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新薬を商品化するのは、砂漠の中から一つの宝石を見つけ出すようなもの。無数の失敗にバテない体力が、人にも企業にも求められる(撮影/写真部・岸本絢)
医者にもらう薬の値段はこうやって決まる〈AERA〉
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161102-00000248-sasahi-hlth
AERA 2016年11月7日号
約10兆円と言われる国内の医薬品市場。市販薬は約1割にすぎず、大部分は医師が処方する「医療用医薬品」が占める。その値段をどう決めるかが、日本の薬マーケットの将来を左右するのは間違いない。そのメカニズムが今、時代の大波に襲われている。
空せきが出る。ちょっとの動作で息苦しさを感ずる。肺が硬くなって機能不全を起こす間質性肺炎と診断された男性(73)は、最近の寒さの訪れが気になる。
「人ごみは避けてくださいね。風邪をひいたら終わりですから」
医師にそう言われている。完治が見込めない病気で「平均余命は5年」とも。
頼りは1日に2回飲む茶色いカプセルだ。ドイツの製薬会社が開発した「オフェブ」。症状の進行を抑える新薬だ。1錠6574円。
●高い値段に後ろめたさ
クスリ代だけで月に45万円。診療費明細を見るたび、苦い思いが込み上げる。高額療養費制度などの補助で自己負担は月に数万円で済むが、そんなに高いクスリで命をつないでいる、と思うと複雑な気分になる。膨れあがる医療費や財政負担が頭をよぎり、家族とのだんらんや好きな読書など、静かな暮らしをどこか楽しみきれない。
高齢者の命を支える新薬は、これからも続々と開発されるだろう。高いクスリが出回れば、次の世代はこの制度を維持できるだろうか。気がかりでならない。
10月5日、東京・霞が関の厚生労働省で中央社会保険医療協議会(中医協)の薬価専門部会が開かれた。議題は「高額な薬剤への対応について」。この場で「薬価緊急値下げ」が決まった。2年ごとに見直す薬価を途中で改定するのは、前例のないことだ。
値下げされるのは「オプジーボ」。小野薬品工業などが開発したがん治療薬だ。日本の製薬会社が久々に放った快挙と脚光を浴びたが、1年間使い続けると計3500万円という値段にも注目が集まった。健康保険が適用され、患者の負担はそこまでいかないとはいえ、逆に保険財政を崩壊させかねない、と問題になった。
オプジーボはどんな薬か。
小野薬品によると、がんによって免疫の働きにブレーキがかけられているのに対し、そのブレーキを阻害するのがオプジーボの薬効だという。がんの増殖を抑える従来の抗がん剤とは違い、人間がもつ免疫力を存分に機能させてがんを治療する新しいクスリ、という。
京都大学の本庶佑(ほんじょたすく)・名誉教授の研究室が1992年、免疫を活性化させる分子を発見。99年から小野薬品と製薬化に取り組んだ。米国のベンチャー企業メダレックスの力を借りて製薬に成功した。
皮膚がんの一種である悪性黒色腫(メラノーマ)によく効くことが分かり、オプジーボは「悪性黒色腫治療薬」として2014年、承認された。
高値になった理由は、この一連の経過の中にある。それを明らかにする前に、まず、医師が処方する医療用医薬品の値段がどう決まるのかを押さえておこう。
●市場原理は働かず
ドラッグストアなどで売られている市販薬は、メーカー希望価格を参考に、店が売れ行きなどをみながら売値を決めている。いわば、市場原理が働いている。しかし、処方薬のほとんどに、市場原理は反映されない。健康保険の対象になる医療用医薬品は厚生労働省が価格を決めるからだ。かつての社会主義国のように役所が判断する公定価格で、薬価と呼ばれる。
薬価は、中医協が決め、厚労相に報告されて告示される。中医協の総会は健保組合など支払い側代表、医師会など診療側代表、学者など公益側代表で構成されるが、実際に薬価を決めるのは、その下にある「薬価算定組織」だ。薬の評価にはとりわけ専門性が必要とされることから、医学と薬学の専門家がメンバーになるが、
「利害がからむ議論をするのでメンバーの名は非公開。企業秘密が含まれるので議事録は作っていない」(厚労省保険局)
ここで製薬会社は意見を述べたり、不服の申し立てをしたりできるが、それも議事録には残されない。誰がどんな論拠で薬価を決めたか、外部からうかがい知れない仕組みだ。
全国保険医団体連合会(保団連)は9月6日、塩崎恭久厚労相に「『高額薬剤』への対応と薬価制度改善を求める要望書」を出した。第1項に記されたのが「担当部局の裁量的判断を排し、算定経過を公開すること」。薬価を透明にしろ、という要求である。
●主導権は薬系技官官僚
「算定組織に原案を出すのは保険局の薬系技官。薬価の主導権は官僚が握っています」
事情を知る人はそう指摘する。薬価の決定権こそ厚労官僚の権力だ。算定組織に、役所とつながりが深い医師・学者が加わっていることは想像に難くない。薬系技官の再就職先は業界団体や大学が少なくない。製薬会社は大学や医局に営業し、研究費の支援などをしている。
役人・専門家・業界のもたれ合いは、薬価を膨らましがちだ。決めるモノサシは三つある。(1)類似したクスリがあればその値段を基準に新薬の優れた点を価格に上乗せする(類似薬効比較)。(2)外国で既に販売されていたらその値段を基準にする(外国との比較)。新薬の多くは外資メーカーの開発なので、欧米で先に売られることが多いからだ。(3)類似品も外国にもない新薬は、コストを積み上げ、適正利潤を上乗せする「原価計算方式」を採る。
オプジーボは、前例のない薬ということで、(3)の原価計算で価格が決まった。研究開発、製造設備、原料、販促宣伝、流通費用を積み上げ、その上に「画期的な新薬」に認められる特別加算(6割)もつき、営業利益27%が乗せられた。その結果、注射液100ミリグラムで72万9849円に。体重1キロ当たり2ミリが必要とされることから、体重50キロの人に1回投与すると約73万円が費やされることになる。
「積み上げ方式といっても役人の腹次第。コストや利益を判断材料に裁量が働く」
と関係者は打ち明ける。
●「英国の5倍」は妥当か
オプジーボの値段が上がったもう一つの要因が、患者が少ない悪性黒色腫の治療薬として申請したことだ。予測患者数は年470人。少ない患者数で製造原価を割れば、1人が支払う値段は高くなる。
小野薬品は「治験で一番効果が確認されたのが悪性黒色腫。死亡率が高い病気でありながら効果的なクスリがないので、患者さんも製品化を待ち望んでいた」と説明する。
効果的なデータが出た分野で承認申請をするのは常道だ。その一方で「小さく産んで大きく育てる」という作戦も業界で珍しいことではない。患者の少ない分野で薬価を決め、用途が拡大すればもうけは増える。
肺がんへの処方が承認されたのは15年12月。対象患者は数万人に増え、小野薬品の株価は急騰した。
そこに、保団連から異議が出た。今年9月、オプジーボの薬価が「英国では日本の5分の1」という調査結果を明らかにしたのだ。
英国は、高額医薬品の費用対効果評価で先行しており、その結果、同じ100ミリグラムが1097ポンド(約15万円)に設定された。米国でも、メーカー希望価格が2877ドル(約30万円)で、実売価格はここからさらに20%値引きされている、と保団連はみている。
対象とする患者が増えても、それを迅速に反映して薬価を下げる仕組みが、日本の制度になかったのだ。現在あるのは、売り上げが予想の1.3倍以上になり、年1500億円を超えた場合、薬価を最大50%引き下げるなどとする「市場拡大再算定」というルール。しかし、見直しを反映させる機会は2年に1度に限られる。
オプジーボは、肺がん治療への適応が追加されてから、次の薬価改定まで約4カ月しかなく、値下げされなかった。売り上げが急増するのは今年度から。次の改定となる18年まで、小野薬品には巨額の利益がもたらされる流れになっていた。
中医協は緊急措置として、オプジーボの値下げに踏み切る検討に入った。下げ幅は25〜50%で調整されているとみられるが、あくまで緊急措置であり、これで一件落着とはいかないだろう。
●タネより苗ごとが早い
薬価が高くなるのは硬直した日本の制度だけに理由があるのではない。底流には製薬業界で起きている新たな波がある。遺伝子組み換え、細胞融合などを駆使したバイオ医薬品の広がりだ。
比較的単純な化学合成でつくるのが主流だった時代に比べ、細胞やウイルスを用いて作るバイオ医薬品は複雑な工程を安定させないと一定の薬効を得られない。成功率は、極端に下がった。「1万に一つの成功」だった低分子医薬品の時代から、今では「3万挑んで商品化できるのは一つあればいいほう」とまで言われる。人手、時間、設備は膨大になり、コストに跳ね返る。
「製薬会社はタネから育てるのを諦め、世界を見渡し良い苗を探している。花がついた苗は値が高いが実を結ぶとは限らないからと、苗屋ごと買ってしまうこともあります」
ある厚労省OBがこう表現する、製薬の現状はこうだ。
世界の製薬大手は新薬を開発するために、もうかりそうな案件を探し求める。あたかも、投資ファンドのように。
国内最大手の武田薬品工業は10月、最大7.9億ドルを支払って英創薬ベンチャーと提携すると発表。アステラス製薬も今年2月、再生医療技術を使って目の病気の治療法を開発する米ベンチャーを3.8億ドルで買収した。米ファイザーは8月、有望ながん治療薬を持つ米バイオ医薬品大手を140億ドルで買収すると発表した。世界の製薬業界はマネーゲームの様相を深めている。
バイオ製剤は環太平洋経済連携協定(TPP)でも中心議題の一つだった。開発費を賄おうと、製薬企業は政治力も駆使して、特許期間の延長や薬価の高値安定を図ろうとする。作る側に任せておけば、薬価はどんどん高くなるだろう。
使う側はどうか。処方する医師はどこまで価格を意識しているだろう。払うのは保険、という安直さはないか。国民皆保険で、安心して医療を受けられるのはすばらしいことだが、患者も薬価に無頓着ではなかったか。食品も家電も旅行も、私たちは値段と効用をてんびんにかけて買っている。薬だって患者に選択権があるはずだ。保険財政がパンクする前に、まず今飲んでいる薬がいくらなのか、ほかに選択はないのか、確かめてみたい。(ジャーナリスト・山田厚史)
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