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[この一冊]生殖医療の衝撃 石原理著 進む技術と関連法さえない日本
10月は生殖医療をめぐるニュースが新聞紙面を飛び交った。アメリカで報告された第三者のミトコンドリア提供を受けた「3人の親」を持つ赤ちゃんの誕生。九州大学・林克彦教授による、培養皿の上でマウスのiPS細胞から大量の卵子が得られ、その卵子から正常な個体をつくることができたことの報告。そして、どのニュースにもこんな文章がくっついていたはずだ。「倫理的な問題が伴い、今後の議論が必要となるだろう」
では、その議論とは何をするための議論なのか。本書は、2010年に体外受精の祖であるロバート・エドワーズがノーベル生理学・医学賞を受賞するところからはじまる。そして、エドワーズたちが最初に体外受精児を誕生させた1978年当時のみならず、10年のノーベル賞の受賞でさえも、ローマ法王庁は倫理的な問題を厳しく指弾した。キリスト教では、受精の瞬間から生命は始まり、生命のはじまりは神の御業(みわざ)とされる。
もちろん、今や神の業務を守ることだけが「倫理的議論」の焦点ではない。本書では、精子バンクや卵子提供にはじまり、代理母を引き受ける発展途上国の女性の地位の再評価、いわば「フェアトレード」の視点の導入や性同一性障害の患者と生殖の関係、冒頭に示したミトコンドリア提供やiPS細胞の生殖利用の可能性などが紹介されている。
こうした問題について、科学的な視点も導入しつつ、生殖医療を受けるカップルや精子や卵子の提供者たち、そして代理母たちの経済的、社会的な権利を守るために、法律的にどういう位置づけを与えるのか。そうした具体的なことも論じなければ、もはや生殖医療の「倫理的議論」に意味はない。そして本書の最後半にはこうある。「わが国には、生殖医療に関連する法律が何もない。これは、世界的に見てきわめて珍しい」と。
それは、わが国の「倫理的議論」が、守るべきものを守ることに、なんら力を持たないことを意味する。現に日本の生殖医療クリニックでは、海外企業から送り込まれた人間が、日本の学会ガイドラインを逸脱した行為を行おうとする動きがある。そして、多くの国で容認されないゲノム編集を行ったヒト胚の生殖医療への利用も、法では規制できないのが日本の「倫理的議論」の結果なのである。
もはや生殖医療にかぎらず、再生医療、遺伝子治療といったかたちで、生命科学はわたしたちのすぐ近くにある。本書は、そんな生命科学の議論を、自分たちのこととして浮かび上がらせている。
(講談社現代新書・800円)
いしはら・おさむ 54年東京生まれ。埼玉医科大教授。生殖補助医療監視国際委員会のメンバーとして、生殖医療に関する国際統計の収集や分析などに携わる。著書に『生殖革命』など。
《評》京都大学特定准教授 八代 嘉美
[日経新聞10月30日朝刊P.19]
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