だ。介護が必要な人の暮らしの質を上げて、多種多様な介護ニーズを満たすために、介護保険以外の社会資源を利用することは必要なことで、悪いことではない。どんどん利用すればいいと思う。
?とはいえ、現状では実費を支払って保険外のサービスを利用する人は少なく、混合介護はさほど広がっていない。それは果たして、公正取引委員会の報告書が指摘するように、「規制」が最大の問題なのだろうか。
競争政策を取り入れれば
介護市場は活性化する?
?公取委は、前出の報告書の冒頭で、今回の提言の理由を次のように述べている。
《事業者の公正かつ自由な競争を促進し、もって消費者の利益を確保することを目的とする競争政策の観点から、介護分野の現状について調査・検討を行い、競争政策上の考え方を整理することとした。
?競争政策は、事業者の新規参入や創意工夫の発揮のための環境を整備することにより、事業者間の競争を促進し、これによって、消費者に良質な商品・サービスが提供されることを確保するとともに、消費者がそれを比較・選択することを通して、事業者に商品・サービスの質の更なる改善を促すことを目指すものである。
?このような競争政策の観点から介護分野の考え方を整理することは、介護サービスの供給量の増加や質の向上が図られることにつながると考えられる》
?つまり、事業者間の競争を促せば、よりよいサービスが提供されるようになり、保険外サービスを利用する人が増加。その結果、介護市場を活性化して、介護従事者の処遇改善につながるとバラ色の展望を描いているのだ。
?公取委の言い分では、介護市場活性化のネックになっているのが「規制」で、具体例としてあげているのがヘルパーによる訪問介護だ。
?現状でも混合介護は認められている。ただし、介護保険を使ったサービスと保険外のサービスは明確に区分することが求められており、同一時間内に一体型のサービスを受けることはできない。
?たとえば、介護保険を利用できるのは、利用者本人の食事や洗濯、掃除、買い物などの家事支援のみで、同一時間内に同居の家族のものを一緒に行うことはできない。
?また、草むしりや庭の水やり、ペットの世話、大掃除、家具の移動などは、日常生活の援助には該当せず、介護保険では利用できない。
?同居家族の食事作りや洗濯などの家事支援、介護保険で決められた範囲外の援助をヘルパーにお願いする場合は、実施する時間をずらして、全額自費の別料金を支払うことが求められている。
?こうした「規制」を緩和して、同一時間内に利用者と同居家族の食事作りや洗濯などをできるようにしたり、草むしりやペットの世話ができれば、効率がよく保険外サービスの料金を得られて、事業者の収益アップにつながるというのが公取委の言い分だ。
?たしかに、食事作りも洗濯も、ひとり分でも家族の分をまとめて行うのも、大して手間は変わらない。洗濯機を回している間に、庭の水やりやペットの世話、家具の移動などができれば、利用者は助かるだろうし、ヘルパーは効率よく仕事ができる。公取委の指摘はもっともな部分もある。
?だが、果たして、そうした規制を緩和したところで、全額自己負担をしてまで保険外のサービスを利用する人は飛躍的に増えるのだろうか。
保険外サービスの利用者は
全体のわずか1.3%
?厚生労働省老健局の「公的介護保険制度の現状と今後の役割」(平成27年度)によると、介護保険の支給限度額を超えて、全額自己負担で保険外サービスを利用している人の割合は全体の1.3%しかいない。
?介護度が上がると保険外サービスの利用割合も高くなるが、要介護4で2.4%、要介護5で2.9%だ。現状では、わずかな人しか保険外サービスを利用していないのだ。
?さらにいえば、1割負担(高所得者は2割)で利用できる介護保険ですら、決められた支給限度額まで利用しているわけではない。
?介護保険は、7段階ある要介護度に応じて、利用できる介護サービスの限度額が決まっており、たとえば介護度がいちばん低い要支援1は5万30円が限度額だ。だが、実際に使っている費用の平均額は、要支援1が1万9695万円で、限度額の4割程度にとどまる。
?こちらも介護度があがるにつれて、使用する介護サービス費も増えるが、要介護5でも平均費用額は22万3054円。限度額36万650円の6割程度しか介護保険を使っていないのだ。
?これは、介護保険で利用できるサービス内容が決まっていて、自分が利用したいサービスがないという可能性もあるが、1〜2割負担といえども、サービスを使えばそれだけ利用者負担も増える。
?介護は、医療とは異なり、生活の延長線上にあるものだ。専門家でなければできないものばかりではないし、家族や親戚、友人、近所の顔なじみさんなどが、その役割を担えるものもある。
?とくに厳しい家計運営を強いられている人は、介護費用はできるだけ安く抑えたいと思うだろうし、実際に身近な人の手を借りながら、なんとか乗り切っているのではないだろうか。
?規制をなくして、今以上に混合介護を始める事業者が増えても、利用できるのはお金に余裕のある人だけだ。混合介護の弾力化が介護市場を爆発的に拡大させ、介護従事者の処遇を改善するというストーリーは、はなはだ疑わしいものがある。
?反対に、サービス費用の値崩れを引き起こし、介護現場にさらなる疲弊を生む可能性すらある。
自由競争の先にあるのは
介護料金の大幅下落
?ヘルパーやケアマネージャーなどの介護従事者は、専門的な知識と訓練を積んだ専門職だ。高齢者介護の中心を担う彼らの処遇は、本来ならもっと高められるべきだが、現状、介護職員の月収は全産業の平均よりも10万円程度低い。
?介護は日常生活の延長にあり、以前はそれぞれの家庭で担ってきたものだ。そのため、人々の意識のなかに介護に対して高い費用を支払うことに抵抗があるのではないだろうか。その認識が改められない限りは、混合介護が弾力化されても、保険外サービスで高額な費用をとるのは難しいという見方もある。
?実際、保険外の介護サービスを行っている事業者のなかには、介護保険と同じサービスを行っても、保険外の費用は6割程度など介護保険よりも安い価格設定にしているところもある。また、混合介護の弾力化を見込んで、介護保険と保険外サービスを廉価なセット販売にするといった動きも始まっている。
「混合介護の弾力化」に敏感に反応し、競争を始めようとしている事業者が出てきている点は、事業者間の競争を促したい公取委の思惑通りかもしれないが、皮肉にもその動きはダンピングに向かう可能性がある。
?公取委は、混合介護が進まない理由として「規制」を強調するが、多くの事業者があげているのは人手不足だ。
?前出の報告書では、「保険外サービスの提供に当たっての課題」として、運営主体が株式会社の事業所の37.4%、社会福祉法人の34.7%が、「人員確保が困難」だと答えている。
?もしも利用者獲得のために保険外の介護サービスが安く買い叩かれる構造が定着すると、介護従事者の処遇改善どころではなく、介護の現場をさらに疲弊させ、人手不足に拍車をかけることになりかねないのだ。
「互助」を生かした
介護サービスを利用
?経済的に余裕のある人たちが、自らの介護ニーズを満たすために、全額自費で保険外サービスを利用するのは問題ない。買い物や旅行の付き添い、各種手続きの代行、認知症高齢者の見守りなど、さまざまな保険外サービスを提供している事業者がいるので、それらを利用すれば、介護保険では利用できないサービスを受けられて、暮らしの満足度は高められる。
?だが、介護保険外のサービスの担い手は、なにも介護事業者だけではない。
?すでに、規制にとらわれないボランティアによる買い物や移動サービス、地域住民が行う高齢者の見守りや安否確認、当事者家族などが運営する認知症カフェなど、無料もしくは低料金で利用できる社会資源が存在している。
?同時に、高齢者が住み慣れた地域で、生活を続けていくための支援・サービスの構築を目指す「地域包括ケアシステム」の中には、ボランティアや住民組織が「互助」として位置づけられており、今後ますます事業者以外の人々が担う介護サービスが期待されている。
?一般利用者は、お金をかけずに自分の介護ニーズを満たせるなら、それに越したことはない。一部の富裕層を除けば、あえて高い料金を支払って、保険外のサービスを買う人はそれほど増えないのではないだろうか。
?公取委の提言は、こうした現実を全体的に捉えておらず、どこかピントがずれているように思う。だが、国は「介護サービス改革」を重要事項にあげており、今後、なんらかの指針が出されることになる。そして、その流れにのって、保険外サービスを煽る報道が行われることになるだろう。
?その時、私たち国民は自らの暮らしを守るために、どのような道をとるべきなのか。たんに事業者が提供する保険外サービスだけではなく、地域にある社会資源にも目を向けて、自分や家族の介護ニーズを満たせるような賢い利用者になりたいものだ。
http://diamond.jp/articles/-/111384
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